詰将棋作家・藤井聡太 第4回 箱庭の世界に遊ぶ|将棋情報局

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詰将棋作家・藤井聡太 第4回 箱庭の世界に遊ぶ

藤井聡太が創作した詰将棋を本格批評!

お得で気軽に参加できる将棋大会『第6回 将棋情報局最強戦オンライン』11月13日開催! エントリー受付中 藤井七段が詰将棋を発表する場としては、サイン色紙が重要な位置を占めています。色紙というのはそもそも大掛かりな配置の詰将棋を書くものではありませんが、藤井七段はもう少しこだわって、右上4×4に収まるよう意識的に作っているのではないか、と思われます。つまり、初形で駒が1筋~4筋と一段目~四段目で作る正方形の中に収まっているということで、見ていただくとわかりますが、これは非常にコンパクトな空間です。詰将棋におけるこの空間を「箱庭」と呼んだのは伊藤果八段ですが、これはつまり、走り回るには少し狭いが、眺めて楽しむにはちょうどよい庭、ということかもしれません。藤井七段は色紙においては、その箱庭の中での遊びを楽しんでいるのではないか、というのが今回のお話です。


サイン色紙(2016.11)

愛知県の大村知事に贈られ「俺に分かるわけないじゃないか」と言われたことでも有名な作品です。この作については、4×4に収まっていること以外にも、攻方玉方ともに「角香」が並んでいるところに視覚的おもしろさもありますが、狙ってのものかはわかりません。

問題図からの手順
▲2四角成 △1四角


 
初手から▲1二銀がやってみたくなる手なのですが、△同玉▲2四角成△1四角で、以下▲1三香には△2一玉で詰みません。玉方の角が動くと3二への逃走スペースができるのですね。そこで、玉を1一に置いたまま▲2四角成と空き王手するのが吉となります。そうすることで次の手を用意しているわけです。

以下の手順
▲3一飛 △2一桂合
 


▲3一飛が打てれば、3二からの脱出はひとまず心配しなくてよさそうです。ここで合駒ですが、例えば歩合だと上図から▲1二銀△同玉▲1三香までで詰んでしまうので、1三に利かせなければなりません。そのため、桂合に簡単に決まります。桂合には次のように攻めます。

以下の手順
▲1三香 △1二桂合


 
▲1三香と打って再び合駒をたずねます。ここも前に利く駒だと、上図から▲同香成△同玉▲1三取った駒△同桂▲2一銀△1一玉▲3二銀成の筋で詰み。玉方の持駒に前に利かない駒は桂しか残っていませんので、ここも桂合が簡単に決まります。

以下の手順
▲1二同香成 △同玉


 
何はともあれ取るしかありません。ここで▲3四馬と王手するのが筋なのですが、△1三玉と上がられて詰みません。そこで、この1三をあらかじめ埋めておくことを考えます。

以下の手順
▲1三銀
 


これを△同桂と取ってくれれば、そこで▲3四馬。△2三香と退路を開けて受けますが、▲2四桂△2二玉▲3二飛成以下詰みです。ということで、この銀は取れません。玉を引く一手となります。

以下の手順
△1一玉 ▲2二銀成 △同玉 ▲3四桂


 
玉を引かれると、香をむしって手を続けるしかありません。ここが少しやりにくいところだと思いますが、▲3四桂と打ってみると、△3一玉には▲4二馬で詰むため捕まっています。以下は合駒の桂を動かしつつ、飛車をさばいての収束となります。

以下の手順
△1二玉 ▲1三香 △同桂 ▲1一飛成 △同玉 ▲3三馬 △1二玉 ▲2二馬まで21手詰。

大村知事の発言にもある通り、21手詰を解ける人は多くはないとは思いますが、箱庭が眺めて楽しむものであるとするならばこれでいいのです。つまり、2回の桂限定合を交えた爽快なさばき手順がこの空間に収まっているんだな、というその発見を楽しめれば、この詰将棋の鑑賞ポイントはおさえたと言っていいでしょう。ということなので、私たちとしては難しいことは考えず、さっさと手順を味わって、初形を眺めていればそれでいいのだと思います。なお本作、報道によれば県庁職員さんががんばって解いたそうです。


サイン色紙(2017.1)

行きつけのラーメン屋さんに贈られたというこちらの色紙作品。きれいな4×4ですが、手順にはやや破調が…。

問題図以下の手順
▲4一角! △同玉 ▲7一飛!
 


いきなり不安になるところに玉を呼び、▲7一飛!が鮮烈な印象を残す一手。これは7一でないと詰まないという限定打なのですが、この手を色紙だけ見て発見するのは心理的に難しいです。なにしろ5筋より左は色紙の外ですからね……。「ここから飛車打ってみる?」って言いながら指さす場所はラーメン屋さんの壁なわけです。この限定打の意味は、▲6一飛成と▲7二飛成を同時に含みにしなければならないというもの。
それを理解するために、△5一歩合としてみましょう。これには▲2三角と打ちます。
 


このとき、△3二合駒なら▲5三桂と打って、△5二玉に▲6一飛成まで。



▲2三角に△5二玉なら▲7二飛成△6二合駒▲6四桂まで。


 
というわけで、6一飛成と7二飛成を両方できないといけないので、7一が限定という仕掛け。これが全部色紙の外で繰り広げられる変化なので、脳内盤がないと大変です。



以下の手順
△3二玉 ▲4一角 △2一玉


 
さて、この局面が問題。▲2三角成と王手したいところですが、△5一桂合で詰みません。そこで逆方向に開きます。

以下の手順?
▲5二角成


 
すると、△5一桂合は詰むようになり(後述します)、合駒が歩に変わります。
△5一歩合 ▲同飛成 △同銀 ▲3一桂成 △同玉 ▲2三桂 △3二玉 ▲4三銀不成 △2三玉 ▲4一馬



途中▲4三銀不成にひもをつけるために、5二の開き場所は限定となっています。さて、ここで△1三玉は▲1四歩△2二玉▲3二馬まで簡単に詰み。そこで、玉方に秘策があります。

以下の手順
△3二角合!


 
これが妙手。取る一手ですが……。

以下の手順
▲3二同馬 △1三玉


 
△1三玉までの局面で打ち歩詰になってしまいました。5一の合駒が桂だったら、この局面でも▲2五桂までの詰みです。これが▲5二角成のとき合駒が桂から歩に変わった理由でした。
さて、上図の局面はもう打ち歩詰を打開できず詰みません。どこで間違えたのでしょうか?
△2一玉の局面に戻ります。


 
以下の手順
▲5二角不成


 
不成!で開くのが真の正解でした。以下、先ほどと同様の手順を角不成で進めていくと、先ほど失敗した局面で歩が打てます。

以下の手順
△5一歩合 ▲同飛成 △同銀 ▲3一桂成 △同玉 ▲2三桂 △3二玉 ▲4三銀不成 △2三玉 ▲4一角不成 △3二角合 ▲同角不成 △1三玉 ▲1四歩


 
先ほどの打ち歩詰の局面と比べてみてください。この歩が打てたことで1三がふさがったので、以下は角を打ち直して収束します。
以下の手順
△2二玉 ▲2三角成 △同玉 ▲4一角 △2二玉 ▲3二角成まで27手詰。

専門的なことを言うと、この角不成角合の部分は定跡手順。しかしこの手順を4×4に収めながら、限定打を含む導入をつけたところで新作になっていると思いますし、またその限定打が構図の外に飛び出ているところに、ユーモア感覚とわずかないたずら心を感じます。

2017年初頭までの作品を2つ見ていただきました。第2回で取り上げた53手詰(あの作品も、位置をずらした4×4ということもできるでしょう)も含めて、いずれも色紙に書くには少し難しい作品です。おそらくこの色紙を書いた時点で、藤井七段は見た目だけコンパクトに収まっていれば、それがどれほど難しくても、そのことはさほど重視していなかったのではないでしょうか。最近の色紙作品はもう少し傾向が変わってきていますので、最後にそれらもご紹介しておきましょう。

 
名人戦棋譜速報 直筆揮毫色紙プレゼントキャンペーン色紙(2017.7)
▲1二桂成 △同玉 ▲1四龍 △1三飛合 ▲2四桂 △2二玉 ▲3三銀 △同飛 ▲1二桂成 △同香 ▲2四龍 △2三飛 ▲3三馬まで13手詰

4手目の飛車合が2回動く様子が楽しめる作品。1回目の移動は3三銀を取るもので、飛車合の理由でもあります。2回目の移動は最終手で取られて駒余りになることを防ぐもので、詰将棋のルールを活かしたユーモラスなもの。短編で合駒を2回動かすのはわりと珍しく、それを簡潔にまとめたハイセンスな作品。


サイン色紙(2019.12)
▲1一角 △同玉 ▲1二銀 △2二玉 ▲2三飛 △3二玉 ▲4三銀 △同銀 ▲2二飛成 △同玉 ▲2三金まで11手詰。

最終手以外の攻め方の手が、全部取られる可能性がある着手になっている、味がいい好短編。特に▲2三飛と一度打った飛車を▲2二飛成と捨てる感触は抜群で、短編はこう作るものという見本。

というわけで、だんだんと藤井七段は普及用とも呼べる作品を手掛けるようになってきます。
ひとつ強調しておきたいのは、今の時代において普及用の作品を作るのはかなり大変だということです。やさしい手筋を盛り込みながら、これまでの作品と同一にならないよう自分の味を出していくのは本当にセンスが必要です。藤井七段の普及用作品はかなりうまく作られているものが多いので、稿を改めて取り上げられればと思います。

ということで、今回は右上4×4の作品に絞って取り上げてきました。冒頭で伊藤果八段がこれを箱庭と呼んでいると書いたように、本来この空間は非常に狭くて扱いづらい空間なのです。玉の移動半径も小さくなりますし、攻め駒も近いのでさばき手順のための空間も小さくなってきます。そのため、だいたい右上4×4の詰将棋は持駒打ち捨てを中心とした9手詰くらいになることが多いはずです。しかし藤井七段の作品は、合駒を用いるなどして同じ空間を何度も使う工夫が施されており、そのことによって初形の落ち着きと駒の躍動感とが両立されています。藤井七段の色紙に込められた静と動を感じていただけたでしょうか?


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