『さばきの極意 前編』久保利明 × 中田功 2(全5回)~将棋世界2015年10月号より|将棋情報局

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『さばきの極意 前編』久保利明 × 中田功 2(全5回)~将棋世界2015年10月号より

将棋世界バックナンバーから厳選した記事を掲載する当コーナー。第6回から第10回は、2015年10月号より『さばきの極意 前編』をお送りします。

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第1回より続く~

【さばきの基本その4】
さばきは大駒中心

―― 一方、振り飛車のさばきは「銀・桂」の攻め駒に「飛車・角」の大駒が絡み、ダイナミックな手順で行われることが多い。相矢倉などは攻め駒同士の押し合いになるので派手な大駒交換にはなりにくいのですが、振り飛車は双方が玉を固めた上で、攻め駒同士の戦いになるので交換になりやすい。つまり、振り飛車は大駒のさばきが実現しやすいし、その技術が問われる戦法だといえます。

中田  その話を聞いて最初に思い出すのが第7図。

【第7図は△3二飛まで】

 有名な升田式石田流の序盤だけど、小学生の頃、初めてこの戦法を見たときはびっくりしました。「▲2四歩と突かれたらどうするんだよ」って。ところが、▲2四歩△同歩▲同飛には△3六歩(第8図)と突かれて逆に先手がはまりなんだ。

【第8図は△3六歩まで】

 以下▲同歩は、△8八角成▲同銀△1五角(第9図)の王手飛車。また第8図で▲4八銀なら、△8八角成▲同銀△3三角(第10図)の飛車銀両取りがある。この豪快さが振り飛車のさばきなのです。これには子ども心に衝撃を受けました。

【第9図は△1五角まで】

【第10図は△3三角まで】

久保  自分も奨励会時代から石田流を指しているけど、本格的に指すようになったのはこの10年くらい。もう100局以上指したかな。石田流は奥が深いです。

――大駒の威力ってすごいですよね。振り飛車はそれが実感として分かります。第11図はプロの公式戦でもよくある序盤ですが、ここでうっかり△8五歩と突くと▲3三角成(第12図)の1手詰み。これこそ究極のさばきですよね。

【第11図は▲5五同角まで】

【第12図は▲3三角成まで】

中田  これも初めて本で見たときはびっくりした。この詰みを食らうプロはいないけど、角をさばいて飛車筋を通すという筋は実戦でも常にあります。

【さばきの基本その5】
複数の駒交換こそ振り飛車党の腕の見せどころ

【第13図は△4五歩まで】

――振り飛車には時に「大さばき」といわれるさばきがあります。第13図は有名な四間飛車定跡ですが、以下▲3三角成△同飛▲2二角△4六歩▲3三角成△同桂▲3四飛△4三金▲3六飛(第14図)。形勢はどうなっているのでしょうか。

【第14図は▲3六飛まで】

久保  ほとんど互角でしょう。自分は後手を持ってもいいです。

――第14図のように、バランスの取れたさばき合いは定跡として残ります。しかし、これだけ大きくさばき合って互角の取り引きは珍しい。実際には、こうした大さばきは「経験的に見てどちらかが有利」となって、定跡から外れていくケースがほとんどです。例えば第15図。

【第15図は△5六同飛まで】

 久保さんお得意のゴキゲン中飛車ですが、ここで▲5五歩と打つ手があります。後手は飛車を助ける方法がなく、△同飛▲同銀△同角と進んだ第16図をどう見るか。

【第16図は△5五角まで】

久保  これは自分も随分やりました。研究会ではそれこそ、何百局と指されているでしょう。

――当初は居飛車もやれるという見方があって公式戦で20局近く指されましたが、最終的にはこの局面は「振り飛車有利」が結論となって、定跡から外れることになりました。では、なぜ第16図は後手有利なのでしょう?

①駒割りは、後手の飛車と先手の銀+歩1枚の交換で先手駒得。
②しかし、先手は歩切れで後手は歩を2枚持っている。
③2八の飛車取りが残っているので、実質、後手が手番を握っている。
④玉の安定度は後手が上回る。

 これらを総合して、第16図はわずかに後手有利と見られると思うのですが、いかがでしょうか。

久保  基本的な考え方はその通りですね。ただ、その結論にたどり着くまでには紆余曲折があったのです。先手は第15図で▲6六銀と出るか、▲5五歩と打つかの二択なのですが、▲5五歩の研究の途中で▲6六銀が俎上に上がり、結果的に▲6六銀で先手50以上だと思われるようになりました。それなら▲5五歩と打つ手は、先手50以上の結果が出なければバカバカしい。それで指されなくなったわけです。

――第6図のような相居飛車のさばきは分かりやすく、評価を数値化しやすいと思います。しかし、第16図を初めて見てこれが振り飛車のさばきの成功例ですといわれても、分かる人はほとんどいないでしょう。振り飛車のさばきはこれに限らず多種多様です。飛車角交換はもちろん、飛車金交換や角金交換、金銀交換、銀桂交換、あるいはそれらを組み合わせたさばきが無数にある。そうしたさばきの結果におけるほんのわずかな得点差を経験と勘で嗅ぎ取る。これが振り飛車党の技術なのだと思います。いうなれば職人芸の世界。ここからはお二人の職人芸の世界を伺います。

【再掲第6図は▲2八飛まで】

中田  ははは、僕と久保さんの振り飛車では格が違います。なので僕も久保さんに教わりたいことがたくさんあります。

【さばきの格言その1】
振り飛車の△6四角に好手あり

――久保さんは大野流振り飛車のどんな場面が印象に残っていますか。

久保  第17図ですね。

【第17図は▲1一角成まで】

 昭和36年の九段戦の▲加藤一二三八段と大野先生の対局ですが、大野先生は図から△6四角▲3七歩△3六歩▲5五歩△3三桂▲3六歩△5五角(第18図)と指しました。

【第18図は△5五角まで】

 こうなれば、香損でも大駒と左の桂がさばけて後手優勢でしょう。大野先生の振り飛車には次のような特徴があります。
 ①金銀3枚の美濃囲いがしっかりしている。②3三の角を6四に転回して居飛車の飛車を狙う作戦が多い。そして③大駒のさばきがうまい。戦うのは常に玉の反対側。要するに戦い方がシンプルで、アマチュアにも真似しやすいのです。5歳の自分が感動できたくらいだから(笑)。

中田  5歳でそれだけの理屈が分かったら、すごすぎる。

久保  第19図は自分の四段時代の将棋で相手は畠山鎮五段。

【第19図は▲3四歩まで】

 ここから△6四角▲1一角成△1九角成▲2一馬△4二金が(第20図)が実戦の進行です。居飛車の棒銀に対していろいろな対策がありますが、僕は6筋の位を取って△6四角の反撃を見せるのが好きでした。大野流の影響です。

【第20図は△4二金まで】

 

~次回に続く

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