効率的に強くなろう!絵美菜流チャンク式将棋ドリル 最終回「ラスボス登場!新しいチャンクは時間を超える!?」|将棋情報局

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効率的に強くなろう!絵美菜流チャンク式将棋ドリル 最終回「ラスボス登場!新しいチャンクは時間を超える!?」

京大卒女流棋士、山口絵美菜女流1級が卒業論文の研究を元にした新しい将棋上達法「チャンク式将棋ドリル」を紹介します。

お得で気軽に参加できる将棋大会『第6回 将棋情報局最強戦オンライン』11月13日開催! エントリー受付中 早いもので「絵美菜流チャンク式将棋ドリル」は今回が最終回です。どうでしょう?少しでも「効率的に強くなる」お手伝いはできましたか?毎週楽しく覚えていただけたなら幸いです。

まずは宿題から。次の図は上段は「先手の囲い」と「先手の戦法」が、下段は「後手の囲い」と「後手の戦法」が表示される図になっていますのでタップしてみてください。順に見ていくと、大きく分けて4つのチャンクで局面がなりたっているのがわかるかと思います。
 

 

先手の玉形は6九の金がひとマス上がった「舟囲い」の一種で、後手の囲いは「美濃囲い」。先手は「居飛車」で後手は3筋目に飛車を振った「三間飛車」という戦法。四間飛車と比べて飛車の位置が1マス左にずれただけですね。このように、「覚えた形と似ているところを」探しながら新しい形を覚えると、記憶の「土台」があるので覚えやすくなりますよ!

それでは今日のお話。これまで「美濃囲い」や「矢倉」といった囲いや「居飛車」「四間飛車」といった戦法を一緒にチャンク式で覚えてきましたが、今回はその先にある「もう一つのチャンク」についてご紹介させていただきます。だいぶ難しい話になりますが、「良薬口に苦し」と思って最後までお読みください!!

「チャンク式将棋ドリル」は将棋を「かたまりで覚えよう」という、「形に対する記憶力を鍛える」がコンセプトの効率的な勉強法です。初めは駒1枚単位のチャンクが、鍛えることによってだんだん大きくなり、最終的には9×9マス=盤面全体を一つの「かたまり=チャンク」として捉えられるようになります。

「囲い」などの駒のかたまりを「チャンク」といっていましたが、正しくは「空間的チャンク」 と呼びます。「もう一つのチャンク」と区別するためなので、ごっちゃにならないようにご注意を(伊藤,松原,Grimbergen、2004)。

そしてお待ちかね「もう一つのチャンク」とは?その名もずばり「時間的チャンク」 といいます(伊藤他,2004)。新しいチャンク?時間的ってどういうこと?と思われる方のために、今回は「時間的チャンク」について詳しくご紹介していきましょう!

ではここで皆さんに、実験に参加していただきましょう。
【用意するもの】・ボイスレコーダーなど音声を記録できるもの

今から「次の一手問題」を解いてもらいます。「次の一手問題」とは将棋の局面を見て、「次の一手をどう指すか」考えるという問題です。

ただし、これは実験なので、ただ問題を解くだけではありません。「盤面を見て思い浮かぶことや読みをすべて声に出しながら」、最善だと思う一手が決まるまで問題を考えてください。
 
注意点
①次の問題は普通の「次の一手問題」のような決め手は存在しません。考えて「自分だったら何を指すか?」を決めてください。
②読みを口に出すときは省略せず、「思いついたことをそのまま口に出す」ようにしてください 。

それでは早速問題にまいりましょう!

【問題】次の一手、何を指しますか(先手番)? 考えをすべて声に出して、録音してください。



次の一手は決まりましたか?解答例として▲6一銀(不)成、▲5九飛、▲9五歩などがありますが、実はこの問題には「この一手!」という正解がありません。

この実験で大事なのは「どの手を選んだか」ではなく「何を読んでいたか」。そのために音声を録音していただきました。ここで先ほど録音した「読み」の音声データを再生してみましょう。

将棋を指すときには「局面の認識」「候補手の生成」「先読み」「評価」「決定」という手順を踏んでいます。これは専門的には「対局者スクリプト」 というのですが(伊藤,1999)、この5ステップを簡単に言い換えると「局面の状態はどうなっているの?」「どんな手あるの?」「この手を指すとこの後どうなるの?」「形勢は自分がいいの?悪いの?」「この手に決めた!」 となります。

この「対局者スクリプト」は初段程度の棋力がないと完成しません。例えば級位者だと、先ほどの問題を見ていきなり「なんか金取れそうだから▲6一銀成」というように、「局面の認識」からいきなり「決定」まで飛んでいたりします。この機会に録音したデータを聞きなおしてみて、「対局者スクリプト」の5ステップが全部足りているかチェックしてみましょう。

「対局者スクリプト」がすべてそろっている「読み」は、例えば「終盤の入り口で先手の桂得。▲6一銀不成として寄せに行くか▲5九飛として金取りにするか……▲5九飛△5六となら利かしでそこで攻めていけば先手よさそうだから、次の一手は▲5九飛」となります。

「対局者スクリプト」のステップがすべて踏めていなくても、将棋を指すときに「ちゃんと局面を見ているかな?」「何種類か次の手を考えてみよう」「もしこの手を指したら相手は何をしてくるかな?」「その局面は私と相手のどっちがいいかな?」と考える癖をつけるだけでもよりいい「読み」ができるようになっていくと思います!

そしてここからが本題。録音した「読み」の中に▲8八銀の話題が出てきた方はいらっしゃいますか?

▲8八銀は「壁銀」と呼ばれる形で、玉が8筋・9筋に行くのを「通せんぼ」していて、あまりいい形ではありません。例えばプロ棋士がこの局面を見ると「序盤に角交換でもしたのかな。▲8八銀は壁銀で玉が窮屈だから、どこかで▲7七銀と解消したい」と読んだりします。

実は、これが「時間的チャンク」です(伊藤,松原,Grimbergen、2004)。「時間的チャンク」とは「将棋の認知科学的研究(2)―次の一手実験からの考察」において伊藤毅志先生らが存在を示唆した「時間軸に広がりを持ったチャンク」です。言い換えると「この局面になるまでどんな手順だったのか」という「過去」と今の局面である「現在」、そして「この先どうなっていくのか?」という「未来」を「かたまり=チャンク」でとらえるということです。▲8八銀だけでなく、「▲4九飛が働いていないから使える展開にしないとな」「どこかで端攻めしたい」なども「時間的チャンク」といえます。

まだ難しいかと思うので、見慣れた形で考えてみましょう。
図1は「美濃囲い」。「チャンク式将棋ドリル第2回」 で一番最初に覚えた囲いでしたね。



では図2を見てみましょう。



「あ、なんか玉が変なところにいる」と感じた方はばっちりです。玉が囲いに入り切っていませんね。ここで「時間的チャンク」を使って局面を見てみると、「この玉は5九から上がってきたんだな(=過去)」「このままだと囲いが完成していないから、2八まで行きたいな(=未来)」「そのためにまず3九玉と引こう(=手の決定)」となるわけです。

「どんなピンチが起こりそうか?」「相手に対してどう攻めることができそうか?」という将来的な読みである「時間的チャンク」(伊藤他,2004)。「対局者スクリプト」(伊藤,1999)に出てきた「先読み」が「今から具体的にどうなるか数手読む」イメージなのに対して、「時間的チャンク」は「今すぐではないけど、近い将来こうなるかもしれない」という、「先読み」よりさらに先のぼんやりした予想というイメージです。

さらにざっくりいうと、「時間的チャンク」とは「この形・手順はうまくいく」「美濃囲いだからいつか端攻めをされるかもしれない」「自玉は穴熊だから、最後は堅さと遠さで勝負しよう」といった、「成功イメージ」「失敗イメージ」のようなものです。

「過去―現在―未来」を「チャンク」として捉えるのはなかなか難しいかもしれませんが、「序盤―中盤―終盤」という「将棋の流れ」として「時間的チャンク」をなんとなく感じていただければと思います。「時間的チャンク」を鍛えることで、より正確な「形勢判断」「先読み」ができるようになると言われていて、だいたいアマチュア四段以上からみられるようになるという実験結果もあります。「時間的チャンク」は級位者から有段者へ、そこから高段者にむけてさらなる棋力向上を目指される方の新たな将棋勉強法になる可能性を秘めているのではないかと思います。

興味のある方はぜひ、文末に付記した参考文献もお読みください。

最後になりましたが、これまで「絵美菜流チャンク式将棋ドリル」をお読みいただいた皆様、毎週お付き合いいただき本当にありがとうございました。連載は終わりますが、将棋でつながれたご縁は続きますので、盤上でまたお会いしましょう!

チャンク・ユー!


【参考文献】
-伊藤毅志,松原仁,ライエル・グリンベルゲン, 将棋の認知科学的研究(2)-次の一手実験からの考察,情報処理学会論文誌,Vol.45, No.5, pp.1481-1492 (2004).
-伊藤毅志, 将棋における人間の認知過程, ゲームプログラミングワークショップ'99, pp.177-184 (1999

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著者

山口絵美菜
1994年5月4日宮崎県出身の女流棋士。小学5年生の時に将棋と出逢い、女流棋士になるために京都大学文学部に進学。2017年に卒業し、現在は大阪を拠点に将棋の棋力向上と普及に努めている。史上初の京大卒女流棋士で、将棋をテーマとした卒業論文『将棋の「読み」と熟達度』では「チャンク」について研究を行った。趣味は勉強と文を書くこと。