第3回 はじめに:デジタル時代のデジタルキャッシュ(3)|Tech Book Zone Manatee

マナティ

仮想通貨の時代

第3回 はじめに:デジタル時代のデジタルキャッシュ(3)

『仮想通貨の時代』より "はじめに:デジタル時代のデジタルキャッシュ" の記事を連載掲載します。WSJ記者らによるビットコインとブロックチェーン、仮想通貨に関わった人々へのインタビュー及び精密なレポートより「デジタル時代の新しいデジタル通貨」の正体に迫ります。

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 この本の著書の一人マイク(マイケル・J・ケーシー)が、我々がこの本の著書マイクの隣人であるスコット・ロビンズ-ニューヨーク州ぺラムのスコットに同じ-に取材してみれば、仮想通貨に秘められた生活を快適にすることを、中流階級の欧米人の多くが理解していないことが明らかである。「なんでビットコインなんか使う必要があるのか、さっぱりわからないね」ある夜、スコットはそう語った。確かに考えてみれば、例えばビットコインがクレジットカードの手数料2 ~ 3%を削減する程度では「仮想通貨革命」を支持することはできないだろう。しかし、世界の経済総額が87 兆ドルにのぼること、また仮想通貨を使えば発生しないはずの手数料が、銀行や金融機関にとられていることを考えれば、どれだけの節約になるかは想像に難くないだろう。間接的には、経済コスト削減により生まれる雇用や収入は、銀行やクレジットカード取引き時の手数料の減少といった形で表われるかもしれない。あなたがお金を稼いで使ってきた日々は、仲介業者に手数料を払い続けてきた日々でもあり、世界全体でみると一生で数百万ドルにも及ぶかもしれない。仮想通貨を使えば、そのお金を節約できてあなたの懐に戻してくれる。これこそがビットコインの基本的なポリシーでありメリットだと言えるだろうし、スコットの「なぜそんなものを使う必要があるのか?」の答えでもある。

 もちろん仮想通貨にも欠点やリスクがないわけではない。ユーザに、10分間区切りで新たなビットコインのマイニングをさせ、元帳(ビットコインでいう取引履歴)を運営、管理してもらう運用システムには、例えばコンピュータの過剰負荷が懸念される。ビットコインの特長は通貨権限を分散させることにあるが、あるユーザや集団が、巨大なコンピュータでネットワークを支配し、せっかくの信頼性の高い分散システムを一個人の中央集権システムにしてしまうことも考えられる。今のところそうした兆候は見られず、ビットコインから恩恵を受けているにもかかわらずそれを破壊しようとする者はいないだろうと考えられている。それでもそのリスクは常につきまとう。

 また、ロス・ウィリアム・ウルブリヒトによる「Silk Road 事件」の様に、電子通貨の匿名性を利用して法の網をすり抜け、違法薬物の売買などの犯罪行為に悪用される可能性や、更にビットコインが経済危機を招く恐れも指摘されている。例えば、有事のときに政府が貨幣供給をコントロールして人々が買いだめに走るのを防ぐ能力が失われることが挙げられる。これらの懸念については、以降の章で検証してどの様な対策がとれるかをみていこう。

 今後、仮想通貨が大きな混乱を招きかねないテクノロジーだということは否定できない。革新的な技術により経済はいっそう活性化し、より豊かになるかもしれないが痛みを伴わないわけではない。いずれ仮想通貨が人々の間に根付いたときに、それがはっきりとわかるに違いない。従来のシステムによって生活基盤を築いてきた多くの人々が、自分達の仕事が危険に晒されていると知って政治的緊張が高まるかもしれない。とはいえ、以降の章で見ていくとおり、この技術が確立していないにもかかわらず幾多の議論が沸き起こり、反発する声はすでに多くあがっている。政治的対立は、従来のシステム派と仮想通貨のユーザの間だけでなく、ユーザの支持派のなかでも理想主義者、実用主義者、起業家、更には仮想通貨の未来を握ろうとする日和見主義者らの間でも起こっている。

 お金がからむ技術によって混乱が引き起こされる場合、衝突はいっそう激しくなりうる。

 元米国財務省長官のローレンス・サマーズはそれを見抜いて「現代の経済とはそもそも何か、と考えてみると、基本的には交換の営みなのだ」※1と語った。「交換とは、文字通り同時におこなわれるのでない限り、常に信用の問題がつきまとう。ビットコインというコミュニケーションとコンピュータ科学の飛躍的な進歩により、より低コストで交換を実現させたことは、これまで世界から隔絶されてきた国々にとって重要なことである」と語った。サマーズの言う「信用の問題」は、見知らぬ者どうしが共に事業を立ち上げる上で直面するジレンマであり、メディチ家が銀行家、政治家として台頭し君臨したことで、様々な事柄を初めて解決した根本的な問題である。また「世界から隔絶されてきた国々」とは、「銀行を利用できない人々」、すなわち伝統的な慣習を重んじるパリサ・アーマディと同じ様な境遇にいる人々※2を指している。アフガニスタンやアフリカのみならずアメリカまで、現代の金融システムを利用できない人はおよそ25 億人もいる。銀行口座を持てなければ、銀行を介した取引きに必要な残高証明や信用履歴などを示すことができない。銀行とのつながりを持てないのは、現代経済から隔絶されているに等しい。

 仮想通貨の本質は、電子通貨市場での激しい価格変動でもなく、ドルやユーロや円に替わる交換の新たな単位でもなく、独占的な中央集権体制から人々を解放したことにある。銀行や政府、法律家や、果てはアフガニスタンの族長といった中枢組織から、私達一般市民の手に権力を移行させたとも言えるかもしれない。

出典
※1 Lawrence Summers, phone interview by Michael J. Casey, April 30, 2014.
※2 Asli Demirguc-Kunt and Leora Klapper, “Measuring Financial Inclusion,” World Bank Policy Research Working Paper 6025, April 2012

著者プロフィール

ポール ヴィニャ(著者)
ウォール・ストリート・ジャーナル(The Wall Street Journal、WSJ)のマーケット・リポーター。WSJのMoneyBeatブログに書き込み、MoneyBeatショーの司会をつとめ、“BitBeat”デイリー・コラムを更新する。ヴィニャはダウ・ジョーンズ経済通信(Newswires)のコラム「Market Talk」の執筆、編集もつとめる。妻と息子と一緒にニュージャージーに住んでいる。
マイケル J ケーシー(著者)
MIT Media Labのデジタル通貨イニシアティブのシニアアドバイザー。かつてはWSJで世界金融に関するコラムニストをつとめ、『Che's Afterlife: The Legacy of an Image』:“ミチコ・カクタニによる2009 年の本トップ10”選出、『The Unfair Trade: How Our Broken Global Financial System Destroys the Middle Class』の著作がある。妻と2人の娘と一緒にニューヨークに住んでいる。