第3回:エンゲージメントのマーケティング活用の意義 (1)|Tech Book Zone Manatee

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Engagement First!

第3回:エンゲージメントのマーケティング活用の意義 (1)

マーケティング1.0が商品を大量に生産し、マス・メディアで多くの人に認知してもらい、あらゆる場所で購買してもらう手法だとすれば、2010年ころから広がっている「マーケティング3.0」は、企業がその価値を顧客や関係者と共創し、共感した顧客とともに広げていく手法だと言えます。1940年代よりワークしてきたマス・マーケティングからの大きなパラダイムシフトだと思われます。
電子書籍『Engagement First!』はマーケティングにおけるエンゲージメントを掘り下げ、その重要性を論ずるとともに、実践的な活用に活かせるよう、最新かつ普遍的なエンゲージメントマーケティング論を展開しています。その一部を4回にわたって掲載していきます。
第3回目はエンゲージメント・マーケティング活用の意義について考えます。
 

 

第1章でエンゲージメントやエンゲージメント・マーケティングの定義、背景をいろいろと考えてみましたが、「理解しようとの意図を持って誰か / 何かに関わること」(Oxford Advanced Learner's Dictionary, 6th edition)ということがとても明確にエンゲージメントを言い表していると筆者は思います。では、マーケティング活動の中で、このエンゲージメントの意義は何なのでしょうか?
前述したようにエンゲージメント・マーケティングに於いては「顧客との共創」が非常に重要な活動になります。

では、そもそもなぜ共創しなくてはならないのでしょうか? C. K. プラハラード著『コ・イノベーション経営』(出版:東洋経済新報社 2013、原書:The Future of Competition: Co-creation Unique Value with Customers, 2004)の中に答えがあると考えます。
彼は「企業中心のサプライチェーン」から「各消費者中心の経験ネットワーク」へのパラダイムシフトこそがイノベーションと捉え、このような共創パラダイムのもとでは「市場」が「フォーラム」へと変貌していくべきだと唱えています。この他にも多くの示唆が含まれており、ここ数年のキーワード「ソーシャルメディア」「オープンイノベーション」「コミュニティ」などの理論的な礎がここにあるように思えます(少なくとも筆者はこの書のおかげですっきりとしました)。
いずれにしろ、すべてが短期間でコモディティ化していく、企業独自のイノベーションだけでは難しい局面になってきた現代において、より顧客をイノベーションの主役の一人に加え、共通の価値を共創することこそが企業の競争優位の源泉になるものと思われます。 CRMやOne to One、マスカスタマイゼーションはあくまでも企業主体の中での顧客思考プロセスに組み入れられた仕組みや考え方でした。これに対し、顧客エンゲージメントは、顧客をマーケティングプロセスにおける主役とし、製品開発やコミュニケーションにおいて企業とのCo-creation(共創)関係にあると位置づけることです。従来型の企業と顧客の共創関係は、一部の商品開発時のリサーチやアンケート、コールセンターへの問い合わせ(多くはお客様相談室での「クレーム処理」として扱われているが)などにとどまっており、それも製品販売を成功させるための手段として活用されているレベルで、とても共創関係にあるとは言えませんでした。
一方テクノロジーの側面では、マーケティングがマスマーケティング重視から顧客志向へと変貌を遂げて行く中で、インターネットは大きくそのパラダイムシフトに貢献しています。そしてソーシャルメディアの登場は顧客をマーケティング活動の主役の一人に引き上げ、市場をフォーラム化するパラダイムシフトの引き金を引きました。

 

マーケティングにおけるエンゲージメント活用のメリット

企業やブランドと顧客がエンゲージメントが強い状況にあるとどのようなメリットがあるのでしょうか? 無論、このエンゲージメントが強いに越したことはないのですが、実際にはマーケティング活動のどのプロセスに寄与するのでしょうか? 大別すると下記が挙げられます。

 

 ・ブランドを知人に紹介、推奨してくれる
 ・その企業やブランドのコミュニティで、独特のグルーブ(高揚感)を作ってくれる
 ・商品開発や改善のアイデアをくれる
 ・(耳の痛いことも含めて)様々なアドバイスをしてくれる
 ・自身の情報や体験を提供してくれる

顧客が、企業のマーケティング活動における様々なプロセスにおいてサポートしてくれるのです。従来は企業がクローズで考え、実行していた活動を共創してくれるわけです。
では、上記の活動がどのように実現されているのかを見てみましょう。

 

ブランドを知人に紹介、推奨してくれる

もともとマーケティング・コミュニケーションの中でもパワフルなものとして重要視されていた「口コミ」「知人の推奨」ですが、昨今どの消費者調査を見ても商品購買に際して参考にする情報はテレビ広告などではなく、「知人の推奨」です。無論、認知などでの役割ではテレビ広告は大きな影響力がありますが、消費者がよりスマートになる中で、むしろ広告は一定の疑いの目を持って見ていることも否めません。筆者が在籍したことのあるアメリカン・エキスプレスではMember-Get-Member (MGM)という既存カード会員が会員紹介という形で知人に入会をすすめるプログラムがあり、優良な会員を獲得するチャネルとして有効でした。このMGMプログラムのメリットは、有効なチャネルというばかりでなく、紹介した本人のロイヤルティが高まり、退会率が下がるという副次的なメリットもありました。
昨今のソーシャルメディア、特にFacebookの利用拡大で、何のインセンティブもなく気に入ったブランドの情報を「いいね!」したり、「シェア」したりすることにより、自身の知人に実名でそのブランドを推奨していることになっているのです。企業にとっては広告宣伝費を払わずして口コミしてくれていることになるわけです。
第一章でも紹介しましたが、筆者の会社サイトでは2014年には2,667の「いいね!」や「シェア」が押され、この2,667の「いいね!」やシェアがFacebook上では1,556千回表示され、この結果26,730人が筆者の会社サイトに訪れています。この2,667人(延べ人数)の方とのエンゲージメントが26,730名の人のサイト訪問につながっているのです。

 

その企業やブランドのコミュニティで、独特のグルーブ(高揚感)を作ってくれる

今後ブランドの差別化はコミュニティだとも言われます。野球の話で恐縮ですが、ファンは球場(リアルなコミュニティの場ですね)で好きな球団の応援あるいは叱咤激励を行い、プレーをしている選手も含め独特の高揚感(グルーブ)が生まれ、実力以上の力を発揮し、勝利に結びついたりします。まさに共創ですね。
コミュニティはこの高揚感が生まれるかどうかで成否が決まると思われます。ハーレーダビッドソンのコミュニティはこの最たる例で、みんなでつるんで走り、イベントに集まるという行動が独特の高揚感を生み出し、それがブランドの形成につながってもいます。高揚感のある顧客は他人に熱を持ってそのブランドを語り、口コミをしてくれます。ソーシャルメディアは熱の伝わりやすいメディアです。アップルの新製品を発表前から語り続ける顧客やファンの熱っぽさは投稿を通じても感じられます。熱っぽいが故にその投稿はより共感を得たりするため、より口コミで伝わりやすくなります。 

 

商品開発や改善のアイデアをくれる

共創の一つのゴールはやはり商品開発ということになりますが、成功事例は多くありません。成功した代表的な事例として無印良品のくらしの良品研究所やMy Starbucks Ideaがありますが、いずれの企業も会社のカルチャーに顧客や社会との共創文化が根づいており、その施策としてシンプルなこれらの仕組みを導入しているわけです。
くらしの良品研究所は無印良品の思想が埋め込まれています。すなわち、「三方良し」の近江商人の考え方です。売手、買手、世間の3つのステークホルダーがすべて満足する商売のポリシーですね。このサイトでは無印良品の商品訴求はほぼありません。代わりに無印良品が考える「世間よし」、例えば、緑のあるくらし、郊外のショッピングモールが町を壊す、種を考える、などのコンテンツがしっかりとした読み応えのあるエッセイとして掲載されています。これらは無論彼らの商品開発のもとになっているわけですが、ニーズを顧客のWantに置くだけでなく、このような社会的な課題にも立脚しています。(この辺りはポーターのCSV:Creating Shared Valueにも通ずる考え方なので、後半で述べたいと思います)そして、これらに対してファンはFacebookなどのSNS IDでログイン(ソーシャル・ログイン)し、コメントを書き込めます。これらはこのくらしの良品研究所にも即時掲載され、かつ、自身のSNSのフィードにも拡散され、SNSにつながっている知人に無印良品のコンテンツと自身の考え方が広がっていきます。このようなファンの声を傾聴し、商品開発の方向性を検討しています。また、このサイトにある「IDEAPARK」にはファンからの様々な要望、意見が寄せられ、それに対しての無印良品の対応や検討状況が開示されています。ここには顧客のニーズがダイレクトに寄せられており、かつオープンな環境なので、企業のそのニーズへの取り組み状況なども開示されることになり、賛同者なども現れ、商品開発や改善、再販などの共創状態になります。

この手の事例として必ず取り上げられるスターバックスの課題解決コミュニティ、My Starbucks Ideaでは、商品の開発アイデアや店舗で欲しいファシリティ(例えば店舗へのフリーWiFi設置はこのコミュニティから生まれたと言われています)などが投稿され、それに対してファンが投票を行い、多くの支持を得たものはスターバックスが検討を開始、その状況をサイトにもアップしています。
このような話をした場合に出てくる話があります。すなわち「顧客の言うことを聞いて実際に商品化したところ売れなかった」「スティーブ・ジョブズはリサーチをしなかった」。ここには3つのポイントがあります。

 1. 顧客の声が必ずしも正ではない。作り手の思いが重要。ただし、その思いを初期の段階から共有、共創することにより、よりよい商品になる。
 2. リサーチやアンケート調査とは質が違う。つまりロイヤルティの高いファンとの共創であって、パネル調査ではない、ということです。
 3. ジョブズは最もAppleの製品を愛していたし、どうあるべきかをユーザーとして考えていた。彼が亡くなったときAppleファンは最良のファンと最良の経営者を失ったのです。(余談でした)

従来より消費者の意見を取り入れた商品開発プロセスはありましたが、ソーシャルメディアの出現により、よりダイナミックに、より安価にこのプロセスが実行できるようになったと言えます。

著者プロフィール

原 裕(著者)

原 裕(はら ゆたか)

株式会社エンゲージメント・ファースト 代表取締役CEO

株式会社メンバーズ 執行役員



1961年生まれ。1984年にアメリカン・エキスプレス・インターナショナル 日本支社に入社、加盟店営業、加盟店マーケティングを経て、1996年にJ.W.Thompsonのインタラクティブ事業会社Dialogue に入社。取締役ジェネラル・マネージャーを務める。その後1999年に株式会社メンバーズに入社、営業・マーケティング担当執行役員として、大手企業のマーケティングにおけるネット活用の コンサルティング、サイト構築、運用業務を行い、2012年にCSVコンサルティングを目的とした子会社エンゲージメント・ファーストを立ち上げる。

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