細かすぎて伝わらない!『令和4年版将棋年鑑』藤井聡太インタビューの微妙なニュアンスの補足 最終回|将棋情報局

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細かすぎて伝わらない!『令和4年版将棋年鑑』藤井聡太インタビューの微妙なニュアンスの補足 最終回

(1)森林限界を超えて
(2)負けず嫌い
(3)VSの相手
(4)一番大きな目標は

お得で気軽に参加できる将棋大会『第6回 将棋情報局最強戦オンライン』11月13日開催! エントリー受付中 皆さんこんにちは。「馬は走る。花は咲く。人は書く。自分自身になりたいが為に」でおなじみの編集部島田です。

さて、ごく一部の方にとっては将棋年鑑発売前の風物詩となりつつある(?)「細かすぎて伝わらない」シリーズ2022年版も今回が最後となりました。
毎年のことながら皆様からの温かい言葉に励まされて楽しく書き続けることができました。ありがとうございました。

ラスト、悔いのない将棋を指したいと思います。それでは定刻になりましたので、よろしくお願いします。

第4回のメニューは以下の通りです。
(1)森林限界を超えて
(2)負けず嫌い
(3)VSの相手
(4)一番大きな目標は

最後は勢い余って4品用意させていただきました。メソポタミア・エジプト・インダス・黄河。川の流れのように穏やかな気持ちで読んでいただければ幸いです。

では、行きましょう!!

(1)森林限界を超えて
先鋒は「森林限界を超えて」です。これはシンプルな質問シリーズの一つ「お気に入りの前面展望の路線は?」の回答で現れたものです。

いや、そもそも前面展望って何?と言う人も多いと思います。私も知りませんでした(笑)。前面展望とは鉄道の先頭車両から見た前方の眺めのことです。運転士の気分を味わえるもので、前面展望の動画はYouTubeなどで鉄道ファンによく観られているようです。藤井先生も以前のインタビューで前面展望の動画を見るとおっしゃっていましたので、好きな路線を聞いてみよう、ということですね。

藤井先生の回答を見てみましょう。

――お気に入りの前面展望の路線はどこですか?
「最近はヨーロッパの前面展望を見ていることが多くて、特にスイスが多いです」

ヨーロッパが多くて、その中でもスイスが多い。結構見られているんだなということがわかります。
ただ、残念ながらスイスと聞いた時点で、私の知識が『アルプスの少女ハイジ』しかありませんでした(笑)

言われても絶対わからないんだろうな、と思いながら具体的に聞いてみます。

――その中で具体的に一つ挙げるとしたらいかがでしょう?
「ベルニナ線の景色はやっぱりいいですね」

予想通り聞いたこともない路線が出てきました。「やっぱりいいですね」という言い方からベルニナ線以外の動画も見たけど、やっぱりベルニナ線が最高だな、みたいなニュアンスを感じます。
スピッツで言うと、「やっぱり『魔女旅に出る』がいいですね」みたいな感じでしょうか。

「ベルニナ線」

このインタビューがなかったら一生知ることのなかった単語でした。藤井先生にベルニナ線について聞いてみます。

――ベルニナ線ですか。すみません、全くわからないのですが、どういったところが魅力でしょうか。
「イタリアのティラーノからスイスのサンモリッツというところまで、アルプスの峠を抜けていく路線なんですが、すごく景色がきれいで世界遺産にもなっています」
――動画はYouTubeで見るんですか?
「はい。YouTubeで見ています」
――研究で疲れたときに見たりするのですか?
「バックグラウンドで再生している感じです」

うーん、いいですねぇー。
何がいいって、この話をしているときの藤井先生の幸せそうな表情が良かったです。

路線の始点と終点を暗記しているのがすごいです。
そしてバックグラウンドミュージックならぬ、バックグラウンド前面展望。

飛行機は変化がないので苦手ということでしたが、動画なら世界中どこにでも行けますからね。将棋の研究の合間に、穏やかな表情でベルニナ線のパノラマ観光列車から見えるアルプスの大自然を愛でる藤井先生を妄想することに成功しました。

インタビューのあと、私もこのベルニナ線の動画をYouTubeで観たり、ネットで調べたりしたのですが、調べる中で目を引く記述がありました。

「ポントレジーナ駅以降の標高が約1800mを超える区間は森林限界を超える」(Wikipediaより)

なに!?
藤井先生もまだ超えていない森林限界を超えているだと!

YouTubeでベルニナ線を見ていると途中から森林限界を超えることになるんだと思いますが、その動画を見て「よし、自分も超えよう」と藤井先生も思っているんでしょうか。

・・・たぶん思ってないでしょう(笑)



(2)負けず嫌い
キレのいい左ジャブが決まったところで、テンポよく続けていきましょう。2つ目のテーマは「負けず嫌い」です。これは星が偏っていることについての話で現れたものです。

――渡辺先生とは対戦成績に差がついていますが、相性の良さのようなものを感じますか?
「過去のタイトル戦を振り返っても終盤の時点でこちらが苦しかった将棋が少なからずあったので、その中でたまたま結果がこちらに幸いしている、という印象です」

これは実際そうだと思いますし、常に謙虚な藤井先生なら当然の回答かと思います。面白いのはここからです。

――星が偏っている、という意味で言うと大橋貴洸六段は逆に苦手にされている印象を受けます。
「大橋六段とは公式戦で多分6局対戦していて、それほど対局数が多いわけではないので。これが20局くらいやっていたら考えますが(笑)」


藤井先生相手に4連勝している大橋先生について聞く、ちょっと意地悪な質問です。おっしゃっている内容はとてもマイルドですが、この質問に対する藤井先生の回答がとても早かったのをよく覚えています。
また、大橋先生との対局数を即答されたのも印象的で、藤井先生の生来の負けず嫌いの性格が一瞬顔をのぞかせた気がしました。

普段は穏やかな藤井先生ですが、インタビュー中、目をギラリと光らせて剣士のように居合い抜きの構えを見せることがあります。

藤井先生の魅力の一つはギャップだと思いますが、今回もそのギャップにキュンキュンしている自分がいました。



(3)VSの相手
左ジャブからの右ストレートがキレイに決まったところで3つ目にまいりましょう。続いてのテーマは「VSの相手」です。こちらは強くなるための取り組みに関してお聞きした際に現れたものです。

毎年聞いている質問ですが、藤井先生が何を課題だと考えていて、それに対してどのように取り組んでいるかは毎年少しずつ変わっていて、いつも楽しみにしています。

今回のお答えもとても興味深いものでした。

――強くなるための取り組みに関して、昨年はDL(ディープラーニング)系のソフトを使って序盤の形に対する精度を上げることに取り組んでいるとおっしゃっていましたが、現在はどのような取り組みをされていますか?
「昨年からの取り組みも引き続きやってはいるんですが、序盤よりも中盤のミスで形勢を損ねることが多いかなと思うので、ソフトと途中局面から指すといった取り組みをしています。なかなか対人の実戦は機会がないので」

なんと!ソフトとVSしているとは。
いろいろな棋士にお話を聞くと、ソフトの使い方として自分の対局や気になる局面を入力して指し手の参考にする、という方が多いようです。ソフトは人間とは違う視点の手を指摘してくれるので、そういう使い方になるのかなと思っていましたが、藤井先生はソフトと対局して勉強されているんですね。

互角の局面を作って、そこから対局されるそうですが、ソフトに勝つこともあるんでしょうか。藤井先生とソフトの対局、一回でいいから見てみたいです。

去年はソフトを使って序盤の形の感覚を磨いているとおっしゃっていましたが、今年は中盤の強化のためにソフトと対局している。

結果は出ているのにもかかわらず、現状に満足せず勉強の仕方も変えて取り組んでいる姿勢はいつもながら頭が下がります。

私なら結果が出ている限り同じやり方を続けちゃいますけど、そうじゃないんですね。常に上を目指して変化を求める。それが藤井聡太という人なのです。



(4)一番大きな目標は
さて、気がつけば最後のテーマになってしまいました。さみしいですが、涙を拭いてラストを飾るにふさわしい気持ち悪さで行きたいと思います!ラストナンバーは「一番大きな目標は」です。これは将棋年鑑インタビューの最後の質問、毎年恒例の「今年の抱負は?」の回答で現れたものです。

――では最後に今年の抱負をお願いします。
「何かわかりやすく目標があるということはないんですけど、まずはやっぱり去年よりも内容を良くしたいというのが一番大きな目標になるかなと思います。その上でタイトル戦でも防衛戦だけではなくて挑戦の機会を作れるように頑張っていけたらと思っています」

「何かわかりやすく目標があるということはないんですけど」は藤井先生らしい言い回し。いつものように小籠包に包んだような表現ですが、中からあふれ出したのはアツイ思いでした。

「去年よりも内容を良くしたいというのが一番大きな目標になる」

これですよね。これが藤井聡太ですよ。
思い出すだけで涙が出てきます。

タイトルとか勝率とか、結果じゃない。
過去の自分を超えられたか、前に進めたか。
それをいつも自問自答している、誰よりも自分に厳しいお方。

変わらない姿勢を今年も見せてくれました。
ありがとうございます。これでまた1年間頑張れます。

勝っても勝っても自分を叩く。こんなに自分に厳しい人を見たことがないので、時々心配になります。

せめて私のインタビューの時くらいは、リラックスしてほしいですね。藤井先生も「島田さんとしゃべるのはラクでいいや」と思ってくれているといいんですが(笑)

「防衛戦だけでなく挑戦も」
最後は気遣いもあったかもしれませんが、タイトル獲得への意欲を見せてくださいました。
藤井先生が何冠まで行くのか、今年も来年も、命の続く限り藤井先生を追いかけていきます。


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以上で、今年の「細かすぎて伝わらないシリーズ」は終了となります。
ここまで読んでいただいて本当にありがとうございました。

毎年同じ時期に藤井先生にインタビューできるというのは考えてみたら(考えなくても)とても恵まれた仕事をさせていただいていると思っていますので、そこで私が得られたものは全部皆さんにもお届けできればと思っています。

客観的に見て相当気持ち悪かったと思うんですが(笑)、Twitter等で温かい言葉をいただき、大変励みになりました。ありがとうございました。

それでは、また来年お会いしましょう!
















(おまけ)

(5)線路は続くよ
イタリアのティラーノからスイスのサンモリッツまで、アルプスの峠を抜けていくベルニナ線。そのパノラマ観光列車から見える絶景を藤井先生と私は眺めていた。

モルテラッチ駅に近づくと、駅と同名のモルテラッチ氷河が見えてくる。全長7kmに及ぶスイス東部グラウビュンデン州最大の氷河は、途方もない年月をかけて作られた雄大な姿で私たちを見下ろしていた。

あまりの巨大さに恐怖感すら覚えたが、目の前に座る藤井先生はいつもと変わらない穏やかな表情で、切り立った絶壁を眺めている。

その顔を見て、私も落ち着きを取り戻した。

「先生、ご苦労様です。夏場は毎年防衛戦続きで大変でしょう」
「でももう、だいぶ慣れてきましたよ」

列車は走る。美しいカラマツの森、ベルニナ山群の名峰。

森林限界を突破すると、ごつごつとした岩肌が顔を出した。藤井先生は少しうれしそうだ。
標高は2000メートルを超えており、少し空気が薄くなる。
次に着くオスピツィオ・ベルニナ駅が、ベルニナ線の最高地点であり、私の降りる駅でもある。

できれば終点まで藤井先生と一緒に行きたかったが、それができないことは最初からわかっていた。しかたない。藤井先生と私では、行き先が違う。

オスピツィオ・ベルニナ駅のカラフルな駅舎に到着した。
荷物を背負って列車から降りる。

「では、ここで」
「はい」

短い言葉だったが、それで十分だった。

私は藤井先生から多くのものをもらった。いや、もらいすぎた。
これ以上何を求めよう。

ドアが閉まる。

頭を下げた。下げたままで小さく言った。

「藤井先生、ありがとうございました」

列車は次のアルプ・グリュム駅に向けて動き出す。

顔を上げると藤井先生と目が合った。

遠ざかりながら笑顔で手を振る先生に、「頑張ってください!」と叫んでいた。







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