教育・医療・Biz iOS導入事例

町の「かかりつけ医院」にこそiPadが必要である理由

文●朽木誠一郎

Apple的目線で読み解く。医療の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

池袋にある土屋医院には、内科と皮膚科の「かかりつけ医」として、一日平均90人前後の患者が来院する。一見、ありふれた町の診療所のような同院では、在宅医療や問診、X線写真の撮影などにiPadを活用。「小規模な医療機関こそ、ICTの利活用により業務効率化やコストカットが可能」とする同院を取材した。

 

 

高齢の患者もiPadを使用

東京都豊島区の住宅街の只中、ビルの1階に土屋医院はある。祖父母や父の代から後を継いだ兄妹が医師として在籍し、内科・小児科と皮膚科の診療科に、1日に平均約90人前後の患者が来院する。いわゆる「かかりつけ医」として、外来診療だけでなく、週3~4日の在宅医療をこなし、地域密着型の医療を提供している診療所。ここまではよくある光景だ。

しかし、実際の患者の様子を目の当たりにすると、意外に思う人がいるかもしれない。たとえば待合室では、高齢の患者が何やらiPadを操作している。当然、ただの時間つぶしではない。利用しているのは「ヤードック(YaDoc)」というアプリ。診察前に患者がタブレットで自身の病気についての質問に回答しておくことで、その患者の症状がスコア化・グラフ化される。このデータは診察室の医師の元に送られ、いざ患者が入室したときは従来の問診の時間を省略して「本題」からスタートできる、というわけだ。本アプリはCOPD(慢性閉塞性肺疾患)や糖尿病、認知症のように、経時的な変化を確認する必要がある病気について適応がある。「このアプリがあれば、診療所の“待ち時間”が診察に変わる」と表現するのが、土屋医院院長の土屋淳郎医師だ。

土屋医師によれば、高齢の患者であっても、iPadの使用に問題はないそうだ。そもそも、今やかなり上の世代であってもiPhoneなどスマートフォンを利用しているため、タブレットの操作に不慣れということは少ない。操作に戸惑う患者がいても、iPadのタップやスクロール、スワイプといった直感的な操作はすぐに習得できるという。

「最初はiPadの画面をおそるおそる触って『動かない』と言っていたような高齢の患者さんであっても、次第に使い方をマスターして、私に向かって指をシュッシュと(スワイプのように)動かしながら、『今日はこれ(オンライン問診)やらないの』なんて言ってくれるようになるんですよ」

ヤードックは特定の病気の問診だが、診療所の受付システムと連動した問診全般、たとえば「熱はありますか」「咳は」「鼻水は」といった質問を来院患者に実施し、振り分けるようなシステムも準備している。「iPadによって診察という業務は大幅に効率化できます」と土屋医師は指摘する。

 

 

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東京都豊島区で内科・小児科、皮膚科を開設する土屋医院。一般外来のほか、週3~4日の在宅医療も実施。乳幼児から高齢者まで、その地域で暮らす人々に、地域に根ざした医療を提供する。

 

 

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医療法人社団創成会の土屋医院院長。1995年に昭和大学医学部卒業、1999年に同医学部大学院卒業。医療法人社団創成会土屋医院内科医長を経て、現職。豊島区医師会理事として、医療のICT化を推進している。

 

 

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「YaDoc」はオンラインで患者の問診や診察、測定データのモニタリングをすることで、より適切な医療の提供をサポートするシステム。患者はガイドライン等に準拠した問診に自分で回答。医師はその結果を確認し、スムースに診療を開始できる。

 

 

「患者の前でiPad」に抵抗は?

土屋医院では在宅医療に力を入れている。そして、これをサポートするのもiPadだ。そもそも同院がiPadを導入したのは、医療と介護を連係させる「メディカルケアステーション(MCS)」というプラットフォームを在宅医療に利用するため。このプラットフォームでは、患者の情報が安全に配慮されたクラウド上に保存され、その患者の治療やケアに関わる人たちがリアルタイムに閲覧できる。iPad導入時の2013年、MCSを在宅医療に利用しようにも「スマホの画面は小さく、他のタブレットは使いにくかった」と土屋医師。その結果、操作性が高く、取り回しがしやすかったiPadが選ばれた。

以前は、患者宅で紙にメモをとり、診療所に戻って入力し直す「二度手間」が発生していたが、iPadを導入して以降は少なくなった。初期は入力ソフトの「医療版 日本語手書き入力 mazec(Medical mazec for Business)」を利用し、入力した文章を整えてカルテに記載しMCSにアップロード。現在はその手法がさらに洗練され、iOS標準の音声入力機能を利用してメモをすることで、さらにスピーディに情報を共有することが可能になった。「医療用語はまだちょっとつらい」が「それでも目的に十分に耐え得る精度」(土屋医師)だとする。

往診時のiPadの利点はほかにもある。同院では日本光電工業株式会社が提供するICT医療機器のネットワークシステム「ラヴィータ(LAVITA)」を導入しているが、これにより、ICT医療機器で測定した患者の血圧などのデータが、自動でシステム上に収集される。収集されたデータはすぐにiPadで確認できるほか、病院からも閲覧でき、MCSへの記入も容易になる。iPadはさまざまな医療・介護システムのハブとなり、特に在宅医療のように作業時間やスペースが限られる業務を大幅に効率化することもできるのだ。

一方で、患者の目の前で電子端末を操作することは、医療機関ではかつて適切ではないとされてきた。同院がiPadを導入した2013年頃は、まだそんな雰囲気も残っていた時代。土屋医師は「たしかに昔は患者さんにも、医療従事者にも、抵抗があったかもしれない」と振り返る。

「手書き(入力)のmazecを利用していたのは、まだiPadが一般的でない時代に『これはメモの代わりである』ということを患者さんにわかりやすくする、という目的もありました。患者さん側については、クラウド上の患者さんのX線写真や検査データを自宅ですぐに確認できることで、『便利だ』とわかってもらえたように思います。医療者側についても、特に東日本大震災後は、病院にサーバを置くよりも、クラウド上にデータを保存するほうがよほど安全だ、と意識が変わってきました。現在では両者ともに抵抗はほとんど感じないですね」

 

 

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医療・介護連係のためのプラットフォーム「メディカルケアステーション(MCS)」。「完全非公開型SNS」として、病院、クリニック、介護施設、薬局など医療関連施設や、患者自身とその家族が情報を共有。リアルタイムに閲覧できる。

 

 

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在宅医療・介護のICT化に対応する医療介護ネットワークシステム「LAVITA」。ICT医療機器で測定した患者データをクラウド上に保存し、電子カルテや地域医療システム、医療介護専用SNSと連係する。

 

 

医療・介護のハブになるiPad

同院でもう一カ所、iPadが導入されている。それはX線写真の撮影室だ。同院ではX線写真の撮影にコニカミノルタ株式会社の「ユニティア・アルファ(Unitea α)」のシステムを導入しているが、これは余分な端末を削減し、導入コストの軽減と省スペース化を実現したもの。これにより大病院では専用のディスプレイを設置するような撮影データの管理と操作が、iPad上でも可能になる。

同院の規模で撮影室と診察室の両方に大型ディスプレイを設置するのは「正直もったいない」(土屋医師)。そこで、データの管理と操作はiPadで実施、診断用には高精細のディスプレイを用意する、という「選択と集中」を図っているのだ。iPadで画像を診察室に送信するため、レントゲン室と行ったり来たりする手間もなくなり、これも業務の効率化につながる。このように「『町のかかりつけ医院』こそ、ICTの利活用により業務効率化やコストカットが可能になる」というのが土屋医師の主張だ。

「大病院であれば、既存のシステムがそのまま当てはまっても、うちのような診療所ではロスが多い。iPadはさまざまなシステムのハブになり、個々の医療機関にあわせたカスタマイズを可能にしてくれる。業務の効率化、コストカットもあわせて実現できます。これからも、便利で患者さんの利益になるような新しいシステムを取り入れていきたいです」

 

 

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コニカミノルタ株式会社が提供する「Uniteaα」では、余分な端末を削減し、iPadで代替。導入コストの軽減と省スペース化が実現できる。iPadで撮影データの管理と操作を実行し、転送したデータを診察室の高精細ディスプレイで診断する。

 

土屋医院のココがすごい!

□診療所の「待ち時間」をiPadで診察に変える
□iPadが在宅医療をサポートするシステムのハブになる
□小規模医療機関のコストカットもiPadで可能に



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