超軽量3Dデータが変える日本のものづくり|MacFan

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超軽量3Dデータが変える日本のものづくり

文●牧野武文

製造業などで利用されている3DのCADデータはあまりに大きいため、モバイルデバイスで表示することが難しかった。だが、ラティス・テクノロジーのXVL(軽量3Dデータ)とiPadを組みわせると、いとも簡単に閲覧できる。これは、日本の産業構造を大きく変える起爆剤になるかもしれない。

求められる手軽さ


〝ものづくり大国”日本で暮らしていれば、身近であるかどうかはともかく、CAD(Computer Aided Design/コンピュータ支援設計)の存在は知っているだろう。CADを使えば、従来は製図台の上で手書きしていた設計図面をコンピュータで制作できる。また、CADには立体的に組み合わせるときの整合性をチェックしたり、強度計算をしたり、回路の整合性をチェックしたりなど、さまざまな設計支援機能がある。今では、部材供給メーカーが自社部材のCADデータを提供していて、メーカーではそのCADデータを組み合わせることで製品設計ができるようにまでなっている。

もはや「ものづくり」はCADがなければ始まらないところまで普及しており、主に「メカCAD」(機械機器)、「エレキCAD」(回路など)、「建築CAD」(建築物)の3分野でCADは活躍している。また、2Dのみならず、近年では3D CADの普及も目覚ましい。

しかし、問題なのは3D CADのデータは容量が桁外れに大きいということだ。「データの精度などにもよりますが、一般的に乗用車1台の3D CADのデータは10GB程度になります」(ラティス・テクノロジー代表取締役社長・鳥谷浩志氏)。この10GBという大きさはハードディスクドライブなどに保存しておくのであれば今ではさほど問題にならないが、ひとたび受け渡しをしようと思うと面倒となる。DVD1枚には入らないし、ネット経由で送受信するのにも大きすぎる。設計部門は国内の都市にあり、製造現場である工場は郊外や海外にあるという多くの日本メーカーでは、3DCADを使って設計を行っているものの、そのデータを全社で手軽に活用するということができずにいたのだ。

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金属加工技術で有名な新潟県新潟市にある株式会社ツバメックスの工場内写真。工場内は金属加工を行っているので鉄粉が空中を舞う。PCの作業スペースにも鉄粉が積もり、電子機器には厳しい環境だ。ここで作業員は図面を確認していたが、iPad+XVLにより、省スペース化が進んでいる。

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現在は、移動できる工具箱ラックにiPadを取りつけ、作業をしながら図面を閲覧できるようになった。iPadはファンレス&モータレスで、ホコリも入りにくいため厳しい環境に強い。
 







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iPadを固定しておくことで、両手を自由に使うことができるのがメリット。iPadは取り外しができるようになっているので、写真を撮影して、その場から現状の報告をすることもできる。

 

iPadによる現場の変革



そこに目をつけたのがソフトウェアベンチャー企業のラティス・テクノロジーだ。1997年に「3Dデータをネットワーク上のメディアとしたい」という思いから3D CADデータを最大100分の1に軽量化する技術「X V L」(eXtensible Virtual world description Language)を開発。さまざまな3DCADソフトから専用のコンバータソフトを介すことで、3D CADデータをXVL形式に変換できるようにした。「しかし、当初はどのように活用すればいいのかアピールできない状態が長く続いた」と鳥谷氏は回想する。

軽量なXVLデータは、これまで表示することさえできなかった乗用車1台の3Dデータを、パソコンで軽快に表示することができた。また、3D CADのデータでは難しかった大規模データによる全部品間の干渉確認や、組立工程の検証までを3Dデータを利用して実現。製造現場の工場にノートパソコンを持ち込んで3Dデータを閲覧するなど製造業のものづくり現場に導入されていたが、現場に大規模に導入されるには、パソコンではハードルが高かったのだ。

なぜなら当時のノートパソコンは機動性や価格、バッテリ時間などを考慮して、処理速度がさほど速くなく、画面を切り替えるのに時間がかかった。さらに、工場内でノートPCを持ち歩くのは不便であり、ノートPCを一時的に置いて閲覧する場所も用意しづらい。結局、工場内の事務所にデスクトップPCを置き、そこにいちいち足を運んでCADデータを確認、工場内には紙に出力した2Dの図面を持っていくというパターンが多かった。そのため、むしろ紙のほうが携帯性、閲覧性などさまざまな面で優れていた。「それが携帯性に優れ、処理能力も高いiPadの登場で大きく変わりました」(企画本部・松浦真弓氏)。同社はXVL形式のデータをiPadで手軽に閲覧するためのビューワアプリ「iXVLプレーヤ(iXVL Player)」を開発し、いち早くリリース。「現在、工場などでは道具箱に手作りのアタッチメントを付けて、そこにiPadを固定して利用したり、作業着の大きめのポケットに入れて使っているケースもあります」。

作業現場で3Dデータを確認するメリットは、2D図面を読めなくても、ものの形を簡単に理解できることにある。図面だけでは表しにくい複雑な形状の部品の組立作業であっても、3Dならわかりやすい角度で確認できるため、組み付けの手順の正確な理解につながる。そのため、設計部門への問い合わせ回数も減り、現場での組み付け習熟にかかる時間も短縮される。

「ある工場では、生産部門と設計部門の問い合わせの回数が、 導入前と導入後で10分の1以下に減少しました」。
 







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「iXVLパブリッシャー(Publisher)」というソフトから、iXVLプレーヤ向けのデータを生成することでiPadで3Dデータを表示できる。3D表示から図面のような2D表示への切り替えも可能だ。従来の生産現場ではこの2D表示を紙に印刷していたが、3D表示のほうが直感的に理解しやすいのは一目瞭然だ。







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XVLでは重量、素材、商品番号などの属性情報を自由に定義、関連付けることができ、それらの属性情報はiXVLプレーヤで表示することができる。生産現場から部品の納入元に直接問い合わせをしたいというような場合や、加工工程を新たに開発しなければならない場合に素材を確認するなどの作業がXVLの中だけで済むようになる。従来は、いちいち設計部門に問い合わせをして、図面やデータベースとのつきあわせをしなければならなかった作業だ。

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特に重要なのが「作業指示コンテンツ」。組立工程を3Dアニメーションで確認できる。ケアレスミスを防ぐとともに、海外生産拠点などの言葉の壁や、作業習熟度が十分でないといった課題を解決する



 

宝の技術が問題解決の糸口


「iXVLプレーヤではCADデータの3D表示/アニメーション表示を行えるだけでなく、部品の属性情報も見ることができます」と松浦氏は語る。属性情報というのは、その部品の素材、商品番号などの付加情報だ。属性情報には、価格や取り扱い上の注意点などを自由に付け加えることもできる。

製造業では、従来、設計部門の影響力が大きく、生産技術部門・製造部門・営業部門など後工程のノウハウが十分に活かされないケースがあった。しかし、3Dデータがすべての部門で一気通貫して利用できるようになると、部門間のコミュニケーションが円滑に進むため、より質が高く市場性のある製品を早く消費者に届けられるようになる。

さらに、今、日本の製造業は「最後のグローバル化」の段階を迎えている。もはや国内開発国内生産だけで仕事が成り立つのはごく限られた企業だけであり、多くの製造業では海外に生産拠点を持ち、あるいは海外企業に製造を委託するという「グローバルなものづくり」をするようになっている。このとき問題になるのが、海外の生産拠点は製造技術がまだ成熟していない、細かい意思疎通が取りづらいといったことだ。この局面で、iPad+XVLによって3D設計図を見ながら意見交換ができるというのは多くの問題を一気に解決する。

「現場で気軽に使えるデバイス」と結びつくことで、製造業の課題である品質改善や生産性向上につながる宝のような技術が日本にはたくさんあるはずだ。製造分野でのiPadの普及とこうした技術の連携が、日本のものづくりがグローバルでの競争に勝ち抜く武器となるだろう。
 







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ラティス・テクノロジー代表取締役社長・鳥谷浩志氏(左)と企画本部・松浦真弓氏(右)。XVLとiPadの組み合わせが登場するまでは、開発設計部門では3D CADを使っていたものの、生産現場では紙に印刷した図面を使っていた。日本のものづくりは世界でも類を見ないほど進んでいるとはいうものの、実はまだまだ大きく改善する余地が残っているのだという。



『Mac Fan』2014年3月号掲載