『羽生善治が敗れる日』対談 山下宏 × 棚瀬寧 2(全3回)~将棋世界2009年1月号より|将棋情報局

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『羽生善治が敗れる日』対談 山下宏 × 棚瀬寧 2(全3回)~将棋世界2009年1月号より

将棋世界バックナンバーから厳選した記事を掲載する当コーナー。第3回から第5回は、2009年1月号より、コンピュータ将棋界をけん引してきた両者による対談を3回に分けてお送りします。9年前、プログラマーたちが思い描いていた世界とは?

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山下宏(左) YSS開発者。東北大学工学部卒。36歳。O型。フリープログラマー。浪人時代に将棋プログラミングを始める。趣味は釣り。コンピュータ将棋にかける時間は選手権前の2カ月は1日12時間、フルタイム稼働だが、最近はコンピュータ囲碁に熱中気味。
棚瀬寧(右) 棚瀬将棋・IS将棋開発者。東京大学理学部情報科学科卒。33歳。A型。会社員兼プログラマー。大学時代に仲間と将棋プログラミングを始める。趣味はプログラミングとスキー。会社でも1日中プログラムを書いている。コンピュータ将棋にかける時間は週10時間ほど。
※肩書・プロフィールはいずれも当時

進化するコンピュータ

――そのころの将棋プログラムはどういう思考方法だったんですか?

山下  いまでこそ、指す手が可能な手をしらみ潰しに読む全幅検索という手法は有力視されていますが、当時はいかに手を絞って読めるかが勝負って風潮でした。ハードの性能が低い時代だったので、しらみ潰しに読んでは、2、3手、せいぜい4手程度しか読めない。これじゃあ、ちょっと駒の取り合いをするだけで終わっちゃいますから。読む範囲を狭めても7、8手先まで読むように調整していた。もっとも、最近では下手に手を絞るよりは、全部読んじゃったほうが早いし確実ってケースは多いですね。

――全幅検索は、ボナンザ(開発者=保木邦仁氏)が採用してから注目を集めたわけですよね?

棚瀬  全幅検索自体はコンピュータ・チェスで使われている手法で、ずっと以前からあったものです。ただ、ボナンザはチェスより変化が多い将棋でも全幅検索が使えるということに気づかせてくれたんです。

山下  コロンブスの卵でしたね、あれは。

棚瀬  我々は、将棋プログラムに全幅検索はダメだということを、先輩たちから耳にタコができるほど聞かされてきましたから、盲点になっていたんですよ。

山下  保木さんは海外にいて日本の文献を読まなかったのがよかったのかもしれない。悪い風習に染まらなかったというか。ちょっと悔しいですけどね。僕らが一生懸命書いたものを全く読まないで強くなったわけですから。

――ボナンザのもう一つの特徴として機械学習という言葉をよく耳にしますが、これはどんなものですか?

棚瀬  形勢を判断する評価関数の学習機能のことです。将棋の形勢判断をするには「駒得」とか「玉の危険度」とか、こういった様々な要素を考えるんだよってことは、人間(プログラマー)がコンピュータに教えるわけですね。で、例えば自玉の上部に相手の駒がいた場合は、具体的にどの程度のマイナスなのか。その「どの程度」の数値を、人間ではなく機械が自動的に決めていく、これが機械学習です。それ以前はプログラマーが自分で判断して数値を入力していました。

――おとなりのコンピュータ囲碁界では近年、モンテカルロ法という手法が有力視され、爆発的に強くなっていると聞きます。将棋のほうでも、これまでモンテカルロ法に匹敵するような発見はあったんですか?

棚瀬  いやー、あれに類するものはゲーム史上ないのでは。機械学習は考え方としてはすごいけど、それで他のチームが勝てなくなったわけではない。棋力自体はそれほど上がったわけではないんですよ。

山下  将棋プログラムでの一番大きな発見は、詰将棋の分野だと思う。ほんの15年くらい前まで、コンピュータは15手詰程度しか解けなかった。それが「変化の少ない手を深く読む」という考え方が発見されて、そこから爆発的に解ける手数が伸びていった。

棚瀬  確かにあれはすごかった。コンピュータ将棋史上、屈指の発見かもしれない。それまで15手しか解けなかったものが、いまや1500手。夢にも思わなかった。1500手ということは、仮にひとつの局面で2手ずつ分岐していくだけでも2の1500乗なわけですよ。

――将棋でもこれからモンテカルロ法に匹敵するようなものが見つかると思いますか?

山下  あると思います。現在使われている方法は、コンピュータ・チェスで50年前に発見されたやり方をそのまま使っているだけですから。

棚瀬  もちろん、あるに決まってます。ないわけがない。

―― なるほど。では現在の技術で、どこまで強くなっていくと思いますか?

棚瀬  まだまだするべきことはたくさんあるし、先は見えないですよ。山下さんは壁にぶち当たってる?(笑)

山下  いやいや(笑)

棚瀬  僕は、人間が到達しうる強さとコンピュータが到達しうる強さは違うと思うんですよ。コンピュータはこれまで右肩上がりに強くなってきた。人間のトップレベルに近づいたからといって、そこで急に横ばいになるのは、コンピュータでは逆に不自然に感じます。今後も同じように強くなっていくと考えるのが自然ですよね。

羽生善治を破る日

――おっしゃる通り、コンピュータ将棋は驚異的なスピードで強くなってますね。このペースで強くなり続けるとすると、現在の最強棋士であろう羽生善治を倒すのはいつごろと思いますか。

棚瀬  この手の質問には毎回、思いつきで答えてるので(笑)、矛盾しそうな気もしますが、ここ何年かでしょうね。十数年とかはもうかからないでしょ。そうですね。仮にコンピュータ選手権で使ってるパソコンなら5年くらい。もっと予算をかけて大規模なコンピュータを使うなど、本気でやれば2年と言っておきます。

山下  一番勝負だったら、いまでもプロに勝ってもおかしくないでしょうから。

――なるほど恐ろしい予測ですね。ではコンピュータVS人間で、コンピュータ側にとって理想の持ち時間はどのくらい?

棚瀬  難しいですね。まあ10秒ですか。

――それはちょっと(笑)。

棚瀬  じゃあ、9時間。これはコンピュータが有利そうですよ、案外ね。序盤から読みにすごい時間投入できるのは大きい。やはり読みを入れると指し手は安定しますから。で、序盤を乗りきって、後は相手(人間)が疲れきっている終盤戦で、と。

――やはりコンピュータは持ち時間が多いほど強くなるんですか?

棚瀬  当然です。マシンが速ければ速いほど強いし、時間があればあるほど強くなる。人間はどうだか分かりませんが、コンピュータは着実に上がりますから。じゃあ、コンピュータに適した時間は9時間ということで。あ、1日制の6時間かもしれないですけど。

――将来、コンピュータが指した将棋からプロ棋士が学ぶ時代は来るのでしょうか。

棚瀬  それは来ると思います。間違いなく。

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将棋世界編集部(著者)