第4回 はじめに:デジタル時代のデジタルキャッシュ(4)|Tech Book Zone Manatee

マナティ

仮想通貨の時代

第4回 はじめに:デジタル時代のデジタルキャッシュ(4)

『仮想通貨の時代』より "はじめに:デジタル時代のデジタルキャッシュ" の記事を連載掲載します。WSJ記者らによるビットコインとブロックチェーン、仮想通貨に関わった人々へのインタビュー及び精密なレポートより「デジタル時代の新しいデジタル通貨」の正体に迫ります。

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 では、ビットコインとは実際、何なのだろうか?ビットコインについて話すときに混乱が生じやすい原因に、人がビットコインを2 つの意味で使うことがある。ひとつは「通貨としてのビットコイン」である。品物やサービス、他の通貨に交換するのに使われる価値をもつ電子通貨単位で、従来の政府発行の通貨に比べ価格変動が激しい。だが、この定義は狭義的でビットコインのはるかに重要な役割について捉えているとは言い難い。つまり「テクノロジーとしてのビットコイン」であり、人によっては「Bitcoin」と頭文字を大文字で表記する。(※注)

「テクノロジーとしてのビットコイン」とは、「システムのプロトコル」のことである。プロトコルとは、コンピュータに相互通信をさせるための一連のプログラミングを指すソフトウェア用語だ。ビットコインのプロトコルは、要となる「ブロックチェーン」や通貨システムを担う世界中のユーザのコンピュータネットワーク上の通信言語である。コンピュータは、ビットコインが流通する世界を管理運営するための命令プログラムや、ユーザの取引情報を追跡または検証するための情報を与えられる。システムは暗号化され、ユーザは特別なパスワードがついたキーを用いて、誰にも、どの機関にもそのパスワードを知らせることなく直接電子通貨の取引きができる。特に重要なのは、ネットワーク上のコンピュータが各取引きについてその取引きが正しいことを証明しなければならないというステップが組み込まれている点である。認証が得られると、支払われる側は、支払い側に必要な資金があり、不正な通貨を送りつけられる心配はないと判定する。

 これが技術者や経済学者、未来学者達が最も注目するビットコインの核心技術だ。彼らは、こうしたオープンソースであるプロトコルを、商取引や交換の管理への新たな手段の基盤になると見ている。1 つのオペレーティングシステムだと考えてみれば良い(ビットコインはオープンソースのソフトウェアに基づいているため、このたとえはMicrosoft のWindows やApple のiOS ではなく、Linux やスマートフォン向けのGoogle のAndroid に近い)。両者の違いは、ビットコインのオペレーティングシステムでは各々のコンピュータに操作プログラムを与えるのではなく、ネットワーク上に相互通信するためのプログラムを提供する点である。その主要な機能は「信用度の低い」証明を分散化するモデルと、完了したすべての取引情報が含まれるデータベースの自動生成であり、データはリアルタイムで公開され、改ざん行為がおこなわれる可能性は皆無である。アプリ制作者がAndroid向けのアプリを作るのに能力を注ぐのと同様に、ビットコイン向けの開発者はこうした特徴を網羅したアプリを作っている。こうしたアプリにより、スマートフォンのデジタル・ウォレットで電子通貨取引ができたり、用途が更に広がる様になれば、ビットコインの取引きはいっそう円滑に扱いやすくなるかもしれない。情報の共有というビットコインのプロトコルの仕組みを使うことで、開発者は、企業やコミュニティおよび社会の意思決定を担うソフトウェアの開発が可能になった。ユーザの記録は例外なく実証可能でしかも透明性が高く、中央集権的な登録作業を必要としない。このシステムのお陰で人々は情報を信頼して、品物や必要なデータに関するあらゆる電子取引をおこなうことができる。そこには現代の中央集権的システムを機能させる銀行や政府機関や法律家などへのコストは必要ない。これこそがビットコインという技術の持つ最大の力と言えるだろう。

 

 急速な価格高騰や、ときにはユーザと反対派の議論が白熱することもしばしある。本書は、いろいろな分野の読者のためにそうした議論のバランスを取り、ビットコインの機能や、私達にとってどの様な意味を持つのかを解明する手助けをしていきたい。

 筆者はジャーナリストであって、未来学者ではない。従って私達の目的は、未来の明確な可能性を示すことではないが、インターネットがこの世に現れて以来、人々が学んできたことがあるとすれば、技術の進歩は私達が追いつくのを待っていてはくれないということだ。脱穀機や織機から電気、コンピュータや電子メールにいたるまで、新たな技術に特段関心を向けてこなかった人や政府も、今や大きな衝撃を受けていることだろう。私達は、ビットコインやその他の仮想通貨を有効な貨幣交換の手段にした画期的な技術躍進が、金融世界にとって今後重要な力となる可能性を信じている。考えてみてほしい。通貨統制は、政府が行使するもっとも強力な権力である。昨今の金融危機に苦しむアイルランドやギリシャ、キプロスの人々に尋ねてみれば、火を見るよりも明らかだろう。ビットコインは少なくともその権力の一部を、政府から奪って人々の手に渡す。そのことひとつを見ても、政治、文化、経済に大きな軋轢を生むはずである。

 そうした衝突の兆しを、ビットコインユーザと反対派の過熱する議論にみることができる。本書の執筆にあたって取材をしたり、『The Wall Street Journal』の職場で話をしたりしたユーザは、ビットコインに対して熱い情熱を抱いていることがわかる。ビットコインは今、ある種の歴史的うねりの中にあり、かつての教会コミューンを思わせる。熱狂的な信者はレディット(Reddit)やツイッターなどといったソーシャルメディアを通じて高らかにビットコインを賛美する。バリー・スイルバート、ニコラス・ケイリー、アンドレアス・アントノプロス、チャーリー・シュレム、ロジャー・ヴァー(彼はビットコイン・ジーザスとあだ名される)らは、さながら伝道師と言えるだろう。そしてその創造神話の頂点に君臨し、多くの忠実なる信者を育ててきたのが、ビットコイン界の生みの親、サトシ・ナカモトである。

※注 場合によっては、ビットコインは通貨、技術の両方の意味で用いられる。ここでは混乱を防ぎ一貫性を保持する意味から、『The Wall Street Journal』 に従い、すべて小文字で表記する。

著者プロフィール

ポール ヴィニャ(著者)
ウォール・ストリート・ジャーナル(The Wall Street Journal、WSJ)のマーケット・リポーター。WSJのMoneyBeatブログに書き込み、MoneyBeatショーの司会をつとめ、“BitBeat”デイリー・コラムを更新する。ヴィニャはダウ・ジョーンズ経済通信(Newswires)のコラム「Market Talk」の執筆、編集もつとめる。妻と息子と一緒にニュージャージーに住んでいる。
マイケル J ケーシー(著者)
MIT Media Labのデジタル通貨イニシアティブのシニアアドバイザー。かつてはWSJで世界金融に関するコラムニストをつとめ、『Che's Afterlife: The Legacy of an Image』:“ミチコ・カクタニによる2009 年の本トップ10”選出、『The Unfair Trade: How Our Broken Global Financial System Destroys the Middle Class』の著作がある。妻と2人の娘と一緒にニューヨークに住んでいる。