『さばきの極意 前編』久保利明 × 中田功 1(全5回)~将棋世界2015年10月号より|将棋情報局

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『さばきの極意 前編』久保利明 × 中田功 1(全5回)~将棋世界2015年10月号より

将棋世界バックナンバーから厳選した記事を掲載する当コーナー。第6回から第10回は、2015年10月号より『さばきの極意 前編』をお送りします。

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 将棋ファンには振り飛車党がとても多い。駒組みを覚えるのが簡単で入門者が入りやすいし、序盤が分かりやすいのが人気の理由だろう。とにかくアマチュアが指して楽しい戦法である。
 ただ、序盤が楽な半面、中盤の戦い方となると意外に難しい。飛車を振って玉を囲ったまではいいが、そのあとどう指したらいいのか分からないと感じている人は少なくないと思う。
 よく振り飛車の戦いは「さばき」だといわれるが、そもそもさばきとは何なのだろうか。なぜ、居飛車に比べて特に有効なのだろうか。また、じょうずにさばくにはどうやればいいのだろうか―。実戦における振り飛車のさばきは多種多様で、一見基本がないように思えるが、必ず何か絶対的な法則があるはずだ。
 そこで今回、プロの振り飛車党を代表して「さばく振り飛車のスペシャリスト」である久保利明九段と中田功七段に登場いただき、お二人の実戦例と、影響を受けた巨匠の将棋を題材にしてじっくり考えてみたい。2回シリーズの前編。

 

振り飛車はかっこいい

――まず、お二人が振り飛車党になったきっかけから伺いましょう。

中田  僕は地元の福岡県で、小学校4年生の春に将棋を覚えました。最初の1年くらいは独りで本を見ながら駒を動かしていただけでしたが、それでも十分に面白かったのです。そんなに好きならということで、父が将棋道場に連れて行ってくれたのが5年生の春。そこで、「この子はもう2級はあるばい」と言われました。天才少年の出現ですね、はっはっは(笑)。それからは道場通いです。道場には振り飛車の二大強豪がいて、三間飛車党のAさんと四間飛車党のBさん。どちらも強くて、自分が俄か仕込みの居飛車急戦でいっても全く勝てませんでした。特にBさんは県代表にもなった人で、アマ名人になった小池重明さんのような受け将棋で攻めを全部切らされた。
 振り飛車がかっこよく見えて、自分も自然にやるようになったんです。よく藤井さん(猛九段)が「美濃囲いはかっこよくて舟囲いはダサい」と言うけど、それと全く同じです。Aさんの攻める三間飛車のほうが自分には真似しやすかったので、三間飛車党になった。だから、私は最初から三間飛車党ですね。

久保  僕は4歳のとき、師匠(淡路仁茂九段)の将棋道場に通い始めました。ルールがやっと理解できた程度の子どもに師匠は王様1枚で教えてくれました。5歳のとき、父親が最初に買ってくれた将棋の本の一冊が『大野の振り飛車』だったのです。この本は、昭和46年に発行された故・大野源一九段の振り飛車実戦集です。渋いですね(笑)。自分はまだ字が読めないから図面だけを追っていた。絵を見てイメージを得る印象ですね。といっても、アマチュア時代は振り飛車党ではなく、半分居飛車党で、矢倉も指していたのです。11歳で奨励会に6級で入って、5級の先輩との最初の香落ち戦を迎えました。見よう見まねの居飛車の急戦で立ち向かって端を攻めたのです。ところが、端攻めが成功するどころか、上手の振り飛車に完璧にさばかれて完敗した。そのときに、子どもの頃読んだ『大野の振り飛車』のイメージを思い出し、ああ、大野先生はこんな振り飛車を指していたなあって……。そこで振り飛車に目覚めたのです。


「振り飛車名人」とうたわれた大野源一九段は、明治44年9月1日、東京市下谷区(現東京都台東区)の生まれ。関東大震災後に大阪に移り、木見金治郎九段門下に入る。大山康晴十五世名人や升田幸三実力制第四代名人の兄弟子にあたる。昭和4年四段。11年六段、13年七段、15年八段。49年九段。かつて不利な戦法と見られていた振り飛車に着目し、さばく三間飛車を開拓。人気戦法に育てた。A級在位16期。棋戦優勝2回。54年1月14日、踏切事故により死去。享年67

――中田さんの師匠は、あの大山康晴十五世名人です。言うまでもなく、振り飛車の巨匠ですよね。その大山名人は、久保さんが大きな影響を受けた大野九段の弟弟子でもある。中田さんは、どんな経緯で大山門下になったのですか。

中田  小学生大会で少し活躍したとき、地元の方の計らいで「大山先生に将棋を見ていただける」ということになりました。大山先生はその年、船の旅で宮崎に来られるとのことで、親しく交流している方がいたのです。僕は大山先生にお目にかかれるだけでもびっくりでした。
 大山先生にお会いする前に、関根先生(茂九段)に二枚落ちを指してもらいましたが、お墨付きをいただいたみたいで、大山先生の弟子にしてくださることになったのです。大山先生は有吉先生(道夫九段)のあと、長く弟子を取っておられなかった。
 小学校を卒業して東京に出てきたとき、最初は大山先生の内弟子になる話もあったのですが、それでは多忙な先生が大変だということで、『近代将棋』の永井社長(英明氏)が自分の家で預かってくれることになりました。永井さんとそのお母さんには本当にお世話になりました。もちろん、師匠は振り飛車の巨匠ですから、受けた影響は計り知れません。


大山康晴十五世名人といえば四間飛車。さばきに加え 二枚腰と呼ばれる受けの妙技で数々の名局を作った

――久保さんから見た「大野の振り飛車」。中田さんから見た大山将棋。それはどんな印象でしたか。

久保  ひと言でいうときれいでした。あとで解説しますが、「△6四角」という手が頻繁に出てきます。自分が振り飛車党になってからは、それをかなり意識しました。

中田  奨励会時代は、大山先生のお宅へ定期的に伺って自分の将棋を見てもらっていました。入門して最初の日、僕が中学のブレザーにスニーカーだったので、「これを履いて将棋会館に来なさい」と革靴を買っていただいた。先生には将棋連盟の会長室でもよく将棋を見てもらいました。いつも色紙を書いていて、その合間に将棋を見てくれるのです。気持ちよく攻めて勝った将棋を見ても全然褒めてもらえないし、詰めろ逃れの詰めろを掛けて逆転勝ちしたような将棋も全然褒めてもらえない。だけど、じっと我慢して耐えた将棋だけは、「よく我慢したね」と言われました。遊び駒を作るなとか、振り飛車は左桂をさばけとか、そういうことはよく教わりました。あとで紹介しますが、大山先生が得意にされた四枚美濃は自分の振り飛車の原点です。

さばきの基本を考える

――それでは、振り飛車のさばきをイメージするために、お二人と一緒にさばきの基本を考えてみたいと思います。

【さばきの基本 その1】
さばきとは、盤上の駒を持ち駒にすることである

――例えば第1図から、▲5五歩△同歩▲同銀△同銀▲同飛(第2図)と進める手順は中飛車によく現れるさばきです。双方が銀と歩を持ち駒にして、結果は互角。このように、互角の駒交換がさばきの基本です。

【第1図は駒さばきの基本】

【第2図は▲5五同飛まで】

中田  それはそうですね。

【さばきの基本 その2】
駒得できれば、さばきは成功

――第3図は、プロの実戦。先手の次の一手は当然▲6五桂(第4図)。これで振り飛車は銀桂交換の駒得を確実にしました。

【第3図は△7三同銀まで】

【第4図は▲6五桂まで】

中田  これは分かりやすい例ですね。 ――ただ、このようにすんなり駒得できるさばきは、まれです。むしろ実戦では、互角の取り引きが繰り返されていくことが圧倒的に多い。ところが、一見互角の取り引きであっても、双方の玉形の違い、攻め駒と守りの駒の価値の違い、相手の陣形にキズがあって効果的な攻めを狙える場合など、条件によっては結果に優劣の差が生じる場合があります。

久保  自分もよく聞かれるのですが、それを説明するのが難しいんですよ。

【さばきの基本 その3】
駒得以外の得を求めるさばきがある

――相居飛車のさばきの例を取ってみましょう。第5図は角換わり棒銀。 ここで後手が△5四角と打てば互角の定跡ですが、仮に△6四銀と出たりすれば、▲2四歩△同歩▲同銀△同銀▲同飛△2三歩▲2八飛(第6図)となって、先手のさばきが成功となります。

【第5図は▲1五銀まで】

【第6図は▲2八飛まで】

中田 こうなれば、プロ同士の対戦なら先手必勝に近いね。

――コンピュータの計算なら、第6図は先手60対後手40くらいになるかもしれません。駒の損得がないのになぜ、そんなに差がつくのか。それは、「攻め駒の銀と守り駒の銀の交換は攻め側有利」という法則があるからです。矢倉や角換わり腰掛け銀など、相居飛車の戦法の8割以上は銀桂交換の駒得を求めるか、攻め駒と守り駒の交換を求めるという攻めを目標にしているといえます。

 

次回に続く

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