2018.07.18
祝! 豊島将之棋聖 関西将棋会館の天才少年が悲願のタイトル保持者へ
羽生善治棋聖に豊島将之八段が挑戦する第89期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負第5局が7月17日、東京都千代田区の「都市センターホテル」で行われ、豊島が勝ってシリーズ成績を3―2として棋聖位を奪取しました。本記事では1998年、1999年に週刊将棋に掲載された、奨励会入会前の豊島少年をとりあげたグラビア記事を紹介します。
豊島将之新棋聖、初タイトル獲得おめでとうございます!
タイトル戦初陣の2010年度、第60期王将戦七番勝負から数えて約8年、念願の初タイトル獲得となりました。
28歳となった豊島棋聖はすっかり和服が板につき、精悍さを感じるほどですが、8年前の第60期王将戦当時は20歳。持ち前のあどけなさも助けて、失礼ながら和服に身を包んだ姿を見て「かわいらしい」と思ってしまうことさえありました。(今でもあどけなさの片鱗は残しておられますが・・・重ねて失礼!)
筆者は王将戦第4局、取材担当として対局場の兵庫県加古川市「鶴林寺」に行きました。そして対局当日の朝、豊島六段(当時)が対局室に入ってきたその瞬間、ふと遠い昔に見た週刊将棋のある記事を思い出したのです。
それが、こちらの記事。
週刊将棋1998年6月17日号より
カメラマンの炬口勝弘氏による「炬口勝弘の棋界漫歩」というコーナーで、「恐るべき天才少年」と題し、まだ奨励会に入る前、8歳当時の豊島棋聖を特集した記事です。
それと、こちら。
週刊将棋1999年9月29日号より
こちらは同コーナー、「恐るべき天才少年」から約1年3カ月後、奨励会試験を受験・合格した豊島少年にクローズアップした記事「続・恐るべき天才少年」です。
「恐るべき天才少年」記事内で炬口氏は、「5歳で初めて駒を手にし、小学1年で早くもアマ四段になった恐るべき少年、大阪の豊島将之クン。うわさはかねがね聞いていたが、実物を見るのは今回が初めて。関西将棋会館道場で、大の大人相手に指しならせる“短パンの勝負師”の姿には、久々に興奮してしまった」と記しています。
掲載されている写真はこちら。
週刊将棋1998年6月17日号より
「続・恐るべき天才少年」では・・・
「昨年の6月、本欄で紹介した豊島将之君(桐山清澄九段門・小学3年生・9歳・大阪府豊中市)が今夏、奨励会の入会試験を受け、期待にたがわず、みごとに合格した。いよいよプロ棋士をめざすスタートラインに立った。まだ小学3年生。ちょっと気が早いかもしれないが、何年か先、“中学生棋士”の誕生が久しぶりに見られることになるかもしれない。」
炬口氏の抑えられない興奮が垣間見えるような寄稿です。
掲載されている写真はこちら。
週刊将棋1999年9月29日号より
☆
炬口氏は2015年にお亡くなりになられました。
この記事から約20年後、炬口氏の逝去から約3年半後、“短パンの勝負師”豊島少年は大輪の花を咲かせることとなりました。
☆
改めまして・・・