2018.06.29
将棋世界新連載「強者の視点――棋士たちの藤井将棋論」第1回永瀬拓矢七段の一部を紹介
7/2発売の将棋世界 2018年8月号から始まる新連載「強者の視点――棋士たちの藤井将棋論」。トップ棋士や若手俊英が藤井七段の将棋を数局選び、藤井将棋の本質に迫る。本記事では第1回に登場の永瀬拓矢七段が挙げた5局のうち1局を紹介する。
第1回 永瀬拓矢七段「目指すものの高さ」
▲藤井聡太六段―△糸谷哲郎八段
(平成30年3月22日)
糸谷八段は順位戦でA級昇級、好調なイメージがあります。本局は阪田流向かい飛車を採用しました。昇級の原動力とまでは言いませんが、B級1組では斎藤慎太郎七段戦、松尾歩八段戦で用いて快勝しています。
また、糸谷将棋には悪形が好き、というイメージがあります。まとめきることに自信があるのでしょう。怪力の糸谷に対して悪形を指さない藤井。この将棋はそんな一戦です。藤井将棋の特徴がよく表れたのが第1図からの進行です。
◆驚異的な組み立て
アマチュア目線だと第7図から▲2三歩△同飛▲3二角△2四飛▲6五角成が浮かぶと思います。しかし以下△5四角でパッとしない展開です。
実戦は第7図から▲6五角△5二金▲2五桂。この▲2五桂がなかなか見えない手です。普通はこの▲2五桂に代えて、▲2三歩△同飛▲3二角成△2四飛▲2三歩が目につくところですが、△4三銀(A図)で大変です。以下▲2二馬じゃ冴えないし、▲2二歩成△3二銀▲同とも、ぼけた感じの手順です。
戻って▲6五角に△6四歩は▲2三歩で論外です。自分の第一感は▲6五角に△1四角でしたが、▲2五桂は消えていないかもしれません。
▲2五桂という手は桂損しますが、△同金は▲3四歩で桂を取り返せます。また△同飛は大決戦で、以下▲同飛△同桂▲2一飛。この局面は次に▲8三角成が厳しく映ります。陣形差もあり、先手陣に離れ駒が香以外にないのに対して後手はバラバラ。形勢は先手優勢です。きちんと相手の形を見てしっかりとがめているのがよく分かります。
▲2五桂は読みがしっかりしていないと指せない手で、これに気づける棋士は100名棋士がいたとして30名ぐらい、つまり上位棋士でしょう。ただ▲2三歩の垂らしが感覚として悪いので、消去法で気づくというレベルです。▲6五角~▲2五桂の手順で組み立てているのは驚異的なことに思います。
◆コンパクトな陣形
第1図の先手の陣形について補足します。これは桂に対して強い形。△8四桂と打たれて△7六桂と跳ねられると受けにくいというのはありますが、それだけだとすぐに先手玉は寄りません。お互いの陣形の耐久度をしっかり読んで手を組み立てているのがすごいことです。
また、構えは自然でコンパクトにまとめています。急戦調の将棋だと左右のバランスが大事です。端攻めも意識していますが、それより渡せる駒が多くなるのが利点です。これが▲7七銀型だと脇が空き、飛車を渡しづらくなります。
もっと言えば▲7七桂▲6八銀▲7九金の囲いのほうが自然。本局は金銀逆形ですが似た形です。後手の早い動きには、囲いが1手早いこの構えがよいのでしょう。現代調の駒組みに思います。
◆柔らかさを示す▲5九金
ものすごい駒の取り合いに進み、両者持ち駒が豊富な状態に。糸谷が△4七歩成と銀を取った手に対し、藤井が2七馬も4七とも取らず、持ち駒の金を▲5九金と打ったのがこの局面。
第2図の▲5九金も印象的でした。藤井さんにすれば自然な手なのでしょう。しかしここまで一直線に攻め合う手順が続いた後に自陣に手を戻す▲5九金です。自分が打てたとしても消去法になっていたと思います。一直線が勝てないので受ける。しかし藤井さんはきちんと組み立てて指しています。1から8までを考えて、仕方なく9、10を埋めていくのと、1から10まで最初から理解できているのでは違います。ここで▲5九金を打てる人は多いかもしれません。並の棋士なら、これはよい手だと言ってしまうかもしれません。しかし藤井さんには当然の一着、柔らかさを示す一手に思います。
◆目指しているものの高さ
第3図からの即詰みの手順も圧巻でした。近年の中でも特に驚いた、素晴らしい即詰みでした。詰ませられるのは棋士100名中15名ぐらいだと思いますが、時間を使わずにやってのけるのがすごいところ。詰みは分かっても詰まさないという人も結構いますが、真理としては詰ますべきで、彼の目指しているものの高さを物語っています。
本局は糸谷八段の怪力を封じ込めたところもありましたが、途中の切り合いは抜群の味、踏み込んで読みきって勝っているところが素晴らしいところです。現代将棋を体現したような将棋だったと思います。自然に指して自然に勝つ、読みがしっかり入っているのを感じます。
図以下▲8五桂△9二玉▲8二竜△同玉▲5二飛△7二飛▲7三桂成△同玉▲7四歩△8二玉▲7三銀まで糸谷投了。藤井はこの即詰みの順を図から全てノータイムで指した。
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他の4局は将棋世界 2018年8月号でお読みいただけます。
永瀬七段紹介の5局はすべてコーナーの最後に総譜が掲載されています。
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