慶太は一日十時間勉強しとった/船江恒平の意識改革『奨励会 ~将棋プロ棋士への細い道~』より|将棋情報局

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慶太は一日十時間勉強しとった/船江恒平の意識改革『奨励会 ~将棋プロ棋士への細い道~』より

元奨励会員で、小説すばる新人賞を受賞した作家・橋本長道氏による『奨励会 ~将棋プロ棋士への細い道~』が予約開始となりました。
この記事では本書の第四章「プロ棋士になるための練習法」から冒頭の一部分を紹介します。

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「慶太は一日十時間勉強しとった」

 プロ棋士になるためには、一日どれくらい勉強すればよいのだろうか。

 大学二年生の頃から卒業まで、将棋部の先輩の紹介で元町にある神戸将棋センターでアルバイトをしていたことがある。神戸将棋センターは元町商店街の雑居ビルの4階にあった。高齢者がメインの客層であるにもかかわらず、エレベータは付いていない。急な階段を毎日15分ぐらいかけてのぼってくるお客さんもいた。
 受付や灰皿の交換、お客さん同士の手合いを付けるのがバイトの仕事である。バイトは大抵二人一組で入っていた。私は井上慶太先生のお父さんと一緒に入ることが多かった。定年退職後、どうしてもということでお願いされたらしい。井上門下の一部の奨励会員は、井上さんのことを師匠のお父さんなので「大師匠」と呼んでいた。
 一緒に仕事をし、打ち解けてくると大師匠はこう聞いてきた。
「橋本君は、一日十時間将棋の勉強しとったか」
「いえ……そこまではしてなかったです」
 すると大師匠はニヤリと笑って言った。
「そやろ。慶太は一日十時間勉強しとったで」
 井上先生の奨励会入会は高校一年生と遅かったが、三年余りという猛スピードで四段まで駆け抜けている。その陰には、一日十時間の勉強というひたむきな努力があったのだ。

 息子のことを語る時の大師匠は、どこか誇らしげだった。

船江恒平の意識改革

 同じ井上門下に船江恒平という男がいる。現在、棋士六段であり、人当たりのよさや得意のトークでイベントでも引っ張りだこの人気棋士だ。私よりも四学年下だが、奨励会入会は船江のほうが一年早い。
 船江は小学生名人戦で準優勝の経験があり、指す将棋も天才肌のそれだった。しかし、奨励会の将棋では無意味な長考をしてみたり、諦めが早かったり、素人でも見落とさないうっかりで好局を落とすことが多かった。私や兄弟子、他の奨励会員の悪影響を受け、将棋の勉強時間も少なかったように思う。
 私が奨励会を退会して数年後に会った時には、将棋を辞めて資格の勉強をしようと思っている――という話をしていた。
 ――あの船江がプロになれない世界っていうのは、やっぱりエグいな。
 というのが私の素直な感想であった。
 さらに数年後、船江と出会った時、彼は四段になっていた。井上門下の最初のほうの弟子達で集まってささやかな祝勝会を開いた時、船江は言った。
「あの人らは全然違うわ。君らやオレとは全然違う」
 船江が全然違うと語ったのは、実際に一日十時間以上将棋の勉強をする少年のことだった。私が奨励会退会した翌年に井上門下に菅井竜也(現王位)が入門したのである。
 弟弟子の菅井や稲葉陽(現八段)に触発された船江は、猛然と将棋の勉強を始めた。そして数年で三段リーグを突破した。
 意識を変え、猛勉強を始めたことが結果につながったのは、船江が元々優れた能力を持っていたからということもあるだろう。意識改革を行い、猛烈な努力を始めても最早手遅れで結果が出ず、年齢制限で退会する者はざらにいるのだ。
 ただ、いくら才能があったとしても、人生の一時期に集中的な勉強を行わないことにはプロ棋士になれないというのは事実のようだ。

続きは本書でお読みください。

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