【藤井聡太八冠誕生記念 特別公開】藤井聡太棋聖インタビュー「もっともっと強くなりたい」|将棋情報局

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【藤井聡太八冠誕生記念 特別公開】藤井聡太棋聖インタビュー「もっともっと強くなりたい」

藤井聡太八冠誕生を記念して、将棋世界本誌に掲載した特集から厳選したものを将棋情報局で公開します!

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 永瀬二冠とのネット研究会
─ 棋聖獲得おめでとうございます。今回のヒューリック杯棋聖戦で、藤井さんは最年少挑戦(17歳10ヵ月20日)と最年少タイトル(17歳11ヵ月)、2つの記録を作ったわけですが、そこに至るまでが大変でした。棋聖戦も王位戦も挑戦まであと2勝というところで、コロナの緊急事態宣言発令により、藤井さんの対局は約2ヵ月止まりました。このときはどんなお気持ちでしたか。
藤井 状況が状況でしたし、心の準備はできていましたので驚きはありませんでした。与えられた条件の中で頑張るつもりでした。
─ 最年少挑戦の記録については。
藤井 それはもともと意識していませんでしたし、詳しい条件も知りませんでした。
─ 自粛期間中はどう過ごしましたか。
藤井 じっくり、自分の将棋を見直しました。クセを見直し、序盤を調べました。
─ 自粛中は、どのくらい勉強しましたか。
藤井 1日6時間くらいです。
─ ネット将棋も指しましたか。
藤井 対面で指すことはありませんでしたが、ネットでは25局指しました。全部、永瀬さん(拓矢二冠)とです。
─ えーっ、それで成績は?
藤井 自分はカウントしてません(笑)。
─ 結果的に、自粛期間は藤井さんのプラスになったといえますか。
藤井 そうですね。次の対局までこれだけ時間を取れることはなかなかありませんから、じっくり課題に取り組めました。
─ 6月に対局再開が決まると、棋聖戦は突如、6月2日・準決勝、6月4日・挑戦者決定戦、6月8日・五番勝負第1局という日程が発表されました。このときの心境は?
藤井 準決勝と挑決の間が中1日で、そこはハードな日程だなと思いました。
─ これで挑戦者になれば、最年少挑戦者の記録が誕生することになりました。
藤井 挑戦者決定戦を迎えるときには記録のことは知っていました。でも、それより相手が永瀬さんなので、内容的にしっかりついていくことが大事なのかなと思っていました。
─ 対局前日の6月3日はどう過ごしましたか。
藤井 東京に連泊して1日ホテルにこもっていました。食事が困りました。買い物にいこうとしたけど、土地勘がなくて(笑)。
─ 自粛期間中に25局もネット対戦した永瀬二冠との挑決。やりにくくなかったですか。
藤井 それは気になりません。永瀬さんにはいつも教わっていますが、公式戦の対戦は初めてなので、楽しみでした。
─ この将棋は、名手と評判になった△3六銀(第1図)が出ました。
藤井 序盤は互角の分かれと思っていたのですが、▲3四飛を軽視していて苦しくなりました。この場面は△3六歩と△3六銀と△4五飛を読みましたが、△3六歩は▲5二金~▲5三角成でバランスが崩れる可能性がある。△4五飛は、飛車を手放してしまうと先手も受けに回りやすくなる。△3六銀に▲4八金打が分からなかったのですが、先手陣も壁になるし、金を手放すと速い攻めがなくなる。長い戦いになるなら、それで勝負しようと思って銀を打ちました。
─ 結果的には、この勝負手が成功して挑戦者になりました。決まった瞬間は。
藤井 際どい将棋だったので、感慨に浸る余裕はありませんでした。挑戦者になれたのはもちろんうれしかったのですが、第1局が目前に迫っていますから、しっかり準備をすることのほうが大事だと思いました。
─ 五番勝負第1局は挑戦者決定戦のわずか4日後。心の準備はできましたか。
藤井 日にちがないので余計なことを考える暇がありませんでした。師匠からも電話をいただきましたが、1日制ですし、慣れている将棋会館の対局ですから細かい話はありませんでした。
─ 師匠からは以前に和服を2着いただいていたそうですが、第1局はスーツで臨むことにされました。
藤井 日程を見て、何となく第2局から和服を着るイメージを持ちました。
─ ご自分でも和服を用意されたのですか。
藤井 まず2着お願いして、もし王位戦の挑戦者にもなったら、もう1着お願いしますと言いました。
─ 和服の柄は自分で選びましたか。
藤井 自分は全くわからないので、母とお店の方に選んでいただきました。
─ 夏物以外の和服も作りましたか。
藤井 師匠にいただいた1着だけです。
─ 渡辺棋聖と五番勝負を戦うイメージはすぐにできましたか。
藤井 渡辺先生は戦略家で、相居飛車でもいろいろ指されるので、後手になったときの作戦は考えました。
─ 自粛中に渡辺将棋を研究しましたか。
藤井 それはありません(笑)。


史上最年少挑戦を決め、笑顔の藤井(撮影・常盤秀樹)
【第1局】残り2分の読み
─ 将棋連盟での対局とはいえ、初めてのタイトル戦はいつもと違いましたか。
藤井 前夜祭や検分などのイベントもなかったですし、違ったのは対局開始のとき立会いの先生や関係者の方たちがいらしたことくらいでしょうか。ただ、この第1局で流れが決まると思いましたし、最初が大事だとは思っていました。
─ 第2図。この時点で藤井さんは残り2分、渡辺棋聖は残り3分。渡辺棋聖は△7九角以下詰ましにいく実戦の順と、△1三歩と受ける手の両方浮かんだそうですが、その2つをどこまで読んでいましたか。
藤井 △7九銀以下の変化は読んでいて、▲9七玉から6筋方面に脱出したときに詰まないのではないかと思っていました。△7九角の変化もよく似ています。
 △1三歩には▲2一銀不成として、①△同飛なら▲同金で先手玉は8一の飛車が消えると詰まない。②△1一玉なら▲1五歩のつもりでした。以下△6八香成が詰めろにならない。最初の△1三歩に▲2一銀成とすると、△7九角から王手を続けられて、どこかで△2一飛と銀を補充する手ができるんです。それは危険なので、△1三歩には▲2一銀不成のつもりでした。
─ ふえー、残り2分でそこまで読んでいるんですね。振り返って、第1局の勝利はどんな意味がありましたか。
藤井 ストレートで負けてしまうと、見ていただいている方や関係者の方にも申し訳ないと思っていたので、ほっとしました。

タイトル戦初対局に臨む藤井(撮影・常盤秀樹)
【第2局】驚きの△5四金と△3一銀
─ 第2局の前に王位戦の挑戦も決めました。初挑戦がいきなりダブル挑戦になったわけですが、それはどう思いましたか。
藤井 4月には、棋聖戦と王位戦のどちらかで挑戦者になれたらいいなと思っていたので、両方なれたのは望外でした。
─ 棋聖戦第2局はやはり東京の将棋会館で。初めての和服はいかがでしたか。
藤井 トイレが難敵かと思ったけど、意外に気になりませんでした。
─ 第2局では、第3図の△5四金がすごい手と評判になりました。これは研究ですか。
藤井 部分的に永瀬二冠に指されたことのある手です。ある手という認識でした。
─ 第4図で打った△3一銀が渡辺棋聖の意表を突きました。ソフトもこの手を発見するのに苦労したといわれますが。
藤井 第一感△4六桂だったのですが、▲2二角成△5八桂成▲同玉は勝ちとはいえない。△3二金は考えましたが、見通しが立たない。△3一銀がいちばん安定していそう。いったん受け止めて、息長く指す方針でいきました。
─ 渡辺棋聖は、「いつ不利になったのかわからないまま、気がついたら敗勢という将棋でした」と言っています。
藤井 第3図の△5四金から▲4九飛△4二飛に▲5七銀左と引きましたが、あそこから少し後手ペースで推移したのかなという印象です。

第2局で和服姿をお披露目(撮影・常盤秀樹)
 ダブル挑戦へ
─ 棋聖戦第3局の前に、愛知県豊橋市で王位戦第1局がありました。タイトル戦を交互に指す気持ちはいかがでしたか。
藤井 連戦は気になりませんでしたし、初めて経験する2日制は新鮮でした。
─ 初めて将棋会館を離れてタイトル戦を戦う印象はいかがでしたか。
藤井 ホテルの宿泊室が広くてびっくりしました。関係者の方のご尽力に感謝します。
─ 2日制と1日制は違いましたか。
藤井 結構違いました。2日制はペースが違います。
─ 持ち時間8時間は長かったですか。
藤井 長いですが、長すぎるということはありませんでした。
─ 封じ手のサインが手慣れていると評判でしたが、練習はしましたか。
藤井 していません。脇息の上でサインをした? その場では最善手を発見したつもりでしたが、まずかったです(笑)。
─ 指し掛けの夜は、何時間くらい将棋のことを考えましたか。
藤井 2時間くらい考えて、10時には寝るようにしました。
─ 王位戦第1局で使った扇子はびりびりに破れていましたが、なぜですか。
藤井 紙が破れていても竿さえあれば、扇子としては壊れていないというのが自分の認識なんです。でも、あの扇子はその後本体も折れて、使えなくなりました(笑)。
【第3局】研究合戦に敗れる
─ 棋聖戦第3局は7月9日。ここで決めたいという気持ちはありましたか。
藤井 第3局は先手番ですし、第4局は王位戦から連戦になりますから、ここで決めるのが理想的だとは思いました。
─ 角換わり腰掛け銀の突っ込んだ定跡形で、第5図の△8五歩まで渡辺棋聖の消費時間はわずか34分。どの辺りまで藤井さんの研究範囲だったのでしょう。
藤井 実戦の(第5図から7手先の)▲7七桂までは考えたことがありました。先手玉は部分的に寄らない形で悪くはない。ただ、そのあと間違えました。
─ 最後は渡辺棋聖の鮮やかな寄せが決まりました。チャンスはなかったですか。
藤井 最後はチャンスはありません。気づかない手も指されて勉強になりました。

第3局は完敗。渡辺棋聖に洗礼を受ける(撮影・中野伴水)
【第4局】妙手△8六桂で戴冠
─ 第4局は7月16日。師匠の杉本昌隆八段は「ここで決めないと危ない」と言っていましたが、ご自分ではどう思っていましたか。
藤井 第3局に負けた時点で五分だなと。
─ 7月13、14日には、王位戦第2局があり、15日は北海道から大阪への移動でした。疲れは感じましたか。
藤井 意外に大丈夫でした(笑)。
─ 第4局は、渡辺棋聖が第2局で負けた矢倉急戦をまたぶつけてきました。
藤井 相掛かりを想定していたので、矢倉の急戦は意外でした。
─ 先手指せるという声もありましたが、途中はどう思っていましたか。
藤井 中盤▲2六桂(第6図)の局面は互角と思っていたのですが、そのあと苦しくなった。ただ先手も角が使えていないので、すっきりした将棋ではないと思っていました。
─ 終盤の△8六桂(第7図)が妙手。渡辺棋聖は気づかなかったと言っていますが、この手はいつから読んでいましたか。
藤井 その前△8八歩と打った時点で、この局面になれば桂を打つ予定でした。ここからは少し後手がよくなっているようです。

最強の相手から棋聖位を奪取し、感無量の様子の藤井。渡辺は「すごい人が出てきた」と語った(撮影・金子光徳)
 いつも通りに
─ 勝利の瞬間、何を思いましたか。
藤井 最後、自玉が詰まないかどうか不安だったので、あまり実感はありませんでしたが、結果としては非常に大きな勝利で、徐々にうれしさが出てきました。
─ 14歳のとき、最年少タイトルには挑戦したいとおっしゃっていましたが、17歳のうちにタイトルを取れました。
藤井 そんなこと言いましたか(笑)。最近は、ちゃんと実力をつけなければタイトルは取れないと思っていました。なので、記録の意識はありませんでした。
─ 大勢の報道陣が押し寄せて大ニュースになったことはどう捉えていますか。
藤井 自分としてはそんなにすごいことをしたという実感はないのですが、報道をきっかけに将棋に関心を持っていただく方が増えてくれたらうれしいです。
─ 渡辺二冠と4局戦って、どんな印象を受けましたか。
藤井 シリーズを通して何度か気づかない好手を指されて、そこは非常に勉強になりました。あと、タイトル戦は多くの方に支えられていることを強く感じました。
─ 師匠とは何か話しましたか。
藤井 すぐに、「おめでとう」と。それから「竜王戦も頑張れ」と言われたんですが、あっさり負けてしまったので。
─ それまでの最年少記録を持っていた屋敷伸之九段は、「注目されて、タイトルを取ってからが大変だった」とおっしゃっていますが、そこはどう考えていますか。
藤井 対局することは変わらないので、いつも通りにやっていければいいと思います。
─ 師匠の杉本八段は、これまでずっと「東海地方にタイトルを持ってきてほしい」と言っていました。タイトル獲得は板谷一門の悲願でもありましたが、意識しましたか。
藤井 自分が結果を出すことで、これまで支えていただいた方への一つの恩返しになることは感じていました。棋聖戦第3局の前に師匠からメールをいただいて、「タイトルを取るのが一門の悲願だと言っていたけど、これまで板谷一門の棋士はずっとタイトル挑戦自体がなかったのだから、あまり気負わなくてもいい」という内容でした(笑)。全然知らなかったので、びっくりしました。
─ 初タイトルの次の目標は。
藤井 まずは王位戦で、いい将棋を指したいですが、引き続き強くなることを目指したいです。
─ これから先、自分はどのくらい強くなれると思っていますか。
藤井 強くなれる余地はたくさんあると思っていますので、全ては自分次第です。

翌朝、主催紙の1面を飾る自分の記事に笑顔で目を通す藤井新棋聖
 各界著名人の祝福メッセージ
❖遠藤龍之介(フジテレビ社長)
未だ能力を出し切っていないのに勝ち続けている事を、競馬用語で「底を見せていない」と言いますが、藤井さんにも同じ物を感じます。
谷川さんや羽生さん、渡辺さんの時にも思いましたが、また凄いのが出てきたという感じです。
年に似合わず強いだけでなく魅せる要素も充分お持ちで、今回の棋聖戦五番勝負で言えば、第2局の米長矢倉に5筋を突かずに待機し、△5四金に至ったのは大変に斬新に思えましたし感動しました。更なるご活躍をお祈りいたします。

❖岡田裕介(東映 代表取締役グループ会長)
おめでとう!! 誰も藤井さんの偉業を讃えない人はいないでしょう。本当におめでとう。
今の将棋界において、変な閉塞感がある。関係者は皆、「AIでは…」と言う言葉を使う。暗に自分達より強い事を認めている感がある。その中で、彼にはAIに勝つ頭脳があるのではという夢を抱かせてくれる。この先は、昔、大山先生が、関西に名人をの、悲願を達成したように、名古屋に名人を持ち帰ってもらいたい。板谷先生が空から喜ぶでしょう。

❖武 豊(競馬騎手)
史上最年少での初タイトル獲得、おめでとうございます。18歳目前と言えば、ボクの騎手デビューが18歳の誕生日の2週間前のこと。初勝利がその1週間後でしたから、藤井さんがタイトルに到達したときに、こちらはようやく1勝目をあげていたのだなと、その超スピードに感嘆しております。これからますます注目を浴びる立場になりますが、あなたの落ち着きぶりなら、どんなことでも乗り越えて行けるのだと思います。20歳になられたときには、競馬も覗きに来られてください。お待ちしております。

❖森本レオ(俳優)
スゴいなあ。僕ら年老い人には、夢の衝撃ですよ。遠い日の、羽生さんの奇跡の七冠王。その夢の続きを、もう一度見させてくれるんだ。それも、コン様に勝率2割を宣告された将棋まで引っくり返しちまって。それは実は、機械的正義と言う、新しいエゴを吹き飛ばす快感なんだ。それも、瀬戸の田舎の、可愛い少年がですよ。七万年の旅さえ見えるその奇跡に。遠い場所からでも繋がる事が出来る、幸せ。ありがとうね。

❖森田正光(お天気キャスター)
藤井新棋聖、おめでとうございます。今後、益々のご活躍を期待します。藤井さんとは昨年正月の将棋番組で対談し、興味があるという気象の話で盛り上がりました。
私は何十年も前からの将棋ファンですが、今回の棋聖戦ほど興奮して観たタイトル戦はありません。AIの登場と棋士の人間味あふれる解説で、将棋が単にライバルと指すだけのものから、プロスポーツのように多くの人が同時に観戦して楽しめるものになったからです。コロナ禍の時代、観る将棋の新しい価値を感じました。
❖石原良純(俳優・気象予報士)
将棋のおもしろさを知った少年の僕の憧れは、中原誠十六世名人。刑事役で街を駆けずり廻っていた頃、ぶったまげたのは頭ボサボサの羽生善治十九世名人。そして今、三人目のスターが現れた。
藤井聡太棋聖の指し手をみて、多くの人が戸惑い、驚き、ワクワクする。何とぞ将棋の魅力を世に知らしめて下さい。
今後のご活躍を楽しみにしています。おめでとうございます。

❖つるの剛士
(俳優・歌手・タレント・将棋親善大使)
将棋やっててよかった。
いや、やってなくてもこの歴史的瞬間に立ち会えて幸せだ
混沌とした時代に一筋の光が射すように悠然と現れた少年が切り拓いていく歴史を観れると思うと楽しみしかありません。
希望をありがとう!
最年少タイトル獲得おめでとうございます
    (公式ツイッターより)
❖ホラン千秋(キャスター・タレント)
藤井聡太さん、史上最年少タイトル獲得おめでとうございます! ニュースでお伝えする藤井棋聖の快挙の数々に幾度となくパワーを頂きました。タイトルに限らず多くの記録を打ち立てる中、周りに惑わされることなく一局一局に集中される姿に感服しています。一方でインタビューなどで見せる笑顔に癒されたり(^^)
今後もテレビの前の皆さんと一緒に、勝手に親戚になった気持ちで、藤井棋聖のご活躍を見守っております!

❖伊藤かりん
(アイドル・タレント・将棋親善大使)
この度は棋聖位獲得おめでとうございます。
あれから、メディアなどでお見かけすると、お名前が「藤井棋聖」となっていて、改めてタイトルを獲得されたことを実感し、その度にあの感動、驚きが蘇ります。
3年前に29連勝された時、いろいろなところで、将棋を知らない方に将棋の話題を振られることが増え、嬉しかったのですが今回またワイドショーなどで将棋の特集がたくさんされているのを見て、本当に嬉しく思います。
これから更にさまざまなタイトル戦などで藤井棋聖お見かけすることを楽しみにしております。この度は本当におめでとうございました。

❖綾辻行人(推理作家)

近年のコンピュータそしてAIの飛躍的な進化、完全情報ゲームの対戦におけるその強さ─という現実をも呑み込んだうえで活況を呈する将棋界の様子は、何かと重苦しいこの時世にあってさえ、僕たちの心をときめかせてくれる。その立役者の一人が藤井聡太さんであることは論を俟たないだろう。かくも世間は、純度の高い「天才少年」の登場を渇望しているのだなあ、と改めて思うところである。─とまれ、第91期棋聖戦での素晴らしき勝利、おめでとうございます。
(文中の漢字・言葉遣いは原文のままとしました)

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