出版というのは基本的にオフセット方式による大量印刷が前提となっています。オフセット印刷機は印刷品質が高く、さらに大量印刷に向いているので、ある程度の部数を刷する必要がある出版ビジネスには最適なシステムと言えましょう。しかし、アルミニウム製の版を作成して刷るため、チラシのようなペラものはともかくとして、本のようなページ数の多いものを少しだけ印刷するとコストが非常に高くなってしまいます。自費出版をはじめとして、ニッチな市場向けの書籍やイベント配布用の書籍、社内用の書籍など、数百部だけ本にしたいといったニーズは昔からありますが、かなりハードルが高いので諦めるかコピーしたものを綴じて使うしかありませんでした。ところが最近は、電子書籍をわざわざ紙媒体にするようなニーズも新たに出てきており、少部数の印刷を可能とするオンデマンド印刷が注目されはじめました。
オフセット方式でオンデマンド印刷が可能なHPのデジタル印刷機
オンデマンド印刷のシステム自体は20年ぐら前からあるのですが、実際にはなかなか普及しませんでした。印刷品質が低かったり、使える用紙が限られていたり、あるいは製本などの後加工にうまく対応できなかったりと理由はいろいろあるのですが、最近はこれらの問題もかなり解決され実用性が高くなってきています。
現在、日本でもっとも多く見かけるオンデマンド印刷機はキヤノンやゼロックスがリリースしているコピー機やプリンタの延長ともいえる粉体トナー(パウダーのようなものですね)を使用する電子写真方式のタイプです。電子写真方式は、レーザあるいはLEDなどを使用して感光体に粉体トナーを付着させて刷る構造のため、簡単に1枚1枚異なった印刷をすることが可能です。しかし、まだ大量印刷や光沢のある表現、特殊なメディアへの印刷はオフセット方式に一歩及びません。オフセット方式の品質でオンデマンド印刷ができないか…この望みを叶えてくれるのが、ヒューレット・パッカード(HP)のデジタル印刷機です。
HPは、ITソリューションメーカーとして世界でも超大手の企業ですが、1939年に創業してからさまざまな企業を買収・統合してきました。その中に2001年に買収した大判出力機の大手メーカーだったIndigoも入っています。Indigoのデジタル印刷機の特徴は、インクを使用したオフセットタイプの印刷機でありながら、1部から刷ることができるオンデマンド印刷に対応していることです。でも、印刷関係者の方なら「オフセットで1部から印刷ができる」と聞くと本当?と疑うのが当たり前でしょう。
その秘密は版にあります。Indigoは、無版タイプで通常のオフセットのような版を使用しません。代わりに感光体にインクを付着させて印刷します。デジタル印刷機と呼ばれる所以はここにありまして、感光体をデジタルでドンドン書き換えることができるので、小ロット印刷だけでなく、住所や氏名、顧客番号などを1枚1枚内容を差し替えて印刷するバリアブル印刷も可能となっています。また、オフセット印刷機につきものの湿し水を使用しないため廃液の処理が必要なく、設置スペースも含めて環境にも優しい構造です。カット紙だけでなく、ロール紙も使用できるなど、電子写真方式とオフセット方式のいいとこ取りをした印刷機がIndigoなのです。
しかもIndigoが使用しているHPエレクトロインキ(液体トナーですが紛らわしいのでインクと呼びます)は、粉体トナーに比べて光沢感のある印刷が可能で、最大7色のインクを使用(モデルによって違います)でき、さらにそのインクをミックスして色を作り出すこともできます。PANTONEカラーの97%もの色域はカバーできるなど、非常に高い色再現性を実現しており、ミックスして色を作り出すことができない粉体トナーとの大きな違いとなっています。
400平方メートルのショールームを江東区にオープン
至れり尽くせりのIndigoですが、残念ながら日本ではまだ導入しているプリントサービス会社は少なく、逆に海外、特にアジア太平洋地域ではプリントサービス会社が積極的に採用しているようです。数年前にHPのデジタル印刷機のイベントに参加するためにシンガポールに行ったことがあるのですが、インドや中国、インドネシアでは、これから投資を増やして伸ばして行こうという時期だったので業者さんの盛り上がり方は凄かったですね。印刷ビジネスがすでに枯れた存在となっている日本と比べるとかなりの温度差を感じました。
この取材の際に見学したのが、シンガポールのIndigoのショールームでした。いくら従来のオフセット印刷機に比べると省スペースだと言ってもIndigoはそれなりに巨大です。展示するとなるとかなりの場所が必要になるため、気軽に置いておくというわけには行きません。HPでは、アジア太平洋地域のお客さんにIndigoを体験してもらうためにわざわざシンガポールに招待して最新の実機を見てもらっていたようです。そのIndigoの最新モデルが日本でも見られるようになったのです。
そこで先日、日本ヒューレット・パッカードの「Imaging & Printing Solution Center」の見学会に行ってきました。名称だけ見るとなにやら堅そうなイメージがありますが、要はプリンタや印刷機のショールームです。バスのラッピングにも使用できる巨大なインクジェットプリンタや最新のデジタル印刷機も展示されており、HPの最新機器を見ることができます。デザイナーや印刷関係の仕事をされている方はかなり興味を惹かれるのではないでしょうか。
HPの日本法人は今年に入って東京の江東区(最寄り駅は住吉)に新社屋を完成させ、同時に「Imaging & Printing Solution Center」も引っ越してきました。以前の社屋にもIndigo(機種は不明)が置いてあるという話は聞いたことがあったのですが、あまり一般には公開していなかったこともあり、ついに見ることはありませんでした。新しいセンターは400平方メートルあるそうで、Indigoをはじめとした大型のプリント装置がずらりと並んでいます。Indigo以外にも大判プリンタ「Designjet」がフルラインアップで展示されており、あらゆる用途のプリントを体験することができます。また、最大5mという幅のプリントが可能で、バスのラッピングもできてしまう「Scitex LX850」も設定されており、その動きは正に圧巻です。顧客のニーズに合わせたデモを行なうために完全予約制とのことですが、印刷関係者の方はぜひ一度見学することをお勧めします。ちなみに見学の予約はHPのサイトから可能です。