アラカルト NO.1の分析力

IT×SPORTS|データ戦を制するアナリストのチカラ

日本フェンシング躍進の原動力は試合に臨むための データ活用にあり

文●山田井ユウキ取材●柴谷晋

今のスポーツはデータ戦。勝利を手繰り寄せるためのスポーツアナリストのデータ分析とは?

スポーツアナリストの武器は、データと理論とデジタル映像。いわゆる左脳的分野だが、数字の羅列では効果はない、常にアナリスト独自の感性と熱意によって生み出されている。

 

 

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独立行政法人 日本スポーツ復興センター
ハイパフォーマンスサポート事業
パフォーマンス分析(フェンシング)

千葉洋平(ちば ようへい)

1982年生まれ。2009年より独立行政法人日本スポーツ振興センターにて、フェンシングを中心にスポーツアナリストとして活動。ロンドンオリンピックでは日本のメダル獲得に貢献、リオデジャネイロオリンピックを経て、現在では東京オリンピックへ向けてフェンシング男子フルーレナショナルチームをサポート。一般社団法人日本スポーツアナリスト協会理事としてスポーツアナリストやスポーツアナリティクスの普及啓蒙活動にも携わる。

 

 

世界レベルになると課題に対するデータの裏づけが重要

 

ここ10年ほどで一気に世界レベルに急上昇したのが日本のフェンシング。太田雄貴氏の活躍もあり、2012年ロンドン五輪では団体戦で銀メダルも獲得した。

どうして日本のフェンシングがここまで強くなったのか。理由の1つは海外から招聘した初の外国人プロコーチ、オレグ・マツェイチュク氏の存在。そしてもう1つが、スポーツ分析ソフト「スポーツコード」を用いた映像分析の技術である。

日本スポーツ振興センターでフェンシングのパフォーマンス分析を担当する千葉洋平氏は、日本選手の試合を映像で記録し、すべてのプレーにタグ付けをしてデータベース化している。映像を分析することで、対戦相手はもちろん、今まで気づかなかった自分自身のプレーのクセにも気づけるというわけだ。こうしたデータ活用の手法が、日本フェンシングの躍進に一役買っているのは言うまでもないだろう。データ分析が日本フェンシングにもたらした変革について、千葉氏に話を聞いた。

 

「優先権」の尊重がフェンシングの醍醐味

柴谷●千葉さんは日本スポーツアナリスト協会に所属するスポーツアナリストであり、日本スポーツ振興センターでフェンシングのパフォーマンス分析を行われていますよね。元フェンシング日本代表・太田雄貴氏も担当されていたと伺いました。まずはフェンシングという競技について教えていただきたいのですが。

千葉●わかりました。フェンシングはフランス発祥のスポーツで、主に3つの種目があります。「フルーレ」「エペ」「サーブル」です。

柴谷●それぞれ、どのように違うのですか。

千葉●その前に「優先権」という概念について説明します。ここがフェンシングというスポーツを理解するうえで一番大事ですので。フェンシングでは剣を持って向かい合い、先に腕を伸ばして剣先を相手に向けたほうに「優先権」が生まれます。この優先権を持っているほうが、剣で相手の体を突いたときにポイントとなります。一方、相手に剣を払われたり間合いをとって逃げ切られたりすると優先権は消滅し、逆に相手が優先権を得ることになります。

柴谷●攻撃を防御し、反撃、それをまた防御して反撃という技の応酬が見所なのですね。

千葉●はい、これが「フルーレ」です。「エペ」はもっとシンプルです。胴体だけが有効面のフルーレと違って、エペは全身が有効面です。優先権という考え方もなく、先に突いたほうがポイントとなります。両者が同時に突くと両方のポイントです。

柴谷●わかりやすいですね。攻撃と反撃の切り替わりがない分、スピード感のある試合が楽しめそうです。

千葉●最後に「サーブル」ですが、フルーレと同じく優先権のルールに基づいています。ただし、フルーレとエペが「突き」だけなのに対し、サーブルは「斬り(カット)」も認められています。突きと斬りの2つが繰り出されるので、動きがダイナミックな種目です。

柴谷●何ポイントを取れば勝利になるのですか?

千葉●予選ラウンドでは3分間の試合で5ポイント先取です。トーナメントでは3分×3ピリオドで、15ポイント先取での勝負になります。時間切れになったらポイントが多いほうの勝利ですね。

 

 

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フェンシングには「フルーレ」「エペ」「サーブル」の3種目がある。それぞれ許可されている攻撃方法や有効面、「優先権」の考え方などが異なっている。ルールを理解しておくと、試合観戦がもっと楽しくなる。

 

 

あらゆる攻撃動作にタグを付けて分析

柴谷●ありがとうございます。フェンシングは一瞬の攻防が見応えのあるスポーツですよね。その一瞬の駆け引きを制するために、千葉さんはアナリストとしてどのような分析を行われるのですか。

千葉●僕がすることは、試合中に誰が何をしたのかを情報化することです。そのために試合を映像で録画しておき、スポーツコードというソフトを用いてタグ付けし、映像を分析しています。ただ、フェンシングはとても試合時間が短いので、団体種目でかつ試合時間の長いラグビーやバスケットボールに比べるとタグ付けの数も少ないですね。

柴谷●具体的にどんな行動をタグ付けするのですか?

千葉●たとえばアタックやカウンターといった攻撃動作ですね。その結果、「どうなったのか」も重要です。得点に結びついたのか、逆に失点してしまったのか。それはミスだったのか。ミスだとしたらどんなミスなのか…。さらに「試合中のどの時間帯だったのか」や「ピスト(選手が試合をする場所)のどこだったのか」といった情報までタグ付け時に記録します。

柴谷●かなり細かく記録されるのですね。それをあとからチェックすると試合の流れがわかるというわけですね。

千葉●たとえば15対8である選手が負けたとします。ところが、アタック(攻撃)の本数は15対40で、むしろ攻めていた。ではどこで得点されたのか? もう少し細かく見ていくと、実は相手の得点は15点中10点がカウンターだったという事実が見えてきたりします。

柴谷●40回もの攻撃が逆に相手の得点につながっていた、と。

千葉●そうやって見ていくと、つまり相手の作戦がカウンター狙いだった…というところまでわかってくるのです。スポーツコードの便利なところは、タグ付けした部分だけをすぐに呼び出せることです。たとえば「アタック」の場面だけ見たいなら、アタックのタグを選ぶだけで試合中の全アタックが再生できます。

柴谷●タグ付けはどれくらい行うのですか?

千葉●1試合で選手はだいたい60~70回ほどの攻撃を行います。試合の相手と合わせると130回くらいですね。その1回ごとに「いつ」「どこで」「何をして」「どうなった」をタグ付けするので、タグはかなりの数になります。

柴谷●タグ付けは試合中にリアルタイムでされるのですか?

千葉●フェンシングの試合はスピーディーですし、攻撃したあとからビデオ審判でジャッジが変わることもあります。さらにいうと、双方が攻撃を外したときはジャッジすらありません。ただ、試合を分析するためには、そういう「攻撃を外した」場合もタグ付けしないといけないので、とてもリアルタイムですべての行動をタグ付けすることはできないのです。タグ付けするとしたら、せいぜいランプが鳴って試合が止まったときくらいでしょうか。ですので、僕はあとから何度も試合の映像を巻き戻してタグ付けしています。

柴谷●タグ付けする行動としない行動があるのですよね。

千葉●そうですね、ただ有効面を脅かして得点の可能性があるプレーについてはすべてタグ付けするようにしています。

柴谷●タグはすでにある一般的なカテゴリの名称を付けていくのですか?

千葉●すでにあるカテゴリーが一般化されていると言い難く、それぞれの選手やコーチによって、呼び名や定義が異なるということがありました。そこで、選手やコーチの理解を得ながら、もう一度、攻撃の種類の定義について確認し合い、タグに反映していきました。特にカウンターについては細かく分類していて、新しい攻撃の種類として定義化したものもあります。

 

Data1≫選手のデータ分析

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スポーツコードでは試合の映像にタグ付けをすることができる。千葉氏は1つのプレーをさらにいくつもの細かい動きに分類し、タグ付けを行っている。このデータを使ってミーティングを行い、練習方法や作戦を決めていく。スポーツコードには選手の過去の試合データが蓄積されており、選手のクセや特徴を読み解くことができる。たとえば「左利きの選手との試合」だけをフィルタリングして表示すれば、左利きを苦手にしているかどうかや、そのときどんな動きをとりがちなのかなどがわかるのだ。

 

 

分析は選手とのミーティングで活きてくる

柴谷●そういった分析結果をどのように活用しているのですか。

千葉?分析の結果をどう練習に落とし込むのかを、選手やコーチとミーティングしています。何が現在の課題なのかを共有することが大事です。僕は男子フルーレナショナルチームを担当しています。

柴谷●ミーティングではどんな話を?

千葉●最初に、僕が試合の映像を流しながら必要な場面を呼び出しつつ、選手や対戦相手について分析したことを話します。男子フルーレナショナルチームのオレグ・マツェイチュクコーチはウクライナ人で、普段は完全にマスターしたとは言えない英語と日本語を混ぜながら話をします。英語があまり得意ではない選手もいますので、細かいニュアンスを伝えるときは非常に苦労します。そういうとき、映像やデータがあると便利なんです。

柴谷●オレグコーチといえば、2003年に来日して以来、日本のフェンシングのレベルを引き上げた人物ですね。

千葉●最初は彼と日本のフェンシングの技術、知識、戦術などの考え方について噛み合わないこともあったそうですが、お互いに歩み寄り、オレグコーチも日本人に合わせた指導ができるようになったそうです。そこに太田雄貴氏が現れたことで、ガチっとはまってうまくいった感じです。

柴谷●それにしても、コーチだけでなく選手もミーティングに参加するのはちょっと驚きました。他のスポーツですと、基本的に情報はアナリストとコーチで共有し、練習に落とし込むことで選手に伝えるということが多いです。

千葉●もちろん、コーチだけでミーティングすることもあるので、すべてのミーティングに選手が参加するわけではありません。特に、団体戦を対策する際、選手も含めてミーティングをするのですが、男子フルーレナショナルチームはコーチ、選手、アナリストの関係性が非常にフラットなので自分の意見を出し合い、ぶつけ合うことができます。コーチだけではなく、選手自身が持っているアイデアや試合での経験を共有できることは、知識や経験の補完となります。また、適切な課題解決や判断のために、パフォーマンスをデータで裏づけしていくことが重要だと考えています。

柴谷●世界では千葉さんのように試合を分析している国が多いのですか?

千葉●いえ、実はフェンシングでデータを用いた分析をしている国はほとんどありません。イギリスくらいでしょうか。

柴谷●えっ、それはなぜですか?

千葉●まず分析できるスタッフがいないのです。どちらかといえばマイナースポーツですので、アナリストを雇う費用がなかなか出ないという事情もあります。それからフランスなどはコーチの主観的な意見が非常に強く、試合を数値化して、データを用いて分析するということはやりたがらないんですね。もちろん、試合の映像は見ていますが。

柴谷●そうだったんですね。そういえば、中国選手はアタックが多いと聞きました。そういう事実は千葉さんが分析を始めるまでわからなかったということですか?

千葉●肌感としては皆が思っていたことです。ただ、そこにもっと注目して、どうすればいいか考えようというのは、コーチのオレグがよく言っていました。

柴谷●具体的に試合のデータでどうのように分析するのですか?

千葉●どこに注目するのかを最初に考えますね。攻撃なのか、防御なのか。そして、一番失点したのはどこなのか、逆に一番得点できたのはどこなのかといったところを洗い出し、選手とコーチで認識を共有します。

柴谷●特に着目しているプレーは?

千葉●得点のされ方は考えますね。アタックで取られているのか、カウンターで取られているのかをまず見ます。

柴谷●そういった傾向を見ると、選手にとっても自分のプレーを振り返るきっかけになりますよね。実際、フェンシングではプレーに性格というか、クセなんかが出るものなのですか?

千葉●一瞬を争う競技なので、やはり染み付いたクセは出ます。しかも、それを選手自身が意識していないことも多いのです。無意識的にやっていることは人に指摘されないとなかなか気づけません。映像やデータを取ることで自分のクセを認識し、そこから練習を変えて失点が減っていくというケースが多いです。選手自身が納得してクセを直すことが大事ですね。

柴谷●そういうクセってコーチによっても変わることもありますか?

千葉?ありますね。実は国によってもクセや戦い方に特徴が見られることもあります。たとえば一例ですが、日本の選手は、相手の攻撃を外側から内側へ弾く防御が多い傾向にあります。逆に、手首を返して相手の剣を内側から外側へ弾く防御は少ないです。ちなみに元日本代表の太田雄貴氏は内側から外側へ弾く防御を多用していましたね。

柴谷●それは面白いですね。太田氏の強さはどこにあったのでしょうか。

千葉●太田氏は相手にわざと「打たせる」ことを得意としていましたし、あえてノーガードで構えて攻撃を誘うこともありました。

柴谷●そしてカウンターで得点するわけですね。データが蓄積されていくと一人一人の特徴も見えますね。

千葉●そうですね、スポーツコードでしたら、選手個人の過去の試合のデータを呼び出して、さらに「対戦相手が左利きの試合」というふうにフィルターをかけて細かく検索もできます。

 

Data2≫iPadによる共有

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日本フェンシングチームはiPadも活用する。データ共有のためにクラウド型のコンテンツ管理ソフトハンドブック(Handbook)を使い、録画した試合映像を共有。選手は、試合前の短い時間でも対戦相手の特徴を分析できる。映像を見ておけば無駄な失点をせずに済むこともあるという。

 

 

日本フェンシングのこれからの課題

柴谷●そういった選手の個性に注目するとさらにフェンシングが面白くなりそうです。ところで、千葉さんは現在の分析で満足していますか? それともまだやりたいことがありますか?

千葉●正直、まだまだ今あるデータで分析することもたくさんあると感じていますが、これから取っていきたいのは、「間合い」と「攻撃に至るまでの時間」ですね。試合がスタートしてから攻撃に入る時間や、攻撃に入ってからフィニッシュに至る時間です。また、フェンシングでは「間合い」が重要な要素で、相手の得意な間合いに入らないように自分の間合いに持っていけるかが勝敗を左右します。この「間合い」が広くなると、「攻撃に至るまでの時間」が長くなる傾向があるんですね。そういうことをもっと分析したいのです。

柴谷●フェンシングは短い時間で勝敗が決まりますから、時間はたしかに重要ですよね。

千葉●そうなんです。しかも最近は、試合が決まるまでの時間が短くなってきているんですよ。ちょっと前までは6分くらいかかるのが普通でしたが、今は4分ちょっとくらいで終わることが増えています。攻撃の決定率は変わっていないので、つまり間合いを見ながら牽制し合う時間が少なくなってきたということです。考える時間が減り、フェンシングはよりテンポの速い試合になりつつあります。

柴谷●そんな中、日本として課題はあるのでしょうか。

千葉●ミーティングで得た団体戦の対策や方針の影響が強すぎる、ということはあるかもしれません。ミーティングでこうしよう、ここに気をつけようと、とことん話し合ったので選手はそれを実直に実行しようとします。 しかし、世界のトップクラスの強豪選手は、日本人選手の対策について感じ取ると、すぐに対応を変えてきます。

こういった「変化」に臨機応変に対応することが課題になってくると思います。キーとなる対策や方針については、練習にしっかり落とし込むことが大切です。試合に入ったら対策や方針に縛られず、瞬間瞬間に集中するように、しっかり練習で対応できるようになっているのであれば自然に出るから、と。

柴谷●対策を意識するあまり、逆にいい動きができなくなるということですか。難しい問題ですね。

千葉●意識するなというのは無理な話かもしれまんせんが、細かい部分まできっちり決めてしまうと、自分のプレーを制限してしまうことになります。実際の試合で、想定と違うということで迷いが生まれると、判断を鈍らせ、相手との駆け引きには勝てなくなります。そういった意味では、相手が試合中にコントロールできない問題についてはしっかり対策をし、それ以外の部分については臨機応変に対応できる心構えは必要かと思います。

柴谷●ちなみに太田氏は?

千葉●彼はデータに積極的ですよ。数字を見るのが得意です。左脳派ですね(笑)。ただし、大会や試合前になると情報をシャットアウトし、自分のコンディション作りに集中しますね。

柴谷●太田氏はそのあたりをよくわかっているのですね。今後のデータ分析はどうなっていくのでしょう。画像認識とかどうでしょうか。過去数十年分の試合の映像を画像認識してプレーを分析できたり。

千葉●それ、いいですね!

 

対談を終えて

日本のフェンシングのレベルを引き上げたのがオレグコーチと太田雄貴氏であることは言うまでもないが、やはりデータ分析も重要な原動力だったのだと、千葉さんの話を伺ってあらためて感じた。世界ではまだほとんどデータ分析が活用されていないというのは意外だったが、それなら日本がますます世界をリードできる可能性もある。今後はさらに分析技術も進歩するだろう。千葉さんが目指している「間合い」と「時間」のデータ化を進め、さらに日本のレベルを向上させてほしい。

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文・柴谷晋(しばたに すすむ)

1975年生まれ。上智大学外国語学部卒、東芝ブレイブルーパス・パフォーマンスアナリスト。広告代理店勤務、英語教員、大学ラグビー部コーチ等を経て、2015年より現職。ノンフィクションライター、日本聴覚障がい者ラグビー連盟理事としても活動。著書『エディー・ジョーンズの言葉』(ベースボールマガジン社)『出る杭を伸ばせ』(新潮社)、『静かなるホイッスル』(新潮社)WEBサイト:susumu-shibatani.com



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