天才少年登場 ~羽生世代の衝撃―対局日誌傑作選―より|将棋情報局

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天才少年登場 ~羽生世代の衝撃―対局日誌傑作選―より

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天才少年登場

1986年1月31日
第36期王将戦一次予選
▲宮田利男六段
△羽生善治四段

 新四段・羽生の前評判はすごい。今日がデビュー戦だが、毎日グラフ、フォーカスが取り上げたのだからたいしたものだ。フォーカス誌に書いてあった。「天才は忘れたころにやってくる」。

午後2時

 宮田~羽生戦は第二対局室だ。大広間でも数多くの対局があり、朝日プロトーナメント準決勝の加藤(一)~勝浦戦など、見逃せない好取組だが、それにふれる余裕はなさそうだ。

 天才羽生はどんな将棋を指しているかといえば、第1図。私も近くで対局していたのでときどきのぞいたが、多少無理でもどんどん攻める棋風のようである。

 宮田は少年相手で指しにくそうに目をそらしている。となりを見ては雑談の相手になってもらおうとしているが、真部と沼は無口なので話がはずまない。もじもじと坐り心地がわるそうにしているが、本当は目の色を変えて戦わなければならないはずだ。

 宮田は常々、弟子の山内君に、「羽生だけには絶対負けるな」とハッパをかけていた手前というものがある。話がそれてしまったが、第1図の局面で宮田は「この坊やはなにをやってくるんだろう」と思った。▲9八同香と取ったら手がないじゃないか。

 ところが、▲9八同香には△4五歩で一歩が手に入る。▲同桂△9七歩は先手負け。それに気がついて宮田は、「指す気がなくなったよ」と苦笑した。

 しかし、口ではそう言うものの、けっこう粘っていて、第2図まで進んだ。ここからが見所である。

 

第2図からの指し手
▲7六歩 △7九銀 ▲9二馬 △同 香
▲7九金 △同 と ▲6八玉 △7八金
▲5八玉 △6九角 ▲4八玉 △4六歩
▲同 銀 △3六角成▲3三桂成△同金右
▲4一銀(第3図)

 宮田の▲7六歩が策のない手。おそらく敗着であろう。当然▲7五歩△同香▲7六歩と打つべきで、△7九銀なら▲7五歩と取れるから大違いだった。

 羽生は△7八金と打ち、△6九角と平凡な手で攻める。だが、△3六角成が一手スキでなく、▲4一銀とかけられて、逆転かと思われた。ところが、ここからがしぶとい。

第3図からの指し手
△1二玉 ▲4七銀 △4六馬 ▲同 銀
△3六桂 ▲5七玉 △2八桂成▲3二銀成
△同 金 ▲3四桂(第4図)

 △1二玉の早逃げが常用の手筋。これで先手は駒を渡さずに必至をかける手段がない。羽生は正確にそれを読み切っていた。

 ちょうど第4図の場面で夕食休み。羽生は外へ出ていった。宮田は対局室に残って盤面を見つめていたが、一息入れてみると、形勢が絶望的なのが判ったらしい。突然記録係を呼びつけて、「もう投げるから羽生君を呼んできてよ」と大声でいった。みんな何事かと集まって来ると、「本当だよ」とまた言った。

 結局羽生が見つからず、しぶしぶ宮田は指しつづけることになった。

 実はまだ難しいところもある局面なのである。それでいながら宮田があきらめたのは、羽生がしっかり読んでいる気配を感じ取ったからである。もうすこしでも自信なさげのところがあったなら、宮田も粘る気を起しただろう。

 局後の感想戦はこのあたりで終った。ここまで見て、なるほど強い、とは思ったが、何かもう一つ物足りないものを感じた。だからフォーカス誌の取材に「甲子園の優勝投手みたいに完成されていて、荒削りの魅力がない」という意味のことを言った。同じことを中村や森下がデビューしたときにも言ったような気もする。

 最近の若手棋士は、勝ち方をよく知っている、という点が共通しているのである。

 と、ここで終りにするつもりだったが、念のためにと終りまで並べてみて、いっぺんに考えが変りましたね。とりあえず第4図以下の手順を見て下さい。

 

第4図からの指し手
△3三銀 ▲7二飛 △4八銀 ▲4七玉
△4二歩 ▲5五歩 △4五銀(第5図)

 最後の△4五銀が絶妙。前の△4八銀との組み合わせがにくい。これをキラリと光る手という。

 ▲4五同銀と取れば、△2七飛▲5六玉△6七飛成▲同玉△5七金まで。

 後日、島に会ったとき、「羽生君をどう思う」と訊いてみた。

「みんなたいしたことない、と言ってますよ」

「あの△4五銀を見ただろ。凄いじゃない」

「いい手ですけどね。あのくらいは…」

 プロなら読めて当然というわけか。しかし言葉のはしに対抗意識がちらちらしていておもしろい。

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