iPhoneに接続する「ガジェット」が世界の医療課題を解決する|MacFan

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iPhoneに接続する「ガジェット」が世界の医療課題を解決する

文●朽木誠一郎

Apple的目線で読み解く。医療の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

医師たちが医療後進地域で目の当たりにした「必要な医療機器はないが、スマホは普及している」という現実。それなら、スマホで医療機器を代替できないか――そんな想いをきっかけに企業を起ち上げ、医療用ガジェットを開発した。「世界の失明を半分に」という課題解決型思考で世界に挑戦する医療ベンチャー・OUI Inc.の取り組みを紹介する。

 

 

医療の「岩盤」に向き合う理由

iPhoneが普及し、専門職や愛好家以外の手元から消えたものは無数にある。たとえばハンドライト、デジタルカメラ…。高機能デバイスはさまざまなものを代替可能だが、その範囲が医療現場、医師の診察に必要な医療機器にまで及びつつあると言われたら、驚く人も多いのではないか。

慶應義塾大学医学部発の医療ベンチャー企業・ウイインク(OUI Inc.)が提供する「スマート・アイ・カメラ(Smart Eye Camera)」(以下、SEC)は、iPhoneのアタッチメント。取り付けるとiPhoneが医療機器と同等の機能を果たせるようになるという。世界的に普及した端末はついに、患者の診察に利用されるようになったのだ。

iPhoneを医療機器にするこの「ガジェット」は、なぜ開発されたのか。ウイインク設立の中心となったCEO清水映輔医師と、グロースのために参画した逆瀬川光人氏、中山慎太郎氏に話を聞くと、背景にある清水医師らが医療後進地域で抱いた課題感と、「2025年までに世界の失明を半分に減らす」という強い志が伺えた。

 

 

OUI Inc.は慶應義塾普通部の同級生だった清水医師・矢津医師・明田医師の3人が「三人寄れば文珠の知恵」のことわざにならい、医療の課題を解決するため2016年7月に設立された。【URL】https://www.ouiinc.jp/

 

 

OUI Inc.の代表取締役・清水映輔医師。慶應義塾大学病院、東京医療センター、東京歯科大学市川総合病院などで勤務。東京歯科大学市川総合病院勤務中に矢津医師・明田医師とともに同社を起業。現在、慶應義塾大学医学部眼科学教室特任講師。

 

 

経営戦略室長の逆瀬川光人氏。楽天株式会社モバイル戦略課、Wantedly株式会社の新規事業責任者を経て、2019年よりOUI Inc.に参画。清水医師、矢津医師らとは大学の友人。慶應義塾大学医学部眼科学教室研究員。

 

 

海外戦略部長の中山慎太郎氏。国際協力銀行、独立行政法人国際協力機構、三菱商事株式会社、NPO法人クロスフィールズを経て、 2019年よりOUI Inc.に参画。慶應義塾大学医学部眼科学教室研究員。

 

 

途上国向けにスマホで代替

設立メンバーである清水医師と矢津啓之医師、明田直彦医師の3人は中学校の同級生。「たまたま同じ眼科医を志し、たまたま同じ職場に出向」したとき、日々医療の課題を議論し、それを解決するべく2016年7月にウイインクを設立した。折しも当時は、3人が所属する慶應義塾大学医学部が医療ベンチャー企業の設立を支援する流れが生まれていた頃。3人の頭には、NPO法人の活動で無料白内障手術ボランティアのために訪れたときの、ベトナムの医療後進地域の状況があった。

「現地には眼科の医療機器がまったくない。一方で、スマホはほぼ100%普及している。ならば、スマホで医療機器を再現できないかと思って」(清水医師)

帰国後、3人はメーカーズスペースに籠もり、自分たちでアクリル板や各種レンズを組み合わせて、SECの試作品の制作に取りかかった。狙いは眼科医が前眼部を診察するときに使う細隙灯顕微鏡を再現することだった。

「白内障の診断には細隙灯顕微鏡が必要。しかしこれは高価で、医療後進地域では普及していません。そこで、iPhoneで代替してみようと考えました」(清水医師)

SEC最大の特徴は、iPhoneの光源の拡散光を1ミリ以下の細いスリット光に変更する機構と、眼の組織画像が鮮明に映るほど近づけてもぼやけない焦点深度のレンズ。清水医師は「細隙灯顕微鏡と同等というエビデンスがある」と自信をのぞかせる。

「私たちの目標は『2025年までに世界の失明を半分に減らす』こと。世界の失明人口は3600万人、30年後には1億2000万人を超えるとされます。そしてその半分以上は、白内障など、適切な診断と治療ができれば克服可能な疾患によって引き起こされている。この課題を自分たちの力で解決したいと思ったんです」(清水医師)

「そこで、SECを使って、途上国の農村部や貧困層の患者さんに眼科医療を届けています。現地の眼科医や病院、NGOと協力しながら、これまでに​ベトナム・ザンビア・モンゴル・マラウイで合計で1100眼以上の診察を行ってきました」(逆瀬川氏)

2018年1月には慶應義塾大学医学部健康医療ベンチャー大賞で優勝、オーディエンス賞を獲得したウイインク。その後、ビジネスサイドの担当として大学時代からの友人であり、新規事業起ち上げのスペシャリストである逆瀬川氏やトリリンガルで海外活動実績の豊富な中山氏が参画し、事業をスケールさせている。

SECは眼科医に向けて販売。従来の細隙灯顕微鏡は1台数百万円が相場だが、SECはその10分の1程度の価格で販売する。小型で軽量であり、iPhoneを充電さえすれば往診先や新興国など電気が未通の地域での出張診療などにも利用できる。既存の細隙灯顕微鏡は利用時に電源に接続する必要があるため、これも導入のメリットになる。

すでにアフリカ南部のマラウイで診察に試験導入済み。白内障を抱える人口が多い一方、スマホの普及率も高いアフリカ、東南アジアで発売する計画だ。

「あくまでも目標は『失明のない世の中を作る』ことなので、仲間を増やすことも意識しています。マラウイでの協働パートナーであるクンボ・カルーア医師を2020年2月に日本に招聘し、世界最貧国の一つであるマラウイの眼科医療の課題に、大学発ベンチャーがどう関われるのかを考えるカンファレンスを開催しました。一連の活動を通じて、貧困地域で、眼科医の数が少なく、アイケアの重要性が認識されていない地域での取り組みの重要性を再認識しています。また、今後プロジェクトを成功させていくためには、クンボ医師のような現地のパートナー医師を見つけ、現地の人々を巻き込んでいくことが重要です」(中山氏)

一般診療はもちろん、疾患スクリーニングのためのアイキャンプ(普段眼科診察が受けられない地域の患者を一カ所のキャンプに集め、診察を行う)や学校検診、手術前後の診察など、通常の細隙灯顕微鏡以上のシーンで活用されることも想定。グローバルな市場を見込んでいる。

 

 

SECは縦2.6cm、横7.3cmのアタッチメントでiPhoneのカメラに取り付けて使用する。目から4cmの距離でかざすことで、既存の細隙灯顕微鏡と同様に、眼瞼・角結膜・前房・虹彩・水晶体・硝子体を観察、白内障などの眼科疾患を診断することができる。

 

 

拡散光による診察だけでなく、拡散光を1mm以下の細いスリット光に変更する機構により、スリット光診察を可能にしている。眼の組織画像が鮮明に映るほど近づけてもぼやけない焦点深度のレンズも開発・搭載(いずれも特許取得済み)。動物実験では既存の細隙灯顕微鏡と同性能だと証明されており、臨床研究のエビデンスも、英文論文として投稿済であるという。

 

 

「人材と設備の不足」を解消する

iPhoneのみで開発しているのは、規格がシリーズ単位で少なく、開発がスムースであることが理由。アンドロイドは光源やカメラの位置がメーカーや機種ごとにさまざまで、開発難度が高かった。また、国内にはiPhoneユーザが多く、医療現場に導入されるスマートフォンがiPhoneである場合が多いことも、利便性の観点で後押しになった。

SECはすでに医療機器としての登録が完了しているが、医師であっても「医療機器が承認されるプロセスはまったくわからなかった」と清水医師。自分たちで薬機法や審査機関であるPMDAの指針を調べ、関連する都道府県の福祉保健局薬務課に相談に行くプロセスは「大変だったが、勉強になった」と振り返る。

現状、SECはあくまでも「アタッチメント」であり、カメラはiPhoneの標準カメラに依拠している。しかし、「眼球は直径25ミリの球体で、非常に小さい組織であるため、よりよい撮影画像が必要」「そのため専用アプリによる撮影が望ましい」として専用アプリケーションを現在開発中だ。ほかにも、画像のコンサルテーションや自動診断による診断支援ツールも開発中。一方で、AIなどソフトウェア面に関しては、新しい「プログラム医療機器」として認可を得なければならず、前例となる医療機器がある場合よりも承認までのプロセスがより複雑になるのが課題だとする。

SECを普及させるうえでは、いかにニーズを的確に伝えられるかも問われる。国内外での実証実験では、「往診や寝たきりなどで細隙灯顕微鏡を使えない患者の診察」「動画撮影による教育、患者説明」「眼科医療へのアクセスがないところでのスクリーニング」などでの価値訴求を行っていく、と逆瀬川氏。

「マラウイで実証実験をした際には、現地のパラメディコ(日本のコメディカルのような位置づけの医療スタッフ)が、5分程度のレクチャーのあと、診察でSECを使いこなしていました。このように、医療後進地域ではパートナーとともに眼科医療を届け、人材と設備の不足を解消して失明を減らします」(中山氏)

「同時に日本も現在、現場への遠隔診療・診断AIの導入の機運の高まりを感じます。日本もまた、医療が高度に発展したがゆえに人材と設備の不足が課題となっているため、こうした新しい医療機器による業務効率化などで、日本の医療に貢献していきたいです」(清水医師)

 

 

OUI Inc.は「2025年までに世界の失明を半分に減らすこと」を目標としている。そして失明原因の半分以上は、白内障のように「適切な診断と治療がなされれば克服が可能な疾患」によるもの。そのため途上国の農村部や貧困層の患者にSECによる眼科医療を届ける活動を現地の眼科医や病院、NGOと協力して展開。これまで​ベトナム・ザンビア・モンゴル・アフリカなどで合計1100眼以上の診察を行った。

 

OUI Inc.のココがすごい!

□ 途上国の「医療機器はないがスマホは普及」から逆転の発想
□ 取り付けるだけでiPhoneが1台数百万円の医療機器と同等に
□ 白内障などによる「防げる失明を防ぐ」をプロダクトで実現