細かすぎて伝わらない!『令和5年版将棋年鑑』藤井聡太インタビューの微妙なニュアンスの補足 第4回|将棋情報局

将棋情報局

細かすぎて伝わらない!『令和5年版将棋年鑑』藤井聡太インタビューの微妙なニュアンスの補足 第4回

(1)AI研究の負担
(2)局面の理解

お得で気軽に参加できる将棋大会『第6回 将棋情報局最強戦オンライン』11月13日開催! エントリー受付中 皆さんこんにちは。「この道より我を生かす道はなし、この道を行く」でおなじみの編集部島田です。

令和5年版 将棋年鑑』に収録された藤井聡太竜王・名人へのインタビューの微妙なニュアンスを補足するシリーズ。
第4弾となる今回は藤井先生が自身の将棋への取り組みについて語ってくださった部分となります。

島田的にはこの話を聞けただけでも今回のインタビューは意味があったと思っております。これまでの3回とはちょっと毛色の違う感じになりますが、特別編だと思って読んでいただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

今回のMENUは以下の通りです。
(1)AI研究の負担
(2)局面の理解

テーマを2個に絞って深堀りしていきます。
それでは、行ってみましょー!



(1)AI研究の負担
今回、藤井先生にインタビューするにあたって、ぜひ聞いてみたいことがありました。
それは「AI研究の負担について」です。

現代将棋では相手より1手でも研究手順が長ければ、つまりAIが示す最善手や評価値を少しでも先まで知っていれば、それだけで有利と言われます。
しかしそうなると、将棋が「研究合戦」のような状態になってしまい、棋士は日々研究に追われることになります。現代の棋士にとって宿命のようなものかもしれませんが、この大変さについて藤井先生はどう考えているのか聞きたいと思っていました。

・・・ところが、藤井先生の答えはとても意外なものでした。

以下のやり取りをご覧ください。相居飛車の研究の仕方についてのお話です。

――思うのですが、相居飛車の場合、同じ戦法を先手でも後手でも指すことになりますよね。
「はい」
――そうすると、同じ戦法の中で先手番の研究と後手番の研究を並行して行う感じになるのでしょうか。
「定跡を考えるというのは先後どちらの立場でも有力な手を考えるということなので、どちらかをよくしようという意識はないです。特に角換わりなどはシンプルに『定跡を考えている』という側面が強いです」
――定跡を考えている……。なるほど。どちらかの手番に偏って考えているわけではないのですね。AIが登場したことで今の棋士は研究が大変になったということを耳にしますが、藤井先生もそう感じますか?
「それは特にはないです」
――えっ! そうなんですか。
「自分の場合、一局ごとに作戦を立てるということはしていないので」

驚いたことに藤井先生は研究を大変だと感じていませんでした。

研究が大変なのは当然で、その中でどうやって工夫してやっているか、という話になると思っていたので、「そもそも大変だと思っていない」というのには衝撃を受けました。
予想外の答えだったので、かなり動揺したのを覚えています。

また、藤井先生は先手か後手のどちらかを良くしようと思って研究しておらず「定跡」を作っているとのことでした。ここでいう定跡というのは先手と後手が互いに有効手を指し続けたときの手順のまとまりのようなものです。

話の続きをご覧ください。

――常に満遍なく定跡を考えている、ということでしょうか。
「そうですね。直近の対局にそれほど関係なく定跡の作成と更新をしているという感じです」
――すごく大変なことをしているのに藤井先生が大変だと思っていないだけ、という可能性もあるのかなと思ったのですが。
「いや、一局ごとに作戦を考える方に比べれば、自分のほうがやることは少ないはずです。作戦の意図というか趣旨を生かすにはある程度深い理解が必要なので、毎回違う作戦をしようと思うとそこでの大変さは出てくると思います。自分の場合は定跡作成は定跡作成として行っていて、実戦で有利に立つためにやっているということではないので、そこは負担ということはないです」

・・・このあたり、島田は「え?ほんとに大変じゃないんですか?」という感じで聞いているんですけど、藤井先生は論理的に答えてくださってます。

つまり、藤井先生は〇〇戦の第△局はこの作戦で行こう!そこで優勢になるように研究しておこう!という動きをしていないのですね。
自分の中でひたすら「定跡作成」をしていると。

島田としては「え?でもその定跡作成って大変ですよね?」と聞きたくなりました。話は続きます。

――大変興味深いお話なので、もう少し聞かせてください。定跡作成は負担ではないということですが、とはいえある程度幅広い戦型で定跡を作成しているわけですよね。
「そうですね。ただ、これまでも定跡作成をやってきたので、部分的に見直すことはあっても一遍に全部変えるということはありません。なのでそこに特に比重を置いているということはないです」

なるほどのロジカルな回答です。定跡作成は秘伝のタレのように継ぎ足し継ぎ足しでやっているのでそんなに大変ではないのだと。

そこで島田としては、じゃあ「自分の定跡」より「相手の研究」の方が先に行ってたらどうするんですか?と聞きたくなりました。続きをご覧ください。

――実戦で藤井先生の定跡の範囲より相手の研究の方が少し先まで行き届いていた場合は、若干指しにくいということになるのでしょうか?
「先後どちらかによります。後手番であれば定跡を抜けた局面が互角であれば仕方ないので相手の研究が深くてもある程度受け入れることになると思います」
――なるほど。どちらが先まで行っているか、というより抜けた後の形勢が問題だと。
「何と言うか、自分は自分ということですね。あらかじめ相手より深く研究しようと思っても、それはやってみなければわからないというか、相手が何を指してくるかはわからないので、想定しても仕方ないのかなと。自分は自分で定跡を作っておいて、そこを抜けたらあとは考えればいいと思っています」

相手の研究が自分の定跡の範囲を超えることを藤井先生は問題視していませんでした。定跡の範囲内であれば少なくとも互角ではあるので、そこから先はその時に考えれば良いという発想。相手が何を指してくるかどうせわからないので、自分は自分で定跡の範囲を粛々と広げておきますよと。

なるほどかっこいい。

藤井先生の場合、研究で良くしようと思っていなくて、互角であればよい、ということなのですね。そこから先は自分で考えるからと。

・・・でも待ってください。定跡を抜けたところが互角の局面なのはいいとして、そこから形勢を維持するのがとても難しかったらどうするのでしょうか?

例えば、角換わり腰掛け銀などで、互角を維持するのはこの一手だけで、それ以外は急転直下で悪くなる、ということはよくあります。また、相掛かりなどの手の広い場面で最善手を探し出すのが非常に難しい場面もあります。

そうなるとやっぱり研究が行き届いている方が有利なんじゃないかなーと思いますよね?
それが次のテーマにつながっていきます。



(2)局面の理解
流れるように話はつながって、次のテーマは「局面の理解」です。藤井先生の口から何度か出たことがあるフレーズなので、聞いたことがある方もいるかもしれません。

以下のやり取りをご覧ください。
豊島先生との王位戦七番勝負についてのお話です。

――王位戦を振り返っていかがでしたか?
「この王位戦はすべて角換わり、特に角換わり腰掛け銀になりました。シリーズを通して戦型に対する理解を深めることができたと思います。中盤以降も難しい将棋が多く、自分としては収穫の多いシリーズだったかなと思っています」
――最近先生のお話の中で戦型に対する理解、あるいは序盤の局面に対する理解が深まったということをよく聞くように思います。局面の理解が深まるというのはどのような状態のことでしょうか?
「そうですね。局面とそれに対応する指し手を知っているということだけではなくて、その局面において自分で判断の指針を作って指すことができるということが重要かなと思います。そのためには、ある程度経験も必要で、そういう意味でも王位戦で角換わりを多く指してつかめた部分はあったと思っています」
――判断の指針を立てることができる状態、というのは……(考え込む)。
「何と言うか、角換わりなどは定跡化が進んでいて、そこを抜けた後が非常に難しいことが多いので。逆に、指針が立てられないと何もわからなくなってしまう、ということはあります」
――判断の指針というのは形勢判断のことでしょうか?
「形勢判断もそうですし、その後どういう方針で指すかということですね」
――なるほど。言語化できているというか、最善手を知っているだけではなくて、その後相手にどんな手を指されても大体対応できる状態というか。
「そうですね。局面の急所というか重要なポイントをつかんでいる、ということですかね」
――だから定跡の範囲を超えられても大丈夫、ということにつながっていくんでしょうか。
「現状では大丈夫、ということはないんですけど(笑)、そういう状態になればいいとは思っています」
――深いですね。ありがとうございます。

長く引用しましたが、局面の理解ということがなんとなくお分かりいただけたかと思います。

局面を理解しているというのは、「判断の指針を立てることができる」ということです。よくわかっていない島田のために、藤井先生が「局面の重要なポイントをつかんでいる状態」と易しく言い直してくれました(;^_^A

局面の重要なポイントをつかんでいれば、そこから類推して、定跡を外れた未知の局面でも対応できるわけですね。この話は連載の第3回で紹介した「逃げない」につながっています。

話がきれいにつながったな、と島田が思った時の音声がこちらになります(笑)
さて、「局面の理解」が深ければ未知の局面でも対応できるということはわかりましたが、局面の理解を深めるにはどうしたらいいのでしょうか?
話の続きをご覧ください。

――今の話とつながるかもしれませんが、対局相手の豊島先生は勉強の仕方を少し変えて、対人対局の機会を増やしたと言われています。昨年、伊藤匠先生もAIの研究だけではなく、人と指してみることで理解が深まるということをおっしゃっていました。藤井先生も同じ考えでしょうか?
「それはそうです。定跡を見ているだけではなかなか理解が深まらないですし、対局するにしてもソフトと指すという方法ももちろんあるんですけど、人と指したほうが、お互いの指し手の意図がぶつかり合う形になるので勉強になるところは多いかなと思います」
――なるほど。人間の場合は文脈というか、理由があって指しているので、自分の持っている文脈にも影響が出やすいと言うか。
「そうですね、はい」
――対人で勉強する割合を増やしたい、または減らしたいということは今はありますか?
「いや、今は特にないです。これまでもそうでしたが、4月以降も公式戦がコンスタントにあると思うので」
――なるほど。実戦が対人の機会になるということですね。

局面の理解というのはAIの評価値ではなく、それを人間の言葉に翻訳して汎用化したものなので、人と対局することで自分の理解と相手の理解が衝突し、より深化させることができる、ということなのでしょう。だから豊島先生との王位戦で角換わりを繰り返すうちに、理解を深めることができたわけですね。

「定跡作成」がAI的、数学的、量的なものであるのに対して
「局面の理解」は人間的、言語的、質的なものであると言えそうです。

そしてその2つを掛け算した面積が「強さ」になるのだと思います。

図で示すとこんな感じです。



AIの定跡を覚えているだけではその強さはペラペラな状態で、そこに局面の理解が加わることで厚みのある強さになって、未知の局面でも対応できるようになる、というイメージでしょうか。
藤井先生はこの面積を横方向と縦方向の両方に日々広げていっているのだと理解しました。

そして、「定跡作成」を最強のPCで行い、「局面の理解」を勝ち抜いてきた最強の挑戦者との対局で深めている藤井先生は、今後もますます強くなっていくんだろうなと確信したのでした。

たまに、将棋はAIの暗記ゲームで藤井聡太は暗記力が高いから勝っているだけという人がいますけど、この話を聞くと全然そうではないことがわかります。
藤井先生が「将棋はそんな単純なゲームじゃないんだよ」ということを示してくれたようでうれしかったです。

そして、今回のお話は「人間とAIの付き合い方」という意味でも示唆深いなぁと島田は思ってしまうのですが、それはさすがに話を広げすぎでしょうか? おそらく広げすぎでしょう(笑)

=================

はい。以上で第4回は終了となります。ちょっといつもと違う感じになりましたが、藤井先生がインタビューで答えてくださった将棋に対する取り組みについて、少しでもわかりやすく伝えられればと思って書いてみました。

今回の記事はあくまでインタビュアーの私がこのように理解した、ということなので、自分でも藤井先生の取り組みについて考えてみたいという方は前後の文脈も含めて将棋年鑑を読んでみていただければ幸いです(流れるような告知)。

今回は気持ち悪さがほぼない回になってしまったので、最後は特大の気持ち悪さをぶっ放して終わりたいと思います(;^_^A

それでは皆さん、最終回でお会いしましょう。

(島田)


  お得で気軽に参加できる将棋大会『第6回 将棋情報局最強戦オンライン』11月13日開催! エントリー受付中
将棋情報局では、お得なキャンペーンや新着コンテンツの情報をお届けしています。

著者