2016.08.24
第46回星雲賞日本長編部門を受賞したSF作家、藤井太洋氏のApple小説です。
イラスト/灯夢(デジタルノイズ)
シンガポールのカペル埠頭(ピア)では白いコンテナが真上から日射しを浴びていた。扉のアップルロゴは、熱帯の日光でひび割れていた。
「中身は話したよね。あげるよ」
トビーが開いた扉を指の背で叩く。塗膜がぱらりと落ちてきた。カートンボックスをひとつ抜き出して変色した封シールをはがすとApple独特の香りが立ちのぼる。
「コンテナ一杯のUSBパワーアダプターか。ありがたい」
「G型のね」とトビーは顔をしかめる。
トビーが指摘したのはACプラグの形だ。G型、通称UK仕様の三つ叉プラグが使えるのはイギリス──いや、イングランドだけになった。好事家向けのレストアをしてるおれだからこそ金にできるが、ゴミ同然の代物だ。トビーはおれの肩越しにパッケージを一つ抜いた。
「見ろよハチヤ。ジョニーはこんなアダプターですら美しく作った──」
「それで仕事は?」おれは詩を読みかけたトビーを遮った。無償(タダ)なわけがない。
トビーは一瞬だけ不服そうな顔をしてみせてから、コンテナに顔を向けた。
「この中に、EU標準型のACプラグのアダプターが混ざってる」
「EU標準プラグ?」おれはコンテナのボルトシールを確かめた。「待てよ。このコンテナは二〇一六年に封印されてるぞ。EU標準プラグが始まったのは二〇二〇年、五年前だ」