2021.07.04
藤井聡太棋聖が渡辺明名人に3連勝でタイトル防衛! 棋聖戦第3局の勝因となったギリギリの踏み込み
超難解な終盤戦を藤井棋聖が制し、タイトル3期獲得で九段昇段を決めた
将棋のタイトル戦、第92期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負第3局(主催:産経新聞社)、▲渡辺明名人-△藤井聡太棋聖戦が7月3日に静岡県「沼津御用邸東附属邸第1学問所」で行われました。結果は100手で藤井棋聖が勝利。3連勝でタイトル初防衛を決め、最年少タイトル防衛と最年少九段昇段記録を更新しました。
第92期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負の勝敗表
藤井棋聖が2連勝で迎えた第3局は、矢倉の将棋になりました。後手の藤井棋聖は最先端の矢倉対策を採用します。
それは序盤早々に△7二飛と寄るという作戦。この作戦は飛車・角・桂・歩で7筋を攻めていこうという狙いです。飛車を寄った瞬間は、飛車の縦の利きを7三桂、7四歩がさえぎっていますが、△7五歩と歩を突いて桂を跳ねれば、蓄えていたパワーを一気に解放することができます。
対する渡辺名人は右銀を繰り出して攻めていきます。△6五歩と突かれて銀取りをかけられた局面で、強く▲2四歩と攻め合って激しい戦いになりました。
渡辺名人は2四に角を飛び出し、5一にいる藤井玉に王手をかけました。常識的には玉をかわして王手を回避するところですが、藤井棋聖は△4二金右と寄って受けます。藤井棋聖は感想戦で「玉を動かすのが第一感でした。ただ角を成られる筋(▲2三歩△同金▲5一角成)が……」と深い読みを入れての着手と明かしました。渡辺名人も「△6一玉が一番普通ですよね」と同意します。
なぜこの△4二金右という手に違和感があるかと言えば、本譜のようにすぐに角を切られる筋があるからです。先手としては飛車の利きを直通させたい場面で、角金交換をしつつ手順にそれを実現することができます。
守り駒の金を失い、玉が薄くなってしまった藤井陣。しかし、それでも大丈夫と判断し、実際その通りだった藤井棋聖の優れたバランス感覚が光ります。形勢は依然互角のままです。
68手目、藤井棋聖は相手の飛車の利きを止めずに銀取りに歩を打ちました。この手が危険だったようで、渡辺名人にチャンスが生じます。角の利きに桂を捨て、飛車を成り込む手をAIは推奨。本譜はそれ以上に激しく、飛車を切って角を入手して攻めていきました。「(飛車)切りで負けるというのを全部読み切らないと断念できない以上、まぁ行っちゃいますよね。負けそうには見えないので」と渡辺名人は対局者の実戦心理を明かしました。
大きく評価値が藤井棋聖に振れましたが、玉頭に迫ってきた歩を取るという、当然に見えた手を着手して再度形勢逆転。あまりにも難解な終盤戦です。
持ち時間が44分の渡辺名人は、40分を使って▲3一角と打って飛車金取りをかけました。当初は▲6四角の予定で考えていたとのことですが、それには後手に受けの妙手順があって寄せることができません。▲3一角は最善手で、流石の軌道修正でした。
厳しく玉を攻められた藤井棋聖は、ギリギリのタイミングで反撃に出ます。この一瞬の間隙を縫った攻めが本局の勝因と言っても過言ではないでしょう。渡辺玉に詰めろ、詰めろで迫っていき、相手玉を危険な状態にまで追いつめます。
AIが示す評価値は、渡辺名人が優勢から勝勢の間くらい。しかし、その優位を維持できる手は一つだけで、他の候補手はすべて逆転です。このような状態になったのも、上記の絶妙なタイミングで藤井棋聖が渡辺玉に迫ったから。渡辺玉が安泰だったら逆転のアヤはなかったでしょう。
藤井棋聖のこのような勝負術で思い起こさせるのは、今年2月の第14回朝日杯将棋オープン戦準決勝での両者の対決です。その将棋でも圧倒的劣勢に立たされた藤井棋聖でしたが、渡辺名人の勝ち筋が1通りしかない局面に誘導。相手のミスを誘い、逆転勝利を収めたのでした。
我々観戦者は、AIの示す手を知っています。なので「渡辺名人が最善手を逃して敗れた」と評することは簡単ですが、対局者がその手を発見するのは容易ではありません。問題の局面で渡辺名人はすでに一分将棋。1分間で考えなければならない要素として、「▲5三金から迫って藤井玉が詰んでいるか」「本譜の順で藤井玉は寄らないのか」「本譜以外の順でうまい迫り方はあるか」「自玉はどの程度危険なのか」などがあります。このような複数の要素を読ませる局面に誘導するのが、人間対人間の際の勝負術です。
さらに渡辺名人にとって不運だったのが、1通りの勝ち筋が非常に難解な手だったということ。本譜の▲2二角成に代えて、▲7四銀という手が唯一の細い勝ち筋でしたが、その手は感想戦で示されることはありませんでした。渡辺名人はもちろん、藤井棋聖も発見していなかったのでしょう。
形勢が逆転してからの藤井棋聖の指し手は毎度のことながら正確無比。最後は馬の利きに飛車を捨てる絶妙手で勝利を決定づけました。渡辺名人はやむなくその飛車を取りましたが、馬の利きがそれたことで自玉に簡単な詰みが生じました。藤井棋聖が渡辺玉をしっかりと詰まし上げ、100手で激闘に終止符が打たれました。
この勝利で藤井棋聖は3連勝でタイトル防衛を達成。最年少タイトル防衛記録と、最年少九段昇段記録を更新しました。
今年の夏、藤井棋聖は棋聖戦、王位戦、叡王戦と3つのタイトル戦を連続で戦います。まずは第1ラウンドの棋聖戦は防衛という結果で終わりました。ここからは豊島将之竜王(叡王)とのダブルタイトル戦に専念という形になります。王位戦は黒星スタートとなってしまっていますが、渡辺名人と並ぶもう一人の最強の挑戦者である豊島竜王相手にどのような戦いぶりを見せてくれるでしょうか。
また一つ、大きな偉業を達成した藤井棋聖(提供:日本将棋連盟)