2016.09.27
第46回星雲賞日本長編部門を受賞したSF作家、藤井太洋氏のApple小説です。
イラスト/灯夢(デジタルノイズ)
「ジャンボだ。デモを迂回していたら遅れちまった。黒人が殺されたのかい?」
勧められた椅子に腰掛けたおれは、漂う臭気を無視して握手を求めた。顔色に出ないよう気をつけていたが、向かいに座る依頼人は笑って、ポケットから出した消臭スプレーを宙に吹いた。
「今日がデモだったのか。ナッシュビルの郊外で警察官の腐乱死体が発見された事件だよ。もう容疑者は捕まったが、黒人警官だから捜査が遅れたんだろうって怒ってるのさ。とにかくこんな場所まで来てくれてありがとう。ボブ・カペロ、FBIのエヴィデンス・レスポンス・チーム(ERT)分析官だ」
カペロは壁の〈テネシー大学人類学研究施設〉と印字された金属のプレートを後ろ指で指してから言った。
「死体農場(ボディファーム)へようそこそ」
オフィスの窓から見えるコンクリートのひび割れた駐車場に停まっているのは、空港で借りてきたフォードと赤いマツダが二台だけ。五十名ほどの職員がいるはずなのだが、誰も自分の車を停めてはいない。
奥の森から漂う腐敗臭のせいだ。
森には常時二十体の献体が様々な環境で放置されていて、死体にとりつく虫や、変化していくガスの組成などを調べているのだという。