羽生-渡辺 熱闘の原点 第50期王座戦|将棋情報局

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羽生-渡辺 熱闘の原点 第50期王座戦

既報の通り、羽生善治棋聖が渡辺明竜王に挑戦した第30期竜王戦で、羽生棋聖が通算成績4勝1敗で竜王位を奪取し、「永世七冠」を達成しました。
「将棋タイトル戦30年史1998-2013年編」から、羽生-渡辺の原点とも言える、第50期王座戦五番勝負の模様をご紹介します。

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決着局プレイバック

頭金まで指した渡辺の執念

若き挑戦者の背後をカメラマンが取り囲んだ。興奮の対局室にシャッター音が響くなか、羽生は高ぶった神経を抑えるように扇子を動かしていた。
「1局1局大変でした…」
主催紙の質問に、羽生は努めて冷静に答えていた。まさかの交代劇に備え、詰めていた報道陣が黙々とメモを取る。周りの熱気と容赦ないフラッシュで王座の額には汗がにじんでいた。
質問を受ける王座の向かいで、渡辺はその応答を黙って聞いていた。右腕の袖をまくり上げ、投了した頭金の局面を悔しそうに眺めていた。羽生を2勝1敗と追い詰め、史上3人目となる10代でのタイトル獲得かと期待されたが、わずかに届かなかった。背中から聞こえるシャッター音をどんな気持ちで聞いていただろうか。終盤戦で羽生は二、三度指が震えて駒がつかめない場面があった。モニターからもはっきり確認できる大きな震えで、相手の駒をゆがませるほど着手に苦労していた。いつも冷静沈着な羽生だけに、この人間的な動揺は見ている者に衝撃を与えた。それだけに苦しい防衛戦だったのだ。挑戦者が対局室を去った後、羽生は王座12連覇達成について「そういうことを考える余裕がなかったですね」と振り返った。
最終局は両者の意志が一致し、がっぷりと組み合う本格的な相矢倉となった。渡辺が攻めの態勢を整えると、羽生は専守防衛の構えで対抗する。局面が煮詰まると渡辺が3筋から開戦した。控室には20人近くの棋士が集まっていたが、評判は挑戦者ペースだった。

その豪華検討陣が首をひねったのが第1図での先手の応手。渡辺は▲6六同銀と取ったが、ここでは▲1一香成と深く成り込むのが勝ったという。△1三歩の受けには▲同香成△同桂▲1八飛と攻めるのが好手。以下△7八桂成▲同玉△1四歩▲2一銀△3三金直▲1四飛△3五香▲1二成香△3一玉▲1三飛成なら指しやすさを持続できた。
渡辺は△1三歩に▲同香成が見えていなかったようで「そうか、これはスッキリしていますね」と局後に納得。
しかし、渡辺は苦しくしてからファイトあふれる頑張りを見せる。▲6三銀の〝B面攻撃〟から▲7九桂の自陣桂投入、▲8三歩、▲3三歩も局面を複雑化させる利かしだ。

粘りの真骨頂は第2図。今、7三の角が8四にのぞき▲7五歩に△6四金と打った場面。大山流の受けつぶしに見えたものの、ここで渡辺の▲7二銀打が意表の好手。ソッポだけに打ちづらい銀だが、挟撃態勢を築けたのが大きかった。戻って第2図に至る前の△8四角では△8七歩成と成り捨てるのが軽手で、以下▲同玉△6五歩▲同金△6七歩が明快だった。先手は△6四香や△8四香の筋があるため支え切れない。
「これが正しい手順か。角の金(△8四角~△6四金)はなかったな」と羽生。しかし、直後の△1一歩は冷静な手筋で「これが痛いんですよね」と苦笑の渡辺。

両者とも小ミスを出したものの、最終盤は持ち味発揮のねじり合い。控室もA図の▲1九香を見て「後手優勢もまだ難しい」との声が上がったが、羽生が手筋を使って勝ちを決める。
A図から△8七歩成▲同玉△6七歩。先ほども紹介した通り、8筋の歩を成り捨てるのが急所だった。▲8七同桂なら△7六金▲1七香△6六歩で「これは駄目」と渡辺。
本譜は▲8七同玉だが、やはり△6七歩が厳しい。
今度は香の攻めの代わりに△7五角~△8四飛の大駒活用がある。
仕方なく▲1七香だが、ボロッと角を取られては勝負あり。頭金の形まで指し継いだところに渡辺の悔しさがにじんでいた。

終わってひとこと

最後まで分からなかった

羽生王座「今日の将棋も最後まで分からなかった。渡辺五段は攻守に力強く、シリーズ通して簡単に勝てた将棋はなかった。(指が震えていたが、の問いに)
第3局がひどい逆転負けだったので、慎重を期したつもりでした」
渡辺五段「△8六歩で迷い、その後も迷ったまま指してしまった。第2局で勝ったのがうれしかった。タイトル戦では少なからず得るものがありました」
 
「将棋タイトル戦30年史」は、1984年~2013年までのすべてのタイトル戦を、週刊将棋の当時の紙面をもとに再編集した書籍。

将棋タイトル戦30年史 1984~1997年編

将棋界30年のタイトル戦の歴史は、まさに羽生善治の歴史そのものと言えます。番勝負のハイライトシーンや対局者のコメントを、週刊将棋の記録をもとにまとめた一冊。本書は、若き谷川名人の活躍から羽生七冠達成までをまとめた永久保存版。

将棋タイトル戦30年史 1998~2013年編

初代永世竜王を懸けた「100年に1度の勝負」をはじめ、第一人者・羽生善治とそれを追いかけるライバルたちが繰り広げる名勝負を1冊にまとめた本書。ページをめくりながら当時を懐かしむもよし、棋譜を並べて勉強するもよし、インタビューだけ流し読むもよし。それぞれの方法で将棋界の歴史の重みを感じ取ってください。
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