教育・医療・Biz iOS導入事例

「破壊的じゃないイノベーション」が医療の可能性を拡大する

文●朽木誠一郎

Apple的目線で読み解く。医療の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

Appleが生み出すブレイクスルーは、それだけでは患者の命を救わない。医療現場へと「接続」する存在が必要だ。iOSアプリやApple Watchを活用、疾患管理システムを開発するインテグリティ・ヘルスケアは、まさにそれに該当する。代表が「医療におけるイノベーションは非連続ではない」と指摘する背景にある、医療現場に対する想いとは――。

 

 

「破壊的」より「協創型」

業界構造を劇的に変化させる「破壊的イノベーション」。その代名詞が数々のプロダクトで市場を席巻してきたアップルであることは言うまでもない。資本主義原理に基づくIT市場において「勝ち筋」であるこの手法は、しかし、こと医療という業界では絵に描いた餅である。

硬直化しやすいこの業界で、いかにテクノロジーによる変革を促していくか。この難題に取り組むのが、疾患管理システム「ヤードック(YaDoc)」を開発・提供する株式会社インテグリティ・ヘルスケアだ。2020年5月にはアップルウォッチの症状自動計測アプリ「モニパド」の開発も武田薬品工業株式会社とともに手がけた。

代表取締役社長の園田愛氏は「『理想と現実の間を埋めるようなイノベーション』こそ、医療現場の課題を解決する」と主張する。そのために同社が活用するのが、破壊的イノベーションの象徴たるアップルデバイスであることも逆説的だ。

園田氏、そして同社のグロースを担当するデジタルセラピー事業部プロジェクトマネジメント担当マネージャーの増崎孝弘氏への取材からは、同社の協創型イノベーションが実際に医療現場を変えていく様子が浮かび上がってきた。

ヤードックは、オンラインで「モニタリング」「問診」「診察」を実施、それを通常の対面診療に組み合わせることで医療の精度を上げ、可能性を広げるプラットフォームだ。モニタリング機能では、疾患ごとに設定されるバイタルサインや生活情報をスマートフォンやタブレットへ入力、または自動取り込みにより見える化することで、医師の診察時にスムースなコミュニケーションが可能になる。問診機能では、同様に疾患ごとに設定された項目に患者があらかじめ答えておくことで、医師が診療前に患者の症状を把握することができるようになる。データは一元管理され、経時的に観察。このとき、必要があればビデオチャットで診察や指導が実施される。これが診察機能だ。

「毎月の診療が必要な患者さんが病院に行くと、医師から『どうでしたか?』と聞かれますよね。患者さんはそこで、1カ月という長い期間のことを思い出しながら、医師に話さなければならない。これはすごく大変なことです。ヤードックに患者さんのデータ、たとえば毎日の血圧・脈拍・血糖値などが蓄積されていて、あらかじめグラフや表で定量化・可視化されていれば、医師は限られた診療時間をより有効に活用できます」(園田氏)

患者の個別かつ詳細なデータは、医療現場に「あるようでなかったもの」だと園田氏は指摘する。手帳につけていても、電子化されていない。多くの患者データが集まればより精度の高い分析が行えるが、患者間に普及したツールがなければ難しい。ヤードックはスマートフォンという誰もが持つデバイスによって、リアルワールドデータ(実験的環境ではなく、日常の生活の中で収集されたデータ)を蓄積しているとも言える。

「新しいデータが加わることで、さらに病態が解明され、診断学はさらなる発展を遂げるかもしれません。また、これまでブラックボックスだった自宅など病院外の患者さんの状態の変化が見える化されることによって、創薬などの領域にも活用できる可能性があります」(園田氏)

 

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株式会社インテグリティ・ヘルスケアは、「ぬくもりのある医療を、100年先も、ずっと。」をビジョンに、人とテクノロジーの融合で、医療の未来をつくることを目指したメディカルテック企業。医師の武藤真祐氏と園田愛氏によって2009年に設立された。 【URL】https://www.integrity-healthcare.co.jp/

 

 

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代表取締役社長の園田愛氏。医療経営コンサルティングに従事後、株式会社リクルート事業開発室を経て、2009年にインテグリティ・ヘルスケアを創業した。

 

 

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デジタルセラピー事業部の増崎孝弘氏。事業本部のプロジェクトマネジメント担当マネージャーとして製薬企業等とのさまざまなプロジェクト開発に取り組む。

 

 

アップルウォッチとパーキンソン病

インテグリティ・ヘルスケアは、園田氏と、同社代表取締役会長で医師の武藤真祐氏によって2009年10月に設立された。当初はITを活用した在宅医療を事業の柱としていたが、事業化を推し進める中で発生したのが、2011年3月の東日本大震災だった。

武藤氏とともに被災地に赴き、現地では約3年間、地域復興活動に従事した。このような経験から、園田氏は「生活者の生活の中に医療がもっと入っていくべきだ」と思うようになったという。

「在宅医療、災害医療で目の当たりにしたのは、家の中で孤立する患者さんたち。病院で待っているだけでは、起きている問題にリーチできないことがわかったんです。患者さんが医療機関に行くということは、簡単なことではありません。日常生活でも、忙しいビジネスパーソンが治療のために毎月、会社を半日も休むことを負担に思うことも理解できます。さらに生活習慣病では、日常生活において患者さんに行動変容をしてもらわなければいけません。オンラインでリーチできれば、たとえば医師からの励ましを日常生活の中でも得られるだけでなく、リスクの高まりにも(医師が)気づきやすい。医師・患者間にITを組み入れることで多くのメリットが生まれます」(園田氏)

ヤードックの原型となるシステムの開発に着手したのは2016年1月。同年11月には福岡市と同市医師会の協力を得てオンライン医療の実証実験を行った。このとき、単身で福岡に移り、プロジェクトの指揮を執ったのが増崎氏だ。

もともと園田氏は病院経営のコンサルティングに従事し、その頃から同業界の増崎氏の業績を耳に挟んでいた。その後、福岡でのプロジェクトを機に増崎氏を迎え、以降もヤードックを中心に医療のさまざまなサービスを提供。そして現在、このチームで注力しているのが、モニパドというプラットフォームの開発だ。

「モニパドは、弊社と武田薬品工業様が共同で開発する、パーキンソン病の患者さんを対象にしたシステムです。アップルウォッチアプリとiOSの症状管理アプリによる在宅モニタリング、オンライン診療・オンライン服薬指導などを組み合わせています。アップルは2018年にリサーチキットに『ムーブメント・ディスオーダー・API』という加速度センサを用いてパーキンソン病特有の震えを計測できるAPIを追加しました。モニパドは日本ではじめてこのAPIを使用し開発しており、これはパーキンソン病に特徴的な症状である振戦とジスキネジアを感知するのに有効です」(増崎氏)

症状が発生する時間帯や頻度、その程度が計測できることで、医師にとっては投薬のタイミングや量の参考になる。1カ月ごとの診察では決して把握できないこれらのデータが、アップルウォッチによって創出され簡単に取得できるのだ。

 

理想と現実の間を埋める

2020年6月時点でヤードックは約2500の医療機関に導入されている。同社は創業時から「医療従事者はクライアントではなくよい医療のためのパートナーでありたい」というスタンスを堅持しており、それが決して柔軟とは言えない業界において、新しいテクノロジーを普及させるカギにもなっている。

「『オンライン診療』には『病院に足を運ばなくてもいい便利なもの』というイメージがあるかもしれません。でも、それだけがオンライン診療の価値ではないし、それだけがフォーカスされれば医療業界から反発されるのも当然です。ヤードックの真の価値は『かかりつけ機能強化』、医師と患者をつなげるもの。対面で良い診療をするために、あらかじめ良い情報を収集し良いコミュニケーションができるようにしておきましょう、ということなのです」(園田氏)

在宅医療と災害医療を経験し「地域の医療を24時間体制で守る人たちへのリスペクト」を持つに至った園田氏は、「医療におけるイノベーションは非連続ではない」と断言する。

「アップルのブレイクスルーにより医療の可能性は広がりますが、一方で医療現場で『紙とペンはもう要らない』と言ってもすぐには受け容れてはもらえません。医療は患者さんの人生に大きな影響を与えるため、安全性が最優先で、慎重になるのも当然。だから、『紙とペンを要らなくするために必要なもの』を新たに作って、その間を埋める。そこが私たちが入る隙間だと思っています」(園田氏)

今後はアップルウォッチのようなセンシングデバイスの進化に伴い、扱えるデータ・疾患とそれに応じたプラットフォームを増やしていきたい、とする同社。そのままでは患者を救わないテクノロジーも、同社のようにそれを医療現場に接続する存在がいれば、人々の健康に寄与することが可能になるだろう。

 

 

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医療データの活用によって、医師や医療スタッフと生活者のコミュニケーションをよりスマートにする、オンラインの疾患管理システム「YaDoc」。オンラインで「モニタリング」「問診」「診察」の機能を提供。通院困難な患者の負担を軽減し、ビジネスパーソンの治療離脱を防止、在宅医療のニーズにもきめ細やかに応える。

 

 

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インテグリティ・ヘルスケアと武田薬品工業が共同で開発する、パーキンソン病患者を対象にしたプラットフォーム「モニパド」。2020年5月29日、臨床研究が神奈川県で開始されることが発表された。武田薬品工業は、ビジョンとして「高度で最先端の医療の提供を通じてイノベーションをリードするとともに、持続可能性のある医療提供体制を構築することは、製薬企業が果たすべき責務のひとつ。今回の臨床研究は、デジタルデバイスを通じて患者さんの症状を継続的にデータとして収集し、診察外の患者さんの様子を確認できるようにすることで、オンラインプラットフォームが患者さんにとって満足いただけるかどうかを評価します」とコメントしている。

 

インテグリティ・ヘルスケアのココがすごい!

□ アプリで患者の日常生活データを見える化し、医療の質を上げる
□ Apple Watchの加速度センサをパーキンソン病治療に活用
□ 理想と現実の「間を埋める」プロダクトで医療をアップデート



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