2024.12.24
将棋戦略「配置理論」講座 第2回~9×9の境界が駒の働きに与える影響について~【全4回】
全4回にわたって「配置理論」をご紹介する本講座。今回は、将棋盤の境界に関するお話。将棋盤が9×9であるが故の特殊効果を見ていきます。
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皆さんこんにちは。
本記事では、将棋の最善手を導き出すための新しい理論、「配置理論」をご紹介します。
詳しくは、2024年12月24日に発売の『配置理論で学ぶ 将棋戦略思考』(著:ゆに@将棋戦略)にも載っていますので、チェックしてみてくださいね。
※本稿は、ゆに@将棋戦略著『配置理論で学ぶ 将棋戦略思考』の内容をもとに編集部が再構成したものです。
今回は、駒の働きに変化を及ぼす効果や概念を見ていきます。
第1回の講座で、攻めと守りの働きは玉に近ければ近いほど大きくなる、と説明しました。
このことは概ね正しいとは言えるでしょうが、果たして厳密な意味で正しいでしょうか? 今から、そのことを実験的に確かめてみたいと思います。
玉に近ければ近いほど大きくなる、ということを、"攻めや守りの働きは、王様を含むほかの駒との相対位置のみによって決まる"と表現することにします。
わざわざこう言い換えた理由は、駒の働きにこのような仮定を与えたとき、"駒の働きは並進操作に対して不変である"と言えるからです。
並進操作とは、下記の図のようなイメージです。
要するに、スライドのこと。駒同士の距離感を保ったまま、上下に移動してみるのです。
この操作の前後で駒の働きに違いがなければ、駒の働きは相対位置のみによって決まると言えるでしょう。
まずは第1図のような部分図を考えます。ここで言う部分図とは、玉を含む一部の駒を使って作った駒のセットのことで、第1図の場合は玉と金銀のみを使って部分図を作成しました。
ここから盤上の駒全体をスライドしてみて、駒の働きの変化を見てみます。現状では、駒と上下の境界との間に「スキマ」があります
そうしてこの部分図に対して、並進操作を行います。ここでは試しに、上方向にスライドしてみましょう。スライドしたあとの状態が第2図です。
第1図を上方向に1マススライドさせた図。後手陣の駒と境界との間にあった「スキマ」がなくなっています
攻めや守りの働きが「玉を含むほかの駒との相対位置のみによって決まる」ということは、スライドの前後で駒の働きの総和が変化しないことを意味します。このような性質を「並進不変性」と呼ぶことにしましょう。よく見ると第1図は後手陣の駒と上側の境界の間に「スキマ」がありましたが、第2図ではなくなっています。何となく少し変わったような気がしますね?
実を言うと、「ある条件」においてはどんな部分図を用いてもかならず並進不変性が成り立つのです。それは、無限に大きな将棋盤を使うこと、です。将棋盤が無限に大きければ、空間が一様であるため100マス、スライドしても働きは変わりません。一方、実際の9×9マスに限られた将棋盤を用いるとどうなるか?
第1図、第2図よりわかりやすい例として、第3図と第4図を用意しました。第3図はいわゆる「穴熊」囲いですね。第4図は、第3図を右に1マス、スライドした図になっています。
穴熊囲いの部分図。ここから後手が先手陣を攻略することを考えます
第3図を右方向に1マススライドした図。スライドにより、9筋にスキマが出来てしまいました
ここで後手を持って、豊富な持ち駒を使って穴熊囲いを攻略することを考えます。第3図の場合は△6六桂のような手がいちばん速いです。こうして次に△7八桂成と金を剥がした後、さらに△6六桂~△7八
桂成(第5図)とすれば詰めろがかかります。つまり、最初の△6六桂は3手スキの攻めになります。このように、穴熊相手には門番の金銀を1枚ずつ剥がして攻める必要があります。
第3図から△6六桂と攻めるぐらいですが、図まで進んでようやく詰めろ。△6六桂は3手スキの攻め
次に第4図でも、後手を持って玉を攻略することを考えてみます。
今度は玉が大変なことになっていますね。つまり、△9七歩(第6図)とでも打たれるといきなり詰めろがかかってしまいます。
第4図から△9七歩と打たれ、いきなり詰めろがかかってしまいました
第6図における先手陣の問題は、左辺に「スキマ」ができてしまったせいで左辺から攻められてしまい、玉の右辺にいる金銀が全く働かなくなってしまった点にあります。むしろ、逃げ道を塞ぐ「壁」になっていますね。そのせいで、△9七歩に▲9九歩などと受けても単純に△9一香(第7図)と足されるぐらいでどうにもなりません。
玉の左辺にも駒を配置することで、駒の働きが回復します
並進不変性が明らかに成り立たない部分図は、ほかにもたくさん示すことができます。例えば、第9図のような場合もそうです。
次に△5七金▲4九玉△4八金打の詰み
第9図は後手の手番なら△5七金▲4九玉△4八金打の3手詰め、というのはおわかりと思います。しかしここで、上方向に1マス、スライドするとどうなるか(第10図)。
第9図を上に1マススライドした図。今度は△5六金▲4八玉△4七金打▲3九玉と追っても、詰まないどころか詰めろも続きません
今度は△5六金▲4八玉△4七金打▲3九玉と追っても、詰みがないどころか詰めろさえ続きません。
駒の働きの定義(=将棋の目的に対する寄与)からすると、第9図と第10図を比較した場合、第9図の5六銀のほうが攻めの働きが大きいと言えるでしょう。前回の講座ではこのような比較は出てきませんでしたね。このように相手玉との距離が同じでも攻めの働きが変わってくる場合があるのです。
ほかには第3図と第4図の関係とは逆に、自玉を中央から端のほうにスライドすることで相手の攻め駒が強くなるケースも示すことができます。例えば第11図。
△6八金でも△6七とでも、▲4八玉で先手玉は安泰
5九玉に対して相手の7七とが迫ってきていますが、いまのところは△6八金とこられても▲4八玉ですし、△6七とも同じく▲4八玉でしばらく先手玉は安泰です。しかし、第11図で右側に4マス並進操作してみると、今度は先手玉の逃げ道がなくなってしまい、大変なことになります(第12図)。
第11図から右に4マススライドした図。今度は△2八金の一手詰み
次に△2八金の1手詰めである上に、それを受ける術が全くありません。
その一方で、並進操作のやり方によっては働きが変わらない場合もあります。例えば第13図。
第9図を横に1マススライドした図。状況は全く変わっていません
これは先ほどの第9図を横に1マス、スライドさせたものですが、そうしたところで全く状況は変わりませんね。
そのほかには例えば穴熊囲いセットを盤上の中央付近に設置して、1マススライドする場合(第14図)。どこに動かそうが、第3図のような劇的な変化は起きません。
穴熊囲いの部分図を中央に持ってきた場合。中央付近は境界から遠くなり、無限に大きい将棋盤の性質に近くなります
というわけで、並進不変性は一般的には成り立たない、というのが実験の結論です。またもう1つ言えることは、並進不変性が成り立たない場合というのは玉が境界近傍(盤上の端の方)に存在しているということです。逆に、玉が盤上の中央付近にいると、無限に広い将棋盤と似て、並進操作しても働きが変わりにくくなります。以上のような性質が駒の働きに及ぼす影響について、詳しくまとめてみます。
玉が境界近傍にいるとき、境界は玉にとってどんな存在でしょうか?素直に考えれば、次の2つのことが言えると思われます。
①境界の外には逃げられないので、玉の逃げ道が狭くなる。
②境界側からは相手の駒が攻めてこない。
境界の性質①についてはそのままの意味で、玉が境界近傍にいることのデメリットになります。一方で、境界の性質②は玉が境界近傍にいることのメリットに成り得ます。
境界の性質②について、もう少し詳しく考えてみましょう。第1図は玉と金銀歩を使った部分図で、5八に飛車がいれば無敵囲いとも言われる形ですが、仮にここから後手の攻め駒が左辺からやってきたとしましょう。
5八に飛車がいれば無敵囲いとも呼ばれる形
このとき、左辺にいる相手の駒を排除したり、あるいは相手の駒の利きを遮ったりすることで玉を守るのは、左辺にいる守り駒である金銀2枚になります(第2図)。
左辺から相手の攻め駒が侵入すると、左辺の金銀が働きます。一方で、右辺の金銀は単なる壁で、働いていません
従って、このままの状態では右辺の金銀2枚は、あまり働きのよくない駒であると言ってよいでしょう。このことは、もちろん右辺から攻められても同様です。つまりどういうことかと言うと、玉が中央にいて、左右に金銀が分散した陣形(以降はバランス型と呼びます)というのは、実は恒常的に金銀の働きをフルに発揮できないということです。
一方、玉が3八の地点にいて守り駒が左辺にいる状態(第3図)では性質が少し変わります。
玉が3八にいれば全ての金銀が働きます
つまり、左辺から攻められた場合は守り駒がよく働きますが、右辺にあるスキマから攻められてしまった場合は、左辺の金銀が全く機能しないということになります(第4図)。
右辺から攻められると、今度は金銀が働かなくなってしまいます
このように、玉が左右の境界近傍にいない場合は基本的に、金銀の働きが半減してしまうか、あるいは一方から攻められたときに全く機能しないか、この二択になってしまうのです。
境界の性質②はこのような問題を解決してくれます。金銀4枚の穴熊囲いの図(第5図)を示します。
穴熊囲いに囲われた王様。境界の性質②から、上から攻めるか右辺から攻めるしかありません
この場合、後手側は金銀4枚を相手にしなければ決して攻められません(第6図)。
どこから攻められても、金銀4枚はしっかり働いてくれます
第1図も第5図も金銀が玉を守る陣形なのですが、この4枚の働きがまるで違うことがわかりました。従って境界の性質②は、玉が境界近傍にいると周囲の駒の守りの働きが高まることを意味します。逆に、性質①は自玉が詰みやすくなることから、相手の攻め駒の働きが高まることを意味します。この2つの性質を合わせて、「境界効果」と呼ぶことにします。
第7図は先ほどの無敵囲いモドキですが、左辺の金銀2枚が左辺からの攻めに対して、右辺の金銀2枚が右辺からの攻めに対しての遮蔽物として機能します。
左辺の金銀2枚は左辺の攻めに対しての遮蔽物とみなします。右辺の金銀2枚はその逆です
一方、第8図は穴熊囲いで、金銀4枚があらゆる方向からの攻めに対して玉を遮蔽する駒になっています。このような見方をすると、玉の位置による金銀の働きの違いを認識しやすくなります。
金銀4枚は全方向からの遮蔽物とみなせます
級位者の方同士の対局では、第9図のような場面をよく見かけます。
先手陣の玉と守り駒の位置関係から、左辺や上部は安全スペース、右辺は危険スペース(色付き部分)とみなします
ここから▲4六歩△同歩▲同銀(第10図)のように攻めてしまうことが多いのですが、このような指し方は絶対にやめるべきです。
なぜかと言うと、先手は王様がまだ6九にいる状態のため、金銀は上方向や左辺からの攻めに対しての遮蔽物になっており、右辺は無防備の状態だからです。一応、具体的な手順を示すと、第10図以下△4二飛▲4八飛△4五歩▲5七銀△5四歩▲1六歩△5五歩▲同歩△同銀▲5六歩△4六歩のような調子で先手が相当、悪いです。
第9図で上方向や左辺は攻め駒が侵入してきても比較的安全なスペースで、これを安全スペースと呼ぶことにします。一方、右辺は攻め駒が侵入すると危険なスペースで、これを危険スペースと呼ぶことにします。第10図の進行は、自ら危険スペースで戦いにいっているわけですね。
第9図では後手陣の攻め駒は4四銀、3三角、2二飛、2一桂などで、いずれも右辺に配置されている駒になります。そんなときに右辺が危険スペースになっていると大変マズイです。第9図では直ちに▲6八角(第11図)と上がり、以下△5四歩▲7九玉△7四歩▲8八玉(第12図)のように進めるのが基本と言えるでしょう。
▲6八角として、玉を境界近傍に移動するのが急所
玉を囲うことで右辺が安全スペースに。なおかつ、危険スペース(色付き部分)が縮小しました
このように、安全スペースと危険スペースを常に管理するのが将棋における射線管理の考え方です。玉を8八の地点に持っていったことの効果として、以下の2点に着目して下さい。
・相手の攻め駒がいる右辺が安全スペースになったこと
・玉が境界に近づいたために、危険スペースが縮小したこと
1点目の効果により、自軍の守り駒である金銀3枚がフルに活用できるようになります。また、2点目の効果はまさに境界効果による恩恵で、これによって金銀が働かなくなる可能性を減少させることができるのです。
②玉が盤上の端の方にいる形では境界効果により、「自陣の守り駒の働きが高まる」メリットと「相手の攻め駒の働きが高まる」デメリットが生じる
③境界効果を踏まえ、危険スペースを避けつつ安全スペースを確保する射線管理を意識するとよい
以上が、配置理論の9×9の境界が駒の働きに与える影響についての講座です。
詳しくは、2024年12月24日に発売の『配置理論で学ぶ 将棋戦略思考』(著:ゆに@将棋戦略)に載っています。
本書ではほかにも、「偶奇バランス」「駒の働きの顕在性」などの新たな概念を用い、駒の働きの言語化に挑んでいます。 ぜひ読んでください。
お得で気軽に参加できる将棋大会『第6回 将棋情報局最強戦オンライン』11月13日開催! エントリー受付中
皆さんこんにちは。
本記事では、将棋の最善手を導き出すための新しい理論、「配置理論」をご紹介します。
詳しくは、2024年12月24日に発売の『配置理論で学ぶ 将棋戦略思考』(著:ゆに@将棋戦略)にも載っていますので、チェックしてみてくださいね。
※本稿は、ゆに@将棋戦略著『配置理論で学ぶ 将棋戦略思考』の内容をもとに編集部が再構成したものです。
9×9の境界が駒の働きに与える影響
第1回の講座では、「駒の働き」が重要な概念であること、駒の働きにはいくつかの種類があることを示しました。今回は、駒の働きに変化を及ぼす効果や概念を見ていきます。
駒の働きの並進不変性
第1回の講座で、攻めと守りの働きは玉に近ければ近いほど大きくなる、と説明しました。
このことは概ね正しいとは言えるでしょうが、果たして厳密な意味で正しいでしょうか? 今から、そのことを実験的に確かめてみたいと思います。
玉に近ければ近いほど大きくなる、ということを、"攻めや守りの働きは、王様を含むほかの駒との相対位置のみによって決まる"と表現することにします。
わざわざこう言い換えた理由は、駒の働きにこのような仮定を与えたとき、"駒の働きは並進操作に対して不変である"と言えるからです。
並進操作とは、下記の図のようなイメージです。
要するに、スライドのこと。駒同士の距離感を保ったまま、上下に移動してみるのです。
この操作の前後で駒の働きに違いがなければ、駒の働きは相対位置のみによって決まると言えるでしょう。
まずは第1図のような部分図を考えます。ここで言う部分図とは、玉を含む一部の駒を使って作った駒のセットのことで、第1図の場合は玉と金銀のみを使って部分図を作成しました。
ここから盤上の駒全体をスライドしてみて、駒の働きの変化を見てみます。現状では、駒と上下の境界との間に「スキマ」があります
そうしてこの部分図に対して、並進操作を行います。ここでは試しに、上方向にスライドしてみましょう。スライドしたあとの状態が第2図です。
第1図を上方向に1マススライドさせた図。後手陣の駒と境界との間にあった「スキマ」がなくなっています
攻めや守りの働きが「玉を含むほかの駒との相対位置のみによって決まる」ということは、スライドの前後で駒の働きの総和が変化しないことを意味します。このような性質を「並進不変性」と呼ぶことにしましょう。よく見ると第1図は後手陣の駒と上側の境界の間に「スキマ」がありましたが、第2図ではなくなっています。何となく少し変わったような気がしますね?
実を言うと、「ある条件」においてはどんな部分図を用いてもかならず並進不変性が成り立つのです。それは、無限に大きな将棋盤を使うこと、です。将棋盤が無限に大きければ、空間が一様であるため100マス、スライドしても働きは変わりません。一方、実際の9×9マスに限られた将棋盤を用いるとどうなるか?
第1図、第2図よりわかりやすい例として、第3図と第4図を用意しました。第3図はいわゆる「穴熊」囲いですね。第4図は、第3図を右に1マス、スライドした図になっています。
穴熊囲いの部分図。ここから後手が先手陣を攻略することを考えます
第3図を右方向に1マススライドした図。スライドにより、9筋にスキマが出来てしまいました
ここで後手を持って、豊富な持ち駒を使って穴熊囲いを攻略することを考えます。第3図の場合は△6六桂のような手がいちばん速いです。こうして次に△7八桂成と金を剥がした後、さらに△6六桂~△7八
桂成(第5図)とすれば詰めろがかかります。つまり、最初の△6六桂は3手スキの攻めになります。このように、穴熊相手には門番の金銀を1枚ずつ剥がして攻める必要があります。
第3図から△6六桂と攻めるぐらいですが、図まで進んでようやく詰めろ。△6六桂は3手スキの攻め
次に第4図でも、後手を持って玉を攻略することを考えてみます。
今度は玉が大変なことになっていますね。つまり、△9七歩(第6図)とでも打たれるといきなり詰めろがかかってしまいます。
第4図から△9七歩と打たれ、いきなり詰めろがかかってしまいました
第6図における先手陣の問題は、左辺に「スキマ」ができてしまったせいで左辺から攻められてしまい、玉の右辺にいる金銀が全く働かなくなってしまった点にあります。むしろ、逃げ道を塞ぐ「壁」になっていますね。そのせいで、△9七歩に▲9九歩などと受けても単純に△9一香(第7図)と足されるぐらいでどうにもなりません。
右辺の金銀が全く働いていないどころか、壁になっているので、受けようがありません
玉の左辺にも駒を配置することで、駒の働きが回復します
並進不変性が明らかに成り立たない部分図は、ほかにもたくさん示すことができます。例えば、第9図のような場合もそうです。
次に△5七金▲4九玉△4八金打の詰み
第9図は後手の手番なら△5七金▲4九玉△4八金打の3手詰め、というのはおわかりと思います。しかしここで、上方向に1マス、スライドするとどうなるか(第10図)。
第9図を上に1マススライドした図。今度は△5六金▲4八玉△4七金打▲3九玉と追っても、詰まないどころか詰めろも続きません
今度は△5六金▲4八玉△4七金打▲3九玉と追っても、詰みがないどころか詰めろさえ続きません。
駒の働きの定義(=将棋の目的に対する寄与)からすると、第9図と第10図を比較した場合、第9図の5六銀のほうが攻めの働きが大きいと言えるでしょう。前回の講座ではこのような比較は出てきませんでしたね。このように相手玉との距離が同じでも攻めの働きが変わってくる場合があるのです。
ほかには第3図と第4図の関係とは逆に、自玉を中央から端のほうにスライドすることで相手の攻め駒が強くなるケースも示すことができます。例えば第11図。
△6八金でも△6七とでも、▲4八玉で先手玉は安泰
5九玉に対して相手の7七とが迫ってきていますが、いまのところは△6八金とこられても▲4八玉ですし、△6七とも同じく▲4八玉でしばらく先手玉は安泰です。しかし、第11図で右側に4マス並進操作してみると、今度は先手玉の逃げ道がなくなってしまい、大変なことになります(第12図)。
第11図から右に4マススライドした図。今度は△2八金の一手詰み
次に△2八金の1手詰めである上に、それを受ける術が全くありません。
その一方で、並進操作のやり方によっては働きが変わらない場合もあります。例えば第13図。
第9図を横に1マススライドした図。状況は全く変わっていません
これは先ほどの第9図を横に1マス、スライドさせたものですが、そうしたところで全く状況は変わりませんね。
そのほかには例えば穴熊囲いセットを盤上の中央付近に設置して、1マススライドする場合(第14図)。どこに動かそうが、第3図のような劇的な変化は起きません。
穴熊囲いの部分図を中央に持ってきた場合。中央付近は境界から遠くなり、無限に大きい将棋盤の性質に近くなります
というわけで、並進不変性は一般的には成り立たない、というのが実験の結論です。またもう1つ言えることは、並進不変性が成り立たない場合というのは玉が境界近傍(盤上の端の方)に存在しているということです。逆に、玉が盤上の中央付近にいると、無限に広い将棋盤と似て、並進操作しても働きが変わりにくくなります。以上のような性質が駒の働きに及ぼす影響について、詳しくまとめてみます。
境界効果
先ほどの実験で、9×9マスの境界に囲まれた将棋盤においては、並進不変性が成り立たないことがわかりました。それに加え、玉が境界近傍に存在する場合、並進操作によって働きが変わりやすい性質も見られました。従って、9×9マスの境界が駒の働きに何等かの影響を及ぼしていそうです。玉が境界近傍にいるとき、境界は玉にとってどんな存在でしょうか?素直に考えれば、次の2つのことが言えると思われます。
①境界の外には逃げられないので、玉の逃げ道が狭くなる。
②境界側からは相手の駒が攻めてこない。
境界の性質①についてはそのままの意味で、玉が境界近傍にいることのデメリットになります。一方で、境界の性質②は玉が境界近傍にいることのメリットに成り得ます。
境界の性質②について、もう少し詳しく考えてみましょう。第1図は玉と金銀歩を使った部分図で、5八に飛車がいれば無敵囲いとも言われる形ですが、仮にここから後手の攻め駒が左辺からやってきたとしましょう。
5八に飛車がいれば無敵囲いとも呼ばれる形
このとき、左辺にいる相手の駒を排除したり、あるいは相手の駒の利きを遮ったりすることで玉を守るのは、左辺にいる守り駒である金銀2枚になります(第2図)。
左辺から相手の攻め駒が侵入すると、左辺の金銀が働きます。一方で、右辺の金銀は単なる壁で、働いていません
従って、このままの状態では右辺の金銀2枚は、あまり働きのよくない駒であると言ってよいでしょう。このことは、もちろん右辺から攻められても同様です。つまりどういうことかと言うと、玉が中央にいて、左右に金銀が分散した陣形(以降はバランス型と呼びます)というのは、実は恒常的に金銀の働きをフルに発揮できないということです。
一方、玉が3八の地点にいて守り駒が左辺にいる状態(第3図)では性質が少し変わります。
玉が3八にいれば全ての金銀が働きます
つまり、左辺から攻められた場合は守り駒がよく働きますが、右辺にあるスキマから攻められてしまった場合は、左辺の金銀が全く機能しないということになります(第4図)。
右辺から攻められると、今度は金銀が働かなくなってしまいます
このように、玉が左右の境界近傍にいない場合は基本的に、金銀の働きが半減してしまうか、あるいは一方から攻められたときに全く機能しないか、この二択になってしまうのです。
境界の性質②はこのような問題を解決してくれます。金銀4枚の穴熊囲いの図(第5図)を示します。
穴熊囲いに囲われた王様。境界の性質②から、上から攻めるか右辺から攻めるしかありません
この場合、後手側は金銀4枚を相手にしなければ決して攻められません(第6図)。
どこから攻められても、金銀4枚はしっかり働いてくれます
第1図も第5図も金銀が玉を守る陣形なのですが、この4枚の働きがまるで違うことがわかりました。従って境界の性質②は、玉が境界近傍にいると周囲の駒の守りの働きが高まることを意味します。逆に、性質①は自玉が詰みやすくなることから、相手の攻め駒の働きが高まることを意味します。この2つの性質を合わせて、「境界効果」と呼ぶことにします。
射線管理
「境界効果」の性質を踏まえて、私たちはどんなことに気をつければよいでしょうか? それを端的に表す言葉として、私は「射線管理」という言葉を使うことにしました。「射線管理」というのはFPS(一人称視点シューティングゲーム)で用いられる言葉で、大体の意味は「遮蔽物を使って相手の弾に当たらないように、空間や敵の位置を意識すること」です。ここでは自軍の金銀を遮蔽物と見立てて考えることにします。第7図は先ほどの無敵囲いモドキですが、左辺の金銀2枚が左辺からの攻めに対して、右辺の金銀2枚が右辺からの攻めに対しての遮蔽物として機能します。
左辺の金銀2枚は左辺の攻めに対しての遮蔽物とみなします。右辺の金銀2枚はその逆です
一方、第8図は穴熊囲いで、金銀4枚があらゆる方向からの攻めに対して玉を遮蔽する駒になっています。このような見方をすると、玉の位置による金銀の働きの違いを認識しやすくなります。
金銀4枚は全方向からの遮蔽物とみなせます
級位者の方同士の対局では、第9図のような場面をよく見かけます。
先手陣の玉と守り駒の位置関係から、左辺や上部は安全スペース、右辺は危険スペース(色付き部分)とみなします
ここから▲4六歩△同歩▲同銀(第10図)のように攻めてしまうことが多いのですが、このような指し方は絶対にやめるべきです。
やってはいけない指し方。こうなると危険スペース側で戦うことになってしまいます
なぜかと言うと、先手は王様がまだ6九にいる状態のため、金銀は上方向や左辺からの攻めに対しての遮蔽物になっており、右辺は無防備の状態だからです。一応、具体的な手順を示すと、第10図以下△4二飛▲4八飛△4五歩▲5七銀△5四歩▲1六歩△5五歩▲同歩△同銀▲5六歩△4六歩のような調子で先手が相当、悪いです。
第9図で上方向や左辺は攻め駒が侵入してきても比較的安全なスペースで、これを安全スペースと呼ぶことにします。一方、右辺は攻め駒が侵入すると危険なスペースで、これを危険スペースと呼ぶことにします。第10図の進行は、自ら危険スペースで戦いにいっているわけですね。
第9図では後手陣の攻め駒は4四銀、3三角、2二飛、2一桂などで、いずれも右辺に配置されている駒になります。そんなときに右辺が危険スペースになっていると大変マズイです。第9図では直ちに▲6八角(第11図)と上がり、以下△5四歩▲7九玉△7四歩▲8八玉(第12図)のように進めるのが基本と言えるでしょう。
▲6八角として、玉を境界近傍に移動するのが急所
玉を囲うことで右辺が安全スペースに。なおかつ、危険スペース(色付き部分)が縮小しました
このように、安全スペースと危険スペースを常に管理するのが将棋における射線管理の考え方です。玉を8八の地点に持っていったことの効果として、以下の2点に着目して下さい。
・相手の攻め駒がいる右辺が安全スペースになったこと
・玉が境界に近づいたために、危険スペースが縮小したこと
1点目の効果により、自軍の守り駒である金銀3枚がフルに活用できるようになります。また、2点目の効果はまさに境界効果による恩恵で、これによって金銀が働かなくなる可能性を減少させることができるのです。
本記事のまとめ
①無限サイズの将棋盤では並進不変性が成り立ち、9×9の将棋盤では成り立たない(境界効果)②玉が盤上の端の方にいる形では境界効果により、「自陣の守り駒の働きが高まる」メリットと「相手の攻め駒の働きが高まる」デメリットが生じる
③境界効果を踏まえ、危険スペースを避けつつ安全スペースを確保する射線管理を意識するとよい
配置理論を体系的に学ぶならこの本がおすすめ
ここまでお読みいただきありがとうございました!以上が、配置理論の9×9の境界が駒の働きに与える影響についての講座です。
詳しくは、2024年12月24日に発売の『配置理論で学ぶ 将棋戦略思考』(著:ゆに@将棋戦略)に載っています。
本書ではほかにも、「偶奇バランス」「駒の働きの顕在性」などの新たな概念を用い、駒の働きの言語化に挑んでいます。 ぜひ読んでください。
お得で気軽に参加できる将棋大会『第6回 将棋情報局最強戦オンライン』11月13日開催! エントリー受付中
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