第9回 オムニチャネルとエンゲージメント・コマース|Tech Book Zone Manatee

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UX × Biz Book

第9回 オムニチャネルとエンゲージメント・コマース

UXおよびUXデザインのビジネス価値を読み解く『UX × Biz Book ~顧客志向のビジネス・アプローチとしてのUXデザイン』。デジタル・マーケティングから顧客との関係構築、ブランディング、実装まで、それぞれ現場で活躍する執筆陣が、多面的・複合的な視点、切り口で分かりやすく解説しています。この連載では各章の読みどころを掲載していきます。第9回目はオムニチャネル時代におけるCX/UXについて解説するChapter9(執筆:奥谷 孝司、原 裕)から、「9-3 オムニチャネルとエンゲージメント・コマース」を紹介します。

原 奥谷さんはオムニチャネル戦略という中で、顧客時間という言葉をよく使います。

 

奥谷 読んで字の如しで、お客様の時間です(笑)。あたりまえですが顧客は基本的には自社のことやブランドのことなどに、よほどのことがないと時間を割いてくれません。

以前は顧客時間の中でも比較的に時間を割かれていたテレビの中で、テレビCMという手法で顧客時間に接触していましたが、現在では若年層はテレビや雑誌などを見なくなり、多くの時間をスマホやアプリを通じて、SNSで知人の情報を見たり、LINEで友人とチャットしたり、YouTubeで動画見たりすることが多くなりました。このような状況の中、いかに顧客時間の中にブランドとして入っていけるかが大きな課題です。

いかに継続的な関係を作れるか? すなわち、いかに顧客とエンゲージメント関係を築けるかだと思います。お金があるからといって、テレビ広告やデジタル広告などの従来型プッシュなアプローチでは、むしろ嫌がられてしまいます。

 

図9-1 顧客時間とは

 

無印良品時代にはくらしの良品研究所というオウンドメディアで無印良品の共有価値や考え方を定期的に配信し、それらをSNSを通じてエンゲージメントの高い顧客に口コミとして広げていただきました。広告に比べ到達量は少なかったとは思いますが、友人のオススメは見ていただけるので口コミで到達した人たちとのエンゲージメントは深かったと思います。単なる情報到達では顧客時間に入れたとは言えないので、この手法、すなわちブランド・ジャーナリズムはよかったと思います。

ブランド・ジャーナリズムとは自社のブランドについての情報を、あたかも新聞や雑誌のようにしっかりとした記事にして定期的に配信していくことです。

くらしの良品研究所で掲載したコンテンツは、エンゲージメントの高い顧客によって知人にシェア=推奨され、口コミとなって多くの顧客やファンに伝わり、顧客時間に入っていくことができました。

更にMUJI passportを出すことにより、最も身近で最も頻繁に見ている媒体であるスマホにリーチできるようになりました。そこに情報を配信することが可能になり、より多くのお客様の顧客時間に入れるようになりました。同様に、従来では取得できてなかった顧客データを得ることにより、顧客体験価値を更に高めるための施策を実行することもできるようになりました。

 

原 奥谷さんはオムニチャネルやO2Oの話を講演されるときに、よくエンゲージメント・コマースという言葉を使っていますね。エンゲージメント・コマースについてご説明いただけますか?

 

奥谷 エンゲージメント・コマースは、先ほど説明した顧客時間においてブランド接点をどう増やせるかを顧客視点で考え、施策を展開していくことにより顧客体験を最適化、最大化することで顧客とのエンゲージメントを継続的に高め成果を上げるマーケティング活動です。

購買だけを考えると一見無駄に思える、購買前後の行動を幅広く俯瞰的に考えることが重要です。それこそがCXであり、UXだと考えます。

そこにどうやって無理なく入れるか、許容していただけるか、共感していただけるか、共有していただけるかが、肝になります。

オイシックスでこの考えを実現しようとして始めたのが、VegeTable(ベジテーブル)です(図9-3)。これは、オイシックスが会社を設立した理由である「『美味しくて体によいものを苦労せずに食べたい』に答える」を顧客に伝え、顧客とのエンゲージメントを高めるものと捉えています。オイシックスのブランドを体験していただき、共感していただく場所だと考えています。

CXとUXは顧客視点でビジネスやコミュニケーションを考える手法であるわけですが、一方で自社の考えや姿勢、信念をしっかりと顧客に伝えるという視点も重要だと考えます。

 

原 奥谷さんにとって、そもそもオムニチャネルとはどういう定義ですか??

 

奥谷 オムニチャネルは、いろいろいな人がいろいろな定義を語ってらっしゃいます。

私は、あらゆる顧客接触チャネルの顧客データを連携、集約し、そしてそれらを統合的に活用し、すべてのチャネルでの顧客体験を最大化することにより成果をあげるチャネル戦略、あるいは顧客戦略と定義しています。

前職ではデジタルを活用し、店舗への送客、店舗での顧客体験向上支援、ECでの売り上げ、デジタルを活用したブランド顧客体験の向上を担当していたので、必然的にO2Oをやっていたことになりますね。

オイシックスは直営店舗を2店と、他社食品スーパー内にコーナー出店するショップインショップを30店近く出していますが、EC売り上げが圧倒的で、無印良品と逆です。Amazonが実店舗をどんどん出店していくようですが、デジタルをうまくリアルで活用できると顧客体験は間違いなく向上すると思います。

 

図9-2 VegeTable(https://vegetable.oisix.com)

 

原 よく考えると当たり前のことができていない企業が多く、その主たる原因はシステムにあり実現できていないですね。

私が在籍していたカード業界は、顧客がどこで、何をいくら購入し、どこで食事をし、いつどこへ旅行をしているかなどの顧客消費データを把握できているので、ペルソナは容易に想像でき、顧客インサイトを把握することができました。

 

奥谷 なかなかカード会社のようにはいきませんが、デジタル時代においては様々なツールやシステムを使えば、比較的広範囲で深い顧客データをある程顧客の取得できるようになったと思います。

これらを活用し、ペルソナやカスタマージャーニーを作るなどして顧客体験を可視化し、関係者で共有し、施策を講ずることができるようになりました。

これこそ、デジタル・マーケティングのメリットだと考えます。より精度の高いCX設計が、デジタルにより可能になったのです。

 

原 CXアプローチで顧客体験を可視化し、顧客インサイトを探りましょうという提案をクライアントにすることが増えてきているのですが、そんなことより効果の高いデジタル施策を提案してよ、と言われることも多いです(苦笑)。

 

奥谷 特にデジタル・マーケティング系はその傾向が強いですね。どうしてもコンバージョンというわかりやすいKGI/KPIが望まれているので。

ただそれだけでは未来志向のマーケティングにつながらず、焼畑的な作業になってしまいがちです。自社の顧客をなるべく広い範囲からしっかりとペルソナを把握し、顧客インサイトを導き出し、ジャーニーを理解し、顧客体験を想像すること、すなわちCX設計こそがマーケティングの最重要タスクだと考えます。そこを置いといて施策はないだろうと思います(笑)。

 

原 オムニチャネルとエンゲージメント・コマースは、奥谷さんの中では同義ですよね。

 

奥谷 コマースは当たり前ですがECだけのことではなく、実店舗で売り上げを上げることも含みます。というかこちらが主のところがほとんどです。繰り返しになりますが、デジタルの進化によりオフラインでの顧客データも取得できるようになり、EC、実店舗、WEBでの境なくCX設計ができるようになったことが大きいです。例えば、MUJI passportのようなアプリを作れば実店舗での購買状況の把握、チェックイン機能で買っても買わなくても来店履握が把握でき、オウンドメディアでの閲覧履歴、ECでの購買、閲覧履歴、ソーシャルメディアでのエンゲージメント状況(いいね!、コメント、シェア)、更にDMP活用も行えば、自社サイト以外のサイト閲覧など様々な顧客データが取得できるようなるでしょう。このようにMUJI passportからは顧客インサイトを読み取ることができるようになったので、成果の高い施策を立案、実施することができました。マーケター、特にデジタル・マーケターの課題はこれらのデジタルデータから深い顧客インサイトを想像できるかどうかになってきていると思います。

著者プロフィール

奥谷 孝司(著者)
オイシックス株式会社 COCO(チーフ・オムニ・チャネル・オフィサー)
1997年に良品計画入社。05年に衣服雑貨部の衣料雑貨のカテゴリーマネージャーに就き、定番商品の「足なり直角靴下」を開発した。10年にWEB事業部長に就き、「MUJI passport」をプロデュースした。15年10月にオイシックスに入社。
原 裕(著者)
株式会社メンバーズ 執行役員 株式会社エンゲージメント・ファースト CEO
1999年より株式会社メンバーズで執行役員を担当。大手企業のデジタル・マーケティング支援を行う。2011年に株式会社エンゲージメント・ファーストを設立、CEOに就任。カード事業、ネットビジネス支援を通じてダイレクト・マーケティングを進化させ、企業と顧客と地球のエンゲージメント強化をテーマにマーケティングを実践。