2018.03.18
伊藤かりん(乃木坂46)がアマ初段を獲得
将棋世界5月号(4月3日発売)の「かりんの振り飛車ウォッチ 特別編」を先行公開します。
伊藤かりんさんが初段獲得にチャレンジ。試験の相手は森内俊之十八世名人です!
乃木坂46の伊藤かりんさんが、ついにアマチュア初段を獲得することになりました。
かりんさんは現在、月刊誌『将棋世界』で「かりんの振り飛車ウォッチ」を連載中。「NHK-Eテレ 将棋フォーカス」の総合司会もこの4月で4年目に入り、その上達ぶりが話題になっていました。
そこに立ちはだかったのが、日本将棋連盟普及免状部の担当理事である森内俊之専務理事。十八世名人の資格を持つ大物中の大物です。
「初段が欲しくば私を倒してみろ!」(※実際には言っていません)
ということで、初段試験の実施が決まりました。
立会人は戸辺誠七段。
将棋世界2015年2月号で始まった最初の連載「かりんの将棋上り坂↑」からずっと、かりんさんの成長を見守ってきただけにその感慨もひとしおでしょう。
手合は二枚落ちとなりました。さあ、かりんさんはどのように考え戦ったのか。将棋世界5月号(4月3日発売)の「かりんの振り飛車ウォッチ 特別編」を先行公開します。
【構成】将棋世界編集部 【撮影】中野伴水
かりんの振り飛車WATCH
特別編「伊藤かりん初段試験実施!!」
今月の「かりんの振り飛車ウォッチ」は特別編である。2015年2月号に「かりんの将棋上り坂↑」が始まって3年あまり。これまで将棋を勉強してきたかりんさんへの試験を実施することにした。そう、「伊藤かりん初段試験」である。
試験官を務めるのは、日本将棋連盟専務理事で、十八世名人の資格者でもある森内俊之九段。果たしてかりんさんは念願の“初段”を獲得できるのだろうか?
試験官・森内俊之十八世名人
森内俊之十八世名人
「かりんさんは普段から将棋の普及面で大変貢献されていて、また棋力も上がっているとお聞きしています。そこで今回、普及免状部の担当理事である私がその実力を計り、アマチュア初段を贈るのにふさわしいか試験対局を行うことにしました」と森内九段。
手合割は二枚落ちである。
対局前のかりんさんは緊張の面持ち。それも無理はなかろう。かりんさんにとって初段は数年来の目標であった。というより、多くのアマチュアにとって、初段というのは憧れのステージなのだ。
読者の方々は二枚落ちという手合をどう思われているだろうか。
初級者の頃は別としても、ある程度自分の力に自信を持てるようになると、相手には飛車角がないのだからなんとかなりそう、と感じるようになる。だが、そこからさらに実力をつけると、上手陣を打ち破る大変さに気づくようになる。上手は微妙な駒の配置の違いや細かい指し手の変化で惑わしてくるため、下手はそれをかわすだけの読みが必要となるのだ。
二枚落ちで勝つためには、定跡を覚えることは必要だが、定跡を覚えただけでもまたダメなのだ。
かりんさんもこれまでたくさんのプロと駒落ち将棋を指してきた。本誌誌上で中川大輔八段と指して1級認定を受けた四枚落ちをご記憶の方も多いだろうが、その後もさまざまなイベントで、四枚落ちや二枚落ちを指してきて、勝った将棋も負けた将棋もある。駒落ちの怖さ、難しさは本人も重々承知している。さあ、本局はどういった形に進むのか。
伊藤かりん初段試験(二枚落ち)
上手 森内俊之九段
下手 伊藤かりん(乃木坂46)
持ち時間 上手…初手から30秒 下手…15分切れたら30秒
初手からの指し手
△6二銀 ▲7六歩 △5四歩
▲4六歩 △5三銀 ▲4五歩 △3二金
▲4八銀 △5二玉 ▲4七銀 △6二金
▲3六歩 △7四歩 ▲3五歩 △2二銀
▲5六歩 △6四歩 ▲6八銀 △6三玉
▲5七銀 △7三金 ▲4六銀左△8四金
▲5八飛 △8五金 ▲4八玉 △7六金
▲7八金 △7三桂 ▲3八玉 △1四歩
▲1六歩 △2四歩 ▲5五歩 △同 歩
▲同 飛 △5四歩 ▲5九飛 △2三銀
▲2八玉 △9四歩 ▲9六歩 △8四歩
▲3八金 △1二香 ▲3七桂(第1図)
立会人・戸辺誠七段
戸辺誠七段
本局の立会人を務めたのは戸辺誠七段。普段は優しい講師役であるが、この日は立会人として真剣な表情を見せている。
二枚落ちには大きく分けて「二歩突っ切り」と「銀多伝」の2つの定跡がある。どちらの定跡にも一長一短はあるが、これまでかりんさんは一貫して銀多伝を用いてきた。振り飛車党のかりんさんにとって、平手に近い感覚で指せるというのがその理由だ。
駒組みの最初のポイントは6手目▲4五歩。この手だけは、ここで突かないと上手に△4四歩とされて、その後の駒組みに支障をきたすので注意が必要だ。また14手目▲3五歩も重要で、次に▲3四歩△同歩▲1一角成を見せることで△2二銀を強要し、銀の中央への活用を阻むテクニックだ。
下手の持ち時間は15分。かりんさんはテンポよく指し手を進めていく。将棋フォーカスのカメラが2台入り、かりんさんの表情や盤面を追っている。▲2八玉が戸辺七段直伝の工夫で、定跡書にある▲3八玉型より一路、戦場から離れているのがポイント。
第1図まで進んで下手の駒組みは完了。これが戸辺流の「二枚落ち銀多伝・乃木坂46定跡」だ。図の▲3七桂がちょうど46手目となっている。
第1図以下の指し手
△8五歩 ▲9八香 △2五歩 ▲5六飛
△7五金 ▲7七桂 △6五桂 ▲6六歩
△7七桂成▲同 金 △6五歩(第2図)
下手好調
第1図からの△8五歩に▲9八香は必須手筋。この手を怠って△8六歩▲同歩△8七歩▲7九角となっては下手苦戦に陥る。
かりんさんは7六に威張っている金を目標に▲5六飛~▲7七桂。次に▲7六歩の金取りを狙う。上手は△6五桂と跳ねてそれを阻む。
ここで手拍子で▲6五同桂は指してはいけない手で、△同金で上手の金が中央で大威張りしてしまう。落ち着いて▲6六歩が好手で、△7七桂成▲同金ならば、やはり次の▲7六歩が残って上手忙しい。△6五歩(第2図)は金を助けるにはこの一手だが、ここで下手に好手がある。
第2図以下の指し手
▲6七桂 △6六金 ▲同 金 △同 歩
▲同 飛 △6四歩 ▲6五歩 △7三桂
▲6四歩 △同 銀(第3図)
好手▲6七桂
▲6七桂!
打ちにくい桂だが、この手も定跡手。かりんさんが勉強の成果を見せ、はっきりペースをつかんだ。
これまでしばしば戸辺七段は駒落ちのポイントをプリントにまとめ、かりんさんに渡してきた。
「いただいたテキストをまとめたらこんなにありました」とファイルしたプリントを取り出しながら話していたが、確かにすごい厚み。しかし、ここまで完璧な内容でクリアしてきている。指し手を見つめている戸辺七段も、表情は変わらないが内心はほっとしていただろう。
第3図。優勢とはいえ、ゆっくりした手では上手に立て直されてしまう。下手にとって悩ましい局面だ。
第3図以下の指し手
▲6四同飛△同 玉 ▲9七角 △7五金
▲同 桂 △同 歩 ▲6六金(第4図)
決断の飛車切り
▲6四同飛が強手。かりんさんは迷ったようだが、決戦に踏みきった。下手は金銀2枚取れるのが大きい。上手の△7五金はできれば打ちたくないが、代えて△6五玉は▲7七銀、△6三玉は▲6四銀でいずれも寄ってしまう。
飛車切りは勇気のいる手だが、決断できたのは、実は第3図の類似局面を勉強していたからだ。それがA図。上手の△2五歩を△4二金に代えた局面だが、これも本譜と同じ攻め筋で下手よしとなる。微妙な形の違いにも惑わされず、かりんさん好調である。
第4図以下の指し手
△8三桂 ▲7六歩 △5三玉 ▲7五歩
△6八飛 ▲7四歩 △7五歩 ▲同 金
△同 桂 ▲同 角 △6四金 ▲9七角
△7五歩 ▲7三歩成(第5図)
頑強な上手
下手優勢とはいえ、上手は△8三桂と決め手を与えない。すでに戸辺七段と勉強した予習範囲は過ぎている。ここからは自分の力と読みで戦っていかなければならない。
▲7六歩の合わせも好手。歩で攻める手はリスクが低い。上手はいきなり△6八飛は▲7五金でダメなので、△5三玉と一回早逃げし、▲7五歩に△6八飛と攻防の飛車を放った。
▲7四歩△7五歩に▲同金も好手。これで角が世に出た。▲7五同金で▲7三歩成は△6六飛成で角を押さえ込まれてしまって損だ。
第5図の▲7三歩成で攻めがきれる心配はなくなった。あとはどう攻めをつなぐか。いよいよ終盤戦である。
第5図以下の指し手
△9八飛成▲8八金 △9九竜 ▲5六桂
△6五金 ▲6六歩 △5六金 ▲同 銀
△3六桂 ▲1八玉 △4二玉 ▲7五角
△4一玉(第6図)
上手の反撃
△9八飛成に▲8八金はもったいないようだが、角取りを受けつつ手番を握る最善手。△9九竜に▲5六桂と、いよいよ寄せに取りかかった。△6五金に▲6六歩で角のさばきにめどが立った。△6六同金は▲7五角、△7六金は▲7七歩である。上手は△5六金と桂を食いちぎり、△3六桂と下手玉に王手! この上手の反撃は読みになかったか、いきなり危険になった自玉にややあせった様子を見せたが、▲1八玉とぎりぎりのところで耐える。続く手のない上手は△4二玉と早逃げするが、▲7五角と鋭く迫る。
さあ、あと一息である。が……。
第6図以下の指し手
▲6二と △4二金 ▲2二金 △8八竜
▲5二銀(投了図)
まで、106手で伊藤さんの勝ち
勝利(おまけあり)
このまま順当に押しきった、と書きたいところではあったが、第6図ですでに30秒将棋に突入していたかりんさんは、あわてた手つきで▲5三金と打ってしまう。もちろんこれは悪手。当然の△3一玉に動揺したままかりんさんは指し手を続けたが、数手進んだところで立会人の戸辺七段がストップ。1回はおまけしましょう、ということで、第6図から指し直した。
かりんさんも▲5三金は、打った瞬間に悪手だと気づいていたという。指し直しは▲6二と。これが決め手で、△4二金には▲2二金の挟撃が見事な寄せ。
最後は上手玉を詰ませて勝利した。
検討会議、そして……
無事対局は終了。
かりんさんを残し、部屋を出る森内九段と戸辺七段。試験会場に静寂が訪れた。
しばらくたち、部屋に戻ってきた戸辺七段の手には白木の箱があった。そう、初段免状である。
最終盤でミスはあったものの、それまでの指し手はしっかりしていて、また熱心な勉強の跡も見られるなど、総合的に判断して初段の力は十分にあると判断したという。
森内九段が免状を読み上げる。
夙(ツト)ニ将棋ニ丹念ニシテ
研鑚怠ラス
進歩顕著ナルヲ認メ
茲(ココ)ニ初段ヲ 允許(インキョ)ス
森内九段が文面を読み上げる。ついに念願の初段免状を手にするときがきた
日頃から将棋に真心をこめているうえに、研究を怠らないで進歩が著しいことを認め、ここに初段を許可する――という意味である。作家・瀧井孝作が作った格調高い文面だ。
立派な和紙に直筆の署名がされているのを見て、「すごーい」とかりんさんも思わず声が出る。念願の初段免状を手にして満面の笑み。「まだまだ至らない点も多いですが、有段者の名に恥じぬように、これからも将棋を頑張ります」と新たな決意を見せた。
初段以上の免状は和紙に直筆の墨で文言が記されている。時の会長、名人、竜王の署名も入った格調高いものだ