「地球上で一番『負けました』って言った人間かもしれない、僕」 カリスマと呼ばれる飯島篤也指導棋士五段が初の著書に込めた思い|将棋情報局

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「地球上で一番『負けました』って言った人間かもしれない、僕」 カリスマと呼ばれる飯島篤也指導棋士五段が初の著書に込めた思い

「指導のプロが教える 級位者のための将棋上達法」著者インタビュー

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飯島篤也指導棋士五段

――
『指導のプロが教える 級位者のための将棋上達法』のご執筆ありがとうございました。どんな本に仕上がっているか教えてください。

「教室での経験をもとに、級位者の方が本当に陥りがちなミスや困っていることを解決できるように書きましたので、即効性の高い本になっていると思います。初段になるというのはもちろん大変ですが、この本を読んだ人は級が2つくらい上がるんじゃないかな……。そうだといいなと思っています。」



――執筆される中で苦労されたことを教えてください。
 
「ふだん自分が教室で教えていることを文章にしていくのが大変でした。教室では相手の様子を見たりしながら教え方を考えていくのですが、本は読者の様子がこちらからはわかりませんから。少し考えて、本だからと意識しすぎず、教室のライブ感をそのままに書こうと決めたところ、筆が進むようになりました。自分が教室や大会で見てきた初級者の方々の姿を思い浮かべて、いままさにその方たちに説明しているというつもりになって書きました。なので、私の教室ではこういう教え方をしていますよ、というのがよくわかる本になっています」


――いまではカリスマ指導棋士として多くの方を上達に導いている飯島さんですが、ご自身の将棋歴を教えてください。
 
「将棋を覚えたのは小学校4年生のときです。お父さんお母さんのやっていた遊びをもってくるという授業があって、かるたとかメンコとかがある中で、将棋を持ってきた子がいたのが最初です。でもそのときはぜんぜん勝てなくて、クラスの全員に負けたんですよ。すごく悔しくて、それが始まりですね」


――小学4年生でクラスの全員に負けて、中学2年生のときには奨励会に入られているわけですから、どんどん強くなっていったわけですね。
 
「知り合いのおじさんが棒銀を教えてくれたのが大きかったですね。おじさんにはそうして戦法を教えてもらったり、あとは古典の詰将棋を一緒に解いてくれたりしたのが楽しくて、いま考えてみるとあの時間が自分の将棋指導の原点かもしれないですね。あとは習い事の先生が将棋のできる人で、習い事が終わってから指しては負けて泣いて帰るという繰り返しでした。そうして5年生になるころには逆にクラスの誰にも負けなくなりました」


――基礎をしっかりと教わることで勝てるようになっていった、という経験がいまにつながっているわけですね。
 
「5年生のときに相手がいなくなって、将棋のイベントに出かけたんです。棋士の先生が何人かいらしていて、その人たちのサインがほしくて。けれど言い出せずに、もじもじしながら後をついていくうちに、将棋連盟に着いていました。そのころはどういうところかもよくわかっていなくて、後を追うまま棋士室に入りそうになって。ぼく、そこは入っちゃいけないところだよ、将棋をしに来たんなら道場に行きなさい、と言われて、初めて道場に行ったんです。習い事の先生にしごかれていた甲斐もあってか、6級の認定を受けました」


――それから研修会、奨励会と入会されていくわけですね。奨励会にはどんな思い出がありますか。
 
「最初の1年くらいはよかったんです。急激に大駒1枚くらい強くなって、トントンと上がりました。けれどその反動が大きかったですね。たくさん勝って一気に上がっちゃったので、この勢いが続くんだろうと思ってしまって。そこでネジを締め直せなかった後悔はありますね」


――その後20歳で奨励会を退会されます。
 
「次第に負けるのが辛くなってしまったんですよね。勝ったとしても、勝ってうれしいというよりは負けなくてよかった、という気持ちのほうが大きくなってしまったんです。そんなふうに気持ちの上で限界を感じていたころ、本の中でも少し触れているんですが、渡辺明名人と指したんです。当時は本当に小さな少年でしたが、すごく才気を感じました。こちらが用意した作戦通りに進めているのに、初見のはずの渡辺名人はノータイムでついてくるんですよ。終盤にもキレがあったし、こういう人が将来タイトルを取るんだろうなと思いました。もちろんその敗戦が退会の理由というわけではないですが、きっかけのひとつにはなったと思いますね」


――それからすぐ指導棋士になったというわけではないんですよね。
 
「しばらくはアマチュアの立場で誘われた大会に出たりもしていました。なんの気兼ねもプレッシャーもなく好きなことをして勝てるのは気分はよかったですが、なんというんでしょう、勝負の質というか、なにかやはり違うなと思っていたんですね。そんな気持ちの中で将棋をやっていて、あるとき予選でポカをして負けてしまったんです。ポカをしなければよかったという問題ではなくて、こういうところでポカをしているようでは、プレイヤーとしてはダメだと思いました。それで、もう自分が大会に出られなくなるように、指導棋士になったんです」


―将棋から離れるために指導棋士になったというのは現在のご活躍からは想像できません。
 
「そろそろ将棋以外のこともやっておきたかったというのもあります。それでサラリーマンをやったり、飲食店をやったりしていました。そうして5、6年ほど経ったころに、たまたま小学校の指導を代理でしないかという話がきたんです。それで行ったところ、子どもたちの反応がすごくよかったみたいで、これから毎週来てくれないか、と言われました。そこから少しずつ指導を増やして今に至るという感じですね」


――どういったところが評判になったんでしょうか。
 
「全員にちゃんと負けたんですよ。それが楽しかったみたいで」
 

 

――
ちゃんと負ける。
 
「相手の棋力に応じた負け方ってあるんですよ。生徒の指し手だったり駒をもつ手つき、目線などをみて、その子に合った負け方をします。止まっている子には少しヒントを出したり、腕試しをしたい子には1手違いにしたり。それと、あからさまにわざと負けてはいけないんです。これは指導棋士の大先輩である小田切秀人さん(指導棋士六段)が言われたことなんですが、『先生ってうちのお父さん(お母さん)より弱いね』と言われるのが指導者にとっての一番のほめ言葉、なんです。弱いと思ってもらえたということは、うまく負けることができて、生徒に楽しんでもらえたということですから。もうひとつ、ただ勝っていい気持ちになってもらうために負けているわけではなくて、その対局を通じて何かひとつ覚えてもらうということを目標にしています。そういう学びのある局面に指し手で導くのが指導対局ですね」


――ここまでのお話で、少年時代も奨励会時代も負けるのが嫌だったというお話をされていたと思うのですが、今は負ける技術を突き詰めてらっしゃるというのは、少しおもしろいですね。
 
「そこが棋士と指導棋士の最大の違いかもしれません。棋士は勝つのが仕事ですが、指導棋士は負けるのが仕事なんです。それに、覚えたてのころの自分が負けてばかりだったから、もっと勝っていたらもっと楽しかったんだろうな、という思いもあります。もうひとつ、将棋をやる上では礼儀とあいさつを大事にしてほしいなと考えているのですが、いきなり最初から『負けました』と言うのは難しかったりするんですね。だから、『負けました』のあいさつの見本を最初にみせているという面もありますね」


――何度か教室を見学させていただきましたが、小さなお子さんでもすごく礼儀正しく将棋をしているようすに感銘を受けました。
 
「大半の子は将棋のプロを目指そうという子ではないですから。将棋の技術的なことを身につけること以上に、礼儀とあいさつ、粘り強くやり抜く力、相手の気持ちになって考える力を身につけるほうが大事だと思っています。そういうものを身につけるために、将棋というのは向いていると思いますね」


――月にどれくらいの指導対局をされていますか?
 
「現在はコロナ禍ということもあって少し落ち着いていますが、それでも少人数の教室やリモートなどで月に100局くらいは指していますね。多かったころは、1日で100局というペースで指していました。月に2000局くらいはざらでしたね」


――すごいペースですね。しかもそのひとつひとつで相手に応じた負け方をされていると。
 
「そうですね、もう延べ10万局くらい指導対局して負けていると思います。考えてみると、地球上に10万回『負けました』って言ったことある人いるのかな。地球上で一番『負けました』って言った人間かもしれない、僕」


――最後に、本書を手に取られる読者の方にアドバイスはありますか?
 
「本書を読んでくださるのは大人の方が多いかなと思いますが、大人の方は特に指し手が慎重になりがちな傾向があります。失敗を恐れる気持ちが子どものときより強くなってしまうようです。しかし、どんどん挑戦して失敗してほしいです。そのほうが学びが大きいですから。背筋を伸ばして、胸を張って、勢いよく攻めてみましょう。大人になって将棋を学び始めるというのは、自分のそうした姿勢と向き合うことでもあります。その中で、心身を整えていく体験をぜひしてほしいです」

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