第2回 はじめに:デジタル時代のデジタルキャッシュ(2)|Tech Book Zone Manatee

マナティ

仮想通貨の時代

第2回 はじめに:デジタル時代のデジタルキャッシュ(2)

『仮想通貨の時代』より "はじめに:デジタル時代のデジタルキャッシュ" の記事を連載掲載します。WSJ記者らによるビットコインとブロックチェーン、仮想通貨に関わった人々へのインタビュー及び精密なレポートより「デジタル時代の新しいデジタル通貨」の正体に迫ります。

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 一般的には、ビットコインにまつわる報道を、パリサの物語の様に読む人は少ないだろう。ほとんどの人が、うさんくさい新たな通貨をめぐるめまぐるしい変化にしか目を向けていない。道行く人々に、ビットコインについて知っていることを訊ねてみればいい。答えが返ってきたとしても、報道で有名になった出来事、例えば闇サイト「Silk Road」を通じて、ビットコインで取引きをしていたドラッグの密売人が破産したなどといった事件を引き合いに出す程度ではないだろうか。加えて不安定な価値変動について言及するか、“バブル”という単語を口にするかもしれない。あるいは、東京の取引所Mt. Goxで多額のビットコインが突然消失し、東京でなんらかのオンライン取引きがおこなわれたこと以外何もわからずに終わった事件を思い出す人もいるかもしれない。人によっては、ビットコインの生みの親とされている謎の人物「サトシ・ナカモト」の名前をあげるかもしれない。

 ビットコインにまつわるこうした出来事も、ビットコインの物語を理解するためには興味深くまた重要である。しかしそれだけでビットコインに不信感を抱くのは、人生を変えてくれるかもしれない機会に背を向けることにほかならない。ビットコインは革新的なデジタル技術であり、銀行取引や商業を根本から変え、新興市場の何十億もの人々を、統一され、デジタル化された最新の世界規模経済に取り込む可能性を秘めている。もしもビットコインというシステムがうまく機能すれば(そこにはまだ大いに疑問が残るが)今までごく普通とされてきたことが、グーテンベルクの印刷機ほどの時代遅れになってしまうだろう。

 現在の私達が用いている通貨や資産のシステムの起源は、フィレンツェ・ルネサンスの時代、メディチ家の銀行が初めてヨーロッパの貨幣経済を支配したときにさかのぼる。メディチ家は急進的思考を備えており、当時の社会が強く求めていたものを見抜いて現実化した。すなわち、資産家の余剰資産を預かり、資金を必要とする借り手に分配することで、仲介手数料をとることにしたのである。昨今のシリコンバレーの投資家なら、ネットワークの力と称するかもしれない劇的なやり方だろう。社会の莫大な負債や債券を1つの銀行の台帳に集約することで、メディチ家は新たに、中央集権化された強力な信用システムを作り出した。仲介に特化したそのサービスのおかげで、それまでは互いに信用関係を築く術を持たなかった者どうしがビジネスをできる様になった。メディチ家はお金を生み出すすぐれたシステムを作った。単なる物理的な通貨ではなく、社会全体の負債や支払いを管理し、拡大し、共有するシステムである。その結果、商取引が飛躍的に発展し文化の成熟をうながし、世界を支配するプロジェクトに融資する財源が次々に生まれた。

 しかし、こうした中央集権的な信用システムを構築し、自分達をその中心に据えたことで、銀行の権力はあまりに大きくなりすぎた。危険なほどに。互いに接点のない者どうしがビジネスをするのに、信用という点で銀行が不可欠となったことから、ますます複雑に絡み合う様になった世界経済は銀行の介入なくして成り立たなくなってしまった。銀行が握る元帳は、負債や支払いの記録を残すことで、きわめて重要な意味を持つものとなった。こうして銀行は究極的に利益を求めるビジネスを作り上げ、自らを金融の門番、あるいは経済を動かす貨幣の流通管理者とした。支払う側も支払われる側も、銀行と関わらざるを得なくなった。まさに、パリサ・アーマディの運命を変えたFilm Annexの送金システム変更より以前の状況である。この新たな金融ビジネスが成長するにつれ、利益を追求する仲介業者はそれぞれの分野に特化した信用供給者となった。古くは債券仲買人や証券仲買人から、今日の保険代理店、金融法律家、支払い処理サービスやクレジットカード会社などである。こうした業務がもしも果たされなくなったら、変化の激しい現代の経済システムは崩壊するだろう。このビジネスが銀行を中心に据えたために銀行は更に力を増し、ついには、人々にビジネスの力を与えていたはずのシステムが、危険なほど銀行への依存度が高いものとなってしまった。その結果ウォールストリートの巨大企業が生まれ、2008年の世界的経済危機を引き起こす原因となったのだった。

 さて、ここでビットコインをはじめとする仮想通貨の話に入ろう。この技術の優れた特長は、仲介者の介入をなくし、かつ見知らぬ者どうしが結びついて産業社会の資本を維持している点である。この特長は、仮想通貨は「元帳保有」という重要な役割を“中央集権的”な金融機関からコンピュータの「自治的ネットワーク」に託し、特定の機関による支配を受けない“分権的”な信用システムを作ることによって実現している。そもそも仮想通貨は、完全に普遍的な元帳によって成立し、すべて公開されて独立した高性能コンピュータにより検証されているため、理屈上、自分達の信用を担保してもらう銀行や金融機関は必要なくなるということになる。仮想通貨の世界では「ブロックチェーン」と呼ばれるネットワーク上の帳簿が仲介業者の役目を担い、取引きをする相手が適正か否かをしっかりと検証してくれる。

 取引きの間に立つ仲介業やその手数料を削減することで、仮想通貨はビジネスにかかる費用を削減し、仲介業者の不正を防ぎ、利益に群がる政治家達に入り込む隙を与えない。仮想通貨の取引きで使われる元帳は一般に公開されていて、かつては中央集権的な機関に隠されていた金融経済システムを目に見えるものに変えた。確かに、透明性と信頼性を持ち合わすテクノロジーの潜在的能力は、金融全般の分野だけにはとどまらない。仮想通貨のユーザは「人の介在」に関わる情報操作、例えば選挙の不正などを防ぐ能力もあるとみている。本質的に、このテクノロジーはお金や情報の支配権を権力者階級からその持ち主である人々に返し、財産や資質の管理を自分でできる様にする社会的枠組みとなっている。

著者プロフィール

ポール ヴィニャ(著者)
ウォール・ストリート・ジャーナル(The Wall Street Journal、WSJ)のマーケット・リポーター。WSJのMoneyBeatブログに書き込み、MoneyBeatショーの司会をつとめ、“BitBeat”デイリー・コラムを更新する。ヴィニャはダウ・ジョーンズ経済通信(Newswires)のコラム「Market Talk」の執筆、編集もつとめる。妻と息子と一緒にニュージャージーに住んでいる。
マイケル J ケーシー(著者)
MIT Media Labのデジタル通貨イニシアティブのシニアアドバイザー。かつてはWSJで世界金融に関するコラムニストをつとめ、『Che's Afterlife: The Legacy of an Image』:“ミチコ・カクタニによる2009 年の本トップ10”選出、『The Unfair Trade: How Our Broken Global Financial System Destroys the Middle Class』の著作がある。妻と2人の娘と一緒にニューヨークに住んでいる。