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詰将棋作家・藤井聡太

詰将棋作家・藤井聡太 第2回 駒を動かす楽しさ

藤井聡太が創作した詰将棋を本格批評!


おかげさまで、第1回は大変ご好評をいただきました。ありがとうございます。
藤井七段が「将棋が強いから詰将棋もすごい」ということではなく、それぞれにおいて別々の意味ですごいのだ、ということがまずはお分かりいただけたのではないかと思います。

前回取り上げた作品は、知恵比べ的な側面のある作品でした。今回は、また違った作風を披露している、もう少し優しい作品を取り上げます。優しい作、とは完全に私個人の感覚で、つまり難易度的な意味で易しいとはいささか申し上げにくいのですが、ある意味で根本的な優しさを感じる作品ということです。それは、駒に対する愛情のようなものと呼べるかもしれません。


 2016年9月、日本テレビ「スッキリ」にて紹介

サイン色紙に描かれた作品です。右上5×5に収まっているので、色紙にはもってこいの初形ですね。こういう形なら解いてみようという気になる方もいらっしゃるのではないでしょうか。
そう思われた方のために、先にこの作品の手数を書いておきましょう。この作品、コンパクトな見た目とはうらはらに53手かかります。専門誌でも長編に分類される手数です。

長編と聞くと身構えてしまう方も多いことと思いますが、実は長編詰将棋の基本精神はすごく単純です。それは「駒が動くのって楽しい!」という無邪気な喜びです。作る側は、その楽しさを長続きさせるために、できるだけ駒をいっぱい動かせる仕組みを考えて知恵をしぼりますが、鑑賞する側はその無邪気さだけを受け取って、さらさらと並べて楽しんでしまえばいいと思います。ぜひリラックスして読み進めていただければ幸いです。

さて本作、手数は長いですが基本となる構造はかなりはっきりしています。問題図において、2三の歩が要の守備駒になっています。なので、それを消せば詰みます。それだけ。シンプルですね。

具体的には、次の図を目指します。
 

【目標図】

問題図から2三歩が消えた形です。代償として持ち駒の飛車も1枚失っています。この先の手順を考えるのはあとにして、この形になれば詰む、とまずは覚えてください。

ではどうすれば目標図になるか。次の局面が作れれば有望そうです。

 
【仮想図】

この図は、問題図から持駒の飛車が1枚金に化けた図です。この局面が実現できれば、ここから▲2三金△同玉▲3四金と打ち直して目標図に近づくことができます。
というわけで、①飛車を金に取り換える、②その金を消費して2三歩を取ってしまう、という細かい変化を積み重ねられれば目標図に到達できそうです。ちょっと虫がいい読みですね。ただ、「こうなったらあまりに虫がよすぎるな」、という手順が思い浮かんだとき、詰将棋は解けたも同然です。優れた作家というのは、その一番虫のいい話を実現させるものだからです。
 
初手からの手順
▲1一飛 △1二歩合 ▲1四歩 △同玉 ▲1二飛成 △1三金合
 

【1図】

飛車で下から攻めます。今回合駒の変化はポイント以外省略しますが、大半が一番自然な歩合ですのでわかりやすいと思います。さて、図の局面では△1三歩合だと▲2三龍で詰んでしまうので、横に利く合駒を選ばなければなりません。飛車は2枚とも攻め方が持っていますから、金に決まりますね。これを取ると…。

【1図】以下の手順
▲1三同龍 △同玉
 

【2図】

さっそく目的の一つを達成することができました。初形から持駒の飛車を1枚金に交換した局面です。このように、ほかの局面を変化させずに持駒だけを取り換える技法は「持駒変換」と呼ばれており(そのままですね)、昭和以降の長編詰将棋を飛躍的に進化させた技法のひとつです。この作品では自然な手の中で実現しているので、解く上での驚きは少ないかもしれませんが、作家の立場からするとうまいなと思います。
さて、ここから【目標図】を目指して、想定していた2三歩の消去を行います。

【2図】からの手順
▲2三金 △同玉 ▲3四金 △2二玉
 

【3図】

目標図に至る過程として、まずは2三歩消去を実現しました。▲3四金と打ち直した手に対し、玉方は△2二玉と逃げます。ここで△1二玉では▲1三歩△同玉で目標図になってしまうので、一番遅らせる手を選んでいるわけです。ここで上部から攻めるのはすぐに手が切れるので、視点を変えて横から攻めます。

【3図】以下の手順
▲4二飛
 

【4図】

ここで△1三玉と上部に逃げると▲1四歩△同玉▲1二飛成と進みます。実は玉方にとってその局面はいずれ避けることができない局面なのですが、それを少しでも遅らせることを考えます。とはいっても、ここで下段に逃げる手はもっと簡単に詰むように見えます。△2一玉には▲3二香成△1二玉▲3三成香がありますし、△1一玉は▲1二歩△2一玉▲3二飛成まで。窮したようですが、ここで妙手があります。

【4図】以下の手順
△3二歩合
 

【5図】

どうせ取られるところにぽとりと△3二歩。第1回でも出てきた捨て合の手筋です。これを▲同香成には△1三玉で逃れ。▲同飛成には△1一玉があります。

 
【失敗図】

ここで▲1二歩は打ち歩詰の反則。つまり△3二歩は強力な龍を先に呼び寄せ、自玉の退路を消すことで打ち歩詰に誘導しようという手だったわけですね。そこで攻め方も工夫します。


(再掲)【5図】以下の手順
▲3二同飛不成 △1一玉 ▲1二歩
 

【6図】

▲同飛不成! がよい手。あえて攻め駒を弱い状態に保つことで、玉が2一に行けるようになり、結果的に▲1二歩が打てるようになります。失敗図と比べてみてください。さて、こうした繊細なやりとりを経て、ついに目標にしていた局面に近づいてきました。

【6図】以下の手順
△2一玉 ▲3一飛成 △1二玉 ▲1三歩 △同玉 ▲1一龍 △1二歩合 ▲1四歩 △同玉 ▲1二龍 △1三飛合

 
【7図】

【4図】の▲4二飛に△1三玉の局面は、すぐに▲1四歩△同玉▲1二飛成でこの局面に早く合流します。△3二歩合はそれを遅らせる巧みな延命手段でした。一歩多く渡しても、それを活かして下段に逃げ込めば、▲1二歩と打たせて持駒の帳尻は合うため、手数伸ばしの効果だけが残るという計算です。

さて、▲1二飛成の局面は限りなく先ほど行った持駒変換の局面に近いですが、2三の歩が消えているのが大きな変更点。それによって、1三の合駒が飛車に変化します。▲2三龍を防いで横に利かなければならない点は変わりないのですが、ここで金合だと▲同龍△同玉▲2三金が打てるのです。そのとき2三に打たれるのが飛車なら△1二玉と逃げられる、というわけですね。この飛車を取って、ついに目的の局面に到達です!

【7図】以下の手順
▲1三同龍 △同玉
 

【目標図】

この形になれば詰む、と言っていた形にようやく持ち込むことができました。初形から2三歩一枚を取り外して玉をもとの位置に戻すだけなのに、ここまでで30手もかかっています。このように、小さな目標に対してたくさん手数がかかるような仕組みを作るのが長編作家の腕なのですが、本作においては単に駒繰りが楽しめるだけにとどまらず、持駒変換や歩の捨て合、それに対する飛車不成など高級手筋がこれでもかと盛り込まれており、並べるだけでまったく飽きさせない張りのある手順となっています。皆さんも、もう30手も進んだのかと思いませんか? 

さて、ここからの収束手順も駒を動かす喜びにあふれています。ポイントは「動かして捨てる」です。

【目標図】以下の手順
▲1四歩 △2二玉 ▲2三歩 △1一玉

 
【8図】

▲1四歩が打てるのが2三歩を消した効果で、△同玉には▲2四飛と打つ手が生じています。△1一玉まで進んだ局面で歩が2枚盤上に打たれました。これがこのまま盤面に残って詰むとちょっと重たいのですが、藤井七段はこれらを鮮やかにさばいていきます。

【8図】以下の手順
▲3一飛 △2一角合
 

【9図】

まず▲3一飛と打って合駒をもらいにいきます。この手に△2一歩合では▲2二歩成△同玉と呼んで▲3二香成があります。
 

【変化図1】

これに備えて、3二に利く駒を合駒する必要があるわけですね。金や銀では取られたとき強すぎるので、盤のすみっこで一番使いづらい角合に決まります。

 
(再掲)【9図】以下の手順
▲2一同飛成 △同玉 ▲3二角 △1一玉
 

【10図】

先ほどの合駒が金や銀だと、取った後3二ではなく2二から打てて詰みます。さて、ここからいよいよ収束です。先ほど「取り残されると重たい」と書いた歩が動き出します。

【10図】以下の手順
▲2二歩成 △同玉 ▲1三歩成 △1一玉 ▲1二と △同玉
 

【11図】

みごと、2枚とも成り捨てる手順が実現しました。一度打った駒を動かして捨てるというのは、詰将棋の駒さばきの中でもかなり気持ちのいい手となります。それは、持駒から打たれた駒は当然その段階では必要だったので打たれたのに、結局わざわざ自分から捨てに行くことになる、という逆説的な部分のおもしろさもひとつにはありますが、やはりより根源的には「駒を動かすって楽しい!」という原則にかなっているからではないかと思います。本作の場合、特に1四に打たれた歩は1三歩成→1二とと2度動かして押し売りしているので、その感触のよさは倍増です。なお、この1四歩を捨てる手順は、玉を2二から1二に移動させるためだけの手順なのも味わい深いところです。攻め方はいいタイミングで▲2三金といきたいのですが、2二に玉がいるときに▲2三金とすると、△3一玉と角の頭に逃げられて詰みません。
 

【失敗図2】

ところが▲1三歩成と2三の地点を開けるように攻めると、△3一玉には▲2三角成があって詰みます。
 

【変化図2】
そのため△3一玉の選択肢があるうちは▲1三歩成とし、1二に玉を動かして△3一玉を消してから▲2三金と進むわけです。このあたりは非常にきめ細やかにできています。以下は先ほど打った角も「動かして捨てる」ことになって詰め上がります。

 
【11図】以下の手順
▲2三金 △1一玉 ▲2一角成 △同玉 ▲3二香成 △1一玉 ▲2二成香まで53手詰。

 
【詰上がり図】

いかがでしたでしょうか。
さすがに53手ともなると、眺めるだけでもお疲れかもしれません。ですが、最初に思ったよりはずっと短く感じたはずです。それは、何よりもこの手数が「解答者を煙に巻いてやろう」という悪意からではなく、駒の運動をじっくり楽しんでほしいという善意から紡がれているからです。ですから、狭いところでの細やかなやりくりであるにも関わらず、手順の全体としては窮屈な印象を与えず、さわやかで流れるような駒さばきが味わえる作品になっています。持駒変換や飛車不成などテクニカルな部分もありますが、本作においてそれらはパズル的な要素として中心的に登場するのではなく、あくまで手順全体のやわらかい雰囲気の中に溶け込みつつ、控えめに彩りを添えています。その全体の統一感ゆえに、本作には「この部分から作り始めたんだろうな」という部分が見当たらず、最初からこの53手一組として存在していたのではないか、という印象を与えます。

こういう作品は、作ろうと思って作るというよりは、藤井七段の頭の中で駒が勝手に遊び始めた結果として生まれたものなのではないでしょうか。頭の中の駒たちと一緒になって遊んでいるうちに、気づいたら時間が経っていて、それが53手という手数だった。そんな風に思える作品だと思います。冒頭で優しい作品だと述べたのはそういう意味で、並べていると「駒と仲いいんだなあ」という感想を抱かされるからです。だから私たちも、長手数を前に緊張してしまわなくとも、藤井七段と一緒になって駒たちの楽しそうな様子を眺めていれば、それでいいのだと思います。専門誌に発表されていないのが惜しまれる好作です。



 

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著者

會場健大(編集)