2017.03.23
第8回 UXがビジネスでも注目される理由
UXおよびUXデザインのビジネス価値を読み解く『UX × Biz Book ~顧客志向のビジネス・アプローチとしてのUXデザイン』。デジタル・マーケティングから顧客との関係構築、ブランディング、実装まで、それぞれ現場で活躍する執筆陣が、多面的・複合的な視点、切り口で分かりやすく解説しています。この連載では各章の読みどころを掲載していきます。第8回目はUXの採用プロセスについて解説するChapter8(執筆:坂本 貴史)から、「8-1 UXがビジネスでも注目される理由」を紹介します。
さまざまなビジネスの現場でUX(という言葉)が使われるようになりました。その中身のほとんどはあえてUXと言う必要のないことばかりだと思われますが、学者やデザイナーだけでなく、これまでそうした言葉を使ってこなかったビジネスマンが使うようになったことは大きな変化であり、潮流を感じずにはいられません。
UXという言葉
「UX」という言葉はビジネスの現場でどのように使われているのでしょうか。わたしのまわりで最もよく聞く言葉に「UI/UXを改善する」というものがあります。同じように「UI/UXデザイナー」という求人募集も多く見るようになりました。海外含め、この「UI/UXデザイナー」の求人募集数は2015年から右肩上がりに上昇中です(図8-1)。それだけそういったスキルを持つ人材が市場で求められていることを指します。
図8-1 「UX Designer」求人募集数の推移
(https://medium.com/@sortino/the-state-of-design-leadership-3b9b217823d6#.9oy4enfie)
実際にどういった人材を企業は求めているのでしょうか。次の表8-1に示すのは、国内の事業会社とコンサルティング会社の「UI/UXデザイナー」募集要項です。事業会社ではアプリやサービスに関するUI全般、コンサルティング会社ではコンセプト策定からプロトタイプ作成と少し限定的に書かれていることがわかります。つまり、同じ「UI/UXデザイナー」でも責任範囲が異なることを指しています。
企業 | 募集内容(例) |
---|---|
事業会社のUI/UXデザイナー | ・アプリに関するデザイン・UI全般 ・新規サービスに関するデザイン・UI全般 |
コンサルティング会社の UI/UXデザイナー |
・UXデザインコンセプト策定 ・プロトタイプ作成 ・モバイルサイトやアプリケーションの UXデザイン設計/開発 |
表8-1 UI/UXデザイナーの募集比較
2007年のiPhone登場以来、マルチタッチインターフェース(UI)で操作する新しい体験を「UX」と呼ぶようになり、UIをよくすることで結果としてUXがよくなるという考えが浸透してきました。一方で、UXを主に考えた場合には必ずしもUIが関係することだけではありません。
英国ヒースロー空港では、荷物受取までの待ち時間における不満を、受取までの時間を(通路を変更して)コントロールすることで、待ち時間の不満解消に努めました。これはUIをともなわないUXの改善例としてHBRなどでも紹介された事例です(図8-2)。
このように「UX」という言葉は、本来の意味(ユーザー体験)という表現だけにとどまらず、サービスやプロダクトの改善方法として注目され、その中でもデジタルプロダクト(多くがモバイルアプリ)の改善が、市場の中で大きな注目を集めている仕事になりつつあります。
図8-2 ヒースロー空港のUX改善例
(http://blog.livedoor.jp/lunarmodule7/archives/3675720.html)
事業横断のビジネス背景
モバイルアプリのUI改善であれば、わざわざ「UX」という言葉を使わなくてもいいわけですが、そう表現する理由には、デジタルプロダクト単体だけではサービスとして成立しなくなってきた背景があります。つまり、インターネットを介したサービスを考えることが必須となってきた以上、モバイルアプリを考えることは、サービス全体を考えることにもつながるということです。
ユーザーがどのようなサービス体験をするのか、それ自体はまさしく「UX」であり、モバイルアプリはそのサービスの一端を担っていると言うこともできます。また、そうしたサービス体験の積み重ねでブランド・イメージが形作られることまで考えると、モバイルアプリのことだけを考えること自体が難しくなってきたと言えます(図8-3)。
図8-3 デジタルプロダクト単体からサービス全体へ
たとえば、ガスコンロといえばこれまではガス機器であり調理設備というカテゴリーの商品ですが、最近の事例では「スマートコンロ」というカテゴリーで、モバイルアプリからタイマーやレシピなどが操作できるサービスに変わってきています(図8-4)。
図8-4 スマートコンロの例
(http://www.noritz.co.jp/product/kitchen01/smart_conro.html)
これはモバイルアプリ単体だけで実現できることではなく、スマートコンロという新しい調理スタイルを提案する中で生まれてくる考え方です。この調理スタイルを実現するために、モバイルアプリを活用してコンロと通信するわけですから、モバイルアプリとコンロというこれまでつながりのなかったところが連携してはじめて実現できます。コンロの商品自体は商品開発部で、インターネットを介したサービスは宣伝部やマーケティング部で考えられることが多いと思いますので、お互いに連携して取り組む必要があります。この場合、どちらかが先に進んでしまっても連携機能がきちんと実装できなくなります(図8-5)。
このように、モバイルアプリのUI改善とは、そうした利用背景や開発背景を理解して取り組む必要があり、結果として新しいユーザー体験を提供することにもつながるため「UX」の考え方も包含されていると考えるのが自然でしょう。そのため、インターネットを介したサービスに取り組む場合には、事業横断や異業種間でのコラボレーションを前提としたプロジェクトチームで進める必要があります。
図8-5 事業部連携の例
チャネル横断のユーザー体験
わたしたちがインターネットを利用する背景には、本来の目的が別にあると考えていいと思います。Googleで検索するにしろECサイトで買い物をするにしろ、本来の目的は実際に手に入れるところにあります。したがって、インターネットを介して利用するWebやアプリはあくまで手段と捉えて、最終的な目的を見極めることが大切です。
たとえば、ECサイトでフライパンを買えば料理することが目的であり、映画のチケットを買えば映画鑑賞が目的につながります。この場合のECサイトの役割は、商品を購入することろまでのように見えますが、ユーザー行動全体からみた場合には、料理するところ(キッチン)や映画鑑賞をするところ(映画館)までが一連の体験として見ることができます(表8-2)。
ECサイトの目的 | 本来の目的 |
---|---|
フライパンの購入 | 料理をすること |
映画チケットの購入 | 映画鑑賞をすること |
表8-2 ECサイトの目的とユーザーの目的
また、本来の目的を達成するためには、それまでの行動も関係してきます。料理をするためには、献立を決めて食材を買いに行く必要があります。映画館で鑑賞するためには、映画館の場所や時間を知っておく必要がありますし、座席につくまえにポップコーンを買うのであれば、売店に立ち寄ることも考えられます。そうして本来の目的をふまえて一連の体験を整理していくと、さまざまなチャネル(場所や端末など)を横断していることがわかります。
体験 | フライパンを 購入する |
献立を 決める |
食材を 購入する |
料理をする | 食事をする |
---|---|---|---|---|---|
チャネル | ECサイト | テレビ | スーパー | キッチン | リビング |
表8-3 クロスチャンネルでの体験例
テレビ(グルメ番組)を見ていて献立を決めることや、スーパーで食材を買うことなどはわたしたちの生活の中では無意識にしていることかも知れません。ただし、それらも含めてひとつの体験(料理体験)としてとらえることができれば、フライパンを買う人にも、献立を紹介することやスーパーの場所を案内すること、食材を検索するアプリなどが提供できてもおかしくはありません。
したがって、本来の目的からユーザー行動を整理していくと、基本的にチャネル横断(クロスチャネル)であり、さまざまなチャネルに接触してはじめて目的が達成すると考えたほうがいいでしょう。その流れ(カスタマージャーニー)を理解しておくことが、新たなビジネス機会を検討するうえでは有効なアプローチだと言えます。
タッチポイントの獲得
タッチポイントとは、人々と製品・サービスとのすべての接点を指します。コンタクトポイントやリレーションポイントなどとも呼ばれますが、主にWebサイトやメール、メディアとしてのTVや広告、店頭POPや店員の接客までもが含まれます。ユーザー行動に対して企業側が提供しうる接点をタッチポイントと呼んでいます(表8-4)。
ユーザー行動 | 認知時 | 検討時 | 比較時 | 検索時 | 購入時 | 購入後 |
---|---|---|---|---|---|---|
タッチポイント | TVCM | SNS | 比較サイト | Web広告 | ECサイト | SNS |
表8-4 商品購入におけるタッチポイント例
この表でもわかるように、クロスチャネルが前提のユーザー行動に対して、企業側がその流れをくみとりサービスを提供しようと考えれば、必然的に組織は横断した連携が不可欠になります(図8-6)。たとえば、TVCMと連動するSNSでのキャンペーン、比較サイトを見たユーザーに対して配信する広告、ECサイトの会員が集うコミュニティなどはそうした一連の流れをくみとった企画として見ることができます。
図8-6 ユーザー行動と組織横断の関係
ただし、同じような商品を持つ企業や同じ業界であれば、他社も同じタッチポイントにサービスを提供してくることも容易に想像できます。検索連動広告はその一例ですが、同じキーワードに対して複数の企業が参加するため他社との差別化(優位性)を検討することが課題になります。
次の表8-5は、インターネット広告が表示された際に行ったことを調査した例ですが、間違ってクリックした人が25%と意図的にクリックした人と同じ割合となっていることがわかります。
表8-5 インターネット広告が表示された際に行ったこと
(マイボイスコム株式会社が2016年5月1日~5月5日に実施した「インターネット広告に関するアンケート調査」、http://myel.myvoice.jp/products/detail.php?product_id=21414)
同じタッチポイントで同じクリエイティブであれば、ユーザーは気づかずに他社の広告をクリックしていることも考えられます。Facebook広告などでは類似オーディエンス(つまり同じ条件のユーザー)に対して広告を配信することも可能ですので、同じ条件下で差異をつけるための工夫が必要です。
そのためには、ユーザー行動の流れ(カスタマージャーニー)を理解し、タッチポイトにおけるユーザーの思考や心情(そのときユーザーの状況)をくみとったアイデアが求められます。