アジア初の薬事承認を得た「ニコチン依存症治療アプリ」の歩み|MacFan

教育・医療・Biz iOS導入事例

アジア初の薬事承認を得た「ニコチン依存症治療アプリ」の歩み

文●朽木誠一郎

Apple的目線で読み解く。医療の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

2020年8月、メドテック業界に一つの大きなニュースが飛び込んできた。とある治療用アプリの薬事承認だ。そのアプリとは、ニコチン依存症を治療する「CureApp SC」。「アプリで治療」できることが証明されたのだ。日本のみならず、アジアで初となる事例。いかにしてこれを成し遂げたのか、株式会社CureAppにその経緯を尋ねた。

 

 

アジア初、世界初の事例に

病気を「アプリ」で治療することはできるか—答えは「できる」。2014年の薬機法の一部改正で、治療目的のアプリ(以下、治療用アプリ)が保険適用になっている。しかし、長らくその承認を得るアプリは現れなかった。

アプリによる病気の治療は、投薬や手術以外の治療方法である「デジタル・セラピューティクス(DTx)」の一つとして世界的に注目が集まっている。アメリカでは、2010年に糖尿病患者の治療補助アプリ「ブルースター(BlueStar)」がFDA(米国食品医薬品局)により承認を得た。しかし以降、それに連なる承認は世界的にも数えるほどの事例しか存在しなかった。

そんな高いハードルを「ニコチン依存症治療」、平たく言えば「禁煙治療」という領域で越えたのが、日本のメドテック・ベンチャー、CureApp社が開発する「CureApp SC(ニコチン依存症治療アプリ及びCOチェッカー)」だ。同プロダクトは2020年8月に厚生労働省から薬事承認を得た。治療用アプリの承認はアジア初、ニコチン依存症治療アプリとしては世界初の事例となる。

本誌は2017年に同社を取材し、創業当初からの目標である薬事承認までの展望について話を聞いていた。それから3年、達成に至るまではどんな経緯があったのか。また、前回取材時に明かした想定より承認が遅れた理由とは。創業者兼代表取締役社長で医師の佐竹晃太氏を取材した。

 

 

株式会社CureAppは、2014年7月創業のメドテック・ベンチャー企業。薬事承認を得て治療効果が認められたニコチン依存症治療アプリ及びCOチェッカー「CureApp SC」を開発・提供する。テクノロジーを活用して新しい「治療」を生み出し、医療を取り巻く社会課題を解決。すべての人が安心して質の高い治療を受けられる理想の医療を実現する。【URL】https://cureapp.co.jp/

 

 

慶應義塾大学医学部卒。日本赤十字社医療センターなどで臨床業務に従事し、呼吸器内科医として多くの患者の診療に携わる。2012年より海外の大学院に留学し、中国・米国においてグローバルな視点で医療や経営を捉える経験を積む。米国大学院では公衆衛生学を専攻する傍ら、医療インフォマティクスの研究に従事する。帰国後、2014年に株式会社CureAppを創業。現在も週1回の診療を継続し、医療現場に立つ。

 

 

患者の「空白」を作らない

そもそも、「アプリで治療」とは何をどうするのだろうか。アプローチするのは「利用者の行動」だ。禁煙治療が好例だが、病気には患者の行動を変容させることが治療になるものがある。この行動変容をアプリによりサポートすれば、病気を治療できるというわけだ。

実際に「CureApp SC」で行われる治療を見るとわかりやすい。まず、初診時に医師が患者に治療用アプリを「処方」する。患者はスマートフォンに「処方コード」を入力してログイン、アプリに日々の体調やCO濃度を記録する(治療効果の指標になるCO濃度はCOチェッカーで測定)。この記録にあわせて、ニコチン依存症や禁煙についての正しい知識のガイダンスが行われるほか、吸いたくなったときにメッセージを送ると独自のアルゴリズムを通して「チャットナース」が答えてくれるチャットボットもある。医師は、患者が病院にいないときの情報が入手可能となり、治療の質も向上する。

ポイントは、これまでニコチン依存症のような慢性の病気において、病院にいないときの患者のデータは「空白」だったということ。ニコチン依存症の治療は12週間を基本単位とし、その間に5回の診察を実施する。つまり、3週間に1回の診察時に、CO濃度を測定し、その期間の過ごし方を聞き取っていた。しかし、ニコチン依存症治療ではいかに「吸いたい」という欲求を抑えるかが重要になる。3週間に1回の頻度ではその欲求を抑えられず、治療に挫折してしまう患者も多い。一方、CureApp SCはその空白を作らない。日々患者が治療に参加し、ピンチのときに助けも求められる。

承認にあたっては、国内で第Ⅲ相までの臨床試験を実施。禁煙外来を受診した喫煙者584例を対象とし、標準的な禁煙治療(薬物療法とカウンセリング)と治療用アプリを併用する群/しない群に分けて効果を検証。アプリの治療効果を証明した。

 

「医師兼エンジニア」という強み

ユカシカド創業のきっかけは、美濃部氏が学生時代にフィリピンなどの発展途上国を訪れたこと。魚や野菜などが豊富な環境でありながら、人々が栄養に関する知識不足ゆえに、砂糖や油が極端に多い食事をとる現実を見たという。それは一般に「発展途上国」という言葉からイメージする貧困とは異なり、日本にも共通する「栄養の偏り」だった。

前例のない治療用アプリの薬事承認は、どのように達成されたのか。一般的に、医薬品の薬事承認には開発から10~15年の時間がかかる。2017年に開発をスタートし、2020年に薬事承認を得たCureApp SCはかなり速いようにも思える。

佐竹氏は「そもそも薬事承認自体のスピード感は、ここ数年で速まっている」と指摘。そのうえで、約3年でアジア初の事例を打ち立てた要因として、大きく二つを挙げた。

  「一つはベンチャー企業ならではの意思決定フローです。製薬会社は主に大企業で、臨床試験中もいわゆる稟議、すなわち社内の調整が一つのフェーズごとに、半年単位で発生します。当社では試験中に次の試験プロトコル作成に取り組み、結果が出る前から準備し、結果がでた瞬間に次のフェーズに進むことができる。これにより、大幅に期間を短縮できます。

もう一つは医師でありエンジニアでもある弊社の最高開発責任者(CDO)、鈴木晋の存在です。医療関係のアプリを制作しようとするとき、ネックになるのは医療者のイメージとエンジニアが具現化するアプリに差ができてしまうこと。でも、医師がエンジニアであれば、その差は生じない。鈴木は優秀なエンジニアでもあるので、医師として治療に必要な機能を備えたアプリを、そのまま形にできるのです。これはメドテック・ベンチャーとして弊社の大きな強みでもあります」

 

テクノロジーで治療を進化

加えて、大手製薬会社で医薬品医療機器等法(薬機法)の取り扱いに習熟した人材が社内にいる。しかし、前例のない治療用アプリの承認においては、佐竹氏自身が薬機法の原文に当たることも必要だったという。

「薬事承認のような公的な審査では前例が踏襲されることが多いです。しかし、今回は踏襲する前例がない状態。であれば、我々の一つひとつの対応がその前例を作ることになると考え、薬機法の原文を読み込み、ギリギリまで提出する文書を修正することもありました」

しかし、開発は順風満帆というわけではなかった。前述した第Ⅲ相の臨床試験を実施するにあたって、土壇場でアプリを「ほぼ作り直し」した。これが2017年当時、予定していた2019年夏の薬事承認が達成できなかった理由だ。このような荒波を乗り越えられたのは、鈴木氏の率いる制作チームの献身と、全社的な悲願「アプリで治療する時代を実現したい」という思いがあったためだという。

「弊社はテクノロジーの力で治療を進化させることを理念に組み込んでいます。治療用アプリという選択肢を増やすことは、まさにそれに当たるでしょう。今後は引き続き、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)や高血圧治療など、ほかの病気についても薬事承認を得られるよう、開発を進めていきます」

創業当初から 「治療用アプリを医療現場に届ける」ことを掲げ、邁進していった同社。ピボットが常態化するベンチャーの世界で、堅実かつスマートな方法で、最短距離を進んでいるように見える。真に改革を成し遂げる組織が備えておくべきもの—CureApp SCの事例から学ぶべきことは多い。

 

 

禁煙治療で発生する通院と通院の間(院外・在宅)の時間、これまで患者は孤独な戦いを強いられ、その期間のデータも「空白」だった。しかし、院外・在宅の患者に医療機関が十分なフォローを行うのは難しい。治療用アプリは、この「空白」に介入し、患者一人一人に個別化された医学的に適切なサポートをリアルタイムに行う。【URL】https://cureapp.co.jp/product.html

 

 

治療用アプリとしてアジア初、ニコチン依存症治療アプリとして世界初の薬事承認を得た「CureApp SC」。治療効果の判定に用いられるポータブルCO濃度測定器(COチェッカー)も同時に薬事承認を得ている。アプリは医師が処方することによって使用できるようになり、ニコチン依存症に対して患者ごとに個別化されたメッセージや動画を通じて、考え方や行動を変容させることで治療する。

 

 

高血圧の治療や予防には生活習慣の改善が不可欠だが、本人の意欲や生活環境が影響するため、本人のみで管理・継続していくことは難しく、医療機関の介入にも限界がある。そこで患者の適切な生活習慣の定着を「高血圧治療アプリ」でサポート、それが治療になる。現在、自治医科大学内科学講座循環器内科学部門と協力し、第Ⅲ相臨床試験を実施中。

 

 

医療機関で処方される治療用アプリ開発で蓄積した知見を民間の企業や保険者の健康増進にも活用できるように展開する法人対象のモバイルヘルスプログラムの第一弾「ascure(アスキュア)卒煙」。医師開発アプリとオンライン指導、OTC禁煙補助薬の自宅配送を組み合わせて禁煙をサポートする。【URL】https://sc.ascure.technology/

 

CureAppのココがすごい!

□ 「治療用アプリ」でアジア初の薬事承認、禁煙治療としては世界初の事例
□ 医師兼エンジニア人材を中心にスムースな治療用アプリ制作を実現
□ 慢性肝炎や高血圧の治療にも横展開、テクノロジーで治療が進化