最終回:エンゲージメントのマーケティング活用の意義 (2)|Tech Book Zone Manatee

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Engagement First!

最終回:エンゲージメントのマーケティング活用の意義 (2)

マーケティング1.0が商品を大量に生産し、マス・メディアで多くの人に認知してもらい、あらゆる場所で購買してもらう手法だとすれば、2010年ころから広がっている「マーケティング3.0」は、企業がその価値を顧客や関係者と共創し、共感した顧客とともに広げていく手法だと言えます。1940年代よりワークしてきたマス・マーケティングからの大きなパラダイムシフトだと思われます。
電子書籍『Engagement First!』はマーケティングにおけるエンゲージメントを掘り下げ、その重要性を論ずるとともに、実践的な活用に活かせるよう、最新かつ普遍的なエンゲージメントマーケティング論を展開しています。その一部を4回にわたって掲載していきます。
最終回は前回に引き続きエンゲージメント・マーケティング活用の意義について考えます。
 

 


(耳の痛いことも含めて)様々なアドバイスをしてくれる

実はここがエンゲージメントのマーケティングにおける最も実のある貢献だと思います。しかし、エンゲージメント・マーケティングの最もパワフルなツールであるソーシャルメディア活用がなかなか進まなかった最大の理由の一つでもあります。さすがに「炎上」云々でソーシャルメディアはまだ使っていない、という企業は減ってきていますが、クレームをはじめとするファンのコメントをエンゲージメントの機会と捉えている企業はまだまだ少ないと思います。ソーシャルに限ったことではなく、顧客やファンとのエンゲージメントが強固な顧客志向の強い企業は、コールセンターなどを含め、顧客の生の声を「マーケティング」に活用しています。筆者がお世話になったアメリカン・エキスプレスはコールセンターへの会員からの声をとても重要視しており、マーケティングにも「ホットボイス」として共有されており、サービスの改善や商品開発に活かされていました。
対照的に多くのメーカーの「お客様相談室」では、まだまだクレーム処理として捉えているのが実情ではないでしょうか? この辺りはいずれコールセンターベンダーにも取材してみたいと思っています。
無印良品のくらしの良品研究所内にある「IDEAPARK」ではファンからの要望やクレームを公開し、社としての見解や検討状況を開示しています。この活動はまさに無印良品のブランドを形成しているものと思われます。エンゲージメントの高いファンとの「共創」が製品の改善や再販売、開発につながっているのです。これからの、理想的な企業・ブランドと顧客・ファンとの関係(エンゲージメント)だと考えます。
くらしの良品研究所では、顧客からのクレーム、販売しなくなった製品の再販要望、改善要求などが寄せられており、無印良品からその意見に対して、「ディスカッション受付中」「開発はじめます」「できました」「社内検討中」「見送ります」などとタグ付けし、答えています。(※現在では「新着リクエスト」「ストック済み」「販売中」「見直し中」「できました」に分類)
良品計画は、はでな広告・宣伝をすることもなく、順調に売上、利益とも伸ばしています。Facebookページファンも100万人と順調に伸びています。この継続的な成功の一要因は顧客やファンとの「エンゲージメント」にもあるものと思われます。

 

自身の情報や体験を提供してくれる

既に本書で取り上げているC.K.プラハラードは2004年の著作『コ・イノベーション経営(The Future of Competition)』でとても重要なパラダイムシフトを示唆しています。

 

 ・「市場はターゲット」から「市場はフォーラム」へ
 ・「TQM(総合的品質管理)」から「EQM(経験の品質管理)」へ
 ・「企業中心のサプライチェーン」から「各消費者中心の経験ネットワーク」へ
 ・「経済価値の獲得」から「魅力的な共創経験を通した価値の共創、経済価値の獲得」へ
 ・「企業と製品をベースにした価値創造」から「個々の消費者と経験をベースにした価値創造」へ

彼は今後のマーケティング・経営は、顧客や関係者との「価値共創」こそが成長の源泉だと示唆しています。

この中で最も重要な活動が顧客経験・体験をいかに企業が収集できるかです。従来であればパネルを持つリサーチ会社に依頼し、調査を行ったり、市場データを購入するなどで、顧客と思われる人たちの経験や体験を入手していました。また、重要な顧客体験を聞ける場としてのコールセンターもありましたが、残念ながら「クレーム」として取り上げられ、このような目的で活用されている企業はまだ多くないようです。(もちろん、コールセンターをフォーラムとして捉えている企業もあります。全日空やネスレ、筆者が在籍していたアメリカン・エキスプレスなどは顧客の声をホットボイスとしてマーケティングや経営にしっかりと活用しています)
しかし、デジタルの活用やソーシャルメディアにより顧客の体験・経験は「仕組み的」には安価に、かつ広く入手できるようになりました。いくつかの事例をご紹介しましょう。

NIKEはこの領域で最も成功している企業の一つだと思われます。彼らは早くからデジタル領域に取り組みNIKE+ Gear(デジタルギア)を通じて顧客の運動体験を収集しています。顧客にはこのギアを通じて、自分の運動量のログ、自分の成果の友人への共有、同じ目的を有する人たちのコミュニティなどを提供します。膨大な顧客の運動データは言うまでもなくNIKEにとってとても重要なマーケティングデータになります。「何処で、誰が、いつ、どのくらいの運動を行ったのか、その情報をだれと共有しているのか」という顧客体験・経験を入手できるわけです。まさにビッグデータです。

 

NIKEの考え方は『ベロシティ思考』(パイインターナショナル、2012年)という本の中に書かれています。これは現代最も評価の高いデジタル・エージェンシーAKQAを率いるアジャズとNIKEデジタルスポーツ担当副社長ステファンの対話でつづられているのですが、これからのコミュニケーションのあり方について示唆に富んだものとなっています。この本の中でも「顧客体験」や顧客とのエンゲージメントについて多くが語られています。NIKEの素晴らしい考え方が分かります。
NIKEがこの試みで成功できたのも顧客とのエンゲージメントが強固なものであるからこそ実現できたと思われます。
NIKE の成功事例を通じて我々マーケターは何を学ぶべきなのでしょうか?

 

 ・顧客体験を得ることによるイノベーション、そして成功
 ・継続的な顧客接点の創出の重要性
 ・顧客がブランドと共創価値を創り出せる仕組み、フォーラムの重要性
 ・顧客とブランドが商品たる「物」だけでつながるのではなく「事」でつながることの重要性(NIKEの場合は「運動」という「事」)
 ・顧客体験を得るための顧客とブランドとのエンゲージメントの重要性

その他顧客とのエンゲージメントを築き、フォーラムやコミュニティを通じて成功している企業として良品計画「くらしの良品研究所」、LEGO「マインドストーム」Starbucks「My Starbucks Idea」などがあります。
すべての企業がこのモデルを実現する必要もありませんし、また、実現も難しいものと思われます。ただ一つ言えるのは、このモデルを成功させた企業は永続的に成功し続ける確率が高いということです。なぜなら高い広告費を払わずとも、重要な顧客をずっとサポーターとして資産化できているからです。

著者プロフィール

原 裕(著者)

原 裕(はら ゆたか)

株式会社エンゲージメント・ファースト 代表取締役CEO

株式会社メンバーズ 執行役員



1961年生まれ。1984年にアメリカン・エキスプレス・インターナショナル 日本支社に入社、加盟店営業、加盟店マーケティングを経て、1996年にJ.W.Thompsonのインタラクティブ事業会社Dialogue に入社。取締役ジェネラル・マネージャーを務める。その後1999年に株式会社メンバーズに入社、営業・マーケティング担当執行役員として、大手企業のマーケティングにおけるネット活用の コンサルティング、サイト構築、運用業務を行い、2012年にCSVコンサルティングを目的とした子会社エンゲージメント・ファーストを立ち上げる。

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