細かすぎて伝わらない!『令和5年版将棋年鑑』藤井聡太インタビューの微妙なニュアンスの補足 最終回|将棋情報局

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細かすぎて伝わらない!『令和5年版将棋年鑑』藤井聡太インタビューの微妙なニュアンスの補足 最終回

(1)すれ違う心
(2)藤井聡太の懸念
(3)きらきら光る

お得で気軽に参加できる将棋大会『第6回 将棋情報局最強戦オンライン』11月13日開催! エントリー受付中 皆さんこんにちは。「今日という日は、残りの人生の最初の日である」でおなじみの編集部島田です。

5回にわたってお送りしてきました『令和5年版将棋年鑑』巻頭特集、藤井聡太インタビューの細かいニュアンスの補足シリーズ。これで最後となります。皆様からの温かい励ましの言葉をいただいて、続けることができました。誠にありがとうございます。悔いの残らないように、最大級の気持ち悪さの花火を打ち上げて終わりたいと思います。

第5回のMENUは以下の通りです。
(1)すれ違う心
(2)藤井聡太の懸念
(3)きらきら光る

ラストは3つ、夏の大三角形を夜空に描きます。ベガ、デネブ、アルタイルと三段跳びでいきましょう。

(1)すれ違う心
初手は「すれ違う心」です。このテーマに関しては藤井先生のニュアンスの補足というより、島田側の補足なんですが(笑)。シンプルな質問コーナーで現れた場面です。藤井先生が棋王を奪取して六冠になった際に色紙に「六冠」と書かれたのですが、それがあまりにも上手で驚かれた方も多かったのではないでしょうか。密かに書道の練習をしていたのかな?と思って聞いてみました。

――続いては書について。最近書かれていた「六冠」の揮毫がとても達筆でした。なぜ急にうまくなったのですか?
「たまたまです(笑)」
――練習したわけではないですよね。
「そこに備えるということはさすがに(笑)」
――(笑)そうですよね。とはいえ、揮毫する機会は増えたと思うので、だんだん書くことに慣れてきた、ということはあるでしょうか。
「そうですね、実戦で。実戦だけで練習はしてないんですけど(笑)」

この部分、普通に会話が流れているように見えますけど、実は私の質問と藤井先生の回答の意図が少しずれています。

私は書道の練習をしたんですか?というつもりで聞いたのですが、藤井先生は「六冠」という揮毫を練習したんですか?という質問だと思われて、「そこ(=六冠)に備えるということはさすがに」と返答されてます。つまり、六冠を取る前から六冠の揮毫を練習してませんよ、ということですね。

島田は一瞬「?」となったんですけど、すぐに「あ、そういう意味か」と理解して、何事もなかったように話を続けたのでした。結局、実戦だけで書道の練習はしていない、ということも分かったので良かったです。

皆さん、将棋年鑑でこの部分を読むときには、島田が内心あせったところだと思っていただければ幸いです(笑)。

それにしても、藤井先生は年を重ねるごとに字がお上手になっていて素晴らしいですよね。特にここ最近は大人の字になったような気がして、とても好きです。

「藤井聡太全局集」の1年目か2年目の時にサイン本のサインがどうしてもうまく書けないといって到着がかなり遅れたのが懐かしいです。
できるだけきれいな字でファンの方に届けたいという藤井先生の優しい気持ちが伝わってきますよね。

以上、島田のほっこりエピソードでした。



(2)藤井聡太の懸念
序盤から角換わりの▲4五桂くらいの気持ち悪さが決まったところで、次のテーマにいってみましょう。続いては「藤井聡太の懸念」です。これは藤井先生に自分の将棋のどんなところを見てほしいか、という質問をした際に現れたものです。

以下のやり取りをご覧ください。

――序盤から終盤まで完成度が高い藤井先生ですが、ご自身としては自分の将棋のどんな部分を見てほしいですか?
「最近だと先手番で角換わり腰掛け銀を指していて、序盤は観ている方からすると毎回同じことをやっていると思われているのではないかと懸念しています(笑)。懸念しているというか、実際そう思われていると思うんですけど」
――いやいや(笑)。

か、かわいい・・・。
藤井先生が「自分が周りからどう見られているか」について話されたのは珍しい気がします。

人の目はあまり気にされない方なのかなと思ってましたが、「毎回同じことをやってるって思われてますよね?」という感じで照れながら話されてて、いいなぁと思いました(だいぶ気持ち悪い)。

藤井先生のいつもドキドキさせてくれる将棋に対して、毎回同じことやってるなぁと思ってる人なんているんですか? いや、いないでしょう。

話は続きます。

「その中でも細かな工夫というのはあるんですけど、それを伝えるのはなかなか難しいかなということはあるので、中終盤でお互いの玉の距離感をどういう風に見ているか、というところに着目していただければなと思います」
――距離感……。観ている側としてはどのように観ればいいでしょうか?
「お互いの玉形を見たうえで、攻めていくか、自陣に手を入れるか、どのタイミングで攻め合いに出るか、といったところでしょうか」

序盤の工夫は難しいから、中終盤を見てください、ということなんですが、何だか余計難しくなったような気がするのは私だけでしょうか?(笑)

島田的に藤井先生の将棋の魅力は「ぎりぎりのところで踏み込んでいく姿勢」にあると思っています。自分の玉も危なそうなのに攻めに行くとか、際どい受けの好手を連発して相手の攻めを切らすとか、そういう感じです。スリルがあって観ていて楽しいですよね。

藤井先生の「玉の距離感をどういう風に見ているか」というのは、そういうギリギリのラインの見極め、ということだと思うので、まぁ普段通りに見ていればいいのかなと思いました。

藤井先生には「誰も毎回同じことやってると思ってないのでご安心ください」と伝えておきました。

そのままでええんやで(母より)



(3)きらきら光る
さて、あれよあれよと言う間に最後のテーマになってしまいました。さよならするのはつらいけど、時間だよ、仕方がないというやつですね。ラストを飾るのは「きらきら光る」です。言うまでもなく、今回私が一番書きたかったテーマであり、ここから気持ち悪さが指数関数的に跳ね上がっていきますのでご注意ください。

藤井先生に今後について尋ねた場面になります。
以下のやり取りをご覧ください。

――六冠達成後に「まだまだ実力的に足りないところが多いと思う」とおっしゃっていました。現状、8つのタイトルのうち6つを保持しているわけですが、藤井先生にとって「実力が足りた状態」というのはどのレベルに達することでしょうか?
「足りないというのは理想から見てどれくらい足りない、ということではないです。イメージとしては、次のレベルから見たら足りないということで、レベルが上がったらさらに次のレベルが出てくるという感じです」

・・・読み返すだけでも感動してしまうのですが、まさに「これが藤井聡太だ」といわんばかりの考え方ですね。

「理想から見てどれくらい足りない、ということではない」

普通、ビジネスの世界では問題というのは理想と現実のギャップとして定義されます。
理想の状態(ゴール)を定めて、現状との差を分析し、現在地からゴールまでをいかに速く、効率よく進むかが重要になります。
だから、問題を解決するためにはまずゴールを正しく定義することが大切なのですが、藤井先生の場合、このゴールというのが存在しないのですね。

現在地から次のレベルが見えていて、その次のレベルに達するとまた次のレベルが現れる。+1が永遠に続くため、強くなるための運動は無限に続いていくことになります。まさに無極です。

藤井先生は問題があってそれを解決する、みたいなビジネス的なマインドではなく、もっとピュアな動機で将棋に取り組んでいるように見えます。

では「ピュアな動機」とは何でしょうか?

今回の将棋年鑑では杉本先生にもインタビューをしたのですが、杉本先生は藤井先生を突き動かしているものは「好奇心」ではないかとおっしゃっていました。藤井先生は強くなることに対して「努力している」とか「向上心を持って取り組んでいる」という感覚はなくて、ただ楽しいから、面白いからやっている。逆に努力や向上心でやっていたら、あそこまで続けられないはずだとおっしゃっていました。

これはなるほどと思いましたね。

藤井先生の飽くなき探究心の根底にあるものは、そういう原初的な「楽しさ」とか「面白さ」といった感情で、だから強い、だからブレない。以前のインタビューで「強くなれば違う景色が見られるかもしれない」という言葉をいただきましたが、そういう純粋な気持ちを持ち続けて将棋に取り組んでいる姿勢は本当に尊いものだと思いました。

ひとりの少年が砂浜できらきら光る貝殻を見つけて、それを拾うとまた次の貝殻を見つけて・・・、夢中になってキレイな貝殻を集めているうちに誰もたどり着けないところまで来てしまった。
そんなピュアな少年の姿を、藤井聡太竜王・名人の中に見た気がしました。

話の続きをご覧ください。

――なるほど。常に現在より+1のレベルが見えていて、そこを目指していくということですか。となると、どこまでいっても足りない、というか次があるわけですね。
「そうですね」
――その意味でも実力の尺度としてタイトル数はあまり関係ないのですね。
「はい。そうですね」


・・・どこまで行っても終わりじゃない、次がある。タイトル数は関係ない。

これだから藤井聡太は強いのです。これだから彼は私たちを魅了してやまないのです。

次へ、またその次へ。

藤井先生は終わりのない旅をこれからも続け、その姿を私たちに見せ続けてくれることでしょう。

神に挑む天才・藤井聡太。

私は藤井先生と同じ時代に生きていることに感謝し、これからも命尽きるまで応援し続けます。





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これで、第5回は以上となります。そして今年の連載も終了となります。
最後まで読んでいただいた皆さん、本当にありがとうございました。

私が感じた藤井先生の魅力、素晴らしさを皆さんと共有できたとしたらうれしいです。

来年はどうなるかわかりませんが、また私が藤井先生のインタビューを担当させていただくことができたなら、「細かすぎて伝わらないインタビューの補足」でお会いしましょう。

それでは皆さんお元気で。
また会う日までさようなら(^^)



















おまけ

(4)春の終わりの砂浜で
14年前の冬、30歳で国立大学中退という不名誉な肩書を引っ提げて、私はマイナビ出版(当時の社名は毎日コミュニケーションズ)に入社した。

週刊将棋の募集欄から応募して採用されたので、当然週刊将棋の記者になれると思っていたら大間違いで、気がつけば麻雀ソフトのデバック作業をする毎日だった。

華やかなタイトル戦、昇級をかけた深夜の順位戦、そんなしびれる対局を間近で見られると思っていたのが甘かった。ひたすらパソコンの前で単純作業を繰り返す毎日。寝るためだけに家に帰る日々が続き、私は完全に腐っていた。

「将棋の仕事するために入ったんじゃなかったのかよ・・・」

ある朝、ふと思い立ち会社をサボることにした。

電車で西日本にひとり旅、と意気込んでみたものの、車窓から眺めているうちに海に行きたくなり、大阪に着く前に下車してどこかの海岸にたどり着いた。

春の終わりの砂浜は、まだ少し肌寒く、海岸沿いに人の姿はほとんど見当たらない。

すると遠くから一人の少年が走ってくるのが見えた。
かなりの勢いで近寄ってくる。

いや、正確には近寄ってきたのではなかった。私のそばに落ちていたキレイな貝殻を拾いにきたのだった。

少年は拾った貝殻をてのひらに乗せて、にかっと笑って私に見せてくれた。
小学校の低学年くらいだろうか、丸顔の可愛らしい少年で前歯が一本抜けている。

「おーきれいだねー」と言うと
「これで終わりじゃない、次があるよ」と少年は誇らしげに言った。

今にも次の貝殻を探しに走り出しそうだったが、ふと心配になって
「お母さんかお父さんは?」と聞くと
「あっ!」と言って、少年は急いで元来たほうに走リ出した。

と、思ったらすぐに体を反転させて戻ってくる。そして私の目の前に貝殻を差し出した。
「これ、あげるよ」
「ありがとう」

私が受け取ると、今度こそ振り返らずに走っていった。
走るのが得意なんだろう。小学生にしてはかなり速い。

帰り道でも貝殻を拾いながらジグザグに進んでいく。
すごく不思議だったのは、一つの貝殻を拾うとすぐに次の貝殻を見つけることだ。
遠くにあるものもあったのに、迷いなく全力で走っていく。

キレイな貝殻を見つける天性の力が備わっているのだろうか。彼の行ったところに必ず貝殻があるので、まるで貝殻の方が彼の行くところに集まっているようにも見えた。

私も同じように貝殻を探してみる。しかし彼のように見つけることはできなかった。
あきらめて顔を上げた時、もう少年の姿は見えなくなっていた。

日が暮れてきた。そろそろ家に帰ろう。
荷物がほとんど入っていないリュックサックを背負う。

駅に向かって歩き出した時、あの少年の言葉が思い出された。

「これで終わりじゃない、次があるよ」
彼はそう言った。

「・・・そっか」とつぶやく。

もちろん、彼は貝殻の話をしていたのだが、自分を応援してくれるメッセージだと思うことにした。

手を開いて、少年にもらった貝殻を見る。
白くて小さい貝だ。丸みを帯びていて可愛らしい。

体が少し軽くなった気がした。
明日から、また働くか。



・・・時はたち、私もそれなりに経験を積んで今は将棋の世界で働いている。ここ数年は将棋年鑑の巻頭インタビューを任されるまでになった。

取材先は愛知県瀬戸市だ。

今年も、あの少年に会いに行く。

「これで終わりじゃない、次があるよ」

あのとき彼が言ってくれた言葉は、
今も私の心の中に残っている。









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