日本スポーツ界が抱えるデータ分析の課題:Prozone・前田祐樹|MacFan

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日本スポーツ界が抱えるデータ分析の課題:Prozone・前田祐樹

文●柴谷晋山田井ユウキ

今のスポーツはデータ戦。勝利を手繰り寄せるためのスポーツアナリストのデータ分析とは?

 

スタッツ・ジャパン株式会社 営業本部

前田祐樹(まえだ ゆうき)

1980年生まれ。2006年のラグビーW杯アジア予選および2008、2009年の日本代表にアナリストとして帯同する。その後、2011年から2015年までの3シーズンを豊田自動織機シャトルズ(ラグビー)でアナリストを務める。2015年から大阪エヴェッサ(バスケット)からの誘いを受けてパフォーマンスアナリストとして活動。2016年よりスタッツ・ジャパン株式会社にて「プロゾーン(Prozone)」プロダクトを担当しラグビー、サッカー、バスケットの競技団体、チームへのコンサルティング・セールスを行う。

 

 

第一線で活躍したアナリストは新しいフィールドから挑戦を支える

 

海外のプロスポーツ界では、データを収集し分析することはもはや当たり前に行われている。一方、日本でもデータ分析の重要性は少しずつ浸透してきているものの、海外に比べるとまだまだ発展途上といったところ。アナリストの数も足りていないのが現状である。

データ分析ソフト「プロゾーン(Prozone)」を販売するスタッツ・ジャパン株式会社の前田祐樹氏は、そんな日本のプロスポーツ界でアナリストとして長く活躍した人物だ。ラグビー日本代表のほか、バスケットボールでもアナリストを務めたという経歴を持つ。データ分析において日本のスポーツ界が抱える課題は何なのか、それをどのように解決していくべきなのか。前田氏に聞いた。

根本的に違う海外と日本

柴谷●まずは前田さんの経歴を教えてください。

前田●ラグビーは小学4年生の頃から始めました。山梨学院大学卒業後、スポーツデータの配信や解析ソフトの開発を行っているデータスタジアムに入社しました。その後、2006年にラグビーW杯アジア予選のアナリストを経験し、2008年に再び呼び戻されて日本代表のアナリストに就任したという流れです。

柴谷●そうだったんですね。前田さんのユニークなところは、ラグビー日本代表チームから外れたあと、2014年まで豊田自動織機シャトルズのアナリストを務めて、そこからプロバスケットボールチームの大阪エヴェッサのアナリストに就任されているということです。なぜラグビーからバスケットボールへ活躍の場を移したのですか?

前田●日本のプロスポーツ界におけるデータ分析の技術は、間違いなくラグビーがトップを走っているんです。その分析力をバスケットボールでも活かしてほしいと大阪エヴェッサから相談を受けまして。

柴谷●なるほど。前田さんの場合、どのような考え方でデータ分析を行うのでしょうか。

前田●まず前提を組み立てて、そこから推測していきます。言葉にするなら「演繹」でしょうか。たとえば対戦相手はセットプレイが強い、それに比べてうちはセットプレイが弱い、だからセットプレイを重点的に練習しましょうとか。海外はこういうトレーニングをしているから強い、うちはやっていないから弱い、だからやりましょうとか。そういう感じです。

柴谷●前提になるのは海外のチームですか?

前田●そうですね。ラグビーに限らず、海外を前提にするスポーツはほかにも多いと思います。ただ、海外と日本では根本的に違うことも多いんです。資金的にできないこともありますし、選手の能力も違います。海外のものをそのまま日本に当てはめただけでは正解は出ないというのが僕の持論です。それをわかってもらうには、とにかく必要なデータを出して、自分たちに合っているのはこのチームのやり方ですよということを説明しないとなりません。

試合の分析についても課題は多いです。たとえばジャパンラグビートップリーグでは相手チームの分析を直近の3試合の内容で行うことがほとんどです。その平均値でだいたいの傾向は見えるだろうと。私の場合、そこを逆手に取って4試合前の戦術を使うこともあります。

柴谷●3試合の分析では少ないと。

前田●少ないと思いますね。今シーズンの成績が悪かった場合、来シーズンに向けて補強選手の獲得に動くのですが、結局前提となる分析が崩れていると意味がありません。それでまた次のシーズンでも同じように失敗を繰り返してしまう。

柴谷●前田さんはもっと前提を細かく突き詰めるべきだと考えているわけですか。

前田●僕は野球の「セイバーメトリクス」みたいにデータを客観的により細かく分析し、選手の評価や戦略を考えるべきだと思っています。たとえば得点の期待値も、まずラインアウトだとこれくらいで、ペナルティキックで狙ったらこれくらいという数字を出しますよね。でも、これだけでは十分ではないと思います。たとえば100%キックを決められる選手がいれば期待値は3点となりますが、選手それぞれの力量や環境などを詳細に分析していくと、数値は大きく変わってきますから。

また、たとえばボールを1分間保持したときの得点の期待値など、より細かな分析も行えます。上位4チームと下位チームが試合をする場合、試合の早い段階でペナルティーゴールで得点を狙いがちですが、ボールを支配する時間を増やすほうが良い場合もあります。1分支配すると下位チームにとってはプラス0.4点ですが、上位4チームにとってはマイナス0.6点となり、1点分の価値を生み出すと考えることもできます。

柴谷●得点の期待値にからむプレーは複雑ですから、どこまでそれを分析するのかはアナリストを悩ませる問題ですよね。ラグビーとバスケットボールは異なるスポーツですが、アナリストとしては共通する部分も多かったのではないでしょうか。

前田●はい。バスケットのアナリストの話をいただいたときは、「プレーの内容自体はわからないこともありますが、分析はできます」と答えました。アナリストの仕事は試合に関するすべてのプレーを分析し、すべての選手を評価することだと思っています。

たとえば、ゴールを決めるため、ある選手にスクリーンをかけてマークから外すならば、得点を決めた選手だけでなく、スクリーンをかけた選手もしっかりと評価してあげたい。その動きを分析して数値化することで、プレーにどれだけの価値があるのかがわかりやすくなるからです。選手に対して、言葉でダメ出しをするのではなく、数字で価値を伝えることです。ラグビー日本代表のアナリストのときも、僕は数字を細かくはじき出して、どうやったら勝てるのかを選手に伝えていました。

 

Data 1≫ラグビーの期待値

前田さんがアナリスト時代に作成したラグビーの得点期待値のレポートの一部。トライやペナルティキックのみならず、1分間ボールを所持していたときの得点期待値を算出するなど、プレーに関わる複雑な部分に関しても、データを統計学的見地から客観的に分析することを大事にしている。

 

 

バスケットボールの分析レポートの一部。パスの回数による、それぞれのシュートエリアからの得点率や2/3ポイントシュートなどの得点率、また各選手ごとにさまざまな項目を事細かく分析している。

 

 

アナリストに求められる仕事とは何か?

柴谷●選手やプレー内容だけでなく、チーム全体の成績についても同じように分析されるのですか?

前田●もちろんです。ラグビーの場合、リーグ戦でベスト8に入るなら、シーズン前半で勝ち点が18くらいないと厳しいというデータはすでに出ています。それなら勝率の高いチームに対してはボーナスポイントを含めた勝ち点5を積極的に狙い、厳しいチーム相手には勝ち点1でいいというように、トータルで勝ち点18を稼げるような戦略を練っていく必要があります。

柴谷●数字で説明されると明快ですが、そういった考え方をチームに根づかせるのは大変でしょうね。ラグビー日本代表の前ヘッドコーチのエディー・ジョーンズさんがサントリーサンゴリアスにいた頃は、前田さんがデータ面のサポートをされたと伺っています。エディーさんは、どのような考え方をお持ちだったのですか?

前田●エディーはとても細かく基準を定めていました。特に速いラグビーを好んでいましたので、ラック(ボールがグラウンドにあって両選手が密着で奪い合う状態)からボールが2秒以内に身方の選手に出た回数を調べてほしい、などという指示がありました。2秒以内に味方の選手にボールを回して攻撃を始めないと相手のディフェンスラインが整ってしまうという理由からです。こうした着眼点はとてもすごいことです。最初からそうしたデータを取ろうとしない限り、数値化はできませんから。アナリストにとっては、ラックが形成されてからボールが出るまでの正確な時間の計測は実に難しく、ラックの映像を目で見て秒数を計るしかなく大変な作業でしたが(笑)。

柴谷●要求のレベルが高いですね。海外のほうが日本よりもデータ分析は進んでいるとお考えですか?

前田●ラグビーに限らずスポーツのデータ分析については海外のほうが進んでいるイメージがありますよね。ただ、進んでいるのはあくまでもテクノロジーの部分であって、データ分析のやり方という点では海外も日本もそれほど大差ないと思います。日本の問題はむしろ、データ分析の選択肢は「スポーツコード(SportsCode)」しかないというイメージがあることだと思います。手段として有効な選択肢であることは間違いありませんが、スポーツコードはどちらかというと映像分析に特化したソフトなのでベストなシチュエーションが限定されるのです。たとえばコーチの要望で特定のシーンを映像全体からカットして抜き出すとか、試合中にライブ映像を共有するとか、そういうときには最適です。

ただ、そればかりだとデータ分析は進化しません。本来テクノロジーは効率性を高めるべきものだと思うのですが、データアナリストと話しているとだいたい映像編集やデータ入力(タグ付け)にどれくらい時間がかかったかという、睡眠不足自慢になります。そういう人は、スポーツコードを使うこと自体が目的になってしまっているんだと思います。僕はそれが嫌なんです。デジタル・ネイティブと呼ばれる世代がこれからどんどんやってくるわけで、その中でデータ分析が進化していかないと近く限界を迎えてしまいます。

海外だと試合の映像編集はアナリストの仕事ではありません。アナリストはそれを受けて何を分析するかに比重が置かれています。でも日本の場合は、映像編集と映像分析のレイヤーが同じなのです。

柴谷●しかし、日本においてもアナリストの役割は徐々に変わってきていますよね。

前田●はい。ラグビーは特にそうで、映像編集やデータ入力についてはアウトソーシングする方向へ向かっています。プロゾーンは労力の軽減や時間の短縮を目的としたソリューションなので、映像のタグ付けに関しては南アフリカにアウトソーシングしています。タグ付けされたデータは最短で当日、遅くても翌日午前中には戻ってくるので、それをゲームプランというアプリを使って選手に共有するのです。

 

Data 2≫日本と海外のアナリスト比較

日本と海外ではアナリストの立場が大きく違うという。日本においては映像編集やデータ入力を含んだデータ分析がアナリストの仕事とされがちだが、海外では映像編集やデータ入力の部分はアウトソーシングすることが多い。アナリストは厳密に"分析"部分を行うことが重要視されている。また、一口にアナリストといっても、海外では役割が明確化されており、パフォーマンスアナリストやゲームアナリスト、データエンジニアなどが存在する。

 

 

アナリストの価値とデータ分析の意味

柴谷●2020年の東京五輪に向けて、日本のスポーツ界にもテクノロジーの波が押し寄せています。どういったツールが今後期待できるでしょうか。

前田●日本では今までスポーツに使われていなかったテクノロジーが実は役立つのではないかという雰囲気になっていますね。たとえば富士通が持つ3Dレーザセンサや3Dデータ処理などの技術が体操の採点に使えるとか、イスラエルの軍事技術を応用して選手の動きを自動追尾(トラッキング)するとか。ちなみにスポーツにおけるトラッキングシステム(スタジアムに専用カメラを設置してピッチ全体を撮影し、選手・ボール・審判の動きをデータ化する手法)としては、Jリーグで使われている「トラキャブ(Tracab)」、NBAで使われているトラッキングシステム、それからプロゾーンのトラッキングシステムが3大メジャーシステムです。

柴谷●まさに今がテクノロジーがスポーツと融合する過渡期というわけですね。

前田●土壌としては日本は優良だと思いますが、課題もまだまだ多いです。というのは、アナリストの価値が正しく認識されておらず、コストセンターとして見られていることがほとんどなんです。

ただ、これはアナリスト側にも問題があると思います。アナリストの方たちと話していて感じるのは、彼らの主語が自分目線であること。「僕たちはこういうことがしたい。だからこうして欲しい」というわけです。「自分たちは頑張っているんだぞ」とアナリスト同士で褒め称えあっています。それでは届くべきところにリーチしません。自分たちで線引きしてしまっているんです。

柴谷●アナリストの価値やデータ分析の意味を、もっとしっかり伝えていく必要がありますよね。長いスポーツの歴史でもデータアナリストが登場したのは最近のことですから、そうした努力は絶対に必要だと思います。

前田●ええ。アナリストに投資するとどんな利益がチームにもたらされるのか。そこをはっきりさせて、費用対効果の面でアプローチする必要があると思います。

柴谷●でも、データを大切にしているチームは増えていて、データ分析の重要性を理解する選手も多くなっいます。

前田●チームとしてはアナリストを用意するところが増えましたね。試合の映像を撮って、選手がいつでも見えるようにしています。ただ、クラウドで共有したりせず1つの場所でしか見えないような状況だと、順番待ちになったりして選手が帰ってしまう…なんてことも珍しくないようですが。

柴谷●ところで前田さんは、そういったデータ分析の手法や方法論をどこで身につけたのですか?

前田●海外のイメージに引っ張られるのが嫌で、スカウティング以外ではあまり海外チームの映像を見たりはしていませんでした。参考にしてるのはビジネス系の本ですね。行動心理学や行動経済学、統計学などスポーツ以外の分野を学んで、そこから方法論を持ち込むことが多かったです。そうしないとスポーツの枠から出られないんですよ。

柴谷●スポーツだけにとらわれず、さまざまな分野を幅広く学んだことで分析力を培われたわけですね。

前田●それぞれの専門家の方に比べれば天と地ほどの差があります。ラグビーについては絶対に知識で負けない自信がありますが、それ以外は広く浅くです。ただ、中途半端なところがむしろ強みになっているとも思います。1つの分野を突き詰める必要があるなら、それは専門家に頼めばいいですから。

 

Data 3≫世界で使われるプロゾーン

プロゾーンは、サッカーやラグビー、バスケットボール、野球などさまざまなスポーツに特化した分析ソリューション。サッカードイツ代表をはじめとする、世界の有名チームが利用している。2015年5月にスタッツがプロゾーンを買収したことで、現在国内ではスタッツ・ジャパンが販売。12月17日に「プロゾーンカンファレンス」(サッカー)が開催されるので興味がある人は参加してみてほしい(http://asia.prozonesports.stats.com/ja/)。

 

 

これからの分析に求められること

柴谷●海外も日本も含めて、今後のデータ分析はどのような方向に進んでいくと思われますか?

前田●日本の場合はまだ統合できるツールがないんです。つまり、ここはこのソフトを使って、こっちにはこのソフトを使う、という状況です。データを取得する方法は技術の進化でいろいろと出てきましたが、それらをいかにつなぎ合わせて、どのように分析するのかが次の課題です。

一方の海外ではデータエンジニアの必要性が叫ばれています。データエンジニアとは、自身でプログラムを書き、分析ソフトを開発してデータ収集&データ分析を行う人のことです。アナリストも選手を評価するパフォーマンスアナリストと、試合を分析するゲームアナリストのように仕事が細分化されています。日本の場合はアナリストの価値が高く無く、人数も少ないですし、なかなかそこまで行きません。資金も設備投資も必要ですしね。技術自体は企業の努力もあっていろいろと出てきているのですが、それをスポーツに応用できていないのが日本の現状です。

柴谷●日本もこれからデータアナリストを育成し、海外に追いついていく必要がありますね。では前田さんは、これからのアナリストにとっては何が必要だと思われますか?

前田●オリジナリティですね。なぜならデータによって導き出された数字は、見方によって価値が変わってくるからです。そこには絶対的な正解はないんですよ。こうすれば点が取れていたのでは…というのも、結局は“たられば”にすぎません。そんな中でどういうデータを出し、どう分析するのかがその人のオリジナリティになるわけです。

重要なのは競技に対する知識だけではありません。アナリスト自身が持つ引き出しによっては、意外なものが見えてくることもあります。それに、出したデータがコーチに刺さるかどうかもわかりませんから、独りよがりではなく相手に合わせたやり方を探っていくことも必要です。

柴谷●オリジナリティと引き出しの多さの両方が、これからのアナリストには必要とされているわけですね。前田さんご自身は今後、どのような活動をされていくのでしょうか。また現場に戻るお気持ちは?

前田●戻ることはないと思います。それよりも、今はスポーツ経営やマーケティングにもデータ分析が活かせるような人を育てていきたいと考えています。将来、画像解析や音声認識、AR(拡張現実)やVR(仮想現実)など新しい技術が入ってきて、スポーツデータ分析市場はいったん破壊されると思います。そうなったときに必要とされる人材を育成しておく必要があるのです。今のアナリストたちの仕事を全否定するくらいの気持ちでやっていかないと、海外との差はいつまでも縮まらないでしょう。

柴谷●実は、この春、勧められてビジネススクールの定量分析という講座を受講したんです。ビジネスパーソン向けの内容なのですが、考え方は参考になることばかりで大いに役立っています。と同時に、スポーツの外から考えることの重要性を実感しました。コーチに説明するときも、ビジネス界の例を挙げると説得力が増しますね。今日の前田さんのお話は、私にとってその講座同様に刺激的な内容でした。どうもありがとうございました。

 

対談を終えて

前田さんはアナリストの価値を高めたいと切に願っている。なぜならそれが、日本のスポーツ界全体を押し上げることにつながると信じているからだ。ときに厳しい意見は、自身がアナリストの経歴を持ち、その現場から離れたからこそ見えてくる、前田さんの思いの強さの裏返しだ。テクノロジーはあくまで手段、それを踏まえて人間は何をすべきか。アナリストが自らのアイデアで勝負する時代は、もう来ている。

 

 

文・柴谷晋(しばたに すすむ)

1975年生まれ。上智大学外国語学部卒、東芝ブレイブルーパス・パフォーマンスアナリスト。広告代理店勤務、英語教員、大学ラグビー部コーチ等を経て、2015年より現職。ノンフィクションライター、日本聴覚障がい者ラグビー連盟理事としても活動。著書『エディー・ジョーンズの言葉』(ベースボールマガジン社)『出る杭を伸ばせ』(新潮社)、『静かなるホイッスル』(新潮社)WEBサイト:susumu-shibatani.com