第38話 マンガとアニメで立国する準備はできているのか|MacFan

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第38話 マンガとアニメで立国する準備はできているのか

文●矢野裕彦(TEXTEDIT)

テクノロジーの普遍的ムダ話

先日、東京・目黒の撮影スタジオでひと仕事終え、駅に向かう途中でスマホを見ていたら、海外の方に話しかけられた。いわく、店を予約したいのだが、電話すると留守電で、何を言ってるのかわからない。ほかにも予約したい店があるので、代わりに電話してくれないかとのこと。面倒だとは思ったが、そこは日本のおもてなし精神を発揮して、助けてあげた。

ロサンゼルスから来たという彼は、日本のアニメが好きで日本に興味を持ったそうだ。周りにもそういう人が多いらしく、「日本に興味を持つきっかけは、皆アニメかマンガだよ」と言い切っていた。

気づけば東京は、海外からの旅行者が多い。原宿など外国人のほうが多いのではないかと思うほどだ。ユーチューブ(YouTube)でも旅行者へのインタビュー動画がたくさん投稿されている。実際に動画を見てみると、アニメやマンガが日本に興味を持つきっかけになったという人は多く、大げさではなく体感5割といったところだ。

それを裏づけるように、たとえば、日本の著名なマンガ家のSNSの投稿には海外からのリアクションが多い。リプライも、もはや大半が英語だったりする。おそらくわれわれが想像する以上に、マンガやアニメといった日本のポップカルチャーは海外に広く受け入れられており、その影響が日本に返ってきている。何せ結果的に、大金と時間を費やして、海外から大量の人がわざわざ日本にやってきてしまうのだ。

これまでサブカルチャー扱いであったマンガやアニメは、もはや日本のメインカルチャーのひとつと言っていい。そんなマンガやアニメの原作を育ててきたのは多くは出版社だが、デジタル化に際して苦しんできた業界でもあった。

かつて業界にデジタル化の波が押し寄せたころ、それはまさに私がコンテンツ系の出版社にいた時期だが、当時はデジタル化にどうやって対抗するか、もしくはどうやって“日本で”売るかということに終始していたように思う。デジタルを、まるで敵かのように扱っており、それゆえ売り方も下手だった。逆に言うと、スマホの時代になっても、日本では相変わらず紙の本が売れていたのだ。海外に対しても、安価に権利だけを売りさばくだけで、デジタルコンテンツとして直接海外で売る動きを取っていたのは一部だけだった。その“流出”の成果が、今のアニメ、マンガブームを呼んだとも言えるが。

今はさまざまなプラットフォームが整い、最新のアニメやマンガが、ほぼリアルタイムで海外にも発信されている。これまでずいぶんともったいないことをしてきたものだと思うが、これは、特にアニメなどの映像が絡むコンテンツが、テレビというローカルプラットフォームから解放されて達成できたことだと思う。もはやマンガもアニメも、海外市場を見据えて作るべきものであり、その意味では巨大な市場がすでにある。「たまたま海外で売れた」ではなく、世界でも売れるものを作る時代だろう。

そういえば先のユーチューブのインタビュー動画で、アニメが好きで日本を訪れたという海外の人が「日本の“カルチャー”に興味があって…」とアニメ好きであることを濁すことがよくある。どうやら正面切って話すことに抵抗があるようだ。「最近はオタクがクールなものとして認められるようになったので、人前で話せるようになったよ」と笑っていたが、それは日本も同じ局面にあるような気がする。アニメ、マンガ文化を先行しているはずの日本では、果たして自国が誇るグローバルコンテンツやその制作者に対してどのような社会的立場を与えているのか。ここで遅れを取るようなことだけは、避けたほうがいいように思う。

 

 

 

写真と文:矢野裕彦(TEXTEDIT)

編集者。株式会社TEXTEDIT代表取締役。株式会社アスキー(当時)にて月刊誌『MACPOWER』の鬼デスクを務め、その後、ライフスタイル、ビジネス、ホビーなど、多様な雑誌の編集者を経て独立。書籍、雑誌、WEB、イベント、企業のプロジェクトなど、たいがい何でも編集する。