華麗なる賭け~『関西若手棋士が創る現代将棋』より|将棋情報局

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華麗なる賭け~『関西若手棋士が創る現代将棋』より

『関西若手棋士が創る現代将棋』に掲載の池田将之氏によるレポートを1節紹介します。
船江プロと西川和プロが賭けたのは? 賭けに負けて約束を守ったのは? どうぞお楽しみください。

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連載 第1回より

華麗なる賭け

 

 2011年7月12日のC級2組順位戦。関西将棋会館では、ある注目カードがあっ た。それは西川和宏四段─船江恒平四段の一戦である。

 両者は奨励会時代からの遊び仲間で、とくに麻雀が大好き。研究会や奨励会の後は、決まって連盟近くの雀荘に向かっていた。後輩の西川が先に四段昇段を果たし、昨年、船江がようやく奨励会を卒業した。西川はうれしかったのだろう、船江の昇段祝賀会 では、最後の5次会まで付き合った。

 本局の数週間前、両者はいつものように居酒屋でビールグラスを傾けていた。 「船江さんなんかに負けたら丸坊主ですね」と西川が言うと「いやいや、西川さんなんかに負けたら永久脱毛ですよ」と船江が返す。こうなったら止まらない。いつもの ようにあおり合いが始まり、次の対局で負けたほうが坊主にするという約束が交わされた。

 二人は今期の竜王戦6組で対戦しており、西川がプロ棋士の先輩として貢録を示し ている。「どうやら、船江さんとの格付けは決まったようです」と西川はほくそ笑んだ。今期の順位戦の表が出来上がったとき「2回戦の相手に負けたら降級点やな」と声をそろえた。それが本局である。船江も竜王戦と順位戦の往復ビンタは御免だろう。

 戦型は西川が石田流に構えた。先手が積極的に仕掛け、船江も負けじと応戦して第1図を迎えた。本局の進行に関係者は驚いた。両者は以前、本局と全く同じ将棋を研究会で指しているからだ。第1図周辺の形勢判断は食い違い、互いに自分が優勢だと言って譲らなかった。

 とはいえ、周りで見ていた棋士や奨励会員の評価を加えると、9対1で居飛車優勢だった。なぜ西川はこの将棋に誘導したのか。密かに船江を一発KOする絶妙手を研究していたのだ。が、それは不発に終わる。

 ▲6二金と打った第1図で西川に誤算が出る。以下△7三銀▲7一金△8四銀▲ 6一飛△2二玉▲6二歩成△4三金。

 △7三銀が西川の坊主を決定づける一着だった。なんてことのない手だが、勝負の アヤは前述の研究会での将棋にある。

 研究会では第1図から△6二同金▲同歩成△7三銀と進み以下▲7一と△8四銀で居飛車優勢との評判だった。西川は手順中の△7三銀に対し、▲6四銀(参考図)という妙手を用意していた。△同馬は▲7一と△8四銀に▲6一飛が王手馬取り。△8四銀には▲5五銀と馬を取っておいて先手十分だ。

 △4三金と上がられた局面は先手の攻めが細い。最後は船江が華麗な寄せを決め、開幕2連勝を飾るとともに、竜王戦でのリベンジを果たした。

「▲6四銀に船江さんが1時間考えて投了というシナリオだったんですが」と西川は落胆の表情。船江は研究会の将棋をほとんど覚えていなかったそうで「そんな相手に負けたのか」と西川の悔しさは増すばかりだった。

 

 数日後。西川は颯爽と坊主頭で棋士室に登場した。事情を知っている者は皆、西川の頭をとりあえず撫でた。「3ミリと4ミリのオシャレ坊主なんです」と西川。どうやら美容院で坊主にしたようだ。精悍な感じで、とても似あっている。

「勝ってる人は美容院に行けるお金があっていいですね」と言ったのは吉田正和四段だが、彼の髪も短くなっている。自分で坊主にしたそうで「最初は粗さが目立ちますが、伸びてくれば問題ないですよ」。確かにそうだ。「将棋負けてるし」と言って西川は首を横に振った。

 船江が負けたら坊主にしていたのかという議論もあったが「坊主の船江さんなんか見たくないので、私が全力でとめます」と船江の弟弟子の菅井竜也四段が言っていたようだ。

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