教育・医療・Biz iOS導入事例

老舗セキュリティ企業がiPadを駆使して守る、もう一つの「安心」

文●朽木誠一郎

Apple的目線で読み解く。医療の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

サービス業として日本トップクラスの企業であるセコムは、実は早期からメディカル領域に参入していた。同グループの訪問看護サービスでは、すべての職員がiPadを活用し、利用者のケアやサポートに従事する。「紙文化」の根が深い医療業界で、利用率100%をどのように達成したのか。キーパーソンたちを取材した。

 

 

日本初の民間訪問看護サービス

セコムといえば、やはり警備保障の会社というイメージが強いだろう。しかし、同グループはその「安全・安心」のイメージを軸に、保険や不動産などさまざまな事業領域に取り組んでいる。特に1991年と早期から参入していたのがメディカル事業。民間では初の訪問看護を開始し、本格的に医療サービスに参入していることは、一般的にはあまり知られていないかもしれない。

現在はセコム医療システム株式会社として、全国に約36カ所の拠点を有し、300人以上の訪問看護師が所属する。そのすべてに貸与されているのが、iPadミニ4だ。医療におけるiPadの活用事例として、大規模なだけでなく、紙中心だった業務をほぼすべてICT化したモデルケースだ。

看護師のような専門職では、高度な医療知識を持ち合わせる一方で、ICTへのリテラシーは今ひとつな場合も多い。同社はどのように所属職員の認識をそろえ、改革を推進したのか。そのキーパーソンである同社取締役で訪問看護ステーション看護部長の國本陽子氏、同次長の佐藤十美氏、企画本部担当課長の岩松毅氏に話を聞いた。

 

 

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セコム医療システム株式会社 取締役および訪問看護ステーション看護部長の國本陽子氏(右)と同次長である佐藤十美氏(左)。iPadによる業務効率化を実感しつつも、さらなる発展的な活用へ期待を寄せる。

 

 

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同社企画本部 担当課長 セラピスト室 室長の岩松毅氏。タブレット導入の際にはいくつかデバイスの候補があったが、セキュリティの観点からiPadを採用した。

 

 

現場のニーズを満たすiPad

同社が初めてiPadを導入したのは2014年。漸増ではなく、一気に300台の初代iPadを購入した。

訪問看護では看護師が1人で行動することが多く、その場所は拠点(ステーション)から離れた利用者の自宅。加えて利用者の命に関わる緊急対応、他医療・介護系の職種との連係など、多岐に渡る業務をしながら「個人情報の固まり」の紙のファイルを持ち歩くのは困難だった。理想は情報がまとまり、手軽にアクセスできる状態だ。

他職種連携においては相手の状況がわからないため、連絡したくても提携先クリニックの看護師や主治医は移動中や処置中で手が離せないかもしれない。電話をしながら患者や薬の情報を検索したい場合もある。電話以外の通信手段を兼ね備えたツールがあると望ましい。

國本氏はそんなニーズを2005年頃から抱えていた。携帯電話が普及してある程度は解決したものの、表示できる情報量には限界もある。また、個人情報を取り扱うため、一括してセキュリティ対策が可能で、かつカスタマイズがしやすい端末を求めていたが、なかなか現れなかったという。

「一番重要な患者さんのカルテというのは、当たり前ですがステーションにあるわけです。iPadが登場したときに、これならステーションにあるカルテを出先で参照することができるようになるのではないか、と検討を始めました」(國本氏)

「安全・安心」がブランドであるセコムグループだからこそ、セキュリティの面を疎かにするわけにはいかない。岩松氏はデータセンターのサーバとiPadをVPN接続で結び、iPad上にデータを残すことなく閲覧できるシステムをベンダーと構築した。iPadはパスコードで認証、システムもID・パスワードで認証、万が一紛失等があれば遠隔でデータを消去する。iPadをビジネスに使ううえで、できる限りのセキュリティを担保した。

こうして導入されたiPadは、取り回しがしやすく、現場のニーズを満たすものだった。現在、同社は訪問看護の記録、提出までを、iPad上でワンストップで完結できるようにしている。拠点の増設や本体の故障に応じて新しいモデルを買い足し、現在はすべてiPadミニ4に置き換わった。

 

 

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セコムグループでは1991年に日本初の本格的な在宅医療サービスを開始。1994年にはこれも日本初となる遠隔画像診断支援サービスを開始するなど、早期からメディカル事業に注力してきた。セコム医療システム株式会社としては2002年に創業。

 

 

「現状維持」を改革するには

同社のiPadでは、カルテの閲覧や写真・動画を添付できるメッセージのやりとり、各種報告書の作成、薬の情報の検索、マップアプリの利用などが可能だ。端末はMDM(モバイルデバイス管理)で制限されており、基本的にWEBサイトの閲覧やアプリのダウンロードはできない。そのため「せっかくiPadが貸与されても、『思ったより(自由に)使えない』という声が多かった」と佐藤氏。

紙文化に慣れたベテランの看護師からは「なぜ記録の方法を変えなければいけないのか」という声も出た。いくら便利になるとはいえ、iPadの導入時には学習コストがかかる。多忙な職種ほど、そのコストを払いたくないと感じることは当然だろう。「現状維持」は医療へのICT導入事例でよく聞かれる反対理由でもある。

「だからこそ常勤と非常勤の区別なく『みんなでやる』という意識を徹底しました。『させられている』という意識だと、現状維持の側に留まってしまうので」(佐藤氏)

同社ではまず、ステーションの管理者(所長)にアプローチした。ポイントはICTの利用が得意な人と苦手な人に同時にヒアリングをすること。「わからない人を入れないと、何がわからないかもわからない」というのがその理由だ。

事前に課題を洗い出したあと、モデルステーションを設定し、実際に現場でiPad中心の業務フローを体験してもらった。そこで新たに見つかった課題を解決しながらマニュアルを作成し、形になったマニュアルを元に研修を実施。これを地道に繰り返した。

「実際、なかなか使ってくれない人もいました。ベテランの看護師であるほど、利用者さん、ドクターの情報がしっかりと頭に入っている。逆に、それを外に移そうとするのは大変です。でも、慣れてしまうと今度は『ないと困る』と言うようになりました。各ステーションの利用状況を開示するなどの施策をして、利用率が100パーセントになるまで2~3年かかったでしょうか」(佐藤氏)

 

「もっと便利にできるはず」

300台のiPad導入にはかなりの労力的なコストがかったことが伺える。述べ600台もの購入に、金銭的なコストがかかることは言うまでもない。それでもやりとおしたこのプロジェクトを、國本氏は「挑戦」と表現した。

「看護の質、サービスの質を上げたい。ベテランなら頭に入っていても、そうではない人もいる。経験が少ないと、1人で利用者さんの対応をしたり、24時間の対応をしたりすることに、不安を覚える場合もあります。『経験』の差を埋めることが必要でした」(國本氏)

同社の訪問看護サービスの職員には、常勤以外にも、週2~3回勤務の職員、時短勤務の職員がいる。スキルの差だけでなく、勤務形態の差も生まれてしまいがちだ。

たとえば、利用者の傷の状態を見たとき。久しぶりに担当した職員は「良くなっている」と思うかもしれない。しかし、毎日担当している職員なら「悪くなっている」と気づける場合がある。

判断に迷えば、かつては傷の状態をデジカメで撮影、コンビニで印刷して、医師のところに持っていき、判断を仰いでからまた利用者のところに戻る、ということをしていた。今は写真で経時的に記録し、必要であればそのデータを医師に送ることができる。

「常勤の人でも、非常勤の人でも、みんなが元気に、安心して働けるような仕組みを作りたい。それは利用者さんが受ける看護の質を上げることにもつながると思うんです」(佐藤氏)

筆者が「iPad導入は現場の環境を劇的に変革したのでは?」と聞くと、答えは意外にも「もっと便利にできるはず」だった。「もうちょっとどうにかならないの」といつも言っている—そう口をそろえる國本氏と佐藤氏に、岩松氏は「がんばります」と苦笑した。

 

 

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職員がiPadで利用するのは、富士通の提供する介護事業者支援システム「HOPE LifeMark-WINCARE」。それをセコム仕様にカスタマイズしている。たとえば、外部送信メールを送ることができるのは同社だけ。医師らとの連係のために追加した機能だ。

 

 

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現場のニーズを汲み取り、iPadの操作方法を学習するための動画を國本氏、佐藤氏らが自分たちで作成。iPadに搭載されている画面録画機能を「娘に教わって」(佐藤氏)駆使した出来上がり。

 

セコム医療システムのココがすごい!

□1991年からメディカル事業に参入、訪問看護サービスを展開
□2014年に300台のiPadを導入、現在までにのべ600台を購入
□36カ所の拠点・300人以上の職員のiPad利用率は現在100%



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