塩分の取り過ぎで脳卒中に悩まされた長寿日本一の長野県のとある村の思い出と減塩レシピ


厚生労働省が5年に一度統計をまとめる2010年(平成22年)の都道府県別生命表を公表しました。トップは今回も長野県。しかも前回は男子が1位で女子は3位でしたが、今回は男女とも一位というパーフェクトな結果です。次回は2015年(平成27年)の発表を2018年に行うので、この5年間は長野県が長寿日本一の座に就くことになりました。

 

夏は暑く冬は寒く、さらに一日の温度差が大きいのが盆地気候の特徴です。松本平はその代表的な地域と言ってもいいでしょう。

 

高血圧がもたらす悲劇

 

個人的な話で恐縮ですが、私は長野県(信州)のとある村の出身です。私の知っている範囲では、私の曾祖父、曾祖母、祖父の3人が脳卒中で亡くなっています。父も若い頃からずっと高血圧で降圧剤が手放せず、私もかなり高めで会社の健康診断ではいつも再検査になってしまいます。亡くなった家族達が高血圧だったかどうかはわかりませんが、かなり怪しかったのではと疑っています。そして、脳卒中の原因の一つとされるのが高血圧です。

 

高血圧は塩分の取り過ぎが原因だとよく言われていますが、多く摂取しても血圧が上がらない人もいるようで、まだハッキリとはわかっていないという意見もあります。しかし、取り過ぎるよりは控えめの方がいいだろうということで、厚生労働省は塩分の過剰摂取について常に注意を呼びかけています。

 

実は、塩分摂取については亡くなった家族も含めて思い当たる節があり、一族の脳卒中の発症に一役買っていたのではないかと考えてしまうことがあります。我が家の体質ということもあるかもしれませんが、曾祖母は嫁いできた人間であり、実は祖父も婿養子で当家とは血で繋がっていません。それなのに脳卒中で亡くなるか高血圧で悩まされているのです。非常に少ないサンプルですが、何か生活習慣的な原因があるのではと疑ってしまいます。

 

信州独特の地形と地域性が原因か?

 

私の故郷は松本平の端にある2000m超の山の麓の扇状地に築かれた典型的な盆地気候の影響が強い農村で、気温の日較差/年較差が大きく湿度が低くて春先には山からとても強い風が吹きます。標高が600mほどあり空気が澄んでいるため夏の直射日光に当たるとジリジリと肌が焼けるように痛いのですが、湿度が低いので日陰に入ると信じられないぐらい涼しく感じます。私の村は、夏の昼には35度ぐらいまで気温が上がりますが夜は20度以下になり、冬の昼は5〜6度ぐらいまで上がっても夜はマイナス15度以下に下がる時もあります。松本平の平均湿度は一年を通じて60%平均ですが最低湿度は一桁代の時もあり、特に山から乾燥した強い風が吹く地域に住んでいると水分を奪われて喉が渇きやすくなります。それもあってか地元ではとにかくお茶をよく飲みました。

 

東京と比べると雲が近いですね。日差しも強く晴れていると肌がジリジリと焼かれる感じがします。

 

 

冬は汗をかきにくくても乾燥しているのでそれなりに水分補給が必要になるため、お茶を飲むこと自体は大切なことなのですが、茶請けは当然のごとく信州の特産である「野沢菜漬け」です。野沢菜漬けというと緑色のさっぱりとした味を思い浮かべる方が多いと思いますが、あれは土産物屋やスーパーでよく売られている浅漬けタイプで、地元では長期間漬け込んで濃い色になった本漬けが主流です。秋に収穫して漬け込んだ直後は浅漬けとも言えるのですが、そのまま春先まで食べ続けるのですから自然に本漬けになってしまうわけです。

 

私の故郷は春だというのに周辺の山々にはまだ雪を見ることができます。希に5月に雪が降ることもあります。

 

 

当時の長野県は中央自動車道がまだ建設されておらず、生の魚や貝といった海鮮の運搬はほぼ絶望的で、刺身と言えば冷凍された鯨のことでした。お寿司を生まれて初めて食べたのは小学3年生のころでしょうか。当然ですが、洒落たお茶菓子などは手に入りにくかったので丼に盛られた野沢菜漬けがなによりもごちそうでした。朝食、昼食、3時のお茶、夕食…朝から晩までひたすら食べるわけです。五訂増補日本食品標準成分表によれば、野沢菜漬け(市販品を水洗い後に手搾り)の塩分量は100gあたり610mgとなっていますが、自家製の本漬けは半年近く保存するために大量の塩を使って漬け込んでいたのでもっと高かったように思われます。しかもご飯のおかず程度でちょっと食べるのならともかく、ほぼ一日中ひたすら食べ続けるわけです。

 

この他にも瓜の粕漬けや自家製味噌の味噌汁など、とにかく保存食というのは塩辛いものばかりでした。美味しいのですが、あんなに食べていいのかと今にして考えるとちょっと怖い気がします。そして、かなり昔の話なので不正確な可能性が高いのですが、NHKが以前に放送していた「明るい農村」という番組で私の村が登場した記憶があります。番組には役場に勤めているよく知っている保健のおばさんが出演していて「脳卒中で死亡する率が日本で一番高い村」といったような話をしていたような気がします。その放送を見て、なんて不名誉な村なんだろうと嘆くとともにトイレに行って二度と戻ってこないお年寄りが多かった理由がようやくわかりました。

 

当時の家屋は屋内と屋外を隔てているのは障子一枚なんていうのは普通でした。しかもトイレは外に設置されていることが多く、電気もまともに引かれていないような状態だったので、マイナス10度以下の寒さの中でロウソクや懐中電灯の灯りを頼りに用を足すという姿はそれほど不思議なものではありませんでした。もちろん便器は和式で水洗式ではありません。そんな環境の中で力一杯力んだ後に立ち上がるとほどなく脳卒中になって倒れてしまうわけです。屋内のトイレやお風呂場でも部屋毎の気温差が大きいと脳卒中(心筋梗塞なども)になる可能性がとても高くなります。それが高血圧ならなおさらです。その頃は塩分の取り過ぎはあまり意識していませんでしたが、今になって考えると悪い条件ばかりが重なっていたような気がします。

 

野菜たっぷりのお味噌汁との出会い

 

その後、就職のこともあって村を離れて数十年ほどになりますが、少し前に帰省した際にふと気がついたことがありました。お味噌汁の味が薄く異常に野菜の量が多いのです。自家栽培の野菜なので塩気が少なくても美味しいのですが、昔はこんなに塩分が薄くなかったよなあと思い親に聞いてみると常日頃から減塩を心がけていて、特に味噌汁は野菜の量を多くして塩分を減らしているのだそうです。私にしてみれば、あれだけ塩辛い料理が多かったのになぜなんだろうと不思議な感じでした。そう言えばかつては丼に盛られていた野沢菜漬けも現在は小さめの皿にちょこっと載せられている程度です。毎年、秋の終わりに山のように収穫した野沢菜を地下室の樽いっぱいに漬け込んでいた作業もほとんどやっていないようでした。いったい何があったのでしょうか?

 

冬は外に野菜を出しておけば春先まで芽が出たり傷むことはありません。ただし、カチカチに凍ってしまうことがあるので要注意です。

 

生活習慣というのはわかっていてもなかなか改善することができません。おそらく日本人の大半の方が塩分は少なめがいいと感じてはいても実際に実行するとなると難しいのが現状です。私も家族もそうでした。それが、この数十年で劇的に変化していたのです。いったい、両親の食生活を変えたものはなんだったのでしょうか?両親の話によれば医者や役場といった周囲から減塩を強く指導されているというのです。この驚くべき状況に興味を持った私は、東京に戻ってから長野県の減塩については詳しく調べてみることにしました。そして、私が住んでいた頃とは違って、長野県は平成2年から男子は平均寿命が1位だったことを知りました。

 

長野県が30年に渡って取り組んだ県民減塩運動

 

長野県は、昭和55年に脳卒中死亡率が全国ワースト3位でした。翌年の56年から「県民減塩運動」を実施することにより、食塩摂取量を15.9g(全国平均13g)から11gまで減らしたといいます。そして、昭和40年には男子9位、女子26位だった平均寿命減塩が、男子は平成2年から、女子は平成22年から1位となりました。成功した理由は、県全体で取り組んだ30年にも及ぶ活動の成果だったのです。もちろん減塩は長寿の要因の一つにすぎません。長野県は野菜の摂取量も日本一で、減塩とともに野菜を食べる量を増やす運動も行っています。さらに、食生活や栄養などの各種調査、栄養教室や健康教室、病態教室の栄養改善活動、歩行を中心とした運動の普及推進なども数十年前から実施しており、これらのさまざまな努力が実って長寿日本一の県となれたのです。

 

まったくお恥ずかしい話ですが、両親が減塩の努力をしている間、子はなんの対策も講じていませんでした。そして、地元を離れてからも塩分摂取の多い正反対の生活を送っていたわけです。そこで思い立ったのが、この素晴らしい活動を本にすることによって、日本全国で情報を共有できないかということでした。実際に減塩を実施してもらうためには一日の摂取量を男性9g、女性7.5g以下にしなさいと言うよりも具体的なメニューを示して食べてもらうのが一番効果的です。編集部では、長野県栄養士会の協力のもと同県の学校向けの給食レシピをご提供いただき、家庭用にアレンジして「長寿一位の長野県式減塩ごはん」を制作いたしました。野菜をたっぷりと使用してボリューム感を保ちつつもすべてのメニューは1食あたり2.5g以下となっており、3食合計で厚生労働省の女性の目標値を下回ります。ご協力いただいた栄養士の皆様には心から感謝申し上げるとともに、子どもたちのために心を込めて考えられたメニューによって多くの方の健康と長寿のために役立つ事を願っています。

 

各小中学校の栄養士さんにご協力いただいた給食レシピをアレンジしたメニューが掲載されています。

 

また、付属の「塩分早見表」マグネットシートは、忙しい中で日々調理している方のために冷蔵庫等に貼ってひと目で主要の調味料の塩分量がわかるようになっています。以前は塩や醤油の量はかなり適当に直接容器から投入していたのですが、塩分を気にするようになってからはこの表を見ながら調理するようになりました。掲載しているレシピ以外の料理でも作った量を何人で分けて(あるいは何回に分けて)食べるかがわかれば1食分の塩分量を計算することができます。自分で実際に使用していますが予想以上に便利です。こちらもぜひご活用いただければと思います。

 

付録のマグネットシートです。冷蔵庫に貼って調理をしながら調味料の塩分量を知ることができます。

 

 

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