第35話 ときどき爆弾を表示する不完全なプロダクト|MacFan

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第35話 ときどき爆弾を表示する不完全なプロダクト

文●矢野裕彦(TEXTEDIT)

テクノロジーの普遍的ムダ話

大学生の娘が、iPhoneの調子がおかしい、壊れたのではないかと言う。こちとらiPhoneについては少々詳しい。そんなに簡単に壊れるものでもなかろうと思いつつも、まかせろとばかりに症状を聞き出し、どうも設定がおかしいのではないかと目星をつけた。ところが、思いつく解決策はどれも当てはまらず、原因がわからない。このままでは、自称専門家の面目丸つぶれだ。

そこでふと思いついて「再起動はした?」と聞いてみると、「再起動って何?」との返事。かくして娘のiPhoneが抱えていた問題は、再起動一発で解消した。この世代のアップルユーザは、再起動の役割を知らないようだ。

そういえばここしばらく、MacもiPhoneもメンテナンスとしての再起動をしていない。今や再起動をする場面はアップデート時などに限られている。それは通常作業のステップの一つであり、ユーザにとっては既定の操作でしかない。最近のアップルユーザ、特にiPhoneユーザにとって再起動は、端末の調子が悪いからやってみるアクションとしては認識されないだろう。

あるある話になってしまうが、以前のMacは再起動が多かった。特にMac OS Xになる前は擬似マルチタスクだったこともあり、何らかの理由で使用中のソフトが落ちたら、五月雨式にほかのソフトも不安定になる。そのまま使っていると、最終的にOSごと落ちるというのがお定まりの展開だった。そのため、Macを使っている最中に様子がおかしいと感じたら、ひとまず再起動して動作を安定させるのが定石だ。

加えて、ソフトやOSが落ちたときの被害を最小限に抑えるため、[コマンド]+[S]キーを頻繁に押してセーブする。そのクセはいまだに抜けないが、最近でもまれにソフトが落ちることはあるので、救われたことも少なくない。

そんなエピソードはさておき、今思えば、よくもまあ、そのような不安定なプロダクトを使っていたものだと思う。私の場合、Macは仕事道具だったわけだから、本来であれば、少なくとも性能的に現役の間は不具合なく使用できる製品であるべきだろう。実際、Mac以前に使用していたワープロ専用機で、使用中に不具合が起きてデータが消えた、などという経験はほぼない。

そう考えると、MacやウィンドウズPCなどは、ずいぶんと挑戦的な商品として販売されたように思う。もちろんメーカー側はそんなことを考えていたわけではないだろうが、状況的には、時間をかけて作成したデータを失ってしまう可能性があるツールと言える。業務で扱うデバイスが止まるとか、落ちるとか、本来あってはならないことだ。ましてやOSが落ちたときに「爆弾マーク」を表示するなど、ユーザをバカにしているとしか思えない。しかし今思えば、爆弾マークは、そんな状況を常識化するための策だったかもしれない。

安定しているとは言えないパーソナルコンピュータが、世界中で使われてきたのは、そんなリスクやストレスを超える価値を、ユーザが見出していたからだろう。不安定な部分があり、文句を言われながらも、それを凌駕する便利さと面白さがあったわけだ。とりあえず市場に出して使ってもらい、問題点や課題が洗い出してブラッシュアップするという手法は、現在の新進気鋭のスタートアップなどでも散見する手法だ。その結果として、今のIT社会があることは間違いない。

それ自体のよしあしの判断はできないが、すっかり再起動が必要なくなったアップル製品を見ながら、世界がひとつの時代を乗り越えたのだなと、何となく感じている。

 

 

 

写真と文:矢野裕彦(TEXTEDIT)

編集者。株式会社TEXTEDIT代表取締役。株式会社アスキー(当時)にて月刊誌『MACPOWER』の鬼デスクを務め、その後、ライフスタイル、ビジネス、ホビーなど、多様な雑誌の編集者を経て独立。書籍、雑誌、WEB、イベント、企業のプロジェクトなど、たいがい何でも編集する。