コーチ視点のバスケット分析:川崎ブレイブサンダース|MacFan

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コーチ視点のバスケット分析:川崎ブレイブサンダース

文●柴谷 晋

今のスポーツはデータ戦。勝利を手繰り寄せるためのスポーツアナリストのデータ分析とは?

 

川崎ブレイブサンダース
アシスタントコーチ

佐藤賢次 (さとう けんじ)

大瀬中、洛南高、青山学院大学を経て東芝に入社。東芝(現・川崎ブレイブサンダース)では2006~2007年より主将を務め、2011年引退。引退後はアシスタントコーチ兼アナリストを務める。

 

 

データか、それとも個の力か?バスケの勝敗を左右するもの

 

2016年秋に開幕したプロバスケットボール新リーグ「Bリーグ(B.LEAGUE)」。プロ化初年度の2016−17シーズン、勝率ナンバー1で中地区を制したのが、神奈川県川崎市を本拠地とする川崎ブレイブサンダースだ。Bリーグチャンピオンシップのファイナル(決勝戦)では、田臥勇太選手が所属することでも知られる栃木ブレックスに敗れ、初代チャンピオンとはならなかったが、日本バスケット界を代表する強豪チームである。

佐藤賢次さんは、そのチームでコーチ兼アナリストとして活躍している。「コーチ視点」の分析が、どのように勝利につながっているのか。準優勝から2週間後に話を聞いた。

「作業で手一杯」からコーチ視点の分析へ

柴谷●佐藤さんは、現役のときはどういう選手だったんですか。ちょっと調べたら「奈良のマイケル・ジョーダン」というニックネームを見つけましたが…。

佐藤●あれは中学のときです(笑)。全中オールスターという大会があって、奈良が優勝したんですよ。でも、実際にそんな風に呼ばれたことはないです(笑)。

柴谷●ポジションは、ポイントガード。(チャンピオンシップ決勝で対戦した)田臥勇太選手と同じですね。

佐藤●そうです。歳は彼が1つ下なんですけど、同世代です。高校の頃からずっと試合をしてきました。私は高校卒業後、青山学院大学へ進学し、卒業後は東芝で10年間選手としてプレイしました。そして引退後すぐにコーチとなり、丸5年が経ちます。

柴谷●佐藤さんは、アシスタントコーチ兼アナリストですよね。分析は自分から始めたのですか。それとも誰もいないから仕方なく始めたのですか。

佐藤●いないから仕方なくです(笑)。最初の頃は、作業で手いっぱいでした。Macで動作する「スポーツコード(SportsCode)という分析ソフトを使っているのですが、1試合の映像をタグ付けするのに、3時間とか4時間かかっていました。試合の映像を編集してヘッドコーチに渡すことの繰り返しでした。でも、2年目くらいからこれじゃダメだと作業を効率化しつつ、コーチ目線で映像を見て、選手にどう落とし込んでいくかを考えるようになったんです。ちょうど試合映像がUSBメモリで提供され始めた頃です。

柴谷●バスケットボールの場合、試合映像はリーグが一括して撮影していますね。

佐藤●そうです。試合後にリーグが両チームに同じ映像を準備してくれます。コーチ1年目は業者からDVDを購入していたので、それを変換してスポーツコードに取り込む作業がめちゃくちゃ大変だったんですよ。でも、2年目からはUSBメモリで提供され、データ変換の必要もなくなったので、作業を効率化することができました。

柴谷●佐藤さんは、もともと数字やデータに強かったのですか。

佐藤●強いほうですし、好きなほうです。でも、僕が行っている作業は、相手のシステムや相手の狙い、強み&弱みを分析することであり、それをわかりやすくするために数字を使っているという感じです。数字ありきで何かを導くことはありません。

 

Data 1>Spotscodeによる分析

佐藤さんが使うのはMacで動作する分析ソフトのスポーツコード(SportsCode)。試合映像を見ながら、自身で用意した幾多もの分析項目(ウインドウ右)を記録していく。画面下の小さな四角一つ一つが、1回のオフェンスやディフェンスでつけた記録だ。「1年目はこれをつけるので精一杯。今はこれをつけたあとに相手の特徴を考え、コーチ陣に提案しています。ここまで来るのは本当に大変でした」。

 

 

勝つための情報を整理して落とし込む

柴谷●バスケットボールでは、どのように戦い方を決めるのですか?

佐藤●試合前に相手チームを分析しておき、コーチ&選手間でその情報を共有し、それを元に試合に臨みます。バスケットボールでは1回のオフェンス(攻撃)ごとに、サインプレイ(サインによって特定の攻撃を行う)があるのを知っていますか? 全体の試合のうち半分くらいはサインプレイによって選手は動いています。

柴谷●サインは誰が出すのですか?

佐藤●サインを出すのは、だいたいポイントガードです。あるいはベンチのコーチが出す場合もあります。

柴谷●ということは、そうした相手チームのサインプレイを分析しているのでしょうか。

佐藤●はい。バスケは1試合で各チーム70回程度攻撃がありますが、セットプレイのサインを出すのは30回から40回くらいです。ポイントガードがボールを運びながら1とか2とかサインを出しているので、それを見て1の攻撃、2の攻撃といった具合に記録します。もちろん、その攻撃にどの選手が関わり、得点に結びついたかなどもです。サインがないプレイのときもありますが、そのときでも、フリーランスなどといった相手のオフェンスの情報を記録しておきます。そうした相手チームの分析を経て、試合中は対策を練ったり、試合後は次の試合に備えて練習を行います。

柴谷●相手チームは、サインを変えてこないのですか。

佐藤●変えてくるときもあります。そうした場合、ハーフタイムで選手に伝えるしかありません。ですから試合の前半は、相手チームの変更点を念入りに観察しています。

柴谷●分析の世界には流行りがありますよね。バスケットボール界で今重視されていることはありますか。

佐藤●私の場合は、他チームのアナリストと違ってコーチ目線で分析をしているため、一般的な流行はわかりません。勝つために必要な情報を整理して、準備して、選手に落とし込む。対戦相手のシステム、強みと弱みをスポーツコードを使って整理して試合までに準備をする。シーズン中は毎週火曜日にコーチミーティングがあるので、そのミーティングに映像資料を出しています。かなりの量があるのですが、コーチ陣で全部見て、凝縮させて選手に落とし込む。流行り廃りよりも、こうした本質的なことを、僕は一番大事にしています。

分析をし過ぎると逆効果に

柴谷●オフェンスのパターンは1チームでいくつくらいあるのですか。

佐藤?それを正確に答えるのは難しいですね。人の動きは、いくらでも作れるからです。だから、僕は得点に絡む起点となったプレイに注目しています。最初は、いろんな動きをしていても、結局相手がやりたいことはいくつかに限られます。たとえば、ゴール下に背の大きな選手を移動させてボールをもたせる、ボールを持った選手のディフェンダーに対して壁を作って邪魔をしてチャンスを作る「ピック&ロール」というプレイを使うといった具合です。途中の動きも分析対象にはなりえますが、コーチ目線の分析ではやはり得点に絡むプレイの分析がもっとも重要なのです。

柴谷●バスケは年間70試合程度やっていますよね。しかも、同じ相手に2連戦や3連戦があります。相手が戦い方をガラリと変えてくるということはありますか。

佐藤●シーズンの節目で変わることはありますね。たとえばオフ明けとか。正月に天皇杯という大会があって、その間はリーグ戦は中断しています。ここでガラリと変わるチームもあります。

柴谷●ラグビーの場合は、試合数が少なくて試合間隔がだいたい1週間あるので、前の週で良くなかった部分はある程度修正することが可能です。だから、相手の一週前の試合映像を見て、ここが弱点だって分析しても、相手も修正してくるので、そこ攻めても穴がないということがあります。分析をそのまま落とし込むと逆効果になってしまうのです。

ですから、ある程度相手の分析はするのだけど、シーズン前に自分たちのアタックパターン5つぐらい作っておいて、試合序盤でそれらを試してみて、今日はこれとこれが効果的だと判断する。そういった試合当日の分析を重視するのが、ラグビーには合っていると私は考えています。

佐藤●分析し過ぎてしまうと、選手が戸惑ってしまうというのはありますよね。何度もそういう痛い目に遭ってきました。情報を与え過ぎてしまい、選手がそれに固執して裏をかかれてしまう。相手のオフェンスを研究しすぎて、右に来るだろうと右寄りに入ると、反対をスコーンと抜かれたりする。どこまで分析すべきか、どこまで分析に頼るべきかはすごく難しい永遠のテーマです。

また、選手によってもデータの向き不向きがありますので、それをどこまで勘案するか。コーチの指示をすべてやろうとする選手には、情報は与え過ぎないほうが良いでしょうが、自分で取捨選択できる選手にはすべてのデータを開示したほうがいいのかもしれません。

 

Data 2>効率的なデータ分析

試合映像を見ながら、必要なポイントに絞ってデータを取ることがコーチ兼アナリストという立場では重要だと佐藤さんは語る。「たとえば、シュートに至るまでのプロセスにはいくつかありますが、相手のデフェンスにズレが生じ始めたポイントはどこか(攻撃の起点はどこか)を記録しています」。たとえば、バスケットボールには「ピック&ロール」というオフェンスプレイがある。以前は、ピック&ロールがあったらそのたびにカウントし、後からそれが有効だったのかを判断していたが、今は「ピック&ロールをしてもディフェンスにズレが生じた部分のみ記録している」という。チームやアナリストによっては、ピック&ロールの回数を記録する場合もあるだろうが、シュートにつながるピック&ロールはどれだったのかを絞ることでデータ分析の効率化を図っている。

 

 

データよりもやはり個の力

柴谷●また、データをどれだけ重要視するのか、データがどれほど試合の勝ち負けに影響を与えているのかを測るのは非常に困難です。スポーツですから、やはり試合の勝ち負けは個人の力によるところも非常に大きいですから。ラグビーは15人のスポーツなので、すごい選手を1人連れてきても、すぐに勝てるわけではありません。でも、バスケットボールは1チーム5人ですから、個人の力が試合に占める割合は大きいですよね。

佐藤●そうですね。バスケットボールの場合は、データによる分析は重要になってきていますが、すべてではありませんし、圧倒的な個の力があるとデータが意味をなさなくなってしまう場合が多々あります。たとえば、1人では絶対に守れないすごい選手が相手にいたら、2人でカバーするしかないわけです。すると、通常の1対1のディフェンスシステムは使えないので、特殊戦術を使うことになります。だから個の力が弱いチームほど、特殊な戦術をたくさん用意しないといけませんし、ディフェンスでは1人に対して2人で対応して、他の3人が足を動かし続けなくてはなりません。

でも、逆にそのすごい選手が弱点になる場合もあるんです。たとえば、オフェンスでは際立ってすごいけど、ディフェンスのときにボールから離れると途端にサボり出すという選手がいるとします。それを映像やデータ分析によって見抜くことができれば、試合を有利に運べます。個の弱点はすぐに修正するのが難しいのです。

柴谷●チームの弱点は修正しやすいけれども、個人の弱点はしにくい。良いことを聞きました。

佐藤●私はあまりラグビーの分析はわからないのですが、バスケットボールとラグビーでは、分析手法にどんな違いがありますか。

柴谷●バスケットボールは攻撃回数がある程度決まっているので、数字が出しやすいと思います。だから専任のアナリストであれば、数字に特化しやすいのではないでしょうか。ただ、データをたくさん出すことと、チームが強くなることはイコールではありません。選手の能力や環境の違いはやはり大きいですし、溢れる数字をそのまま出しても、強化に直結しないことは確かです。数字をたくさん出すと、アナリストとして仕事をしたという気にはなりますが、それとチームや選手が有効活用しているかどうかは別問題なんですよね。

 

 

Bリーグ初年度の2016-17シーズンは惜しくも準優勝で終えた川崎ブレイブサンダース。しかし、リーグ戦は勝率8割を超える圧倒的な強さを見せた。©KAWASAKI BRAVE THUNDERS

 

 

ファイナルで勝敗を分けた戦術

柴谷●最後に伺いたいのですが、2016−17シーズンのリーグ戦で川崎ブレイブサンダースは断トツトップでしたよね。でも、ファイナルでは負けてしまった。分析において何か誤算があったのでしょうか。それとも単純に相手が上回っていたのでしょうか。

佐藤●まず、ファイナルはリーグ戦と違って一発勝負だったので、相手が何をやってくるのかを予測しきれなかった部分がありました。正直そこは力不足だったと思います。

柴谷●予想し切れなかったのは、相手の戦術に関してですか。

佐藤●相手の守り方ですね。リーグ戦で対戦したときとは異なる守り方でした。でも、それ以外は普段どおりでしたから、勝つチャンスは十分ありましたし、力負けしたとも思っていません。試合終盤にうちがミスして、相手がミスしなかったというところで最後は決まったのですが、準備という面では、あと1つ2つできたなという反省があります。具体的に言ったほうがいいですかね?(笑)

柴谷●守り方というのは、たとえば普段よりも思い切ってプレッシャーかける。大舞台で相手を慌てさせて、先手を取る。他のスポーツでも用いられる作戦ですが、同じようなことですか?

佐藤●それはお互いにやったし、お互いに成功したと思います。で、お互いに相手が守ろうとしているところを突き破った回数もあった。ただ、うちはポイントガードの調子がとても良かったんです。直前の5試合で平均20点くらい取っていましたから。その選手のマッチアップは栃木ブレックスのキーマンである田臥選手のはずでした。うちとしては、そこでどんどんアタックして彼を消耗させたかった。でも、試合では相手はマッチアップを変えてきて、チームで一番ディフェンスの良い選手をうちのポイントガードにつけてきたんです。そうすると、田臥選手はうちのフォワードとマッチアップすることになります。身長差があるので田臥選手にとっては難しいマッチアップですが、うちはそこを攻め切れなかった。実は栃木ブレックスが数試合前に他チームと試合した際にそうしたシステムにしていたので、うちにもやってくるかなとぼんやり考えていたんですが、「お前に田臥がついてくるかもしれない。もしそうなったらこうしよう」と伝えられなかった。もちろん試合中に選手も気づいて、攻めようとしたんですけれども、攻め切れなかったんです。

柴谷●なるほど。

佐藤●数字を出すなり、映像を出すなり、あるいはコーチミーティングで「これやってくるかもしれないですよ」と事前に共有しておくだけでも、違う対策ができたし、プレイを1つでも準備することができたのに…。ほかはもう事前の予想どおりでした。でも、これが自分の現時点の力だし、自分の成長のポイントだと切り替えています。

 

Data 3>ミーティングで活用するムービーオーガナイザ

SportsCodeには、タグ付けした箇所の映像から必要なものだけをピックアップできる「ムービーオーガナイザ」という機能がある。画面左は、コーチミーティングで使っているもの。「四角の部分が映像です。まず、これを全部コーチ陣で見てから、チームミーティングで選手に伝える映像を選んでいきます(画面右)。選手には10分くらいかけて一気に見せます。1つのプレイは1個ずつ。忘れてしまうかもしれませんが、ちょっと残像が残って入れば良いのです。その後、練習コートでゆっくりと確認します」。

 

 

対談を終えて

ラグビーワールドカップを過去2大会制しているニュージーランド代表。その世界最強チームでアナリストを務めた人物が、その後名門クラブのコーチに転身している。そのチームが来日した際、私の友人のアナリストが、「どうしたらコーチになれるのか」と彼に質問をしたところ、こんなアドバイスを受けている。「コーチと一緒に仕事をしなさい。一緒にチームの課題を解決しなさい」。自己満足の仕事ではいけない、勝利のために数字と映像と頭を使え。コーチとアナリストを兼任し、結果を残している佐藤さんの姿勢と重なる言葉である。

 

 

文・柴谷晋(しばたに すすむ)

1975年生まれ。上智大学外国語学部卒、東芝ブレイブルーパス・パフォーマンスアナリスト。広告代理店勤務、英語教員、大学ラグビー部コーチ等を経て、2015年より現職。ノンフィクションライター、日本聴覚障がい者ラグビー連盟理事としても活動。著書『エディー・ジョーンズの言葉』(ベースボールマガジン社)『出る杭を伸ばせ』(新潮社)、『静かなるホイッスル』(新潮社)WEBサイト:susumu-shibatani.com