第45話 “ひと山いくら”で並ぶ食べ放題コンテンツの未来|MacFan

アラカルト デジタル迷宮で迷子になりまして

デジタル迷宮で迷子になりまして

第45話 “ひと山いくら”で並ぶ食べ放題コンテンツの未来

文●矢野裕彦(TEXTEDIT)

テクノロジーの普遍的ムダ話

買い物しようとアマゾンをブラブラしていたら、同社が提供する電子書籍の読み放題サービス「キンドル・アンリミテッド(Kindle Unlimited)」が3カ月で実質99円で加入できるというバナーが飛び込んできた。

入り口のハードルを下げてとりあえず契約させ、忘れた頃に課金が始まるという、サブスクリプションサービスが頻繁に仕掛けてくるこの手のキャンペーンは、もう見飽きている。新規契約は面倒だし、どうせキャンペーン期間が終われば通常価格に戻る。それに、この手のサービスはたいがい解約の方法がよくわからない状態にしてあり、ユーザが解約をあきらめて契約を継続することを狙っていることが多い。

とはいえ、キンドル・アンリミテッドは使い慣れたアマゾンのサービスであり、私はアマゾンプライム会員なので、契約するのは手間どころか、何度かクリックしたら即サービス開始だ。しかも3カ月で99円など、痛くもかゆくもない。そんなわけで、以前から興味があったこともあり、キンドル・アンリミテッドに登録した。

冷静に考えると、これが99円でなく、本来の月額980円であってもずいぶんとぜいたくなサービスだ。本を作ることを仕事にしているからこそ、そこに注がれる手間や努力や才能のことはよくわかっている。それゆえ、本を無限に読める価値はとても高いと感じる。

しかし、加入して2カ月以上が過ぎたが、読んだのは何冊かのコミックスだけで、想像したような読書生活が送れていない。正確にはライブラリには蔵書が増えていくのだが、パラパラとめくるだけで、しっかり読書できていないのだ。読みたい本に出会わなかったと言えばそれまでだが、実際、並んでいるものから選ぶしかなく、偶然出会う以外に読みたい本を探す手段がない印象もある。結局、見つかった本をライブラリに登録し、そのままになっている。

これはどこかで体験したことがある状況だなと思ったら、それこそアマゾンプライムビデオや、ネットフリックス(Netflix)などの映像サービスで同様の現象が起きていた。以前はいくばくかのお金を投じて熱心に見ていた多彩な映像作品が、いざ目の前に並べられると、たいして見なくなる。仮に見たとしても仕事をしながらだったり、流し見してしまう。音楽についても、同様のことが起きている。聴いている曲のアルバムのジャケットすら見ない。

映像作品にせよ、書籍にせよ、年々その数は増えていく。そこに通信インフラを含むデジタル技術が加わったことで、コンテンツの食べ放題サービスが始まったのは自然な流れかもしれない。そしてそれは、サブスクリプションとして契約を続ける限り、時間も無制限だ。

そういう場が生まれたとき、人とコンテンツの関係は、従来の状態から逆転したように思う。便利になる一方で、コンテンツを雑に扱ってしまう。見たり読んだりすれば感動するものであっても、視聴する行為にたどり着けなければ、ひと山いくらで並ぶ商品のひとつでしかない。

それでもそこに、さまざまな人が才能と労力を込めた結果としてのコンテンツがあれば、敬意を持って視聴することになると思う。ところが、もはやそれも危うい。

人類は生成AIに夢中だ。生成AIの得意技は、過去のコンテンツを糧として、その創造主である人間のまねをすることだ。すでに絵を描き、写真や映像を“作り”、作曲して歌っている。その指示を出しているのが人間だ。そうして生み出されたものが、人が制作したものに比べて遜色なく、見た人が感動するようになるのも時間の問題だろう。果たしてそのとき、無尽蔵に生まれてくるそれらのコンテンツは“ひと山いくら”なのか。目を輝かせながらそれらを楽しむ未来が、なかなか見えてこない。

 

 

写真と文:矢野裕彦(TEXTEDIT)

編集者。株式会社TEXTEDIT代表取締役。株式会社アスキー(当時)にて月刊誌『MACPOWER』の鬼デスクを務め、その後、ライフスタイル、ビジネス、ホビーなど、多様な雑誌の編集者を経て独立。書籍、雑誌、WEB、イベント、企業のプロジェクトなど、たいがい何でも編集する。