教育・医療・Biz iOS導入事例

モバイル社会における医療情報との正しい向き合い方

文●朽木誠一郎

Apple的目線で読み解く。医療の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

インターネットにはウワサやデマも含めて大量の情報が氾濫しているが、これは医療情報も然りである。自然と情報が舞い込んでくる現代において、不正確な情報から自分の身を守るには、どうすればいいのか。ネットと医療情報の問題を追いかけ続ける筆者が、その方法をまとめる。

 

 

メディア消費状況が一変

新型コロナウイルスが生活に与えた影響は多岐に渡る。ソーシャルディスタンスの概念や在宅勤務の普及はもちろん、それはスマホの中にも及んでいる。メディア消費の状況もまた、一変したのだ。

消費者リサーチ大手のニールセンが発表したレポートでは、ヤフーニュースにおいて2月27日、ページビュー数が日時平均38%増となり、2億4400万回近くに達したとしている。これはおよそ2700万人分の増加に相当する数字だ。また、同社はNTTのデータを引用し、3月1週目における平日(午前9~16時)のインターネット通信量は通常時より35%多く、さらにその次の週には40%増加したことを報告している。統計データサービスのスタティスタが公開したアンケート調査によれば、3月に入っ「ニュース報道(サイト、テレビを含む)をいつもより多く視聴している」と回答した割合は、日本では56%だった。

現在では多くの日本国民がネットを介して情報を摂取しているが、その一方で、ネットの医療情報との関わり方には注意点が存在する。ネットにおいてウワサやデマも含めて大量の情報が氾濫し、現実社会に影響を及ぼす現象を「インフォデミック」と呼ぶが、新型コロナウイルスに関してはまさにこれが発生している状況だ。ネット上の不正確な情報から身を守るには、どうすればいいのだろうか。

 

自覚なき「フィルターバブル」

iPhoneのホーム画面を左にスワイプすると、設定次第ではそこにはあなたが読むべき「ニュース」が表示される。時間のない現代人にとって便利な機能であることは言うまでもないが、ここで一つの疑問が生じる。「読むべき」かどうかを決めているのは誰なのだろうか。

もちろん、それはティム・クックではない。実はこのニュースのセレクトは、あなたのこれまでの行動によって決まっている。いわゆる「パーソナライズ」だ。つまり、iPhoneにはこれまでのニュースの閲覧履歴や滞在時間、ページ遷移などの行動から、「どんなニュースを好んで読むか」のデータが蓄積されている。そのデータを用いて、アルゴリズムに基づき、ニュースをレコメンデーションしているのだ。しかし、である。こと新型コロナウイルスのような医療情報においては「好む」「好まない」といった主観的な情報ではなく、科学的に正確かどうかが重要なはずだ。残念なことに、アルゴリズムはこれを判定できない。

その結果、何が起きるかといえば、新型コロナウイルスについて悲観的な情報を求める人の元にはより悲観的な情報が届く。当然、その逆も然りだ。結果、極端に言えば「罹ったら終わりだ」と思う人と、「罹っても大したことはない」と思う人が同時に生まれ、それぞれが増えていく。このように、自分が見たい情報だけを見せられる状態は「フィルターバブル」と言われ、医療だけでなくさまざまなデマの温床になっているとして問題視されてきた。実は我々は「信じたいものを信じる」という泡の中で、正しい情報を遮って生活しているのかもしれない。

 

エコーチェンバー現象の実際

SNSのように、バーチャルであれ人と人とが関わるような空間では、もう一つの問題が発生する。「エコーチェンバー現象」と呼ばれるそれは、価値観の似た者同士が交流し、「共感」し合うことにより、特定の意見や思想が増幅されてしまうことを指す。増幅された特定の志向は、まずはバーチャルの世界で「ネット民意」として影響力を持ってしまう。ネットでしばしば見られる攻撃的な言説や、前述したようなデマが広まる一因とも見られ、ネット民意が現実世界にも影響するようになった昨今、決して無視できるものではない。

たとえば、がんについての情報。「米国では抗がん剤は使われていない」「WHOは抗がん剤を禁止している」「抗がん剤を使っているのは政府や製薬会社の陰謀」——これらの言説は古典的な医療デマだが、これを信じて抗がん剤の使用を拒否し、あるべき命を縮めてしまう人々が実際に存在する。そして、SNSを目を移せば、このような言説を紹介し合い、結束を深めている一群のユーザがいることも見て取れる。

新型コロナウイルスについても同様の事態が起きている。たとえば愛知県警は4月10日、広報課の公式ツイッターで「深く息を吸って10秒我慢し、 咳や息切れがなければ、新型コロナウイルス感染の可能性は低い」と不正確な情報をツイートした。これはWHOなども明確に否定している医療デマだ。同広報課は「県民の不安を少しでも和らげたいという思いが先走ってしまった。今後は真偽を確認し、慎重な情報提供を心がけたい」とコメントしているが、これはまさにフィルターバブルとエコーチェンバー現象の合わせ技だろう。

愚かだと笑う人もいるかもしれない。しかし、人の認識とはまだらであり、グラデーションのように濃淡がある。新型コロナウイルスについては、社会的に有識者とされる人でも、科学的には不正確な発信をするケースが多く確認されているのだ。「自分はフィルターバブルやエコーチェンバー現象と無縁である」という自信こそが、かえってリスクになると言えるかも知れない。

 

情報のスクリーニング方法

医療情報は命に関わるものだ。一方で、ネットが普及しきったこの時代、情報の量は爆発的に増えている。フィルターバブルもエコーチェンバー現象も、その中から自分が「読むべき」情報を手に入れたいという、ある種の防衛本能に由来すると言える。では、デマに惑わされずに「正しい医療情報」と「そうでないもの」をふるい分けるには、どうすればいいのだろうか。

簡易的なスクリーニング方法が「NGワード」だ。たとえば、「すぐに」「ラクに」「簡単に」といった心理的ハードルを下げる言葉がある。人間の体は複雑であり、変化には少なからず苦労が伴う。それゆえに、このような言葉は本来は医療に馴染まないものだ。

同様に注意が必要なのが「絶対に(効く)」という言葉。医療には「不確実性」という概念がある。医療行為は本質的に不確実であり、100%の精度を持った経過の予測は不可能だ。宣伝文句に「絶対に」とあれば、慎重になるべきだ。

また、「最新」という言葉にも注意が必要で、医学において「最新」は必ずしも「最善」とは限らない。医学における最新は「十分に検証されていない」とも言い換えられるからだ。医学における最善とは、人間の患者を対象とした臨床試験により、従来の治療よりも優れていることが証明された「標準治療」を指す。「標準」という言葉の響きにより、もっと優れた治療があるのではないかと思う向きもあるだろうが、実際にもっとも優れた治療はほとんどの場合、標準化されており、保険適用により安価である。

もう一つのスクリーニング方法が「5W2H」だ。まず「What(何を)」。これは前述のNGワードでもチェック可能。加えて「因果関係と相関関係」「エビデンスの強弱」を確認できるとなおよい。

「因果関係と相関関係」について説明しよう。たとえば「〇〇をした国で新型コロナウイルスの死亡者数が少ない」という事実があるとして、これを「〇〇をしたから新型コロナウイルスによる死亡者数が少なかった」と、因果関係のように解釈するのは早計だ。「その国の他の要因が新型コロナウイルスによる死亡者数を抑えたのかもしれない」と見ることもできる。この場合、「〇〇」と「死亡者数」は相関関係だ。

そして、「エビデンス(科学的根拠)の強弱」。エビデンスは「ある/ない」だけで判断されるものではない。たとえば、「〇〇(成分など)が新型コロナウイルスの増殖を防止する」というニュースがあったとして、それは試験管の中や、動物を対象とした実験により得られた結果ではないか。当然、その場合は人間にそのまま適用できるものではない。

「Who(誰が)」では、情報発信者や資格保持者の資格や所属、プロフィールを参照。医学は現在、細分化されており、医師であっても感染症対策には詳しくないこともあり得るため、「何を専門にする医師か」というチェックポイントも存在する。「When(いつ)」では、情報の日付を参照し、「Where(どこで)」は情報の媒体をチェックする。そして「Why(どんな目的で)」では、情報発信の目的を確認する。セールスコピーに新型コロナウイルスを利用した健康食品があるように、宣伝目的の情報発信が往々にしてあるからだ。

「How much(いくらで)」では紹介されている「対策」の値段をチェックする。医療においては高額な治療がいい治療という図式は成り立たないのは前述したとおり。「How many(どのくらいの数字で)」では、数字のレトリックに注意する。例えば「60%に効果あり」は「1000人中600人」なのか、「5人中3人」なのか。「10人の声」は100人中10人の声なのか、1万人中10人の声なのか。病気になりたくない人を騙すためのテクニックはいくらでもある。

近年はSNSなどで医師などの専門家による直接発信が増加している。ここで紹介したスクリーニング方法を適用しつつ、信頼できそうな専門家を複数人、見つけて、その複数の情報源をチェックするのも有効だろう。ある事象について、「A医師は何と言っているか、B医師は…」と見比べることは、リテラシーを身につける最初のステップでもある。

ただし、注意点が二つある。一つは、自分の個別の事情はかかりつけ医に診断してもらうということ。そしてもう一つは「単独のツールを信じ込みすぎないこと」だ。筆者のフィルタも、それだけでは当然、完ぺきではない。「〇〇さえ信じておけば大丈夫」という時代は、こと医療情報についてはすでに終わっているのだから。

 

 

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フィルターバブルによるパーソナライズは、何もiPhoneやiPadのウィジェットに表示される「News」に限ったことではなく、Google検索でも、Yahoo!ニュースのアプリでも、FacebookやTwitterのタイムラインでも、裏側では同様のことが作動している。

 

 

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情報のスクリーニング方法としては「5W2H」が挙げられる。その中の1つ「Where」は情報媒体のチェックだが、特に重要な情報は政府や厚生労働省など公的機関のものを参照するようにしよう。

 

 

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TEDでは「フィルターバブル」という言葉を生み出したインターネット活動家のイーライ・パリサーの講演をチェックできる。 【URL】https://www.ted.com/talks/eli_pariser_beware_online_filter_bubbles?language=ja



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