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「東西のホープが激突」(後編)―佐藤天彦名人、稲葉陽八段、原点の一戦




「東西のホープが激突」(前編)はこちら




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 第4図以下の指し手
▲4八銀△6四角 ▲2八角△2三金
(第5図)
 

作戦負けの気配


△4五銀~△3三桂。後手の攻め駒がどんどん前に出てくる。いつでも△5六歩と突く決戦策があるので、先手から▲8二角と打つ手はなかなか間に合わない状況である。
第4図の△3六歩に▲同銀は△5四角がある。これは先手負け。よって▲4八銀だが、△6四角(次に△5六歩)に▲2八角と打って対抗するようでは、どうも先手作戦負けの気配が漂ってきた。
「▲4八銀では▲2八銀で大変だと思っていた」と稲葉説。▲2八銀に△5四飛なら、▲8三角(G図)と打つ手があり、これで▲6五角成と引きつける形になれば先手も指せる。ただ、G図の後手には△8四飛▲6五角成△5四角で千日手にする権利がある。
「後手にだけ千日手にする権利があるようじゃ、さえませんね」と佐藤。これまた気持ちは分かる。



それにしても、先手の攻め駒があまりにも前に出ていないことはお分かりだろう。先手の▲2八角に対し、稲葉は一瞬△2五飛と指しかけたが、それは▲4六歩△5四銀▲3四歩(H図)で後手大失敗となる。



「おっと」と思い直して△2三金。これが好手だった。



 第5図以下の指し手
▲7四歩△3二玉 ▲4六歩△5四銀
▲6六歩△7四歩 ▲同 飛△7三銀
▲7七飛△1四金 (第6図)
 

佐藤、勝負手を逃す


後手には指したい手がいっぱいある。
△2五飛~△3五飛~△3二玉~△4二金~△5三銀~△2五桂。これを全部指したら圧勝だ。
一方の先手は動かせる駒が極端に限られている。
▲7四歩△3二玉。そこで▲4六歩△5四銀▲6六歩としたのは、4五の銀を追い払っただけの手順で、これでは先手の駒組みに何の展望もない。
「▲4六歩と突いて角道を止める構想じゃ相手が安心してしまう。こっちは全然駒が前に出て行けないからなあ」と佐藤の嘆き。手がない以上、先手としては後手の動きを催促するしかなかった。それには第5図で▲8六歩と突く一手だったと宮田五段は指摘する。
第5図で▲8六歩と突く。以下△2五飛▲8五歩△3五飛▲8四歩△3七歩成▲同銀△2五桂▲3六歩△3七歩成▲同角(I図)。



「確かに、これは勝負ですね。負けかもしれないけど、こっちはこのくらいのことをやらなくちゃしょうがなかった」と佐藤も認めた。
ここが先手にとってはほとんど唯一ともいえるチャンスだった。形勢が広がった本譜はさらに後手に好手が出る。第6図の△1四金がそれだ。



 第6図以下の指し手
▲4七銀△2五金 ▲3四歩△同 飛
▲3七歩△4二金 ▲1六歩△5三角
▲6九玉△3五金 ▲3六歩△同 金
▲同 銀△同 飛 ▲3七金△3四飛
▲1七角△3五歩 ▲3八金△7六歩
▲6七飛△6四銀 (第7図)


 

大きな将棋


△1四金は次に△2五金~△3五金の狙い。制空権を全面的に握って、先手陣を圧倒してしまおうというのである。さすがに関西の大器、稲葉。大きな将棋だと思った。佐藤は指す手がない。耐えに耐え、我慢を続けるが、先手陣は悲しいほど卑屈な形になった。
前にも書いたように、佐藤天彦といえば、関東期待の星である。一昨年の新人王だし、スケールの大きな居飛車党で、1年ほど前には先手番20連勝の記録も打ち立てた。
その佐藤がいま、ちょっとしたスランプに陥っているのだ。今期のC級2組順位戦では5回戦まで2勝3敗とまさかの負け越し。この対局の少し前にも公式戦4連敗を記録していた。
「気合を入れて臨んだ久保利明棋王とのNHK杯戦に負けてがっくりきて、そのショックから立ち直れないでいる。いまは自分の弱さと将棋の難しさを実感しているところです」と佐藤はいう。
どんな新鋭でも、必ず壁に当たるときがくる。佐藤にとっては、それがいまなのだろう。



 第7図以下の指し手
▲5九銀△1四歩 ▲2六角△2五歩
▲4八角△7五銀 ▲5八玉△3六歩
▲4九玉△3五銀 ▲5八銀△4六銀
▲4七歩△3五銀 ▲5九玉△6四歩
▲6九飛△6五歩 ▲同 歩△6六歩
(投了図)まで稲葉四段の勝ち
(消費時間=▲2時間△2時間)


 

無残な投了図


後手には指したい手がいっぱいあるのに、先手にはほとんど指す手がない。そうした状況が延々と続き、形勢は駒組みのままぶっ大差になった。
本当は終盤の激しい寄せ合いと、控室でそれをびしびし検討する宮田敦史五段の活躍を期待していたのだが、この終盤ではさすがの宮田五段からもコメントが出ない。△6六歩を見て佐藤の投了。これだけ無残な投了図はプロの公式戦でも1年に10局あるかどうか。それがこの勝ち抜き戦で出てしまったのだ。佐藤にとっては泣くに泣けない心境だっただろう。



投了図で後手からは△7三桂~△6五桂~△4五桂というひどい狙いがある。先手から▲6四歩△同角▲7四金としても、△5三角▲6四歩△同銀(J図)でほとんど手にならない。



稲葉は会心の勝利で関西チームに大きな3勝目をもたらした。これで関西3勝2敗のリード。関東チーム4番手は広瀬章人新人王の出番である。(了)

 
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