2017.11.10
第5回 はじめに:デジタル時代のデジタルキャッシュ(5)
『仮想通貨の時代』より "はじめに:デジタル時代のデジタルキャッシュ" の記事を連載掲載します。WSJ記者らによるビットコインとブロックチェーン、仮想通貨に関わった人々へのインタビュー及び精密なレポートより「デジタル時代の新しいデジタル通貨」の正体に迫ります。
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しかし、今後仮想通貨は大失敗に終わる可能性もある。例えばベータマックス(Betamax)の様に。あるいはかつては一世を風靡したセグウェイの様に、現実世界の単なる1つの発明品に終わるかもしれない。それでも、サトシ・ナカモトからビットコインの中核ソフトウェア(ソーコードリポジトリの管理等)の開発を任されたエンジニアのギャヴィン・アンドレセンははっきりと言う。「皆さんの前で話をするとき私は必ず、ビットコインはまだ1つの実験に過ぎないと強調する様にしている。誰かがすべての貯金をビットコインに投じたと聞くたびに怖くなる」※1だがそういう人物こそがすべてを動かし続けている。反対にビジネス界リーダー達は懐疑的で、例えばJP Morgan Chase のトップであるジェームズ・ダイモンなどは、ビットコインは「価値の劣悪な保存方法だ」※2と言っているし、伝説的投資家のウォーレン・バフェットにして、「ビットコインはただの幻想だ」※3と言わしめている。
実際、これはおかしな反応ではなくビットコインや仮想通貨について考え始めると、人は最初、たいてい同じ反応を見せる。一部の人はその最初の直感的反応を乗り越え、また一部はそうならないというだけの話である。読者の皆さんには本書を読むまえにまず、キューブラ・ロス(米国の精神科医)の「死の受容プロセス」について知っておいていただきたい。これは仮想通貨という外界からの刺激を受けて受容するまでの思考の流れと同一である。
ステージ1:軽蔑。否定ではなく、まさに軽蔑である。仮想通貨は、お金として作られたにも関わらず、私達が慣れ親しんだお金の特徴を持っていないし目に見える形がない。政府が発行している訳でもなく、貴重な金属で鋳造されている訳でもないじゃないかという感情である。
ステージ2:懐疑心。Facebook を訴えて話題となったウィンクルボス兄弟(Winklevoss twins)の様な起業家が、ビットコインで莫大な富を得たなどという多くのビットコイン関連の記事を目にするうち、その存在を認め始める。しかしその仕組みはまったくわからない。自分で計算して得るものなのか?いや違う、コンピュータに計算させる、一体どうやって?この段階では、ポンジ・スキーム(詐欺師の一種)やチューリップ・バブル(16世紀に起きた最古の金融バブル)といった単語が頭に思い浮かぶ。
ステージ3:好奇心。引き続きビットコインに関する記事を読み続ける。インターネットの開発者マーク・アンドリーセンの様な、こういった類いのものを正しく扱うことにかけては並ぶ者がないと思われる多くの人々が、ビットコインを熱烈に支持していることがわかってくる。だが、なぜそこまで大騒ぎするのだろう?いいものなんだろう、ビットコインとはつまり電子通貨なんだな。正しく機能するものの様だが、普通の通貨との違いは何だ?そしてなぜ人々はそんなに興奮するのだろう、と。
ステージ4:具体化。決定的瞬間である。驚きの瞬間、ひらめきの瞬間や衝撃的な瞬間など、どんな表現でもよい。たとえビットコインを受け入れるのにまだ抵抗が残っている人であっても、電子通貨に関わっている人にとってはこれが現実化の瞬間である。取材した人の中には、ビットコインの文字を探して夜も眠れなくなったという人もいた。突如として、まったく新たな概念が意識のなかに定着するのである。
ステージ5:受容。ものごとを理解するのは簡単ではなく、大きな発見であればなおさらである。結論から言えば、たとえビットコインが成長を続けなくても、他の仮想通貨(アルトコイン)がビットコインに追いつけなくても、それぞれ異なった特徴を持つ数百にもおよぶその他の仮想通貨が存在したとしても、我々はビットコインがビジネスを迅速にし、コストダウンし、仲介業者や不労所得者を排除して銀行口座を持たない多くの人々にお金をもたらし、誰もが自分で財産を管理し、かつてなかったビジネスを誕生させるやり方を見てきた。一度知ってしまったら、この事実からはもう目をそらせないだろう。
もちろん、この壮大な実験が失敗に終わるかもしれない要因もある。ビットコインは、とかくスキャンダルやセキュリティ問題といった報道を惹きつけ易く、この種の事件は既存の銀行やクレジット会社での事件ほど大規模でないにもかかわらず、ビットコインのイメージを悪くしている。もしもビットコインが、大きなテロ攻撃の資金源として使われたと報道されたらどうだろう。そうしたリスクに対し利用者は過剰な反応を示し、ビットコインの未来をつぶしてしまうかもしれない。こうした合法的反応は、とりわけ政府当局者が、ビットコインが通貨や支払いに関する政府の管理権力を脅かしかねないと考えたときに制圧的に働く。政府の管理能力に影響を与えることは、熱烈なリバタリアン寄りの支持者の多くが目標に定めていることである。これに対して最初の規制強化の動きが見られる。ワシントンやニューヨーク、ロンドン、ブリュッセル、北京などの金融・政治的中心地では電子通貨の利用者に対する規制法が制定されていて、法律の規定次第では仮想通貨に伴う危険を排除し安心感を人々に与えられるかもしれないが、過剰な締め付けをすれば個々人に力を与え、独占支配を打ち破り、コストや無駄を削減して既存の金融システムの腐敗を食い止めるといった、このテクノロジーが持つ可能性を存分に生かせる画期的な新興企業の誕生を阻害してしまう恐れもある。
一方、ビットコイン以外のテクノロジーが発展し、よい競合相手となるかもしれない。例えば中国では今のところ、数多くのスマートフォン用アプリを利用すれば、ビットコインの不安定さを危惧することなくどこからでも人民元建てで支払いができるため、ビットコインを積極的に使用する理由がない。目下風当たりの強いレガシーシステムも改良され、サービスの質が向上してコストが下がり、ビットコインの利点を減じさせる規制を支持する様になるだろう。
最大の未知なる要因は人である。仮想通貨の急速な発展は、ある意味では歴史の気まぐれと言える。2008 年の金融危機の丁度さなかに生まれたビットコインは、何十億もの人々を破滅に追いやり内部崩壊した既存の金融システムに対する新たな選択肢を生んだ。それから数年のうちに、仮想通貨の周囲に反体制運動が形成され、今も展開している。世界的金融システムの欠陥を明らかにしたあの危機が起こらなければ、ビットコインというものが今日、どの様な姿になっていたかわからない。この先、金融危機の影響が薄らぐにつれて仮想通貨の勢いも弱まっていくのだろうか?
未来がどうなるかは誰にも断言できない。本書では予言ではなく、仮想通貨の行く末を推測し、どんな可能性があるのかを検証する一方で、どんな可能性は低いのか、その理由を詳細に評価していきたいと思う。
ここまで読んで、まだ半信半疑の方もいるかもしれないがそれでいいと思う。著者も最初はそうだった。私達がマーケットについて記事を書き始めたのは1990 年代のことだった。ドットコム企業の興隆があり、ITバブルが弾けるのを見た。住宅ブームと住宅バブルの崩壊を見た。金融危機、世界的な景気後退、ユーロ危機、リーマンブラザーズ事件、ロングターム・キャピタル・マネジメントの破綻やキプロス危機を見てきた。テクノロジーの世界で、次に世界を騒がすのは自分だと信じ野望を抱く多くの人々に取材をした。ここまで十分に見てきても、本能は未だ疑いを抱いている。
そう、私達はどちらも、初めてビットコインの話を聞いたときは懐疑的だった。政府の後ろ盾がない通貨だって。信じられない!(私達の経験からすると、この点が最大の疑念のポイントではないだろうか。みんなそれを看過できないのである)しかし、好奇心が懐疑心に勝った。私達はビットコインについて書き始め、人々と論じ、また書いた。そしてようやくビットコインの大いなる可能性が見えてきた。本書は、いわば仮想通貨をめぐる旅の記録であり私達の好奇心の結晶である。
ビットコインについて話しているが、本当の試みは、仮想通貨が現実世界という巨大なパズルのピースとしてどこにはまるかを探るところにある。ハイテクノロジーの中心地シリコンバレーから北京の路地裏にまで至る、地球規模の壮大な物語である。ユタ州の山々やバルバドスの海岸、アフガニスタンの学校やケニヤの新興企業も訪れる。仮想通貨の世界を形作るのは、VCの申し子、高校中退者、ビジネスマン、夢想家、無政府主義者、学生、人道主義者、ハッカーそしてPapa John’s pizza である。金融危機以外にも、新たなシェアリング・エコノミー、カリフォルニアのゴールドラッシュなどが起こったが、そのすべてが終わる前には新しいハイテク世界と古いローテク世界の歴史的戦いを乗り越えなければならないかもしれない。その戦いは何百万人もの失業者と新種の億万長者を生み出す可能性があるのだ。
さて、ビットコインの世界に飛び込む心の準備はできただろうか?
出典
※1 Gavin Andresen, interviewed by Michael J. Casey, February 11, 2014.
※2 Jamie Dimon, interviewed on CNBC, January 23, 2014.
※3 Warren Buffett, interviewed on CNBC, March 14, 2014.