「現場で使われる」社内文化に則したiPad配備のお手本|MacFan

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「現場で使われる」社内文化に則したiPad配備のお手本

文●牧野武文

いち早く社内業務にiPadを導入し、活用度合いを高めている三城ホールディングス。現在はPOSアプリの導入を段階的に進めるなど、iPadによる「接客の質の向上」をさらに進めている。一人一人が接客にiPadを最大限活用するのはなぜなのか。その答えは、社内文化に則したiPadの配備にある。

接客を重視したPOS導入

「パリミキ」や「メガネの三城」の店舗名で知られる株式会社三城ホールディングス(以下、ミキ)では、iPad用POSアプリ「iPOS」の導入を2015年7月から段階的に進めている。最終的には、直営店全店舗の全スタッフ3000人以上がiPOSを使うようになる。

このiPOSの最大の利点は、レジカウンターに行く必要がなく、手元で精算ができる点だ。「私たちは1対1での接客を原則にしています。しかし、従来のカウンターに備え付けられたPOSレジでは、精算のときにお客様の側から離れなければなりませんでした。それをなくして、接客の質を高めるというのがiPOS導入の狙いです」(三城ホールディングス・古志野瑞城氏)。

それは単なる「丁寧な接客」のためではない。顧客の要望を正確に把握することが目的で、それこそがミキの最大のサービスだと考えているのだ。「私たちは、レンズを売っているのではない、見え方を売っているのだという意識を持っています」(古志野氏)。

現在、ミキはカジュアルブランドも展開しているが、その商品の主体は中価格帯以上だ。近年、急速な勢いで広がった低価格帯のメガネ店とは完全に棲み分けている。そこで重要なのは、接客時間を可能な限り長く取り、お客様の要望を聞き出していかに解決策を提案するかだ。

目が悪くなったのでメガネを買うという理由で、人はメガネ店を訪れる。しかし、「見えづらい」(=単純に目が悪くなった)わけではない場合がある。たとえば本人は以前より見えにくくなったと訴えるが、遠方視力はさほど悪化しておらず、それよりもパソコン使用時に焦点が合わせづらくなっていることで全体的に目が悪くなったと錯覚しているケースがある。この場合には遠くがよく見えるメガネではなく、パソコンの距離に焦点を合わせたメガネを作成しなければ問題は解決されない。見えづらさの本当の原因を把握し、最適なメガネを提案するのがミキ流の接客なのだ。

iPOSは、「EC-OrangePOS」(エスキュービズム・テクノロジー)を自社向けにカスタマイズしたもの。ミキ社内のデジタルデバイスソリューションチームが仕様を決め、外部の制作会社に開発を委託している。同時に、社内用WEB「iPOSノススメ」を開設し、そこに配付情報や使い方のQ&Aを掲載するだけでなく、スタッフも自由に意見を書き込めるコーナーを用意し、実際に使用したうえでの意見や問題点を募る。デジタルデバイスソリューションチームはこの書き込みを見て、仕様の修正や改善点を議論し、再度制作会社に修正を依頼する。現在では、iPOSアプリは月に1度から2度の頻度でアップデートを行うというサイクルが出来上がっている。

このiPOSは、Wi−Fiを使って手元のiPadで精算処理ができるだけではない。全社の顧客情報にアクセスできるので、顧客が他店を訪れた場合でも他店スタッフがその顧客の購入履歴などを閲覧することが可能だ。また、顧客の来店日時(商品の受渡し)なども表示され、他店スタッフが応援にやってきたときも、Wi−Fiのアクセスポイントを認識して、その店舗の来客情報が表示されるようになっている。

 

 

三城ホールディングスでは、パリミキやメガネの三城という名で国内外に多数の店舗を構える。近年では、リーズナブルなメガネセットから最先端トレンドメガネ、サングラスを地域最大級で取り揃えるニューコンセプトショップ「オプティック パリミキ」も展開する。パリミキ 【URL】 http://www.paris-miki.co.jp

 

 

iPOSの画面。商品情報、顧客情報と紐づいて会計処理ができる。本社のマスターデータにインターネット経由で直接アクセスして処理される。お客様の目の前で会計処理ができるようになった。

 

 

独自のエバンジェリスト制度

iPadを用いたPOS導入は他業種でも行われているため、さほど独自性の高い事例に見えないかもしれない。しかし、ミキの場合、ここに至る手法が実に独特だ。実はiPOSの導入に合わせてiPadを配付したのではなく、iPadそのものは2013年末に全スタッフへ配り終えている。しかも、その配付ポリシーが実にユニークなのである。全店舗スタッフの中から、iPadを使ってみたい人の希望を募り、その人を「エバンジェリスト」に任命。エバンジェリストの任務はiPadを仕事で活用し、そこで得たアウトプットをスタッフ間に広めることだ。利用に関する制限は、企業情報や顧客情報に関する取り扱いくらいで、そのほかにはほとんどないという大らかなものだった。

この手法は大きな成果を上げた。たとえば、あるエバンジェリストは、「メガネが似合っているか確認できない問題」を解決した。近視の人がメガネを選ぶとき、鏡を見てもぼやけてしまって、似合っているのかどうかがよくわからない。そこで、iPadで写真を撮影し、お客様に見せるのだ。ただし、標準のカメラアプリでは、使用後にお客様の写真データを削除しなければならないという面倒がついて回った。この件が、本社に伝わると、すぐに専用アプリ「比較メガネ」の開発が決定された。お客様の写真を撮影し、複数枚を並べて表示できるというアプリで、アプリを終了すると撮影した写真も自動的に消去される。

また、似顔絵が得意なスタッフは、iPadのお絵かきアプリを活用した。「小さなお子さまづれのお客様に接客していると、お子さんはどうしても飽きてしまうんです。そこでiPadに絵を描いてあげると、喜んでいただけるんです」(三城ホールディングス・川田直樹氏)。

あまりにユニークすぎる接客方法だが、ミキはこのようなスタッフの工夫を大歓迎している。つまり、「価格ではなく、価値でお客様からの信頼を得たい」(三城ホールディングス・萩山明人氏)ということだ。

エバンジェリストによるiPad導入は社内にも良い影響を及ぼした。エバンジェリストが積極的にiPadを接客に用いて成果を上げると、それを見た人が「私も、私も」と手を挙げる。そうした現場主導の自発的な導入サイクルが出来上がったのだ。ミキにはiPad導入以前に「接客こそがもっとも大切」という企業文化が社内で浸透している。そのため、スタッフの手に渡ったiPadは玩具になることはなく、接客ツールとして最大限に活用されたのだ。こうした土壌ありきのPOSレジアプリの活用と、POSレジアプリ導入のためのiPad導入で、どちらが成功を収めるかは自明のことだろう。

 

 

ミキの各店舗ではiPadを利用して接客を行う。商品カタログを見ながらお客様に説明したり、その場で会計金額を提示したりもできる。また、スタッフは視力検査アプリなどのアプリを自由に入れ、接客に活かす。

 

 

接客や商品知識などに加え、iPad接客力も必須技能にしている。「iPadの使い方」ではなく、「iPadを使った接客の仕方」であることに注意していただきたい。内容は、ごく基本的なものだが、企業として「社員力」に位置づけるかどうかは大きな違いとなり得る。

 

 

社内文化とiPad配備

全スタッフへのiPad配付が終えた今、エバンジェリストは「iPadサポーター」へと名前を変え、モバイルデバイスに不慣れなスタッフや活用度合いを高めたいスタッフに対して自主的にマニュアルを作成、公開するなどしている。また、現在では、独自の社員力プログラムの中に「iPadスキル」の項目が設けられるほどになっている。

ミキのiPadにはさまざまなスタッフ共通のアプリが揃っているが、今後はそれをさらに拡大させていく考えだ。 「接客ツールとしてiPadが普及をしたのですから、今後も、顧客との接点になる機能は、どんどんiPadの中に入れていきたいと思います」(萩山氏)。具体的には今後、スタッフから挙がってくる要望などをもとに検討していくことになるが、視力検査アプリ(すでに既存の市販アプリを活用しているスタッフもいるが、どこまで正確な検査ができるのかという問題があり、そのことを顧客に了解してもらったうえで使う必要がある)などの接客に役立つ機能、あるいはカード決済機能などを視野に入れている。

iPadなどのモバイルデバイスを導入するときに、その自由度をどう設計するかは担当者の大きな悩みになっている。ミキのように自由度を大きくすると、不測の事態が起こりかねない。かといって、最初からMDM(Mobile Device Management)でガチガチに制限してしまうと、せっかくのiPadの自由さがうまく活かせず、ただの「業務用機器」になってしまう。しかし、ミキの事例で気づかされるのは、まず社内文化を再点検し、その文化に適した自由度の設計が大きなポイントになるということだ。「お客様一人一人を大切にするという社内文化に沿ってiPadを活用していますが、iPadの活用を通じて、社内文化を再確認する機会にもなっています」(三城ホールディングス・中村成美氏)。

iPadはただの機械ではない。活用法を自社の文化に適合させてこそ、そのポテンシャルを活かすことができる。導入前に、もう一度、自社のアイデンティティを再確認する作業は、決して無駄にならないだろう。

 

 

iPadはできる限り自由に使ってもらうというのがミキ流。絵の得意な川田氏は、その特技を接客に活かしていた。この絵は、スタッフの顔を覚えてもらうために描いたものだ。

 

 

ミキでは、スマートフォンからの情報を伝達してくれるメガネ型情報端末「雰囲気メガネ」(【URL】 http://fun-iki.com)も手掛けている。周囲に気づかれないように、電話の着信やメールの受信、スケジュールやタイマーなどのさまざまな情報を把握することのできる最新型ウェアラブルデバイスだ。

 

 

【声】
現場からはさまざまな声が挙がってくる。「iPOSが発行する商品引換券の文字が小さすぎて、高齢のお客様には読みづらい。大きくしてほしい」などという、現場でなければ気がつかない指摘もある。

 

【POS】
ミキが使っていた旧POSレジシステムは、もう25年も使っているという。更新時期にきて、スタッフに行き渡っているiPadにPOSレジ機能を入れてしまおうというのは、ある意味、ごく自然な発想だった。