【藤井聡太八冠誕生記念 特別公開】第71期王将戦第4局「誰が藤井を止めるのか」|将棋情報局

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【藤井聡太八冠誕生記念 特別公開】第71期王将戦第4局「誰が藤井を止めるのか」

藤井聡太八冠誕生を記念して、将棋世界本誌に掲載した特集から厳選したものを将棋情報局で公開します!

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 それはわずか30秒ほどのことだった。だが永遠にも感じられた時間だった。直前まで王将だった男の失意と落胆が、その沈黙にこもっていた。
 終局直後のフラッシュインタビュー。最年少五冠に輝いた藤井がいつものように謙虚なコメントを返している間、渡辺は静かに盤面を見つめていた。どの手がまずかったのか。局面を振り返っているであろう敗者の背中は丸まっていた。
 次は渡辺の番だ。ストレート負けについて問われると、「うーん……。そうですね……。えー……。まあそうですね、またストレートで負けてしまったことについては……。うーん……。そうですね、まあなんというか(苦笑)。なんか残念というのもちょっと違うし、なんだろう。うーん、そうですね。もうちょっとなんとかしたかったんですけど。うーん、まあそうですね、そういう感じですね」
 言葉にならない、という表現はこういうときに使うのだろう。そして進行中の棋王戦五番勝負など今後の抱負について尋ねられると、再び言葉に詰まった。
 「うーん……。そうですね……。(15秒の沈黙)やっぱりそうですね、この結果になってしまったのは残念なんで。(15秒の沈黙)そういう感じですね、はい(苦笑)」
 質問と答えが嚙み合っていないし、「残念」に関する発言は最初のものと矛盾している。揚げ足取りをしたいのではない。あの頭脳明晰で明朗活発な渡辺がそれほど乱れる負け方をしたと言いたいのだ。2度にわたる15秒の沈黙も初めてだろう。感想戦終了から1時間ほどして渡辺はブログを更新しており、そのスピードとサービス精神にはいつもながら唸らされた。率直な心情がつづられており、実に興味深い内容だったが、衝撃度では先のインタビューのほうが断然、上だった。あれほど雄弁な沈黙を私はこれまでに見たことがない。
 いまから紹介する王将戦第4局は、藤井が最年少五冠を達成し、渡辺が名人・棋王の二冠に後退した重要局である。いままで藤井は何度も信じ難い勝ち方をしてきたが、「まだ渡辺とは2日制で戦っていない」などといった付帯・留保条件があった。だが今回のストレート勝利で、藤井の未来は誰の眼にも明らかになったと言わざるをえない。そういう意味では、これまでのどのタイトル獲得局よりも大きな意味を持っているのではないか。真の意味での「歴史的一局」を詳報する。

 第71期ALSOK杯王将戦七番勝負第4局
 令和4年2月11、12日
 於・東京都立川市「SORANO HOTEL」
▲王将 渡辺 明
△竜王 藤井聡太

▲7六歩1△8四歩 ▲6八銀1△3四歩 
▲7七銀 △7四歩2▲2六歩1△7二銀 
▲2五歩1△3二金 ▲7八金 △6四歩 
▲4八銀 △7三桂 ▲7九角1△6三銀2
▲3六歩1△4二銀 ▲3七銀 △5四歩3
▲4六銀1△7二飛6▲5六歩4△4四歩 
▲5八金2△5二金1▲6九玉1△4三銀39
▲3五歩8△7五歩1▲同 歩 △4五歩 
▲同 銀 △3五歩 ▲同 角 △7六歩
(第1図)
 
矢倉戦に
 挑戦者が3連勝で迎えた本局の先手番は渡辺だ。先月号の第1局の観戦記で記したように、先手番をきっちり取りにいくのが渡辺の今シリーズのプランである。後手番の第1、3局は途中まで形勢は悪くなかった惜敗だったが、肝心の第2局を意外な拙戦で落としてしまったのは痛すぎた。すでにプランは崩れているが、何はともあれこの第4局を勝つしかない。
 初手▲7六歩から渡辺が矢倉に誘導した。渡辺は直近の先手番の相居飛車戦では10局中7局が矢倉で、最も慣れ親しんだ作戦に勝負の命運を託した。
 藤井が2手目に△8四歩と突くのを見て、取材陣は対局室を出た、その際に窓の外に広がる南アルプスの美しい稜線が目に入った。富士山も見えるそうである。対局地の東京都立川市は、本棋戦を協賛している「立飛ホールディングス」の地元だ。対局場の「SORANO HOTEL」はモダンなデザインが目を惹く高級宿で、昨年に続いての開催である。
 後手の藤井が急戦の構えを見せた。流行形ではあるが、朝から控室に緊張が走る。昨年7月に行われた棋聖戦第3局と同じ進行だったからだ。どこで前例を離れるのかが、最初の焦点となった。
 渡辺が▲3五歩と突っかけた手に対して、藤井は△7五歩▲同歩△4五歩と角筋を通して反発を見せた。開始1時間半弱で第1図に。銀取りに打った△7六歩の次の手で前例を離れた。

 第1図以下の指し手
▲8八銀 △4一玉1▲2四歩1△同 歩5
▲同 角 △2三歩 ▲4六角 △6五桂 
▲3七桂1△7五飛 ▲6八金右△3三桂15
▲3六銀1△3四銀 ▲3五歩1△4三銀 
▲5八金1(第2図)
 
研究手順
 昨年の棋聖戦第3局は第1図から▲6六銀と出て、△6五歩▲2四歩△同歩▲同角△4二金右▲同角成といきなり激しくなった。
 だが本譜、渡辺は▲8八銀と引いたのである。▲6六銀と▲8八銀は二者択一で、優劣はない。だからこそ棋聖戦では銀を出たのだ。▲6六銀はすぐに駒がぶつかるので研究が生きやすい。一方、本局の▲8八銀は無難ではあるが△4一玉のあとは手が広く、局面が漠然としていてすぐに研究が外れる可能性がある。
 だから本局では、未知の局面に早々に誘導する意図なのかと思っていた。だがそうではなかった。時間の使い方を見ればわかるが、渡辺はそのあとも膨大な研究による周到な用意をしていたのだ。
 藤井は1分で△4一玉と寄った。予想通りの手だ。本局の初日を囲碁・将棋チャンネルで解説した中村太地七段は、この手が非常に印象に残ったという。
 「新手を指されたら、仮にそれが予想していた指し手でもとりあえずは手が止まってしまいそうなものですが、すぐに指した藤井竜王に勝負師の一面を感じました」
 先手は2筋の歩を切ってから角を4六に引いた。藤井は△6五桂と跳ねる。後手が7七の地点に照準を合わせているのは誰の目にも明らかである。
 渡辺は▲3七桂と跳ねた。次に後手が△7五飛と歩を取ってくることは必定なので、先に4五の銀にヒモをつけたのだ。
 当然の△7五飛に▲6八金右と寄った。このままでは突破されてしまうので、7七の地点に利きを足した。
 局面が落ち着いたかと思いきや、藤井は△3三桂と跳ねた。本局の副立会人を務めた佐々木慎七段は手持ちのスマートフォンを見ながら「これが最善なのか」と嘆声を上げた。日本将棋連盟のモバイル中継に実装されている「AIの読み」を見て驚いている。銀取りではあるが、自ら角道を止めてしまっているからだ。
 ▲3六銀に△3四銀。▲3五歩△4三銀で手損のようだが、歩を打てと催促している。先手は3五に歩を打ったので角が狭くなり、次に△4五歩▲同桂△同桂▲同銀△7七歩成から4五の銀を飛車で抜く筋を狙っているのだ。
 そこで先手は▲5八金(第2図)と寄って角の逃げ道を作った。後手の角道が一時的に止まったので、この瞬間は7七の地点は受かっている。いかにも凝った手順で、「研究でないと指しにくい」と佐々木七段は言う。前例から手を変えたのは渡辺だが、▲8八銀以降の順を両者はどこまで事前に想定していたのだろう。これが本局で2つ目の焦点である

対局場となった「SORANO HOTEL」。食、温泉、スパ、フィットネス、ワークショップなど様々な癒しを気軽に楽しむことができる


 第2図以下の指し手
△7二飛26▲6八角12△5五歩18▲6六歩7
△7七歩成▲同 桂 △同桂成 ▲同 銀
(昼食休憩)    △4四桂64▲7四歩29
△3六桂45▲2六飛 (第3図)
 
見えなかった歩打ち
 読者には関係ない話だが、本稿の締め切りは、対局翌日の深夜だった。よって対局者への後日取材は常識的には厳しいが、渡辺に相談してみると、「今回、負けた場合はノーコメントでお願いします」とのことだった。負けたら喋らないというわけではなく(先月号の開幕戦は敗局だったが取材を受けてくれた)、今号に掲載される王将戦第2、3局でかなりコメントしているので、第4局でも答えたら自分の敗戦コメントだらけになる。それは雑誌としてバランスが悪いのではないか、ということだった。編集部員よりも本誌について考えてくれている。
 藤井には終局日の夜にメールを出したところ(質問事項は厳選した)、一夜明けの会見後に返事がきた。おそらく、東京から地元の愛知に戻る途中に返送してくれたのだろう。そこで問うたことの一つが、本局の進行を藤井はどこまで事前に想定していたのか、だ。 「53手目▲5八金までは自然な進行の一例ですが、それ以降は手が広い印象でした」
 そうではないかという予感はあった。感想戦ではその▲5八金まで一気に並べられ、そこで初めて藤井の手が止まったからだ。実戦では26分考えて△7二飛と引いており、感想戦で渡辺にこの手の成否を尋ねていた。「普通ですよね」と返した渡辺の想定のほうが深く、自分だけが手順と評価値を先まで知っているのは明らかなプラス材料である。
 △7二飛に▲6六歩と桂を取りにいくと△2五桂で後手が指せる。▲同飛は△6六角があるし、▲6五歩と桂を取ると△3七桂成▲同角△6六桂の両取りが痛い。よって本譜、先手は▲6八角と引いた。「いちばん無難な進行ですね」と渡辺は言う。△1四歩もあったが、藤井は△5五歩と突っかけた。先手はついに▲6六歩と桂を取りにいった。△7七歩成から桂交換になり、昼食休憩に。
 休憩前に11分使っていた藤井は再開後も考え続け、64分という本局一の長考で△4四桂と銀取りに打った。
 渡辺が熟慮に沈む。29分の消費で▲7四歩と打った。なんと銀取りを手抜いたのだ。意味が難しい手だが、「反発の筋を残しつつ7筋を緩和した手です」と佐々木七段は言う。後手は△3六桂の銀取りと、△7六歩の両方をやりたい。銀取りは受けにくいので7筋を防ぐべく▲7六歩はおとなしすぎる受けで、△3六桂▲2六飛△2八桂成(▲同飛に△3六歩の狙い)で後手ペースだ。本譜▲7四歩を△同飛なら、▲7五歩△同飛▲7六歩で先手を取れるのが大きい。
 藤井は▲7四歩に△3六桂と銀を取った。▲2六飛(第3図)の局面で先ほど打った7四の歩が反発の種駒になっていることがおわかりだろう。そこで△7四飛と取れば、▲7五歩△同飛と呼び込んで先手を取れるのだ。 評価値や時間の使い方からすると、▲7四歩を渡辺は知っていたと推察できる。一方の藤井は▲7四歩は「見えなかった」と明かしている。それは感想戦や後日ではなく、初日の封じ手のあとにスポーツニッポン新聞社の取材にそう答えており、対局2日目の朝刊に掲載された。
 「指されてみればなるほどです。▲7四歩は見えてなかったので(指しかけ時点での)自信はありません」
 これが紙面に載った藤井のコメントである。王将戦は初日終了後の取材が独自だが、ここまで率直に心境を明かした棋士は藤井が初めてではないか。

1日目昼食休憩明け。本局一の長考に沈んだ藤井は前傾姿勢で読みふけっていた。一方の渡辺は窓の外に目をやったり、目を閉じたりと頭を休めているように映った

 第3図以下の指し手
△6五歩7▲3六飛83△7四飛 ▲3四桂14
△3一角2▲2二歩1△7六歩32(封じ手)
▲2一歩成4△5三角5(第4図)
 
藤井に疑問手
 先ほど「自信がない」というスポニチに掲載された藤井のコメントを紹介したが、それは封じ手時点での話。第3図はまだ互角の局面だ。
 だが藤井が7分で指した△6五歩でAIの評価値が下がった。代案は△2八桂成と△7四飛の2つで、これならどちらも互角という見立てだ。△2八桂成を▲同飛は△3六歩で後手よし。よって▲2四歩△同歩▲2三歩△3一角(△同金は▲1五桂だ)▲3四歩△同銀▲4四桂△2三金で難解だ。藤井は後日の取材に「△6五歩は疑問手でした」と認めており、「△2八桂成は部分的に自然な手ですが、成桂が質駒になった状態で攻められるので、成算が持てませんでした」と明かしている。
 また△7四飛は、▲7五歩△同飛▲3六飛△7二飛でこれもやはり難しい。
 △6五歩を見た渡辺が長考に沈む。本局で2番目に長い83分を使って▲3六飛と桂を取った。なおAIは▲2四歩△同歩を入れてから▲3六飛も示すが、「将来の△2四飛の転回を防いでいますが、2筋を打ち捨てると△2五桂の土台を作るので指しにくい」と佐々木七段は言う。
 83分という消費時間から、渡辺が△6五歩に意表を突かれたことがわかる。それはつまり、ここまで用意があったということだ。なんという深い研究なのだろう。中村七段は「渡辺さんの研究の深さ、広さ、正確さに驚愕しました。藤井聡太戦に対しての思いの強さが伝わってきました」と語っている。
 本譜、藤井は△7四飛と歩を払った。渡辺は▲3四桂と角取りに打つ。△3一角に▲2二歩と垂らした局面で藤井が32分考えて封じ、初日が終了した。
 2日目。この日も窓の外には美しい青空が広がっていた。立会人の中村修九段が開封した封じ手には△7六歩が記されていた。こう指す一手で、関係者の予想は満場一致だった。 先手は▲2一歩成とと金を作り、藤井は△5三角(第4図)と逃げる。次の渡辺の手が本局の命運を分けた。

 第4図以下の指し手
▲8八銀13△4四銀29▲2二と109△4三金左
▲7五歩 △同 角30▲7七歩1(昼食休憩)
     △6六角14▲7六歩 △3九角成
▲8六角22△4九馬4▲2六飛21△5一玉27
(第5図)

2日目昼休明けのショット。先手が少し苦しいが、渡辺はどこがまずかったのかわかっていなかった
 
銀引きが疑問手
 銀取りなので先手は対応しなければいけない。「こう進むと一気に決着がつきますね」といって立会人の中村九段が示したのは▲7五歩と飛車取りに打つ手だった。△7七歩成▲7四歩△7八と▲同玉とすさまじい攻め合いになる。なんとAIは互角を示すが、「この段階では最後まで読みきれなかったので決断できなかった」と渡辺は感想戦で漏らした。渡辺は「封じ手のところはマズマズと思っていた」と終局直後のインタビューで語っている。藤井の感想と同義だ。だからこそ▲7五歩はリスクが高いと踏んだ。これだけ激しい変化だとわずかなミスが命取りになるので、自分が指せると踏んでいる場合には飛び込むべきではないということである。
 渡辺は13分で▲8八銀と引いた。いかにも普通のようだが、AIの評価値はここで後手側に振れたのである。
 検討盤を囲んでいた佐々木七段が意外な声を挙げた。「△4四銀が最善だとAIが言っています」。すると、この日の午後からオンラインの大盤解説会に出演する谷川浩司九段が「こうですか……」と静かに驚いた。指しにくいという。しばらくして藤井が△4四銀を盤上に表すと、谷川九段が今度は「そうですか……」とため息を漏らした。AIが示す最善手を藤井が指したことへの感嘆だ。▲2二とはうるさい手だが、銀を立ったことで△4三金左と上がる余地を作っている。
 ここで▲2六飛の攻め合いは△3六歩がある。▲2三飛成△3七歩成▲3二と△5一玉▲2一竜△6二玉▲9一竜に△6四角で後手が指せる。
 攻め合いに持ち込めない先手は▲7五歩と打った。△同飛は▲8六角なので、△同角と取る。そこで▲7七歩が狙いの一手。△6六角に▲7六歩で、脅威だった7筋の拠点を消すことができた。
 しかし、である。△3九角成が瞬間的にそっぽのようでも好手。▲8六角に△4九馬とにじり寄って、この馬の存在が大きい。△2七馬を消して▲2六飛と寄ったが、△5一玉(第5図)で後手よし。終盤で自玉が広いのが藤井将棋の特徴だが、それがよく出ている。また後手は3四の桂を奪って△6六桂という筋もある。
 では戻って先手はどう指せばよかったのか。感想戦では▲8六銀と出る手が調べられた。△7七銀にそこで▲7五歩と打つ。△7八銀成▲同玉△7五角▲2二と△同金▲7五銀△同飛▲8六角打△7七銀▲6九玉△7八金▲5九玉△6八銀成▲同金△同金▲4八玉(参考図)で後手の攻めが続かず先手有利だ。渡辺は手順中の△2二同金に▲同桂成の一手だと思い込んでいたという。「取る一手じゃないもんな。頭が固いなあ」と嘆いていた。3四に桂を置いておけば、将来4二に駒を打つ攻めを狙うことができるのだ。
 さらにAIは▲7六銀と歩を取ってしまう手も有力と示す。△同飛で銀損でも、▲7七歩と打ってキズを消してしまえば戦えるという理屈だ。△7二飛に▲2二とと引けば、なるほど先手玉の堅さが目立つ。感想戦で▲7六銀を佐々木七段に示された渡辺は「▲7六銀と取らなきゃいけないほど局面が切羽詰まっているという認識がなかった。そうか、(本譜の)▲8八銀は利かされだもんな。▲7五歩と迷って▲8八銀と引いたんですけど、▲8六銀は3番目の手だったんです。最悪の手を指しちゃったか」とぼやいた。
 さらに「対局中はここで間違えているという認識がなかった。だから指しかけの夜にここを考えなきゃいけなかったのに素通りしてしまった」と悔やむ。
 なお藤井は感想戦で「▲7六銀でも大変だと思いました」と話していた。翌日に補足してもらうと、「▲8六銀△7七銀▲7五歩が本線で、少し苦しいと思っていました。▲7六銀も考えられますが、先手からするとそれほど見通しが立つ変化ではないと思っていました」と語る。
 いずれにせよ渡辺との局面の認識の差は明白であり、藤井がはっきり上回っていたことは間違いない。


 第5図以下の指し手
▲2九飛30△5八馬26▲同 玉 △3六歩4
▲8三角63△7三飛12▲6五角成1△3七歩成
▲3二と11△6四歩3▲6六馬4△8五金5
▲9五角 △7五歩3▲2三飛成△5四桂1
▲6七馬1△9五金1▲6九玉 △4七と6
▲2二竜6△3四金4▲同歩10△6六桂打1
▲3三歩成5△5八角▲───1(投了図) 
 まで、114手で藤井竜王の勝ち
(消費時間=▲7時間55分、△7時間24分)
 
偉業達成
 第5図は後手が有利だが、大差というわけではない。とはいえ正確無比な藤井の終盤力からすると、先手はかなり厳しい状況だ。それでも渡辺は食らいつくしかないが、ここから急に差が開いてしまったのである。
 ▲2九飛と引いて馬に当てるも、△5八馬▲同玉に△3六歩が厳しい。先手玉は一気に薄くなってしまった。感想戦で佐々木七段が(第5図で)▲7五桂とクリンチするAIの代案を示したが、「ここに打つの。ひえー。言われても意味がわからない」と渡辺は感想戦で呆れた。
 △3六歩に渡辺が最後の長考に入った。残り1時間47分のうち、1時間3分を使って▲8三角と打ったが、△7三飛▲6五角成に△3七歩成が実現した。▲3二とに△6四歩が馬に当てながら角筋を止める味のいい手だ。▲6六馬に△8五金と角を捕まえてはっきりした。
 ▲8三角では▲6四歩と打つ手がまさり、渡辺もこれが本線だった。だが「成算がなかった」と感想戦で語っており、そもそも藤井が感想戦で示した△7二銀と引く手が予想できていなかったという。
 第5図以下の進行で藤井はAIの示す最善手を連発しており、一方の渡辺はそうではなかった。この辺りはすでに勝負がついたところで本筋ではないと思われるかもしれないが、あっという間に藤井が形勢の差を引き離したところで、驚異的な正確性がよく現れている。読者にはじっくり味わっていただきたい。
 △5八角を見た渡辺が投了した。▲同馬は△同と▲7九玉△7八桂成▲同玉△6九角からの詰みだし、▲7九玉は△6七角成で先手玉は受けなしだ。
 藤井が4連勝のストレート勝ちで王将位を獲得。同時に、羽生善治九段が保持していた最年少五冠達成の記録を22歳10ヵ月から19歳6ヵ月に塗り替えた。また一つ、藤井は棋史に偉業を刻み込んだのだ。こう書いたのはいったい何度目のことだろう。
 それでも藤井は記者会見で「自分は立場に見合った実力が足りないと思うので、今後さらに実力をつけていく必要がある」と震撼するコメントを述べた。これ以上、実力をつけたら本当にどうなってしまうのか。
 冒頭でも記したが、渡辺が落胆するのも当然である。本局は途中まで、渡辺にとってはこれで負けたら仕方がないという絶好の条件が整っていた。膨大な研究量によって自分だけが評価値と手順を知っている局面に持ち込むことに成功した。藤井が先に小さなミスを犯し、ペースを握る。そして初日の終了時には藤井と持ち時間の差を96分もつけ、8時間のうち5時間以上も残していたのだ。
 内容でも圧倒された。渡辺はどこで形勢を損ねたか感想戦までわかっていなかったが、藤井は終局直後のインタビューですぐにその局面を指摘したのだ。
 渡辺は棋聖戦に続いてのストレート負け。今回は2日制で持ち時間が8時間という異なる条件で打ち負かされたことで、格付けは済んだといってよい。タイトル戦のあらゆる条件で藤井に死角はないことをはっきり示した格好で、もはやケチをつける者はいないだろう。
 私はこれまでに「八冠」という表現を使ったことはなかった。現代はAIの存在もあるし、情報化の興隆で年々、競争が激しくなっており、一人勝ちが難しい状況になっているからだ。だが豊島と渡辺という超トップ棋士を続けてストレートで破ったことで、「八冠」が視野に入ってきたことは間違いない。
いったい、誰が藤井聡太を止めるのだ。いまの私にその棋士の姿は見えない。

終局後の記者会見で藤井は「王将」と揮毫した色紙を披露した。王将は最強の駒であるのは言うまでもない。藤井の最強伝説はどこまで続くのか

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