2023.03.28
※期間限定無料公開中!【ゴールドメンバー限定記事】編集部島田が綴る今月の藤井聡太 2023年3月編
現在開催中の藤井七冠フェアにあわせて、ゴールドメンバー限定サービス「編集部島田が綴る今月の藤井聡太2023年3月号」を6月15日まで無料公開します!
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皆さんこんにちは。「恋は全て初恋です。相手が違うからです」でおなじみの編集部島田です。
将棋情報局ゴールドメンバー限定記事「編集部島田が綴る 今月の藤井聡太」第7弾でございます。3月は王将戦、棋王戦、A級順位戦が決着する山場の月になりました。
藤井先生にとっては過密日程で重要局が連発して大変だったと思いますが、結果として(←藤井先生っぽい言い方)この3つの戦いすべてに勝利したのはさすが!でした。
先月の記事で、藤井先生が多忙すぎて『藤井聡太全局集』と『将棋年鑑』のインタビューが遅れているという話をしましたが、名人戦が始まる前のギリギリのタイミングでお時間を取っていただけることになりました!(パチパチパチパチ)
これを書いているのは3月25日ですが、藤井先生のインタビューが3月29日なので、ドキドキソワソワしている自分がいます(笑)。島田の人生における年に一度のビックイベントです。1年に1回だけ会えるので、たぶん藤井先生は彦星で、私は織姫なんだと思います(違う、そして気持ち悪い)。
初めて藤井先生にお会いしたのは最初の『藤井聡太全局集』の見本ができた時でした。
藤井六段に「藤井聡太全局集 愛蔵版」の見本を届ける旅
当時、藤井先生はすでに時の人になっていたので「どんな人が出てくるんだろう」とビビっていた私。
まだ藤井先生の人となりを知らなかったので、調子に乗ってる高校生だったらやだなー、
とか思ってたんですが、お邪魔した時、玄関まで出迎えてくださって、「あ、お願いします」と恥ずかしそうに言ってくれて「めっちゃいい子やん!」と感動してハートを撃ち抜かれました。インタビュー中もいい意味で大人しい普通の高校生でありながら、時折見せる鋭い視線と考え方。「これがあの藤井聡太・・・、もう好き!」となって、今に至ります(笑)。
・・・失礼しました。なれ初め、じゃなくて前置きが長くなりすぎました。
気持ちを切り替えて、今月の藤井聡太、振り返っていきましょー。
まずは、3月の藤井先生の対局をまとめてみます。
3月の対局まとめ
2日 A級順位戦 稲葉陽八段戦 勝ち5日 棋王戦五番勝負第3局 渡辺明棋王戦 負け
8日 A級順位戦プレーオフ 広瀬章人八段戦 勝ち
11、12日 王将戦七番勝負第6局 羽生善治九段戦 勝ち
19日 棋王戦五番勝負第3局 渡辺明棋王戦 勝ち
それでは、前回触れられなかった2月25、26日の王将戦第5局から見ていきましょう!
先手番キープで防衛に王手
2月25、26日 羽生善治九段戦第72期ALSOK杯王将戦七番勝負(毎日新聞社、スポーツニッポン新聞社、日本将棋連盟主催)第5局
第1章 横歩取り
羽生善治VS藤井聡太という2大スターによる世紀の一戦は、ここまでお互いに先手番をキープするシーソーゲームで2勝2敗。勝ったほうがタイトルに王手を掛ける重要な一局です。
対局前に藤井先生がお茶をこぼすシーンがあり、お母さんはハラハラしましたが、全く動じなかったのはさすがでした。将棋が始まってしまえば盤上に集中できる方なので何の問題もなかったと思います。
さて、将棋は後手番の羽生先生が横歩取り戦法を採用しました。羽生先生の最近の活躍の原動力となっている指し方ですので、今回の番勝負のどこかで出るだろうと予想されていた作戦です。
藤井先生も「横歩取りももちろん、可能性としてはあるのかな、というふうに思っていました」とおっしゃっています。
横歩取りは戦法の性質上、序盤から駒の取り合いになる激しい将棋になりやすいのですが、本局も飛車角が総交換になり、一手の間違いが命取りになるようなスリリングな局面が続きます。
第2章 やってこい
中盤、右の桂馬をぴょんぴょん跳ねていく藤井先生が好きそうな手順が決まって優位に立ちます。しかし羽生先生が金を打って受けに回ったのが粘りある手で、藤井先生の攻め方が難しい。
これがまさに羽生先生の勝負術で、難しい局面を作って、そこで相手に手を渡して「どうですか」と投げかける。複雑な局面にすれば自分の読みが上回るという自信があるのでしょう。こうやって羽生先生はタイトルを量産してきました。
この指し方はこれまで他の棋士が試みてきた藤井先生の攻略法とは全く違うものです。他の棋士は藤井先生より研究で上回るか、藤井先生がカバーしていない別の研究を用意して、そこでリードしようという考え方でした。しかし羽生先生はお互いによくわからない難しい局面をぶつけて、「力で勝負しましょう」という発想です。
そして実際、藤井先生が最善手を逃し、羽生先生が優位に立ちます。これが羽生先生の強さです。
藤井先生の攻め駒が渋滞気味で、攻めあぐんでいる間に、今度は羽生先生の桂馬が跳ねだして藤井玉を追い詰めます。
しかし、難しい局面での力勝負は諸刃の剣。今度は羽生先生が最善を逃してしまいます。上部に脱出されそうで指しにくい手が実は正解だったようで、形勢の針はもう一度藤井優勢に戻ってきました。
「将棋は最後に間違えた方が負ける」の鉄則の通り、そのまま藤井先生が寄せ切って勝ちとなりました。
第3章 力と力のぶつかり合いが見たいんじゃ
角換わりの研究合戦も「どこまで研究してるの?」という驚きがあって面白いのですが、こういう定跡の整備されていない力戦形もスリリングで、まさに「人間同士の戦い」という感じがするので好きです。
難しくてお互いに間違えるんですけど、将棋はAIの示す最善手を盤上に再現するゲームじゃなくて、あくまで対局者が脳をフル回転させて考え抜いた結果を表現するものです。その手を選んだことに理由があり、だからこそ物語が生まれます。盤上の物語の価値は不変だと、私の尊敬する方が言ってました(^^)
羽生先生もAIの評価値が揺れ動く将棋こそ素晴らしい将棋、とおっしゃってました。
そして、本局がまさにそういう将棋だったと思います。
勝ってA級プレーオフへ
3月8日 稲葉陽八段戦第81期A級順位戦(主催:朝日新聞社・毎日新聞社)最終局
序章 将棋界の一番長い日
順位戦は1年間をかけて行われるリーグ戦。その最高峰であるA級順位戦の最終日は「将棋界の一番長い日」と呼ばれ、これまでに数々のドラマが生まれてきました。
前日の開会式で藤井先生は「A級順位戦最終局浮月楼に自分がうかがうのは初めて。前期までは中継を見て楽しんでいた。今回このような素晴らしい場所で対局できるのはうれしく思う」と述べていました。
浮月楼は徳川最後の将軍となった慶喜公の屋敷跡で、明治24年創業の料亭であり催事場。本当に素晴らしい場所のようで将棋ファンとしては一度は行ってみたいところですが、残念ながら私は行ったことがありません。
悔しいので、藤井先生と自然豊かな庭園を散策した後、レストラン浮殿で「大政奉還プリン」を仲良く食べながら、大きな時代の転換点に二人で思いをはせる妄想だけはしておきました。
「藤井先生の活躍は将棋界の大政奉還みたいなもんです」
「ふふっ。いや、さすがに言い過ぎです島田さん」
「いや、言い過ぎじゃないですよー」
「いや、言い過ぎですー」
(以下、妄想無限ループ)
第1章 伝家の宝刀
さて、A級順位戦の話です。ここまで藤井先生は広瀬章人八段と並んで6勝2敗でトップを走っており、名人挑戦を目指す上で本局は負けられない一戦です。相手は稲葉陽八段。前期B級1組の順位戦では敗れており、名人挑戦の経験もある実力者です。
先手番となった藤井先生の作戦は当然のように角換わり。先手番の連勝記録の原動力となった伝家の宝刀です。
稲葉先生は飛車を4筋に転換する指し方を採用しました。
第2章 過激派
稲葉先生が4筋から動いて飛車先の歩を交換して飛車を自陣に引き上げた場面。ここで「ひふみんアイ」ならぬ「藤井アイ」がキラリと光ります。飛車取りに角を打ったのが決断の一手でした。飛車をかわされて、角と銀の交換になって駒を損するのですが、自分の玉が堅いことと、相手が「玉飛接近」の悪形であることを見越して、駒損でも十分指せると判断したのが素晴らしい大局観でした。機敏な動きで藤井先生があっという間に優勢を築きました。
第3章 フレーオフ進出
序盤でリードを奪い、そのリードを広げていく理想的な展開で評価値は「藤井曲線」を描きます。その後も緩みない寄せを決めた藤井先生が見事に勝利。完勝と言っていい内容で、初参加のA級順位戦を7勝2敗の好成績で終えました。
広瀬先生も勝利したため、名人挑戦権の行方はプレーオフの結果で決まることになりました。
この対局の後のインタビューで子どもの頃の「名人をこす」という夢について聞かれた藤井先生が「小学校低学年の頃の話なので、そろそろ時効にしてほしい」と笑いながら答える場面がありました。実はこれ、いつかのインタビューで私も言われたことがあります(笑)。
小学生にしてはあまりにも大それたことを言っているので恥ずかしいんですかね? 子どものころの夢を実現できるってすごいことなので、胸を張ってもいいように思うんですが・・・。
あと、子どもの頃のよく泣いていたエピソードも、あんまり触れられたくないみたいです。
私も子どもの頃の恥ずかしい話なんて腐るほどあるので、「そこはもう触れんといてくれ」という気持ちは痛いほどわかります。
ということで、私は今の藤井先生を全力で褒めたたえていきます(笑)
あと一歩・・・悔しすぎた敗戦
3月5日 渡辺明棋王戦第48期棋王戦コナミグループ杯五番勝負(共同通信社と観戦記掲載の21新聞社、日本将棋連盟主催)第3局
序章 流れは完全に
史上二人目となる六冠を目指す戦い、棋王戦。渡辺明棋王との五番勝負はここまで藤井先生の2連勝で、しかも本局は先手番。流れは藤井先生にあるように見えました。
しかし、皆さんご存知の通り、本局で藤井先生は悔しい敗戦を経験することになります。
対局と関係ないですが、新潟日報のHPで本局の対局前のインタビュー動画を見ることができます。藤井先生は新潟について「米どころでもあるので、食べ物のほうもとてもおいしいというイメージがあります」と答えていました。「米どころ」って久しぶりに聞いたなーと思いつつ、新潟でおいしいお米をお腹いっぱい食べて元気になるんやで、とお母さん島田は思ったのでした(新潟まで届かぬ思い)。
第1章 劣勢に
先手番の藤井先生は十八番の角換わりを採用します。渡辺先生は4筋に飛車を回る例の対策で、お互いに研究範囲とあって序盤はすいすいと進みます。中盤まで互角の形勢で進みますが、藤井先生が玉を中段に繰り出したのがやや危険な手だったようです。
渡辺先生の攻めが厳しく、みるみるうちに玉を押し戻されて劣勢になってしまいました。その後、飛車を抑え込まれ、角も取られてしまって藤井玉は風前のともしびです。
第2章 大逆転
とはいえ、そう簡単に倒れないのが「勝負師・藤井聡太」。相手に簡単には決めさせない粘り強い指し手を続けます。辛抱からの辛抱。そして渡辺先生が一気に決める順を見送ったことでついに体が入れ替わりました。逆転です。
渡辺先生が飛車取りに桂を成ったとき、渡辺玉に詰みが生じました。非常に厳しい将棋でしたが、最後に勝つのはやっぱり藤井先生か、と思ったとき、まさかの事態が起こります。
玉の頭に歩を打てば渡辺玉が詰んでいたところ、藤井先生は飛車で王手してしまったのです。これでは詰みません。詰将棋の名手、藤井先生がまさかの詰み逃し。騒然とする控室。直後にがっくりとうなだれる藤井先生。自分が詰みを逃したことに気づいたのでしょう。このとき、すでに自分に勝ちがないことに気づいたと思いますが、その後も天を仰いだり、ガクッと下を向いたりを繰り返しながら藤井先生は指し続けます。
この時、どんな気持ちで指していたんでしょうか。
悔しかったでしょうし、自分に対する怒りもあったでしょう。
藤井先生の気持ちを考えるだけで泣きそうになります。
藤井先生が詰みを逃して負けるというのはプロになってから初めてのこと。確かに難しい詰み筋ではありましたが、普段の藤井先生なら逃すはずがありません。それだけこの局面に至るまでに消耗していたということだと思います。将棋の怖さを改めて思い知らされる一局でした。
藤井先生は自分に言い聞かせるように「全体的に苦しい将棋だったので仕方ない」とおっしゃっていました。
観ている藤井ファンにとってもツラい敗戦となってしまいましたが、藤井先生も「切り替えて良い状態で臨めるようにと思います」というように、番勝負で負けたわけではありません。
我々も、切り替えて次の対局でまた全力応援あるのみです。
名人挑戦へ
3月8日 広瀬章人八段戦第81期A級順位戦(主催:朝日新聞社・毎日新聞社)プレーオフ
第1章 研究範囲
A級順位戦を7勝2敗で終えた両者の激突。広瀬先生は竜王戦の番勝負で藤井先生に2局勝っており、強敵です。振り駒で先手番となった藤井先生は迷うことなく角換わりを選択します。
竜王戦の番勝負でもそうでしたが、本局でも広瀬先生が研究を用意していました。しかし藤井先生も研究範囲の展開だったようで中盤まで止まることなく進んでいきます。
藤井先生は桂を取らせる代わりに金を前線ににょきにょきと繰り出していきました。
第2章 正確な読み
藤井先生の攻め駒が少なく、飛車角を抑え込まれているので攻めがつながるかどうかギリギリのところ。それでも小駒で巧みに攻めて徐々に藤井先生が優勢になっていきました。
広瀬先生が端からプレッシャーをかけたところで藤井先生が桂を打ったのが観戦していた棋士も感心した寄せの好手でした。
「桂は控えて打て」という格言があるのですが、端から自玉に火が付いている状況でじっと自陣に桂打ちとは、なかなか指せる手ではありません。
相手からの攻め筋と速度を正確に読み切る力がすごすぎます。数手後に後手玉が詰み筋に入ったところで広瀬先生の投了となりました。
第3章 最年少名人への挑戦
本局に勝って名人挑戦を決めた藤井先生。谷川先生の持つ最年少名人獲得という記録に挑むことになりました。
記者やファンの多くは「最年少」ということに注目してしまいますが、藤井先生はそこに全然こだわっていません。これまでも何度も見てきたパターンです(笑)。
最年少記録について聞かれた藤井先生の言葉を見てみましょう。
「対局に臨むにあたって、まったく意識することはありませんが、ただ、谷川先生の記録にチャレンジできることはやっぱり光栄な事だと思うので、精一杯頑張りたい」
記録は意識していないという自分の気持ちを素直に伝えるとともに、谷川先生へのリスペクトも忘れない。素晴らしいコメントです。
正直でありながら決して驕らず、誰も傷つけない受け答えに惚れ惚れします。
4月から始まる名人戦が今から楽しみでなりません。
王将防衛、夢の対決に幕
3月11、12日 羽生善治九段戦第72期ALSOK杯王将戦七番勝負(毎日新聞社、スポーツニッポン新聞社、日本将棋連盟主催)第6局
第1章 いろんな将棋で
3勝2敗と藤井先生が防衛に王手を掛けて迎えた王将戦第6局。先手番の羽生先生は角換わり早繰り銀を採用、対して藤井先生も早繰り銀で対抗したため「角換わり相早繰り銀」という戦型になりました。
第1局の一手損角換わりに始まり、相掛かり、雁木、角換わり腰掛け銀、横歩取り、角換わり早繰り銀とシリーズを通して同じ戦型がなく、観ていても面白いシリーズでした。戦型を散らしたのは羽生先生の誘導によるものです。もちろんそうすることで的を絞らせないという効果もありますが、藤井先生といろんな戦型で戦ってみたかったのではないかと思います。
タイトル100期がかかる大勝負でも強い相手との対局を楽しみ、チャレンジする姿勢に脱帽です。
第2章 一気呵成
前局同様、角換わり相早繰り銀も定跡があまり整備されていない力戦形で、一手一手が難しい将棋になりました。羽生先生と藤井先生が力比べを楽しんでいるかのようです。
中盤、藤井先生が中住まいという簡素でバランス良い構えを取ったのに対して、羽生先生は玉を右側に移動させて深く囲います。しかし、囲いに手をかけるより攻めの手を先に指したほうが良かったようで、形勢は藤井先生に傾きます。
さらに、角と銀に加えて桂馬を攻めに参加させた藤井先生が一気に寄せ切り、羽生先生に反撃のスキを与えないまま勝利となりました。
第3章 受け継がれていくもの
将棋界の枠を超えて日本中の注目が集まったシリーズは藤井先生の4勝2敗、王将のタイトルを防衛して幕を閉じました。第72期王将戦は、羽生先生の挑戦決定からドキドキの連続で、まさに夢のような時間でした。
この番勝負を通じて、藤井先生がまた一つ強くなったと思っています。羽生先生が研究勝負ではなく、定跡のない力戦を挑んだため、藤井先生としても羅針盤がきかないような難解な局面を考えざるを得なくなりました。
藤井先生はこう振り返っています。
「シリーズを通して考えても分からない局面が多く将棋の奥深さを感じた。8時間の長い持ち時間で6局指すことができて、羽生九段の強さや自分の課題をより感じ、得るものの多いシリーズで、今後に生かせたらと思う」
これらの言葉は偽らざる本心でしょう。定跡一直線の将棋を主戦場にしていた藤井先生に羽生先生が力戦という新しいフィールドを与えてくれたことで、藤井先生の棋士としての幅、完成度はより高みに達しました。
一方、羽生先生のコメントを見てみましょう。
「いろいろやってはみたが全体的に指し手の正確さ、精度を上げなければいけないと感じたシリーズだった。藤井五冠はいろいろな変化や読み筋がたくさん出てくるので、対局していて大変ではあったが勉強にもなった。自分の足りないところを改善しまた次に臨めたらと思う」
32歳も年の離れた若者と戦って「勉強になった」とはなんという謙虚な姿勢でしょうか。そして「自分の足りないところを改善しまた次に臨めたらと思う」という飽くなき向上心。
こういう素晴らしいお手本を目の前で見たことで、藤井先生は人間的にもさらに成長したことでしょう。
羽生先生の魂は、確かに藤井先生に伝わりました。
六冠達成!
3月19日 渡辺明棋王戦第48期棋王戦コナミグループ杯五番勝負(共同通信社と観戦記掲載の21新聞社、日本将棋連盟主催)第4局
序章 グランドスラム
本局は3月19日の日曜日に行われましたが、午前中にNHK杯の決勝戦の模様が放映され、藤井先生が見事に初優勝を果たしました。これで藤井先生は日本シリーズ、銀河戦、朝日杯、NHK杯のすべてで優勝、史上初の快挙を成し遂げたのでした。
後日、NHKラジオで放送されたNHK杯優勝インタビューというのが素晴らしい内容で、印象に残ったコメントもいくつかありました。
特にAIの指し手について聞かれたときに
「自分としても指し手の意味や意志というのを大事にしたい」「自分自身はそんなにこの局面がプラス200点だというふうに考えるということはほとんどなくて、やっぱり少し指しやすいとか少し苦しいとか、言葉で考えていることの方が多い」というのは目からうろこの回答でした。
藤井先生が以前から言っている「指し手を物語としてみる」ということですね。点ではなく、線で。ここに人間が将棋を指す意味があり、AI全盛の今にあっても将棋ファンは人間同士の対局を楽しむことができると思っているので、藤井先生が改めてこの考え方を示してくれたのはうれしかったです。
第1章 角換わりシリーズ
カド番に追い込まれた渡辺先生が採用したのは角換わり。最も自信のある戦法に命運を託しました。
仕掛けの後にそっぽに桂を放ったのが渡辺先生の研究でした。しかし藤井先生が冷静に対応してやや優位に立ちます。しかしその後藤井先生が攻撃のチャンスを見送ったために形勢は混沌。さぁここからどうなるか?という日曜の夕方です。
第2章 藤井の桂
互角の形勢を切り裂いたのは藤井先生の桂でした。先手玉が8八の地点に収まったとき、渡辺先生も「先手陣も耐えられる格好かな」と思ったそうです。ここで藤井先生が、受けるために打った4二の桂を5四にジャンプしたのが目の覚めるような一手。「その桂馬がいたのか」と渡辺先生もビックリの跳躍でした。この桂がさらに6六にまで跳ねて先手陣を攻略。最終盤には歩の頭に桂を打つ手も出現し、桂が大活躍します。受けが利かなくなったところで渡辺先生の投了となりました。
第3章 六冠
本局の勝利で最年少六冠を達成した藤井先生。
しかし、8つのタイトルのうち6つを手中に収めても謙虚な姿勢は変わりません。
「まだまだ実力的に足りないところが多いと思うので、その立場にふさわしい将棋が指せるよう、より一層頑張らなければいけない」とおっしゃっています。
藤井先生が「実力的に足りないところが多い」なら誰が足りてるんじゃ?って話ですけど、今いる棋士の中でトップに立つことが最終目標ではないから出てくる言葉でしょうね。
目指しているのはAIのレベルでしょうか? それとも将棋の神様のレベルでしょうか?
さすがに将棋というゲームの完全解析までは行かないと思いますが、どこを目指しているのか、今度のインタビューで聞いてみたいと思います。
また、六冠について、名古屋駅を起点として今どの辺りか?という難しい質問に「静岡くらいということでお願いします」と答えられていたのは面白かったです。東京まではまだ結構遠い、というニュアンスを出したかったんだと思います。やはり鉄道系の質問は面白い回答が引き出しやすいということを学びました(笑)。
対局から一夜明けた会見では「六冠」と書いた色紙を掲げられていました。「少し照れくさい」と表現されたのがなんともかわいらしい。ちょっと自慢しているように思えたのかもしれませんね。照れてる藤井先生もかわいいのでお母さん的にはハナマルです。
そして見逃せないのが「六冠」という文字の上手さ! これにはビックリしました。筆の運びも自然ですし、字のバランスがとてもいいです。いつのまにそんなに上達したの!?とお母さんはびっくりしたのでした。
なぜ短期間でこんなにうまくなったのか、これも次のインタビューで聞くしかありませんね。
王将戦、A級順位戦、棋王戦と大きな勝負が終わってひと段落ですが、すぐに渡辺先生との名人戦と菅井先生との叡王戦が始まります。どちらも楽しみすぎる対決で、これからも藤井先生から片時も目が離せません。
大きな勝負に向けてゆっくりと休んでほしいところですが、そのタイミングでインタビューという仕事をねじ込んでいる自分(;^_^A。
お母さん島田と会社員島田のハザマで揺れ動く乙女心でございます。
インタビューをやることがことが決まった以上、全身全霊でお話を聞いて、それを余すところなく皆さんに届けることが私の使命だと思ってるので、頑張ります。細かすぎる補足も書きます。
3月29日は皆さん、心の中で瀬戸市にいる島田を応援していただければ幸いです。
よろしくお願いいたします。
・・・というわけで「今月の藤井聡太」は以上となります。もうすぐ春ですね。校庭の桜のつぼみも今まさに咲かんとしています。
藤井先生におかれましては、体調に十分注意しつつ、悔いのない将棋を指していただければ幸いです。母は(妄想上は)ずっとそばで見守っております。
『藤井聡太の詰み』の物語部分を書きながら・・・(必死)。
それでは皆さん、また逢う日までさようなら(^^)
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