アラカルト FUTURE IN THE MAKING

モノではなく、ライフスタイルを売る時代

文●林信行

IT、モバイル、デザイン、アートなど幅広くカバーするフリージャーナリスト&コンサルタントの林信行氏が物申します。

 

 

今は物溢れの時代であり、それでも物が売れない時代でもある。ただ、本当に売れていないわけではない。かつて人気だった良いブランドの製品、百貨店などのセレクトされた商品が売れていないだけで、手頃なファストファッションや、値段以上の価値は感じさせるが安物の家具はそれなりに売れ、店も増えている。

大量生産して大量消費・大量廃棄する暮らし方が根づき過ぎたのが悪いのか、良質製品が持つ違いをうまくアピールできないブランドが悪いのか、価値をうまくコミュニケーションできない売り場が悪いのかは卵と鶏の議論になる。

この負の連鎖に対抗するには「商品でなくライフスタイルを売る」が良策だと思う。

世界最大のデザインイベント、ミラノデザインウィーク(ミラノサローネ)を見てもインテリアの展示はこの形が増えている。たとえば、ベッドルームであればベッドメイキング直後のきれいな状態の展示が当たり前だったが、最近では住人がベッドから起きたばかりといった具合にシーツがめくれて周りに下着や洋服が脱ぎ捨ててあったり、雑誌が置かれていたりとリアルな世界観の作り込みをした展示が目立つ。

出展企業も、家具専門メーカー以上にアルマーニやエルメス、ディーゼルなどのファッションブランドの家具部門が存在感を増している。今や大手ファッションブランドも、ただ服をつくるだけでなくライフスタイル全体を提案する時代だ。自分たちが提案する暮らしの世界観をホテルという形で提示するブランドも増えている。

1社でなるべく幅広い層の顧客をカバーしようとする家電メーカーではこうした世界観を提示するところは少ないが、たとえば「Lifespace UX」というシリーズを展開するソニーTS事業準備室などは、インテリアショップやショールームと組んだライフスタイル展示を行っている。

もっとも、佇まい提示だけが、ライフスタイル提案の方法ではない。

東京ファッションウィークの冠スポンサーとなって1年を迎えたアマゾンは、前回のAmazon Fashion Weekに合わせ、販売サイト、Amazon Fashion上に「AT TOKYO」というコーナーを設けた。その中の「My Amazon」で、ファッションデザイナーやインフルエンサーが選んだ東京ライフスタイルに欠かせないアイテムを紹介し、販売している。これまでアマゾンといえば書籍や家電、消耗品など大量生産品の購入で使われることが多いイメージだった。しかし、最近では東京中のギャラリーと組んでアートの販売を始めたり、ファションアイテムを売ったりしている。こうした高価な嗜好品を起点に、日々の消耗品にまでいたるライフスタイル全体のリコメンドをしようと画策しているのだろう。

では、アップルはというともちろん、デジタル時代のライフスタイルブランドを標榜し、ライフスタイル提案はしているのだが、特定の人にターゲットを絞り込むのではなく、できるだけデザインから個性を取り去ったシンプルな形にして(あるいはアップルウォッチではバンド交換でさまざまな個性に対応できるようにして)、老若男女幅広い人々に愛されることを目指している。そして同社の製品を使ってできることに焦点を当て、アップル製品を使って楽しんでいる人の姿を、まるで日常のスナップショットのような形で見せる作戦だ。できるだけ幅広い層の利用シーンを見せたり、たとえば原宿に若者ファッション系のビルボード広告を出す、といったエリア最適化した広告を丁寧に展開し、人々との強い結びつきを築こうとしている。

今はテクノロジー製品もファッションアイテムもヒットをすれば、すぐに類似製品が出回る時代だ。こんな時代にはただモノをつくって売ろうと消耗戦を続けるのではなく、ライフスタイル全体を提案し、忠誠心のある顧客を育てるほうが得策だと思う。

 

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Nobuyuki Hayashi

aka Nobi/デザインエンジニアを育てる教育プログラムを運営するジェームス ダイソン財団理事でグッドデザイン賞審査員。世の中の風景を変えるテクノロジーとデザインを取材し、執筆や講演、コンサルティング活動を通して広げる活動家。主な著書は『iPhoneショック』ほか多数。



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